サーシェ

天山敬法

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第三章 人形の恋

14話 あなたの青い瞳が好き

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 ガダンの町で、僕達がトレンティア兵と交戦した……その翌日から、早速騒ぎは広がっていた。
 どうやらガダンに詰めていたトレンティア兵はあの場で殺したのがほとんど全部だったらしく、町中で兵士の姿は途端に見えなくなった。
 僅かな生き残りが慌てて他の拠点の仲間と通信を行っている痕跡は見られたから、じきにまたトレンティアの兵士らが詰めてきて調査を始めるだろうことは予想される。
 僕は何も知らない様子を装って、どよめいている町民から話を聞いて回った。出回っている噂はほとんど、正体不明のレジスタンスが町にいたトレンティア兵を一掃したらしい、ということだけで、幸い僕達の風貌を見られた様子はない。
 しかしトレンティア兵が調査を送り込み、もともと現地民達が危惧していたゲリラ狩りが実際に行われるのも時間の問題だ。その前に僕達がこの町を去るか、それとも事前に迎え撃つ準備をするか……、判断をしなければいけなかった。
「まあ、あえてここに留まる理由も特に無いが……」
 パウルに判断を仰ぐと、彼は気の抜けた調子でそう言った。
 結局当初の目的だった“次の仕事の依頼主を探す”は果たされていないままだが、幸い、レーヴァーの研究所を暴いて得た略奪品はパウルが欲していたマナだけではない。彼がこの町で生活するために蓄えていたズミの銀貨もあり、僕達はひとまずの余裕を得ている。
「だがしかし、今回の件もそうだし、そもそもヒューグ隊の作戦で奴らの基地を爆破した件もある。あそこで聞いていた限りの話じゃ、ジンク地方全体で見れば他のレジスタンスもまだ善戦していたはずだ。多少場所を移したところで、トレンティアの警戒が強まっていることに変わりはないだろう。そう思えば慌てて移動する理由もないな……」
 ぶつぶつとパウルは言う。
「敵の調査から逃げることに意味はない。俺達は味方に合流したいんだ」
 そう言うが、その味方がどこにいるのかが分かれば苦労はない。
「情報がほしい」
 結局その結論に戻ってくるのである。今後も地道な情報収集活動を続けるほかないのだろうか……。
 これ以上話が進む気配はなさそうだ、とそう判断して、僕は話を変えた。
「そういえばだが、パウル……」
 珍しくもったいぶった話の振り方をした僕に、パウルは「ン」と言って視線を上げた。
「さっき買い出し中に、ジュリとフェリアが出かけているのを見た。……彼女らは一体何をしている?」
 そう回りくどい聞き方になったのも、現場で彼女らから聞いた答えがあまりに不可解だったからだ。
 聞かれたパウルも、むすっと眉間に皺を寄せた。
「奴らは……、男漁りをしにいった」
 そして重々しく答えた。僕はぴくりとも表情を動かさない。途端に張り詰めた空気を、やがてパウルは肩を竦めて崩す。
「いやまあ、お前にとっちゃどうでもいい話さ。あのフェリアとかいう人形、どうやら人間様の真似事をしたがるようにできているらしい。恋をしたいと……、自分から言い出した」
 ため息とともに答えられ「はあ」と僕は気の抜けた返事をしただけだった。なるほど、僕にとってはこの上なくどうでもいい話だった。
「実際そんなことをさせてみればどうなるのか……俺も興味はあるからそのまま捨て置いたが、さすがにあの嬢ちゃんには荷が重いかな……」
 やがてパウルの言葉は独り言に変わった。
「人形が恋なんかできるとは思えんが……、人形に恋をする酔狂な人間なら、いたのかもしれんな……」
 僕はその言葉を聞きながらも答えはしない。魔道人形のことなど知ったことではない。
 パウルを無視しながら、僕は所在なく短剣を磨き始めた。
「にしても恋、ねえ。なあヨン、お前は……」
 その話の振り方からして、不愉快な内容であることは想像に易かった。僕は返事などせず、ぎろりと険悪な視線を返すだけにした。
 パウルも期待はしていなかったのだろう、すぐに諦めた顔になって目を逸らした。
 ……当然、子どもの頃から血と憎悪にまみれた道を歩まざるをえなかった僕に、そんな甘い話はない。
 前に、ジュリと夫婦のふりをしてお互いの身の上を明かしあったことを思い出した。想像にはすぎないが、彼女もきっとそうなんじゃないだろうか。故郷を焼かれ、幼い内から従軍する羽目になった少女に、あまり幸福な恋はできなさそうである。
 逆にパウル、お前は……、などと話を振る気分が一瞬だけ起こったが、やっぱり面倒くさそうなのでやめておいた。

 すっかり慣れた沈黙の時間がしばらく過ぎた後、扉の向こうに足音と、隣の部屋の戸が開閉された様子が聞こえてきた。どうやら男漁りをしていた女達が戻ってきたらしい。
 聞くやいなや、パウルがすっくと立ち上がって廊下に出ていった。魔道士としての知的興味か……、やはり彼女たちの恋の成果が気になるようだ。
 宿を二部屋に分けたうち、やはり男が女の部屋に入るのは憚られる、とかいう理由で、相談事は全員が男部屋に集まってなされる。パウルに呼び出されたフェリアとジュリがこちらの部屋に座り込んで、報告会が始まった。
 ……興味のない僕にとっては鬱陶しいだけだが、仕方がない。無視して道具の手入れを続けた。
 ちらりと見るに、ジュリは疲れた顔をしている。魔道人形の男漁りになど付き合ったのだ、きっと不毛な時間を強要されたのだろう。
「たまたま親身になってくれた女性がいて……、彼女に町を案内してもらっていました。フェリアの恋……については、うーん……、正直、やっぱり難しいんじゃないかとは思いますけど……」
 報告を促されたジュリがそう言った。
「はあ、女に町を案内されてた? 男漁りの案内か?」
 パウルに聞かれ、ジュリはむっと眉を寄せて言いづらそうにしている。身も蓋もない言い方だがその通りだ、ということだろうか。
「ったく、変な場所に連れ込まれてないだろうな……」
「え、ええ、それはたぶん、大丈夫です。この町の自警団というところに案内されて……」
「自警団? そんなもんがあったのか」
 パウルは気の抜けた声で言う。僕もしばらくこの町を調べてはいたが、その存在は初耳だった。
「ええ。と言っても、聞いた限りではトレンティアの兵士と交戦するようなことはなかったみたいで、もともと野盗対策だったとか」
 ジュリは言う。僕達がこの町にきた時の状態から察すればそれもそうだろう。
 自警団とは名ばかりで、きっと侵略者へ抵抗すらしなかったのだ。今まで僕の耳に入らなかったことから考えても、現状よほど存在感がないと見える。
「で、恋の成果はどうだったんだ? フェリア」
 パウルは次に人形へ視線を向けた。発言を許されると、フェリアはきらきらと目を輝かせて興奮気味に語りだす。
「ええ、その女性がティファっていうんだけど、彼女、いろんなことを知っててすごいのよ。やっぱり恋って大事だわ! それでね、あ、そうだ、ティファの好みの男の人なんだけど、彼女トレンティア人が好きなんですって。金色の髪と青い目がキラキラしてて綺麗だって……。ねえパウル、きっとあなたティファに好かれるんじゃない? 恋、してみたら?」
「そいつはどうも。前向きに検討しておこう」
 パウルは呆れた顔で言う。僕も聞き流しながら、おかしな女もいたものだ、などと胸の内でぼやく。
 金髪碧眼は侵略者の象徴……、忌まわしいもの以外の何でもない。この時代のズミに住んでいて、そんなことを口走れる神経が信じられない。
「それでね、ティファに言われて気付いたのよね。私も好きなの、青い目が。ねえパウル、やっぱりわたし、あなたに恋をしてもいい?」
 なんともあっけらかんとした愛の告白の現場に立ち会ってしまった。パウルはやれやれ、と言いたげに首を振った。
「残念だがフェリア、恋ってのは双方の合意が前提になっていてなあ……」
「わたし、あなたの青い瞳が好きよ」
 フェリアはうっとりとした表情でそう言った。その顔たるや、人形だと言われなければ……、いや言われてもなお疑いたくなるほど艶っぽく、まるで人間そのもので……、魅力的な女性だった。
 あんな顔で告白されてしまったら、青い目だって嬉しくなってしまうんじゃないか、そんなことを思った。
 何を思っているのか、パウルはしばらく固まった。同じ調子で軽く一蹴することは、しない。
 まさか、精巧に作られた美しい女の人形に面と向かって言われて……“酔狂な気”を起こしてやいないだろうな、などとなじりたくなる気持ちが少し起こった。
 パウルはしばらしくしてから口を開いた。つまらなさそうな声色だ。
「で、俺以外に恋人候補は見つからなかったってわけか」
「あ、青い目が綺麗だからヨンでもいいわよ」
 屈託のない笑顔でそう話が飛んできた。
 ……さすがに、パウルの代用扱いは生身の人間であっても嬉しくない。しかも返事どころか視線さえ返さないうちに、フェリアの話は別に飛んだ。
「それから、自警団にいたジェトーっていう男の子がね、ティファがいい人だって言うから、その人もいいかなって思ったの。若くて、まだ弱そうなのよ。でも自警団の人手が足りなくて忙しくて、なかなか訓練もできなくって」
 うきうきとした様子で、まるで見つけたおもちゃを自慢する子どものような姿を見るに……、やはり人形に恋は難しいのだろう。パウルも話を聞くのにうんざりしたのか、荒っぽく首を振った。
「ああ、分かったよ、もう十分だ。もう黙れ」
 そう命令されて、フェリアは嬉しそうな笑顔のまま、従順に口を噤んだ。
 パウルは難しそうに眉を寄せて頭を押さえていたが、やがてぱっと僕の方に視線を向けてきた。
「ヨン、話は聞いていたな?」
 ……聞いていたが、何もコメントをする気はないぞ。そう思って僕は無視してやった。
 しかし次にパウルから飛んできたのは、いたって真面目な声だった。
「ひとまずその自警団というのにお前、潜入してみろ」
 そう言われてやっと、僕は顔を上げてパウルに視線を返した。
「トレンティア兵と戦うことはなくても、人手が足りないって言うぐらいなら何かしらの仕事はしてるんだろう。ただぶらぶらしているよりかは有用な話が聞けるかもしれん。……せっかく嬢ちゃん達が掴んできた情報源なんだ、ジュリとフェリアのコネも使って怪しまれずに入るんだぞ」
 ええ? と間抜けな声で驚いたのはジュリだった。当人たちにその自覚はないが、確かに町の自警団という存在を掴んだのはひとつ収穫かもしれない。
 僕は小さな鼻息だけで返事をした。次の潜入先は自警団……、トレンティア兵に戦わずして屈した腰抜け部隊とは言え、名目上は武装組織だ。
 トレンティアの学者のもとに潜り込むよりかは……、気楽な任務になるだろう。
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