サーシェ

天山敬法

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第五章 聖樹の都

45話 霧の晴れ間に

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 いつの間にか、トレントを覆っていた光も、霧もなくなっていた。
 夜が明けると、まるでいつもと変わらないその姿が、晴れ渡った空の下で淡い虹色に霞んでいる。その眩しさに目を細めながら僕達はようやくロードの屋敷へと辿り着く。
 ……パウルが寄り道だと言って向かった先は、普段立ち入りが制限されているらしい書庫のような場所で、その扉を強引に破壊して入り込み、結局ほとんど夜通しで彼はそこで資料を漁っていた。魔力と血を消耗しているはずなのに、その目にぎらぎらと光る野望の目は……まるで獣のようだった。
 夜が明けるのを見て僕達はなんとか近衛兵の目をかいくぐって帰路へ付いたが、そこまでに消耗しきっていたパウルは、屋敷の玄関の門を潜った途端に脱力してその場に崩れ落ちた。
「おい、まだ倒れるのは早い、もう少し頑張れよ」
 僕がそう声をかけても、既に気絶しているようだ。仕方なく僕はその体を引きずるようにして背負い上げ、屋敷の螺旋階段をやっとの思いで上った。
 部屋の扉を開け、パウルの体を引きずって中に入れ、最後は気合いを入れてベッドの上に放り投げる。彼はやつれきった顔のまま、安らかな寝息を立てていた。
 やっと僕の任務は終わったと胸をなでおろし、自分も戦いの疲れをひとまず癒そうとベッドへ近付いた。
 外套を脱ぎ、武器を外し、身を軽く……している最中、どたどたと騒がしい音がやや遠くから聞こえた。
 何事かと思って振り向くと、ノックもなしに無遠慮に部屋の扉が開いた。その向こうから緊張した顔のジュリが飛び出してくる。
「ヨ……、ヨハン! 帰ってきたんですか、一体どこに!」
 そう騒ぎながら部屋の中へ入ってきて……、ベッドの上で伸びているパウルを見てぎょっとした様子だ。疲れているところにそんな騒がしい様子のジュリがやってきたのを見て、僕はため息を漏らす。
 何かを答える前に、ジュリは僕とパウルとを交互に見て、青ざめた顔になってまた騒ぎ始めた。
「ヨハン!? 血が! け、怪我をしたんですか!? 見せて!」
 そしてこちらに小走りで駆けてきて、目の前に立ってぐいと顔を詰めてくる。その勢いに圧されて僕は僅かに体を引いた。
 ……言われてみれば外套の内側の服、ちょうど肩から鎖骨の上あたりに、殺してしまった敵の返り血がついたままだった。
「ああ……、返り血だ。怪我とかはしてないから大丈夫。……また洗わないとな」
 そう言って僕はその服を脱ぎにかかった。中にもう一枚下着を着ているから裸にはならない。返り血を洗い流さなければいけないが、今はとりあえず休みたい……。僕は抜いだ服を丸めて荷物の方へ放り投げた。
 そんな僕を見て、ジュリはなおもオドオドと目を回している。
「か、返り血って……、やっぱり戦って……、もう、夜通し帰ってこないんですから心配したんですよ」
 やがて本人も騒ぐのに疲れたのか、脱力した様子でため息をついた。僕はごそごそとベッドの上に潜り込みつつ、仕方なくジュリの方を見た。
「出かけた時は朝早かったから……、何も言わなかったのは悪かったよ。パウルも魔力切れで気絶してるだけだ、大事はない」
 そう言うと、ジュリも困ったような顔で肩を竦めた。
「いえ、別に無事ならいいんですけど……」
 僕は下半身だけを布団に入れた状態で、じっとジュリを見つめた。朝早くから疲れて見えるのは、彼女もあまり夜寝れていないのかもしれない。何も言わずに出かけた僕達を心配して?
 ……心配してくれたのは、嬉しい。今まではあまり感じていなかったその感情が、じわりと胸を温めるように起こっているのは自覚できた。
 ジュリも僕達のことを……仲間だと思ってくれている。たぶん。いつものように無愛想に突き放してもよかったけど、たまには、なんて思って。
「ん、ありがと」
 僕は小さく呟くように零した。途端にジュリが目を丸くしてこちらを凝視してきた。……やっぱり言うんじゃなかった。
 僕はすぐに布団の中に身を丸めた。
「とにかく今は疲れたから寝る」
「あ、はい。おやすみなさい」
 どこか気の抜けたような声が返ってきたが、どんな顔をしていたのかは分からない。布団の中で身を丸めていると、やがてジュリの足音が遠のき、部屋から出ていく気配がした。
 少しだけ顔を布団から出してそちらを見やると、既に彼女の姿はない。静まり返った部屋には、パウルの寝息が聞こえるだけだ。僕もため息ひとつ、すぐに目を瞑った。

 次に目を覚ました時、隣のベッドの上にパウルの姿はなかった。
 机の上にはいつの間にか使用人が持ってきていたのか、パウルが調達したのかは分からないがパンやチーズなどの食事が放置されている。ちょうど胃が空腹を訴えていたので齧る。
 時刻は夕方より少し手前というぐらいだろうか、少しずつ覚醒していく頭で、次第にことの状況が気になり始める。聖血の儀はどうなったのか、近衛兵や敵の組織の動きは……、ロードは無事なのか……。
 しかし気にしたところで、自分一人で外を出歩けない僕には確かめようもない。既にパウルの姿がないということは、彼が調べに行っているのだろう……、報告を待つしかなさそうだ。
 とにかく衣服を整え、ジュリの様子を見に行ってみることにする。廊下に出て隣の部屋の扉を叩くと、すぐに奥から小走りで駆けてくる足音が鳴った。
 扉が開き、覗いたジュリの顔はよほど退屈していたのだろう、僕の顔を見ただけで少し明るくなった。
「パウルは?」
「え、知りません。どこか出かけたんじゃないですか」
 一応聞いてみるが、当然の答えだった。頭を掻いて考える素振りを見せたりしてみるが、できることは何もない。
 仕方なくまた勉強するジュリの横で時間を潰そうかなどと思い始めた頃、階下から誰かが声を張り上げているような様子が聞こえた。
「どういうことですか!」
 そんな声を上げたのは女性らしい。僕は一瞬だけジュリと顔を見合わせて、何も言わずに階段に寄ってその話を盗み聞きした。
「ラファエル様がお怪我なされたということ……? どうして!? 説明してください!」
「お、落ち着いてください、イザベラ様。ご不調で王城で休まれているだけですから、すぐ良くなって帰ってこられますから……」
 取り乱している様子の女性……、会話の内容から察するにロードの妻だろう。それを宥める使用人か役人かというところだろうか。
 ロードが魔術を完成させたのを見届けた後は僕達はその場を離れた……、その後どうなったのかはいまいち分からないが、魔力切れか貧血を起こして倒れた可能性は高いだろう。
 王城で休んでいる、ということはそれだけだと思いたいが……、ともかく話を聞いた限りロードもまだ帰ってないということらしい。
 それだけを確かめて部屋に戻ろうとすると、後ろについてきていたジュリが不安そうな顔をしていた。
「どういうことですか? ロードさんも一緒に戦ってたんですか」
 そう小声で聞いてくる。僕は小さく頷いた。
「まあ、うん。ややこしい話なんだけど、何か王族の儀式で反逆者が出てきて、ロードとパウルと三人で王城まで乗り込んで、いろいろ戦って」
 ざっくりとかいつまんだ説明をしても、ジュリは唖然とした顔で固まってしまった。話についていけない、ということなのだろうが……僕からしても、その時は必死だったけど、終わってみればまるで他人事のように感じられた。
 結局屋敷の主が帰ってきたのは夕暮れ時だった。窓の外から馬車が停まる音を聞いて、そわそわとしていた僕は廊下に出てその様子を見ようとした。
 螺旋階段の上から下の広間を覗くと、玄関をくぐってきたロードに、いつかと同じように彼の妻が飛びついている。上から見た限りではロードに疲弊したような様子は見られない、いつも通りの調子のようだが……。
 飛びついてきた妻を夫が抱きとめ、その夫婦は使用人の目も気にせずにしっとりと愛を確かめ合う。彼らの濃厚な口づけを見せつけられ、僕はまた自分の部屋へと戻った。
 更にその後、すっかり日が沈んだ後にパウルが帰ってきた。部屋に入ってきたその顔はまだやつれて見える。それを見計らったらしく、すぐにロードの使用人が訪ねてきて呼び出しを受ける。
 今回は食事の接待はなく、広間から扉を入った先にある応接間で茶の接待がなされた。そこでやっと僕達は落ち着いて話をすることになる。直接関わってはいないものの、茶を出すからということでジュリも同席するらしい。

 応接間の椅子に各自座ると、一同は揃って紅茶を一服する。その風味豊かな香ばしさがすうと喉を抜けていく、その温かさに浸ってため息をついた。
「ひとまずお疲れさんだな。お前の方はあの後どうなったんだ、ロード」
 パウルがそう切り出すと、ロードはそこで初めて疲れた表情を浮かべて、小さくため息をついた。
「敵の魔術は破壊したように思うのですが……、そのあと意識を失って、気が付いた時は近衛兵に運ばれていましたね。朝から連続で血門術など使うものではありませんね……、久々に本当に消耗しましたよ。あとは魔法での治療を受けていて……、その後も事務連絡がいろいろあって……」
 説明するのも億劫だ、という調子である。パウルもため息をついた。
「俺達は一目散に逃げて、まあ途中ちょっとどさくさに紛れて城の書庫を漁ったりしたぐらいだな。お前の方からその事務連絡というのを教えてもらおうか。俺が知っているのは近衛兵から盗み聞きした訃報、だけだ」
 パウルは言う。一目散に逃げる前に、トレントに何か施術をしていたように思うが……、ここでそれをつぶさに語るつもりはないらしい。
 それよりも彼が最後に言った訃報という言葉が引っかかる。僕は視線を上げてロードの顔を見た。彼は目を伏せて神妙な表情を浮かべていた。
「……ニール・ガブリエル殿下は亡くなられました。聖血の儀のさなか、賊の襲撃に遭いながらも近衛兵の防衛と、ロード・レイン・クラネルトの魔術により儀礼殿は無事守られ……。多少の揺れがあったものの儀式は中断されることもなく、滞り無く行われたそうですが……、残念ながら」
 その淡々とした報告の中、応接間の空気はずしりと冷え切っていくようだった。僕は紅茶の水面に視線を落とす。パウルも緊張した表情で静かに紅茶を啜った。
「死因は術式の純粋な失敗、か。本当なのか、それは?」
「疑ってみたところで真実を知るすべは私にもありません。ただ、同時に儀式を行ったジスト・ブライアン殿下……、ガブリエル殿下に先般生まれたばかりのご息男ですね……、彼は命を落とすことなく、トレントの聖血を授かった、と。であれば、父君だけ亡くなってしまったのはやはり年齢ではないかと……」
 そうか、とパウルは短く頷いた。その顔はどこか切なそうだ。
「ま、リベルみたいに命だけ残ったなんて状態よりかは、ぽっくり死ねただけマシだったかもな。……ギルバートからすれば残ったのは生まれたばかりの孫だけか。さてその孫が王位を継げるほど成長するまで、ジジイが元気でいれりゃいいがなあ」
 そうのんきな声を作って言う。ロードは呆れたようなため息を返した。
「ガブリエル殿下は亡くなりましたが、私は儀式を守った英雄などと言われて、軍人でもないのに勲章をいただきましたよ。面倒事が増えなければいいですが、ひとまず王家に恩を売れたのは収穫です。改めてあなた達には御礼を言わせてください」
 パウルはからからと笑った。
「まあ実際お前は頑張ったんだから勲章ぐらいもらっとけ。聖血の儀なんて公にはされない秘密のまつりごとだ、そんなとこで名を上げたってどうせ大っぴらにはされないさ。それで、反乱軍の方はどうなった? 捕まえられたのか」
「実行犯は大半捕えられているようです。これを口実に先王一派の組織は徹底的に洗い出され、関与した貴族は極刑に処されるとか。……まあ当然でしょうね」
 ロードはそう言ってまたため息をついた。関わらなくて正解だ、とパウルも独り言のようにぼやいた。
「ただ気になるのは先王陛下の御息女、グロリア・エレアノール様……。昨日、先王一派の組織に追われていたなんて話だったかと思いますが……。彼女のことはまだよく分かりません。当然の如く今回の件にも関与を疑われ、屋敷に捜索が入ったらしいのですが……、どうやら本当に逃げてしまわれたようで、どこにも姿が見当たらず、関係者も誰も行方を知らないのだとか」
 ロードは淡々と話を続ける。ああ、とパウルは気の抜けた相槌を打った。そして片手で頭を押さえながら、悩ましそうに言葉を選ぶ。
「そのエレアノール……、先王の娘だってことぐらいは俺も知ってるが、この十年で政治がどうごたついたのかまだ把握しきってなくてな……。先王一派とかいうのは、あの女が率いていたのか? 本人は関与を否定してるとか昨日言ってなかったか」
 ロードは涼しい顔で頷いた。
「ええ。私もそのあたりのことにはあまり関わっていないので詳しくはないのですが……。一説には、彼女自身は政争に加わる気もなかったところを、ギルバート憎しの一団に都合よく祭り上げられているだけとも言われています。しかしギルバート陛下が彼女を敵視していることも公然の事実……」
「十年前はエレアノールも小娘だったからな、その頃の印象でしかないが……、あれがこそこそと裏から糸を引くようなタマだとは思えん。政争に加わる気もなかったというなら、ベルタスにいること自体が意外だ。王都に拘る性格でもないだろう、とっとと地方に隠居でもすればよかったろうに」
 パウルはどこか遠い空中を見つめて呟くように言った。……どうやら話題になっているエレアノールという女性を、パウルは知っているのか……。と、同じことをロードも思ったらしい。何やら意味深そうな笑みを浮かべた。
「随分と彼女をよくご存知のようですね。おっしゃる通り……、彼女はギルバート陛下の即位と同時期に、一度は王都を離れています。しかしその存在を危ぶんだ陛下によって連れ戻された……と言うのが正しいでしょうね。陛下のご意向によって、王都に住む騎士の元へ嫁いでおられます」
「はっ、陰湿なジジイの考えそうなことだ。嫁いだってどこの誰に?」
 パウルは苦々しい顔になって悪態をつく。ロードは変わらず涼しそうだった。
「ドミニク・フォス・カディアル殿の後妻に……」
 途端、パウルは飲んでいた紅茶のカップをがちゃんと机に置いて激しくむせ込んだ。
「……大丈夫ですか?」
 あまりにひどくむせているので、ロードは呆れた顔で心配するような言葉をかける。パウルは咳込みながら必死に呼吸を整えようとしているようだった。
「し、失礼……。なるほど、よく分かった。まあ気にはなるが、消えちまったんならしょうがない。近衛兵の捜索の成果を待つことしかできんな」
 そう話を纏めにかかるパウルを、ロードも僕もじっとりとした目で見つめていた。
 ロードの話の中に出てきた、フォス・カディアルという名前には僕も聞き覚えがある。確かパーティルで交戦した例の魔剣士の名前の一部だったが……、つまり、彼の身内がその先王の娘という女性を娶ったということだろうか。そう知ったところで僕に特別な感慨は無いが……。
 ロードも同じ話を続ける気はないらしく、紅茶を飲みながら切り替えるふうな声を出した。
「それから、別件なのですが……あなた達にとっても重要な報せがあります」
 またもったいぶって言葉を溜める。僕もパウルもじろりとその涼しげな無表情を見つめた。
「出発は急ぎの事務仕事を終えた後……、おそらく一週間ほど後のことですが、私は再びズミへ移動することになりました」
 その言葉を聞くと、彼の期待通り僕達もさすがに驚いた。すかさずパウルが神妙な顔で口を開く。
「それはトレンティアの外交官としてか? それとも……」
「レジスタンスとしてか、ですか? 私にとってはどちらも同じ仕事です。状況の把握と必要に応じた介入……、全て迅速かつ正確に動くために、やはり現地に行かねば話になりません」
「何かズミで動きがあったということか」
 パウルは続けて聞く。ロードは小さく頷いた。
「まだ細かいことを把握しているわけではありませんが……。どうやら軍は、ラズミルの地に手を入れるようです。今まで打ち捨てられていた廃墟をわざわざ掘り起こそうというのです、何かしら特別な意図、もしくは方針の転換があったと見ていいでしょう」
 それを聞いて、思わず反応したのは僕だけじゃない。ずっと端の席で体を小さくして紅茶を飲んでいたジュリもハッとして顔を上げた。
 彼が言ったラズミルという地名は……、かつてズミの王族が居住していた町……、王都と称された場所だ。彼女にとっては生まれ故郷であるはずだった。
「レジスタンスの動きは?」
 パウルの声も既に鋭い。
「ズミの中央から西部にかけては元々あまりレジスタンスも活発ではありませんので……、あるとすればやはり南部から攻め上る部隊があるかどうかというところでしょうね。私の部下にも状況を確認するよう連絡は入れていますが、なにせトレンティアとの間では通信も遅く、まだ把握はしていません」
 ロードの表情は冷めていたが、その声色は次第に深みを増していく。じっとりと睨み合うようにパウルと視線を交わしながら、同じ調子で言葉を続けた。
「トレンティア軍の動きは、現段階ではまだ、予測することしかできません。サダナムを起点としてラズミルに向かう直線距離上に都市らしい都市はなかったと思うので、南側を迂回するか、森林地帯の集落を占領して新たに基地を作るか……という選択になるでしょうね」
 彼の言葉をなぞるように、僕はセラーラ地方の地図を頭に浮かべる。次第にざわざわと胸が騒ぎだした。思わず僕は、ゆっくりと口を開く。
「……サダナムのような都市ではないけど、その直線距離の森の中……というより山の上に、にオーデルという町がある。規模としてはガダンと同じぐらいだと思う……切り立った山間に作られた町……、砦を築くにはいい立地だろう」
 一同の視線が一斉に僕に向いた。パウルが低い声で言う。
「そういやお前セラーラの出身……、その辺りなのか」
 僕は無言で頷く。ロードはふむ、と言って顎に手を当てた。
「であれば、その町を占領して山間を突っ切る形の行軍をとる可能性も高そうですね。何にせよ戦況は動くでしょう。それで、私がズミに行く以上、申し訳ありませんがあなた達をこれ以上ここで匿うことはできません。私とともにズミへ戻りますか?」
 ロードに重く尋ねられ、僕とパウルはじっと彼の顔を見つめた。ジュリはそわそわと、パウルやロードの顔を見ている。
 ……僕とて胸騒ぎは収まらなかった。当然、僕達がトレンティアにいる間にもズミで動きがあることは覚悟の上で来たわけだが……ロードがいなくなってしまうということであれば、パウルの動きにも制限が出てしまうだろう。
「俺は……」
 パウルが重たく口を開く。
「俺はベルタスに残る。……まだ調べなきゃならんことが片付いていない。ロード様の居心地のいい屋敷は名残惜しいが、別にここを出たって暮らしようはいくらでもある。王都は俺様にとっちゃ庭も同然だからな」
 そうにやりと不敵に笑って見せた。確かに、昨夜の作戦中に市街を飛び回っていた彼の姿を思い出せば「庭だ」などという言葉にもいやに説得力があった。
「まあこいつらはちょっと動きづらくなるだろうが、なんとか工夫して……」
 パウルはがしと僕の肩を掴んだ。無意識のうちに緊張していた体が反射的に跳ねる。
 思わずパウルの顔を振り向いた先で、彼も僕の目を見ていた。途端、その顔から表情が消えた。
「ヨハン?」
 そして不思議そうに名前を呼んでくる。思わず、止まっていた息をついた。……僕は今どんな顔をしていた? 我に返って表情を殺す。
「……なんでもない」
 そう言い捨てると、パウルは怪しむ目でじっと僕を見ていたが、追求はしてこない。かちゃりと鳴ったカップの音に意識を引かれて、ハッと僕はロードに視線を戻した。
「そう、ですか。ご自分で生活されるのであれば私からは何も言う事はありません。また帰国した際には連絡を入れましょう」
 そうさらりと言って、手元の紅茶を飲み干したようだった。
「もう夜も更けます。何か今のうちに連絡があれば聞きますが」
 カップを机に静かに置いて、ロードはそう言った。パウルは僕から視線を逸らして彼の方を見たが、少し考える素振りを見せただけで特に何かを言う様子はなかった。ジュリもズミの話が出てからはそわそわと落ち着かない様子だが、口を挟むことはしない。
 そこで戦後の報告会は終わって、僕達は寝室へ戻ることになった。
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