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第九章 戦場の女達
108話 それぞれの生活
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クラウスとの打ち合いは、ほどほどにするつもりが思いのほか熱中してしまった。
女の目がないとなると裸になるのもそう抵抗がないらしく、結局僕達は半裸で剣を振り回していたが……。
王宮の入口を警護するというクラウスのの仕事を邪魔するわけにはいかないので、場所はその場だ。視界には時々、パウルがグリスやリョドルを連れて忙しなく出入りする姿が横切る。
クラウスも始めはそれに目配せをしていたが、「ヨハンの稽古もお前の仕事だ」なんて言い捨てられて、次第にこちらに集中し始めた。
「ご指摘の通り、私の剣術は魔剣の使用を前提にした形になっています。“牙の魔術”は極めて広範囲への殺傷力を持っていますので、味方の進軍路を切り開く役目を追うことが多い。言ってしまえば一騎打ちには不向きなので、あなたの剣への指導としては相応しくないのかもしれませんが……」
そう言いながら、クラウスは力の入れ方や動きの判断にこまごまと指摘をしてくれる。「一騎打ちに不向き」などと言ってのけるが、それでも僕では全く歯が立たないのだから癪に障る。
「……ヨハン様、先日も思いましたが、訓練中と実戦では戦い方が違いますね。実戦でのあなたはもっと殺気立っているというか……、勝つというより相手を殺すことだけを考えているというか」
褒めているのか何なのか分からないようなことを、彼は若干戸惑ったような様子さえ浮かべて言う。
僕は何とも答えず目を逸らした。何も答えていないのに、クラウスはなるほど、と呟いた。
「あなたも“魔剣士として”戦っていくことを考えるなら、魔道の訓練にも力を入れた方がよいでしょう。指導となると私よりもイグノール殿下の方が適任かとは思いますが。あなたのその貪欲なまでの剣技と、殿下譲りの魔道の才能が合わさった魔剣士が生まれるとなれば……、いや、考えただけでも楽しみですね」
たまらず、と言ったようにクラウスは笑った。どうやらこの男は言葉を交わさずとも、その剣伝いに会話ができてしまうらしい。
考えてみれば不気味ですらあるが、言葉を言わずに済むのは気楽だ、僕は彼との打ち合いに安らぎのようなものさえ感じていた。
しかしそんな彼との会話は、やがてやや遠くからかかった愛らしい声に阻まれてしまった。
「ヨン」
僕の名前を呼び、何やら布を被せたような籠を抱えてこちらに寄ってくるのはジュリだ。それを見て慌ててクラウスが服を着始める。
「昼食はまだですか? 部隊の方からお裾分けをいただいたので、良かったら一緒に……。あ、クラウスさんも良かったらどうですか。二人で食べるにしても量が多くて……」
どこかそわそわとした、嬉しそうな顔でそう言っている。……浮かれている、というのはまさにこういう状態を言うのだろう、そんな顔だった。
まだ挙式の翌日だ、祝福のムードを周囲の者も引きずっているのだろう。あれこれともらいものをしてきたらしい。仕方なく僕も剣を一旦脇に置いて汗を拭き始めた。
「は……、ではお言葉に甘えて」
クラウスもそんなかしこまった調子で頷いた。
日差しから逃れて木陰に入り、石畳の上に弁当を広げて食事をする……、僕とジュリとクラウスという組み合わせはなんとも不思議な感覚だ。
「今朝狩りに行ってきた方からお肉をもらってきました。それから青魚の干物と。ここは海が遠いので新鮮なものはなかなか口にできないですが……、やっぱり血門術を使う方は鉄をしっかりとらないといけませんからね。前から思ってましたけどヨンはその歳の男性にしては食が細くないですか? もっと食べるべきです」
うきうきとした調子で言うジュリに差し出され、僕は狩ってきたばかりらしい新鮮な肉料理を噛む。そんな僕を見つめるジュリの顔はやっぱり浮かれていた。
「……ああ、また袖がほつれてますよ。よく見たら少し短いですね。その服を着始めたのはいつですか? まだ背が伸びてるんでしょうか。そろそろ替えた方がいいかもしれません」
そんなことを言って僕の袖を弄り始めたので、さすがに恥ずかしくなってやんわりと押し返した。
それを見たクラウスは可笑しそうに小さく笑いを浮かべている。
「……いえ、失礼しました。本当に仲が良いようで、素晴らしいと思います」
僕に睨まれてクラウスはそう涼しげに言った。そう言われれば恥ずかしくもなったのか、ジュリも顔を赤くして目を泳がせていた。
「そういえばクラウスさんは結婚されてるんですか」
ジュリも食事を始めながら、何気なくそう聞いた。そういえば知らないな、なんて僕も思ってクラウスの顔を見やる。
「ええ、まあ、一応は」
特に何の感情もなさそうに、クラウスはそんな曖昧な返事をした。
「ご家族はトレンティアに?」
「ああ、はい。私はずっとズミで軍務についていましたから、もう随分と会っていませんがね……」
「それは……寂しいですよね。戦争が終わればまた会えるといいですけど」
そんな気休めのような気遣いを言うジュリは、どこか悲しそうだった。しかしクラウスは平然とした顔でぐいと茶を飲んでから言う。
「二度と会わない覚悟ですよ」
そんな言葉の重たさにはジュリは驚いたらしい。僕も目を細めてクラウスを見た。
彼は今トレンティアの正規軍を裏切ってここにいるのだ。そんなことは少し考えれば分かることでもある……。
「子どもはいないのか」
僕がそう聞くと、それでもクラウスは少しだけ寂しそうに微笑むだけだ。
「いますよ。息子が二人……、十二と十になります。成長の早い時期ですからね、父親の顔などもう忘れたかもしれませんが」
「よくそれを捨ててまでイグノールに従おうと思ったな」
僕は淡白に言った。別に嫌味を言うつもりもなかったが……、到底僕には信じられない感覚だったから。そこにどんな理由があったにしても、父に見捨てられたその二人の息子はどう思うだろうか、なんて……、あまり想像もしたくない。
クラウスは数秒の間黙った。そこに一抹の迷いはあったのかもしれない。
「誰に何と言われようと構いません、私は既に生涯をあの方に捧げると決めました。妻子を軽んじたつもりもありませんが、それよりも殿下の方が大事なだけです」
そんなことを言った言葉はやっぱり到底理解できないが、それ以上を語らせるのも野暮というものだろう。僕は黙って固くなった魚をばりばりと噛み始めた。
その騎士が背負った覚悟の重たさに愕然としてしまったのか、ジュリもどこか強張った顔で黙ってしまった。その顔を見てぼんやりと思う。僕はきっと、クラウスの気持ちに共感することなど一生ないだろう。
食事をしていると、また遠くからこちらへ真っ直ぐ歩いてくる者があった。
「ヨハン様! ああ、このいいお天気の下でお食事ですか、いいですねえ。あ、殿下とモルズ殿が戻り次第話をしたいと言っていました。まあ王宮で、なのでここで待ってたら会えそうですけど。お食事はごゆっくりどうぞ」
気の抜けた調子で言うのはグリスだった。この男は、初めて会った時の悲壮な有り様からは思いもつかないほど陽気だ。クラウスとは違って重たいものを背負うことももはやないのだろうか。
「え、家族の話ですか? ああ、俺にもいますよ。できの悪い女房だと思ってましたが、離れてみると恋しいもんです。娘が三人いましてね、俺が正規軍を抜けたなんて話聞いてるのかな、分からないけど。会えるなら会いたいですねえ……」
どうやら妻子はあったらしい。しんみりと、故郷を懐かしむような調子で、しかし表情は微笑んでいた。
……こちらはこちらで僕には共感できない心情だ。変な顔をしている僕を見て、グリスは仕方無さそうに笑った。
「まあ、それぞれ家族とか恋人とかを国に置いてきてるのは、トレンティア兵は皆そうですよ。だけど俺達に家族を殺されたズミ人はもっと多いでしょう。家族には国で安穏と生きていてくれるならそれだけで十分です。……罪滅ぼし、になるかは分からないですけど、俺はズミの人達のために戦います。イグノール殿下がその勇気を俺にくれました」
意外にも、と言っては失礼だろうか、彼には彼なりに背負った覚悟があるらしい。結局、守りたいものは人それぞれ、なんて月並みな結論になってしまうのかもしれない。
さっさと食事を済ませて訓練に戻ろう。そう思いながら魚を噛む口を急がせていたが、そこへちょうど戻ってきた様子の、パウルとモルズが通りかかってこちらを見た。
「なんだ、こんなところで弁当広げて……、のどかなもんだな。まあ王宮でかしこまるのも面倒だ、ここでいいか」
そう言ってパウルは木にもたれかかって話し始める。クラウスは途端に食事を放り投げて立ち上がり、パウルの斜め後ろに控え始めた。
「密会の約束は一週間後だが、準備のためにすぐ向かうことにする。クラウスとリョドルは連れて行くが、エレアノールにはこっちの留守を守ってもらう。それから……」
そう言って傍らのモルズに視線をやった。モルズも何気ない様子で頷く。
「ヨン、お前も準備にかかってはイグノールに協力してやってほしい。だが私の方からもお前には頼みたい任務があってな、彼の許可が降り次第、その会合の当日を待たずとも戻ってきてほしい。……いいか、イグノール」
念を押すようにパウルを睨んだ。パウルはやや不機嫌そうだ。
「分かっている。会合そのものにこいつは不要だ、準備が済めばすぐ帰すさ。だがグリスの件は頼むぞ」
その二人の間ではすでに、同盟関係ながら別勢力の頭目同士という緊張感が漂っているようだった。
一同は神妙な顔でボス達の指示を聞く。パウルはグリスの方を振り向いた。
「グリス、お前は一旦ここで待機して、ヨハンが戻り次第モルズからの任務というのに同行してほしい。ヨハンの任務の詳細はモルズから説明があるだろうが……、グリス、お前自身の任務はヨハンの護衛だ。万が一にも私の息子に傷を付けさせるなよ」
そんなことを重々しく言われたグリスは跳ぶように驚いて、びしと背筋を伸ばした。……護衛? こいつが、僕の?
クラウスはどこか落ち着きのない様子でパウルとモルズの顔を見ていたが、やがて恐る恐る口を開いた。
「恐れながら、エレアノール様はこちらで、ということですが、護衛の者は……」
心配をしているのはエレアノールのことらしい。それには、ああ、と相槌ひとつモルズが返事をした。
「その件については我が隊からルヴァークが協力しよう。女性でありながら武芸の腕を磨いたズミ人の戦士だ、エレアノール殿の護衛兼側仕えとしては適任だろう」
その言葉を聞いて僕はルヴァークの厳格な顔を思い浮かべた。パウルは難しそうに眉を寄せている。
「あの女傑が張り込んでくれるんなら頼もしいことこのうえないが……、あのトレンティア嫌いで務まるのか? 喧嘩しないか心配だよ」
モルズもむっと眉を寄せたようだ。
「さすがに私から頼んだ任務だ、疎かにはしないだろう。仲良くしろというのは無理かもしれないが、他に適任もいないのだから我慢してくれ」
僕はあのルヴァークとエレアノールが同室で二人きりになって睨み合っている様を想像してしまった。確かに仲良くしろというのは無理があるかもしれない。
……しかし当然ながら、トレンティア嫌いはルヴァークに限った話ではない。男の兵士などには余計に任せられないだろう。
パウルも承諾はしているようで、仕方無さそうに首を振った。
「まあ、エレアノールは彼女自身も戦闘魔術の使い手として上級者だ、いざとなれば自分の身ぐらい自分で守るだろう。お前は私の護衛に集中しろよ、クラウス」
クラウスの表情は曇ったままだが、当然反論できることではないだろう。かしこまりました、なんて硬い声で言った。
「そうと決まれば早速準備だ。クスダンは近いからな、準備ができ次第午後からでも出発するぞ」
そう言ってパウルはさっさと王宮の中へと戻っていくようだ。僕達も食事を切り上げてそれぞれの任務につく。
結婚式が終わったのだから当然かもしれないが、それまでとは違う任務が始まっていく状況で、次第にじっくりと戦中の空気が肌に沁み込んでいくような感じがした。
考えてみれば僕は魔剣士だ、軍の中でも重要戦力に違いない。挙式のために今まで神殿の修復ばかりしていた、その間この剣を腐らせていたことを思うと引け目さえ感じてしまう。
これからは存分に戦える……そんな鼓舞のような感情を、鉄分の多い食事と共に噛み締めて、僕はやがて次の場所へ向かう。
クスダンとラズミルの距離は近い。正午を過ぎてから出発しても夕方には到着する。
物資の面で言ってもラズミルよりよっぽどものが揃う町だ。密会のためにラズミルと発つと言っても、ほとんど最低限の身支度だけで僕達は出かけた。
出発する時になると、町の入口には予定通りパウルとクラウスとリョドルと、あとは馬が二頭立っていた。その顔を見るとやはりヤーナンではないらしい。
「ああ、初代はウィルとの戦闘に巻き込まれて死んでしまった。これはクスダンで買ってきたヤーナン二世」
そんなことを言いながらパウルは軽々と馬の背に跨った。
短い間とはいえ世話を見たあの馬が死んでしまったと聞くと、僕の気分も少しだけ下がった。クラウスはもう一頭の首を撫でながら平然と言う。
「町で買った馬ですので、軍馬としては心許ありません。やはり軍備となるとトレンティアの正規軍から供出してもらいたいものですね」
……それは略奪と言うのではないだろうか、なんて口出しは、戦争中の時分には野暮というものだろうか。僕は何も言わなかった。
そんな僕へ、クラウスは不思議そうな顔を向けてくる。
「ヨハン様、どうぞご乗馬を」
「僕が乗るのか」
無表情でそう返事したが、クラウスは余計に変な顔をした。何を当たり前のことを言ってるんだ、とでも言いたげだ。
「ズミじゃトレンティアほど乗馬文化が馴染んでないんだよ、ヨハンにも乗馬経験はほとんど無いらしい。クラウス、お前が乗っても構わないが……まあ乗りたい者が乗るといい」
パウルはそんな投げやりなことを言った。驚いてクラウスはパウルと僕の顔とを交互に見やる。
「いえ、そのような、ヨハン様を歩かせて私が頭を高くすることなどできません。ヨハン様、良い機会ですから乗馬も練習なさってください」
そんなことを言ってくるので、僕は仕方なく馬に乗った。見様見真似で鐙を踏んで手綱を握り、背に跨ることぐらいはできる。
「腹を蹴ったら進め、手綱を手前に引けば止まれ。右へ左へはそちらに手綱を引く。以上だ」
パウルは無気力にさえ見えるような淡白な調子でそう言い、さっさと馬を進め始めた。
……クスダンまでの短い道中は、しかし僕にとって緊張に満ちた経験になったことは言うまでもない。
建前上は、僕達はリョドルの魔法薬の製作のためにクスダンに詰めることになっている。まず向かうのは彼の工房だった。
クスダンでも、モルズ達と共に陣取っていた街の中心部からは離れた、本当に町とその外との境界と言ってもいいほどの町外れにそれはあった。レンガ造りで、立派な煙突のついた、傍目にも何かの工場だと分かる建物だ。
頑丈な木材で作られた扉には固く錠が下りていて、リョドルがそれを開けてから中へ入る。魔道士の家といえど、照明はトレンティアのような魔法の燭台ではなくズミの蝋燭らしい。
「クラウスさん火つけといて」
石を打つのも億劫だ、というようにリョドルが指示をするのを聞いてクラウスは渋そうな顔で指先に火を灯して蝋燭に移していた。
入ってすぐのところは小綺麗な民家という風情だ。応接間らしい机には素朴な刺繍の入った布が敷かれ、椅子も綿を詰めたしっかりとしたものが置かれている。
薬屋などという場所に入った経験もなかったので、僕は物珍しくそんな家屋を見回していた。壁にとりつけられた棚には確かに、硝子瓶に入った薬が酒屋のように並べられている。
その棚の脇にはもうひとつ扉があり、奥の部屋には薬の調合をする場所などがあるのだろうか。
応接間の隅から二階へと続く梯子は狭くひっそりとしていて、一人ずつしか上がれなさそうである。その先を見上げてリョドルは説明する。
「一応二階が私の棲み家だ。四人も寝るには狭いし、しばらく放ってたから汚いと思うけどそれでもいいなら……、今から頑張って片付けるけど」
「ラズミルじゃあ天井に穴の空いた廃墟に毛布敷いて寝てたんだ、それと比べれば十分立派な宿さ。だが一応お前個人の家だろ、こんな男三人が押しかけていいのか? いいのなら片付けも手伝うが」
パウルが気遣うように言ったのに対して、リョドルは仕方無さそうにため息をつく。
「嫌だって言ったって君達の身分じゃ宿を取るのも面倒だろう、私に気兼ねはしなくていいよ。……ああ、だけど片付けは自分でやらせてくれ、恥ずかしいから。悪いけどその間君達はそこでお茶でも飲んでるか……、まあ興味あれば調合釜とか見ててもいいよ。見るだけで、勝手に触らないでほしいけど」
そう言って僕達を一階に放置し、リョドルは二階へと去っていった。言われるがままに僕達は調合釜の見学をしに行く。
応接間から扉をくぐると、そこには僕の期待通りの怪しげな薬師の研究室、という風景が広がっていた。
広い石作りの床の上に大きな炉と、僕ぐらいの体格であれば膝を抱えてすっぽり入れそうなほど大きな釜がどしりと置かれている。
その脇の作業台には大小さまざまな水瓶やすり鉢がいくつも並び、壁には薬草の数々がぶら下げられ、棚の上には瓶や壺に入った薬剤がずらりと敷き詰められている。
書斎らしい机と大きな本棚もあり、そこにはアルドの家にもあったような薬草図鑑や医術書もあるようだが、さすが神官だろうか、神学の論考書らしいものや教典類の割合が随分多い。
そしてリョドルが自分でしたためたらしい紙束が積み上がっている部分もある。そんな景色を見て当然パウルは目を輝かせていた。
クラウスなどは僕と同じくぼんやりとしか見ていないようだが、きっとジュリを連れてきても目を輝かせただろうな……なんて想像を馳せる。
「釜には触るなって言ってたけど本は言ってなかったよな」
そんな屁理屈のような独り言を言いながら、パウルは机の上に広がった紙を丁寧な手つきで触り始めた。
「うわあ、ズミの古語だ、読めねえ……。こいつ古語を普段使いしてんのか? こっちは……一応現代語だが薬学の用語が専門的すぎてさっぱりだな。あっこの魔道書……懐かしいな、ほらジャック、あの『魔道線基礎論題』の翻訳書だぜ! 戦前からラズミルで出回ってたんだよなあ。こいつは貴重な資料……、おおっこれは魔法陣の用例集……、素晴らしい、すぐにでも持ち帰って論文にしたい!」
一人で大興奮を始めたパウルを、クラウスは真顔のままただじっと見守っていた。僕は次第に退屈になって応接間に戻って茶を飲み始めた。
「私やっぱりここに住みたい」
「馬鹿なこと言わないでください。何しに来たんですか」
扉の向こうからそんな呆れるような会話が聞こえてくる。天井の上からは片付けに駆け回るリョドルの足音がどすどすと響いてきている、そんな時間は結局すっかり夜が更けるまで続いた。
女の目がないとなると裸になるのもそう抵抗がないらしく、結局僕達は半裸で剣を振り回していたが……。
王宮の入口を警護するというクラウスのの仕事を邪魔するわけにはいかないので、場所はその場だ。視界には時々、パウルがグリスやリョドルを連れて忙しなく出入りする姿が横切る。
クラウスも始めはそれに目配せをしていたが、「ヨハンの稽古もお前の仕事だ」なんて言い捨てられて、次第にこちらに集中し始めた。
「ご指摘の通り、私の剣術は魔剣の使用を前提にした形になっています。“牙の魔術”は極めて広範囲への殺傷力を持っていますので、味方の進軍路を切り開く役目を追うことが多い。言ってしまえば一騎打ちには不向きなので、あなたの剣への指導としては相応しくないのかもしれませんが……」
そう言いながら、クラウスは力の入れ方や動きの判断にこまごまと指摘をしてくれる。「一騎打ちに不向き」などと言ってのけるが、それでも僕では全く歯が立たないのだから癪に障る。
「……ヨハン様、先日も思いましたが、訓練中と実戦では戦い方が違いますね。実戦でのあなたはもっと殺気立っているというか……、勝つというより相手を殺すことだけを考えているというか」
褒めているのか何なのか分からないようなことを、彼は若干戸惑ったような様子さえ浮かべて言う。
僕は何とも答えず目を逸らした。何も答えていないのに、クラウスはなるほど、と呟いた。
「あなたも“魔剣士として”戦っていくことを考えるなら、魔道の訓練にも力を入れた方がよいでしょう。指導となると私よりもイグノール殿下の方が適任かとは思いますが。あなたのその貪欲なまでの剣技と、殿下譲りの魔道の才能が合わさった魔剣士が生まれるとなれば……、いや、考えただけでも楽しみですね」
たまらず、と言ったようにクラウスは笑った。どうやらこの男は言葉を交わさずとも、その剣伝いに会話ができてしまうらしい。
考えてみれば不気味ですらあるが、言葉を言わずに済むのは気楽だ、僕は彼との打ち合いに安らぎのようなものさえ感じていた。
しかしそんな彼との会話は、やがてやや遠くからかかった愛らしい声に阻まれてしまった。
「ヨン」
僕の名前を呼び、何やら布を被せたような籠を抱えてこちらに寄ってくるのはジュリだ。それを見て慌ててクラウスが服を着始める。
「昼食はまだですか? 部隊の方からお裾分けをいただいたので、良かったら一緒に……。あ、クラウスさんも良かったらどうですか。二人で食べるにしても量が多くて……」
どこかそわそわとした、嬉しそうな顔でそう言っている。……浮かれている、というのはまさにこういう状態を言うのだろう、そんな顔だった。
まだ挙式の翌日だ、祝福のムードを周囲の者も引きずっているのだろう。あれこれともらいものをしてきたらしい。仕方なく僕も剣を一旦脇に置いて汗を拭き始めた。
「は……、ではお言葉に甘えて」
クラウスもそんなかしこまった調子で頷いた。
日差しから逃れて木陰に入り、石畳の上に弁当を広げて食事をする……、僕とジュリとクラウスという組み合わせはなんとも不思議な感覚だ。
「今朝狩りに行ってきた方からお肉をもらってきました。それから青魚の干物と。ここは海が遠いので新鮮なものはなかなか口にできないですが……、やっぱり血門術を使う方は鉄をしっかりとらないといけませんからね。前から思ってましたけどヨンはその歳の男性にしては食が細くないですか? もっと食べるべきです」
うきうきとした調子で言うジュリに差し出され、僕は狩ってきたばかりらしい新鮮な肉料理を噛む。そんな僕を見つめるジュリの顔はやっぱり浮かれていた。
「……ああ、また袖がほつれてますよ。よく見たら少し短いですね。その服を着始めたのはいつですか? まだ背が伸びてるんでしょうか。そろそろ替えた方がいいかもしれません」
そんなことを言って僕の袖を弄り始めたので、さすがに恥ずかしくなってやんわりと押し返した。
それを見たクラウスは可笑しそうに小さく笑いを浮かべている。
「……いえ、失礼しました。本当に仲が良いようで、素晴らしいと思います」
僕に睨まれてクラウスはそう涼しげに言った。そう言われれば恥ずかしくもなったのか、ジュリも顔を赤くして目を泳がせていた。
「そういえばクラウスさんは結婚されてるんですか」
ジュリも食事を始めながら、何気なくそう聞いた。そういえば知らないな、なんて僕も思ってクラウスの顔を見やる。
「ええ、まあ、一応は」
特に何の感情もなさそうに、クラウスはそんな曖昧な返事をした。
「ご家族はトレンティアに?」
「ああ、はい。私はずっとズミで軍務についていましたから、もう随分と会っていませんがね……」
「それは……寂しいですよね。戦争が終わればまた会えるといいですけど」
そんな気休めのような気遣いを言うジュリは、どこか悲しそうだった。しかしクラウスは平然とした顔でぐいと茶を飲んでから言う。
「二度と会わない覚悟ですよ」
そんな言葉の重たさにはジュリは驚いたらしい。僕も目を細めてクラウスを見た。
彼は今トレンティアの正規軍を裏切ってここにいるのだ。そんなことは少し考えれば分かることでもある……。
「子どもはいないのか」
僕がそう聞くと、それでもクラウスは少しだけ寂しそうに微笑むだけだ。
「いますよ。息子が二人……、十二と十になります。成長の早い時期ですからね、父親の顔などもう忘れたかもしれませんが」
「よくそれを捨ててまでイグノールに従おうと思ったな」
僕は淡白に言った。別に嫌味を言うつもりもなかったが……、到底僕には信じられない感覚だったから。そこにどんな理由があったにしても、父に見捨てられたその二人の息子はどう思うだろうか、なんて……、あまり想像もしたくない。
クラウスは数秒の間黙った。そこに一抹の迷いはあったのかもしれない。
「誰に何と言われようと構いません、私は既に生涯をあの方に捧げると決めました。妻子を軽んじたつもりもありませんが、それよりも殿下の方が大事なだけです」
そんなことを言った言葉はやっぱり到底理解できないが、それ以上を語らせるのも野暮というものだろう。僕は黙って固くなった魚をばりばりと噛み始めた。
その騎士が背負った覚悟の重たさに愕然としてしまったのか、ジュリもどこか強張った顔で黙ってしまった。その顔を見てぼんやりと思う。僕はきっと、クラウスの気持ちに共感することなど一生ないだろう。
食事をしていると、また遠くからこちらへ真っ直ぐ歩いてくる者があった。
「ヨハン様! ああ、このいいお天気の下でお食事ですか、いいですねえ。あ、殿下とモルズ殿が戻り次第話をしたいと言っていました。まあ王宮で、なのでここで待ってたら会えそうですけど。お食事はごゆっくりどうぞ」
気の抜けた調子で言うのはグリスだった。この男は、初めて会った時の悲壮な有り様からは思いもつかないほど陽気だ。クラウスとは違って重たいものを背負うことももはやないのだろうか。
「え、家族の話ですか? ああ、俺にもいますよ。できの悪い女房だと思ってましたが、離れてみると恋しいもんです。娘が三人いましてね、俺が正規軍を抜けたなんて話聞いてるのかな、分からないけど。会えるなら会いたいですねえ……」
どうやら妻子はあったらしい。しんみりと、故郷を懐かしむような調子で、しかし表情は微笑んでいた。
……こちらはこちらで僕には共感できない心情だ。変な顔をしている僕を見て、グリスは仕方無さそうに笑った。
「まあ、それぞれ家族とか恋人とかを国に置いてきてるのは、トレンティア兵は皆そうですよ。だけど俺達に家族を殺されたズミ人はもっと多いでしょう。家族には国で安穏と生きていてくれるならそれだけで十分です。……罪滅ぼし、になるかは分からないですけど、俺はズミの人達のために戦います。イグノール殿下がその勇気を俺にくれました」
意外にも、と言っては失礼だろうか、彼には彼なりに背負った覚悟があるらしい。結局、守りたいものは人それぞれ、なんて月並みな結論になってしまうのかもしれない。
さっさと食事を済ませて訓練に戻ろう。そう思いながら魚を噛む口を急がせていたが、そこへちょうど戻ってきた様子の、パウルとモルズが通りかかってこちらを見た。
「なんだ、こんなところで弁当広げて……、のどかなもんだな。まあ王宮でかしこまるのも面倒だ、ここでいいか」
そう言ってパウルは木にもたれかかって話し始める。クラウスは途端に食事を放り投げて立ち上がり、パウルの斜め後ろに控え始めた。
「密会の約束は一週間後だが、準備のためにすぐ向かうことにする。クラウスとリョドルは連れて行くが、エレアノールにはこっちの留守を守ってもらう。それから……」
そう言って傍らのモルズに視線をやった。モルズも何気ない様子で頷く。
「ヨン、お前も準備にかかってはイグノールに協力してやってほしい。だが私の方からもお前には頼みたい任務があってな、彼の許可が降り次第、その会合の当日を待たずとも戻ってきてほしい。……いいか、イグノール」
念を押すようにパウルを睨んだ。パウルはやや不機嫌そうだ。
「分かっている。会合そのものにこいつは不要だ、準備が済めばすぐ帰すさ。だがグリスの件は頼むぞ」
その二人の間ではすでに、同盟関係ながら別勢力の頭目同士という緊張感が漂っているようだった。
一同は神妙な顔でボス達の指示を聞く。パウルはグリスの方を振り向いた。
「グリス、お前は一旦ここで待機して、ヨハンが戻り次第モルズからの任務というのに同行してほしい。ヨハンの任務の詳細はモルズから説明があるだろうが……、グリス、お前自身の任務はヨハンの護衛だ。万が一にも私の息子に傷を付けさせるなよ」
そんなことを重々しく言われたグリスは跳ぶように驚いて、びしと背筋を伸ばした。……護衛? こいつが、僕の?
クラウスはどこか落ち着きのない様子でパウルとモルズの顔を見ていたが、やがて恐る恐る口を開いた。
「恐れながら、エレアノール様はこちらで、ということですが、護衛の者は……」
心配をしているのはエレアノールのことらしい。それには、ああ、と相槌ひとつモルズが返事をした。
「その件については我が隊からルヴァークが協力しよう。女性でありながら武芸の腕を磨いたズミ人の戦士だ、エレアノール殿の護衛兼側仕えとしては適任だろう」
その言葉を聞いて僕はルヴァークの厳格な顔を思い浮かべた。パウルは難しそうに眉を寄せている。
「あの女傑が張り込んでくれるんなら頼もしいことこのうえないが……、あのトレンティア嫌いで務まるのか? 喧嘩しないか心配だよ」
モルズもむっと眉を寄せたようだ。
「さすがに私から頼んだ任務だ、疎かにはしないだろう。仲良くしろというのは無理かもしれないが、他に適任もいないのだから我慢してくれ」
僕はあのルヴァークとエレアノールが同室で二人きりになって睨み合っている様を想像してしまった。確かに仲良くしろというのは無理があるかもしれない。
……しかし当然ながら、トレンティア嫌いはルヴァークに限った話ではない。男の兵士などには余計に任せられないだろう。
パウルも承諾はしているようで、仕方無さそうに首を振った。
「まあ、エレアノールは彼女自身も戦闘魔術の使い手として上級者だ、いざとなれば自分の身ぐらい自分で守るだろう。お前は私の護衛に集中しろよ、クラウス」
クラウスの表情は曇ったままだが、当然反論できることではないだろう。かしこまりました、なんて硬い声で言った。
「そうと決まれば早速準備だ。クスダンは近いからな、準備ができ次第午後からでも出発するぞ」
そう言ってパウルはさっさと王宮の中へと戻っていくようだ。僕達も食事を切り上げてそれぞれの任務につく。
結婚式が終わったのだから当然かもしれないが、それまでとは違う任務が始まっていく状況で、次第にじっくりと戦中の空気が肌に沁み込んでいくような感じがした。
考えてみれば僕は魔剣士だ、軍の中でも重要戦力に違いない。挙式のために今まで神殿の修復ばかりしていた、その間この剣を腐らせていたことを思うと引け目さえ感じてしまう。
これからは存分に戦える……そんな鼓舞のような感情を、鉄分の多い食事と共に噛み締めて、僕はやがて次の場所へ向かう。
クスダンとラズミルの距離は近い。正午を過ぎてから出発しても夕方には到着する。
物資の面で言ってもラズミルよりよっぽどものが揃う町だ。密会のためにラズミルと発つと言っても、ほとんど最低限の身支度だけで僕達は出かけた。
出発する時になると、町の入口には予定通りパウルとクラウスとリョドルと、あとは馬が二頭立っていた。その顔を見るとやはりヤーナンではないらしい。
「ああ、初代はウィルとの戦闘に巻き込まれて死んでしまった。これはクスダンで買ってきたヤーナン二世」
そんなことを言いながらパウルは軽々と馬の背に跨った。
短い間とはいえ世話を見たあの馬が死んでしまったと聞くと、僕の気分も少しだけ下がった。クラウスはもう一頭の首を撫でながら平然と言う。
「町で買った馬ですので、軍馬としては心許ありません。やはり軍備となるとトレンティアの正規軍から供出してもらいたいものですね」
……それは略奪と言うのではないだろうか、なんて口出しは、戦争中の時分には野暮というものだろうか。僕は何も言わなかった。
そんな僕へ、クラウスは不思議そうな顔を向けてくる。
「ヨハン様、どうぞご乗馬を」
「僕が乗るのか」
無表情でそう返事したが、クラウスは余計に変な顔をした。何を当たり前のことを言ってるんだ、とでも言いたげだ。
「ズミじゃトレンティアほど乗馬文化が馴染んでないんだよ、ヨハンにも乗馬経験はほとんど無いらしい。クラウス、お前が乗っても構わないが……まあ乗りたい者が乗るといい」
パウルはそんな投げやりなことを言った。驚いてクラウスはパウルと僕の顔とを交互に見やる。
「いえ、そのような、ヨハン様を歩かせて私が頭を高くすることなどできません。ヨハン様、良い機会ですから乗馬も練習なさってください」
そんなことを言ってくるので、僕は仕方なく馬に乗った。見様見真似で鐙を踏んで手綱を握り、背に跨ることぐらいはできる。
「腹を蹴ったら進め、手綱を手前に引けば止まれ。右へ左へはそちらに手綱を引く。以上だ」
パウルは無気力にさえ見えるような淡白な調子でそう言い、さっさと馬を進め始めた。
……クスダンまでの短い道中は、しかし僕にとって緊張に満ちた経験になったことは言うまでもない。
建前上は、僕達はリョドルの魔法薬の製作のためにクスダンに詰めることになっている。まず向かうのは彼の工房だった。
クスダンでも、モルズ達と共に陣取っていた街の中心部からは離れた、本当に町とその外との境界と言ってもいいほどの町外れにそれはあった。レンガ造りで、立派な煙突のついた、傍目にも何かの工場だと分かる建物だ。
頑丈な木材で作られた扉には固く錠が下りていて、リョドルがそれを開けてから中へ入る。魔道士の家といえど、照明はトレンティアのような魔法の燭台ではなくズミの蝋燭らしい。
「クラウスさん火つけといて」
石を打つのも億劫だ、というようにリョドルが指示をするのを聞いてクラウスは渋そうな顔で指先に火を灯して蝋燭に移していた。
入ってすぐのところは小綺麗な民家という風情だ。応接間らしい机には素朴な刺繍の入った布が敷かれ、椅子も綿を詰めたしっかりとしたものが置かれている。
薬屋などという場所に入った経験もなかったので、僕は物珍しくそんな家屋を見回していた。壁にとりつけられた棚には確かに、硝子瓶に入った薬が酒屋のように並べられている。
その棚の脇にはもうひとつ扉があり、奥の部屋には薬の調合をする場所などがあるのだろうか。
応接間の隅から二階へと続く梯子は狭くひっそりとしていて、一人ずつしか上がれなさそうである。その先を見上げてリョドルは説明する。
「一応二階が私の棲み家だ。四人も寝るには狭いし、しばらく放ってたから汚いと思うけどそれでもいいなら……、今から頑張って片付けるけど」
「ラズミルじゃあ天井に穴の空いた廃墟に毛布敷いて寝てたんだ、それと比べれば十分立派な宿さ。だが一応お前個人の家だろ、こんな男三人が押しかけていいのか? いいのなら片付けも手伝うが」
パウルが気遣うように言ったのに対して、リョドルは仕方無さそうにため息をつく。
「嫌だって言ったって君達の身分じゃ宿を取るのも面倒だろう、私に気兼ねはしなくていいよ。……ああ、だけど片付けは自分でやらせてくれ、恥ずかしいから。悪いけどその間君達はそこでお茶でも飲んでるか……、まあ興味あれば調合釜とか見ててもいいよ。見るだけで、勝手に触らないでほしいけど」
そう言って僕達を一階に放置し、リョドルは二階へと去っていった。言われるがままに僕達は調合釜の見学をしに行く。
応接間から扉をくぐると、そこには僕の期待通りの怪しげな薬師の研究室、という風景が広がっていた。
広い石作りの床の上に大きな炉と、僕ぐらいの体格であれば膝を抱えてすっぽり入れそうなほど大きな釜がどしりと置かれている。
その脇の作業台には大小さまざまな水瓶やすり鉢がいくつも並び、壁には薬草の数々がぶら下げられ、棚の上には瓶や壺に入った薬剤がずらりと敷き詰められている。
書斎らしい机と大きな本棚もあり、そこにはアルドの家にもあったような薬草図鑑や医術書もあるようだが、さすが神官だろうか、神学の論考書らしいものや教典類の割合が随分多い。
そしてリョドルが自分でしたためたらしい紙束が積み上がっている部分もある。そんな景色を見て当然パウルは目を輝かせていた。
クラウスなどは僕と同じくぼんやりとしか見ていないようだが、きっとジュリを連れてきても目を輝かせただろうな……なんて想像を馳せる。
「釜には触るなって言ってたけど本は言ってなかったよな」
そんな屁理屈のような独り言を言いながら、パウルは机の上に広がった紙を丁寧な手つきで触り始めた。
「うわあ、ズミの古語だ、読めねえ……。こいつ古語を普段使いしてんのか? こっちは……一応現代語だが薬学の用語が専門的すぎてさっぱりだな。あっこの魔道書……懐かしいな、ほらジャック、あの『魔道線基礎論題』の翻訳書だぜ! 戦前からラズミルで出回ってたんだよなあ。こいつは貴重な資料……、おおっこれは魔法陣の用例集……、素晴らしい、すぐにでも持ち帰って論文にしたい!」
一人で大興奮を始めたパウルを、クラウスは真顔のままただじっと見守っていた。僕は次第に退屈になって応接間に戻って茶を飲み始めた。
「私やっぱりここに住みたい」
「馬鹿なこと言わないでください。何しに来たんですか」
扉の向こうからそんな呆れるような会話が聞こえてくる。天井の上からは片付けに駆け回るリョドルの足音がどすどすと響いてきている、そんな時間は結局すっかり夜が更けるまで続いた。
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