サーシェ

天山敬法

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第九章 戦場の女達

109話 娼婦の恋煩い

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 リョドルの家で一晩を明かした翌日、僕達は早速会合に向けた準備を始める。……要は、会合と称して騙し討ちなどをされないように警戒して、現地の事前調査をするわけだ。
 パーティルでもロードと初めて会う前にはそんな周到な準備をしていたことをなんとなく思い出す。トレンティア貴族といってもレジスタンスだ、そこまで警戒する必要があるのだろうか……、なんて思いはよぎる。それもパーティルの時と同じだ。
 僕が受けた指示はまず、町中に魔法陣が隠されていないかを確かめることだった。僕の魔力感度をもってすれば、その上を歩くだけで大体の魔法陣は看破できるから、作業としては町中を練り歩くことになる。
 ただそれだけの作業もトレンティア人がやると目立って仕方がない、という理由で僕は連れてこられたのであった。それでも当然目の色は青いから目立つは目立つのだが……。
 その目立ち具合を少しでも緩和するため、それから道案内も兼ねてリョドルと肩を並べて歩くことになった。
 何気なさを装って……いや実際リョドルにとっては何気ないのかもしれない、のんきに世間話をしながら。
「クスダンもこのひと月で随分と賑わってきたな。ラズミルに軍が入ったのを聞いて商売しにきた人が多いんだろうなあ」
「まだラズミルから東へ出てすぐの所……ナートっていう例の砦ににトレンティア兵が詰めてるから物騒ではあるけど……、あそこさえ突破すればラズミルにももっと人が入るようになるんじゃないかな」
「ナートはもともと対トレンティア戦を想定してズミ軍が作った砦だ、落とすとなるとなかなか骨が折れると思うよ」
 リョドルはのんきにあくびをしながらそんなことを語った。
 今のところトレンティア軍がラズミルに攻めてくるような様子はないが、この膠着状態もそういつまでもは続かないだろう。近い内にこちらから攻めに行くことになるのだろうか。
 戦いの予感を思って緊張を高める僕をよそに、やっぱりリョドルはのんきそうだ。軒先に出た店を眺めてうきうきと声を上げている。
「ああヨハン、花屋が露店を出してるよ。天気がいいとやっぱり見栄えがいいな、それだけで街が明るくなる」
 そう言いながら彼は立ち止まり、店に飾られた色とりどりの花を鑑賞し始めた。
 彼にとっては敵が陣取った砦よりも花屋の方に関心が高いのだ。そんなのどかな様子を見ると僕まで気が抜けてくる。
「たまにはジュリに花を贈ったりもしてやりなよ? 見てごらん、紫陽花の……この清涼な空色は彼女にきっとよく似合う。百合は少し派手すぎるかなあ……」
 ジュリの名前を出されるとついどきりとする。リョドルがまさぐっているその鮮やかな花が、彼女の笑顔とともにある様を思わず想像してしまった。
 当然僕には花のことなど分からないし、それを彼女に贈るなんて考えたこともなかった。やっぱり女というのはそういうことで喜ぶものなのだろうか。
 そう思うと少しそわそわするような心地がしたが、リョドルに聞くのはなんとなく癪だ。
「……後にしろ。まだ仕事の途中だろ」
 僕は素っ気なく言って彼を急かした。仕方無さそうに肩を竦めてリョドルは歩き出す。
「予定の場所は娼館と言っていたか。清らかな神官には縁のない場所だけど、薬屋のお得意先だから私もよく知っている道だ。でも朝から男二人で歩くのは憚られるな。現地は後で君一人で探ってくれ。場所だけ覚えといて」
 そうとだけ言われて、娼館通りの前も今は素通りする。
 なるべく大きい通りから優先的に踏むように、街の中心部へと移っていく。次第に見覚えのある町並みが見えてきた。
 当初モルズ達が構えた町の集会所の近くで、最初に隠し陣を見つけた。周囲には活動する住民の往来がある中、全く素知らぬふりをしながら傍らのリョドルにだけ短く報告をする。
「中央北、集会所の横」
 当然地図を広げてその場で書き込むような仕草も目立つ。数が少ない内は口頭で共有をして、漏れがないように記憶する。
「北通りの宿屋の前……」
 次にそれを見つけた時にはたと気付く。そこは僕達がクスダンにいた時に滞在した、宿屋の場所だった。
 ……そういえばその時、パウルが自分でこそこそと魔法陣を仕掛けていたことを思い出す。おそらくその時のものだ。
 その周辺にも三つほど、パウルが仕掛けたらしいものが見つかった。念の為に記憶はしておく。
 その頃になると正午を過ぎ、適当に見つけた酒場に入ってリョドルと昼食を取る。血門術の使用に備えて鉄分の多いものを食べていると、それを見たリョドルはぼんやりと言う。
「さすが新婚、精力つくものを食べるねえ。あそうだ、帰ったら夫婦の営みにいい薬をあげようか。いや君達はまだ若いから余計かな?」
 僕はその清らかな神官の言葉を平然と無視してやった。午後からも同じように練り歩くが、そこからは新しい陣は見つからなかった。
 夕刻にさしかかる頃にリョドルとは別れ、例の娼館通りに一人で入る。
 案の定客引きの女から声をかけられたり、情婦を連れて歩く男とすれ違ったりということはあったが、魔法陣らしいものは見つからない。
 町外れにあるリョドルの工房までは、 リョドルの家で一晩を明かした翌日、僕達は早速会合に向けた準備を始める。……要は、会合と称して騙し討ちなどをされないように警戒して現地の事前調査をするわけだ。
 パーティルでもロードと初めて会う前にはそんな周到な準備をしていたことをなんとなく思い出す。
 トレンティア貴族といってもレジスタンスだ、そこまで警戒する必要があるのだろうか……、なんて思いはよぎる、それもパーティルの時と同じだな、なんて思い起こしていた。
 僕が受けた指示はまず、町中に魔法陣が隠されていないかを確かめることだった。僕の魔力感度をもってすれば上を歩くだけで大体の魔法陣は看破できるから、作業としては町中を練り歩くことになる。
 ただそれだけの作業もトレンティア人がやると目立って仕方がない、という理由で僕は連れてこられたのであった。それでも当然目の色は青いから目立つは目立つのだが……。
 その目立ち具合を少しでも緩和するため、それから道案内も兼ねてリョドルと肩を並べて歩くことになった。
 何気なさを装って……いや実際リョドルにとっては何気もないのかもしれない、のんきに世間話をしながら。
「クスダンもこのひと月で随分と賑わってきたな。ラズミルに軍が入ったのを聞いて商売しにきた人が多いんだろうなあ」
「まだラズミルから東へ出てすぐの所にトレンティア兵が詰めてるから物騒ではあるけど……、あそこさえ突破すればラズミルにももっと人が入るようになるんじゃないかな」
「ナートはもともと対トレンティア戦を想定してズミ軍が作った砦だ、落とすとなるとなかなか骨が折れると思うよ」
 リョドルはのんきにあくびをしながらそんなことを語った。
 今のところトレンティア軍がラズミルに攻めてくるような様子はないが、この膠着状態もそういつまでもは続かないだろう。近い内にこちらから攻めに行くことになるのだろうか。
 戦いの予感を思って緊張を高める僕をよそに、やっぱりリョドルはのんきそうだ。軒先に出た店を眺めてうきうきと声を上げている。
「ああヨハン、花屋が露店を出してるよ。天気がいいとやっぱり見栄えがいいな、それだけで街が明るくなる」
 そう言いながら彼は立ち止まり、店に飾られた色とりどりの花を鑑賞し始めた。
 彼にとっては敵が陣取った砦よりも花屋の方に関心が高いらしい。そんなのどかな様子を見ると僕まで気が抜けてくる。
「たまにはジュリに花を贈ったりもしてやりなよ? 見てごらん、紫陽花の……この清涼な空色は彼女にきっとよく似合う。百合は少し派手すぎるかなあ……」
 ジュリの名前を出されるとついどきりとする。リョドルがまさぐっているその鮮やかな花が、彼女の笑顔とともにある様を思わず想像してしまった。
 当然僕には花のことなど分からないし、それを彼女に贈るなんて考えたこともなかった。やっぱり女というのはそういうことで喜ぶものなのだろうか。
 そう思うと少しそわそわするような心地がしたが、リョドルに聞くのはなんとなく癪だ。
「……後にしろ。まだ仕事の途中だろ」
 僕は素っ気なく言って彼を急かした。仕方無さそうに肩を竦めてリョドルは歩き出す。
「予定の場所は娼館と言っていたか。清らかな神官には縁のない場所だけど、薬屋のお得意先だから私もよく知っている道だ。でも朝から男二人で歩くのは憚られるな。現地は後で君一人で探ってくれ。場所だけ覚えといて」
 そうとだけ言われて、娼館通りの前も今は素通りする。
 なるべく大きい通りから優先的に踏むように、街の中心部へと移っていく。最初クスダンに来た時に見覚えのある町並みが次第に見えてきた。
 当初モルズ達が構えた町の集会所の近くで、最初に隠し陣を見つけた。周囲には活動する住民の往来がある中、全く素知らぬふりをしながら傍らのリョドルにだけ短く報告をする。
「中央北、集会所の横」
 当然地図を広げてその場で書き込むような仕草も目立つ。数が少ない内は口頭で共有をして漏れがないように記憶する。
「北通りの宿屋の前……」
 次にそれを見つけた時にはたと気付く。そこは僕達がクスダンにいた時に滞在した宿屋の場所だった。
 ……そういえばその時、パウルが自分でこそこそと魔法陣を仕掛けていたことを思い出す。おそらくその時のものだ。
 その周辺にも三つほど、パウルが仕掛けたらしいものが見つかった。念の為に記憶はしておく。
 その頃になると正午を過ぎ、適当に見つけた酒場に入ってリョドルと昼食を取る。血門術の使用に備えて鉄分の多いものを食べていると、それを見たリョドルはぼんやりと言う。
「さすが新婚、精力つくものを食べるねえ。あそうだ、帰ったら夫婦の営みにいい薬をあげようか。いや君達はまだ若いから余計かな?」
 僕はその清らかな神官の言葉を平然と無視してやった。午後からも同じように練り歩くが、そこからは新しい陣は見つからなかった。
 夕刻にさしかかる頃にリョドルとは別れ、例の娼館通りに一人で入る。
 案の定客引きの女から声をかけられたり、情婦を連れて歩く男とすれ違ったりということはあったが、魔法陣らしいものは見つからない。
 町外れにあるリョドルの工房までは歩いて戻ると少し時間がかかる。日が沈みきる前に帰路についた。戻ったのにはちょうど日が沈んだ頃だった。

 先に戻っていたリョドルは、結局帰り道の露店で花を買ってきたらしい。家に入ったところの応接間で、複数の種類の花を束ねたものを硝子瓶に入れて遊んでいる様子があった。まったくのんきなものである。
 僕が戻ったのを見て一緒に二階に上がる。僕達の調査を待っている間パウルは二階で昼寝をしているらしい。
 二階には昨晩も寝るために入ったが、一人部屋にしてはゆったりとした広さを持った部屋だ。しかし扉のついた衣装棚や本棚の数が多く、慌てて片付けたせいもあってそこにぎゅうぎゅうと物が詰められていて、散らかった印象はどうしても拭えない。
 大きくとられた窓際にある一つしかないベッドは家主の専有物だ、一国の王子と言えども使えないらしい……。パウルも床の上で毛布にくるまって転がっていた。
 脇ではクラウスも座り込んで目を瞑っている様子があった。僕達が入るとクラウスが先に起きて、転がっているパウルをつついて起こしたようだ。
「……ああ、中心部の五箇所な、確かに私が仕掛けたやつだ。忘れてた。となると他の奴のものは現状なしか。だがお前の探知能力が確かなことはよく分かった、うむ」
 僕の報告を聞いて、寝起きの顔のままパウルは言った。すぐにリョドルの方を振り向く。
「リョー、お前は何か気付くことはなかったか」
「ん、クスダンも賑わってきたなというぐらいかな。見慣れない顔の商人も多かったから、それに紛れてそのロードさんとかいうトレンティアの貴族も出入りしやすいかもね。祭日でもないのに露店も出てて、花屋が綺麗だった。下に活けといたから君も後で見てくれよ」
 そんな報告を聞いて、パウルも呆れた顔になった。やがて髪と服を整えて立ち上がる。
「さて、夜になれば私達の出番だ、仕掛けにいくぞ、クラウス」
 そう力強い声で言ったのに対して、クラウスもびしりと背筋を伸ばして短く返事をする。
 どうやら相手より先に、こちらが魔法陣を仕掛けにかかるらしい。さすがに明るい内からそんなことをしていると目立って仕方がないから、夜の活動に備えて昼間に寝ていたのだろう。それを見届けて、僕は休憩の姿勢に入る。
 もともと戦いに来ているわけではない、現時点では敵が周到に張り込んでる様子もなさそうだし、予定通りの会合は恐らく荒事もなく終わるのだろう。特に問題がなければ明日には僕はラズミルに戻る段取りだった。
 二人して髪を隠すためにフードを被って、怪しい魔術師の出で立ちになったトレンティア人達は、暗くなっていく空の下をこそこそと出かけていく。
 それを見送ってから、リョドルは何か作業があるらしく調合室の方へと入って行った。僕はというともう後は寝るだけである。
 しかし寝るには早い時間なので、なんとなく応接間の椅子に座ってまた茶を飲む。その机の上に白や黄色、青色の大小さまざま色とりどりの花が活けられた硝子瓶は置いてあった。
 花なんて飾ってあるのを見るとどうしたって、まるで日常的な民家の風情だ。腰に提げている魔剣がなんとなく重たい気がしてくる。

 窓から差す光はやがて弱まり、蝋燭の火だけがぼんやりと目立ち始める。そうなってもまだリョドルは調合室から出てこない。
 次第に退屈になってそろそろ寝ようか、それともせっかくだから薬師の調薬でも見学しようか、なんて思い始めた頃、扉を叩く音が鳴った。
 こんな夜に何だ、と思うも、扉を叩くということは強盗の類ではないのだろう。僕は仕方なく調合室の扉を開けて店主を呼んだ。
 リョドルは調合室の作業台の上で何やら薬の材料を仕分ける作業をしていたようだが、来客と聞いて渋そうに顔をしかめた。
「こんな時間に誰だよ」
 そうぼやきながらも応接間に出て玄関の扉を開ける。後ろからその来客を見て、思わず僕は顔をしかめた。……当然のごとく、知った顔だったのだ。
「こんばんは、遊びにきちゃった」
 そう悪戯っぽく笑う女はティファだ。リョドルも、ああ、なんて力の抜けた声を上げたようだ。
「もうこの場所を見つけるなんて本当に君は目ざといな。生憎だけど殿下はいないよ?」
「あら、そうなの? 入れ違いかしらね」
 そう軽く会話を交わしながら、ティファは招かれるまでもなく当然のように部屋の中へ入ってきて、その店の中を見渡した。
「へえ、ここがリョドルさんのお店? おしゃれで素敵ね」
「何か買ってく? 聞いた話だと君のボスも毒には通じているそうじゃないか、興味深いものがあるんじゃないか?」
「そうねえ、彼が見たら喜ぶかもしれないけど、わたしだと分からないわねえ」
 そんなやりとりを軽くしながら、すぐにリョドルは平然と、応接間の椅子に座って客人を迎える体勢になった。
 僕は調合室の扉の前で置物ように突っ立っていた。パウルのいない今、この女にどう対応するべきなのかは今いち分からない。……少なくとも、会合はまだ六日も先の話である。
「何しに来た? 約束の日はまだだろう」
 凄んだ顔で端的に尋ねると、ティファは仕方無さそうに笑った。
「だから遊びに来たって言ったじゃない。こんなに早くにこっちへ移動してくるなんてさすが、判断が早いわね。私も念の為に前入りしてるだけだけど……ロードはまだ来てないわ」
 そう言ってティファも椅子に勝手に座った。相変わらず図太いというかふてぶてしいというか……。
「何を探りに来たのか知らないが、“ボス”同士で話をつける約束をしている以上、お前の相手をする気はないぞ」
 当然冷めきった顔で言ってやると、ティファはどこか切なそうに笑った。
「相変わらず素っ気ないのね。だけどあなたって本当に正直で真っ直ぐよね。レジスタンスなんてやっていて、そんなに純真でいられるのが羨ましい」
 そんな言葉をかけてくるのに、僕はもう返事もしない。ただ少しだけ眉を寄せて睨みつけてやるだけだ。
「まあ、わたしにはわたしなりのやり方がある……イグノール殿下も言ってた適材適所ってやつよねえ。だけどやっぱり情報の探り合いばっかりしてるとたまーに疲れちゃうのよ。余計なことなんて何にも考えず、ただあなたみたいに真っ直ぐ……信じられたら、なんて思っちゃうわ」
 ティファはなおも勝手に喋り続ける。
 彼女が密偵である以上、耳を貸すべきですらなかったかもしれない。だけど彼女の声は何か切実なものを抱えているようにも聞こえた。
「わたしは政治のことなんか分からないわ。だけどロードなら……絶対にわたし達に未来を示してくれるって思ったの。だから付いてきた。……でもなんだか最近、分からなくなってきて……。本当に間違いないのかしら? 考え出すと分からないのよね。人を信じることって、こんなに難しいことだったのかなって……」
 遠くを見るような目になってぽつりぽつりと独白する。僕は思わず、「はあ」なんて相槌のようなため息のような声が漏らした。
 僕などからすれば、ロードのような、あんな怪しげな作り笑顔を浮かべる貴族のことを心底から信用する気には土台ならない。だけどティファからすればそれも長く付き従っている上官であるはずで、それを彼女が疑うようなことを言うのは、単純に意外だった。
 その迷いがどれほどのことなのか、他人である僕にはやっぱり分からないし、殊更口を出すつもりにもならなったけど。
「……ヨン君はきっと、イグノールを信じているんでしょうね。あなたにはブレないものがあるんでしょうね、羨ましいわ」
 また切ない声で言ったのを聞いて、思わず僕は首を傾げた。……確かにあれも、態度だけ見れば信用しきるには心もとない人柄をしている。それに従っている僕も、傍から見れば彼女と同じなのだろうか。
 しかし僕だってブレてないわけじゃない。信じているなんて、きっとそんな情熱的なものじゃない。あいつのせいで独房に入れられた時は不安にもなったし、恨みすら覚えたものだ。
 だけど今は、そういえば、父親だと打ち明けられた時のあのわだかまりはまた消えていて……以前と同じ仲間に戻った、というわけではないのだけど……、今は既に、パウルに信頼とも言えそうな確信を持っている自分がいる。
 でも、やっぱりそんな情熱的なものじゃない。それは何なんだろう、なんて考えてもすぐには分からなくて、無意識に視線を落としていた、そこへふと、リョドルのどこか楽しそうな声が届いた。
「男なんてみんな嘘つきさ。特に色男はね、信じ切る方が馬鹿だって話……」
 彼ののんきな声を聞いて、僕は途端にがくりと力が抜ける気がした。視線を上げると、しかしティファは、釣られるように楽しそうに笑顔を浮かべてリョドルを見つめていた。
「盲目の恋、わたしはしてみたいけどね?」
「娼婦のくせに意外と乙女なんだな、君は。ロードってのはそんなにいい男?」
「ええ、でもよく見たら、あなたの方がずっと色っぽくて素敵かも」
「はは、お褒めに預かり光栄だが……。私は青声せいしょうだからね、この心も体も神様だけのものさ。人の情には惑わないよ」
 そんな冗談を言い合う娼婦と神官の会話は、これはこれで聞いているだけで気が滅入る気がする。政治の話をされるよりかはマシだが……。
 清らかな神官は楽しそうに微笑んだまま、ふと視線を遠くへやる。
「人の心は不確かだよ。良かれと思ってさえ傷つけ合うのだから。だけど神様の心は間違いがない。君も失恋したあかつきには神様のみもとを訪ねるといい……きっといい導きがあるだろう」
 いかにも神官らしい説教を垂れる彼は、しかし恐らく既にもう清らかではない。
 清らかでいられるはずもないだろう、なんて悪態をつきたくもなった。彼だってジュリと同じ……そしてきっとそこにいるティファとも同じ、戦火という惨劇に故郷を奪われているのだから。
 僕は何も言う気にならなくて、ただ黙ってその怪しげな会話を眺めていた。空はすっかり暗くなり、次第に蝋燭も短くなっていった。
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