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第十章 分かたれる道
120話 戦いを呼ぶ者
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数ヶ月ぶりに訪れるパーティルの町は、やはり城壁のごとき石壁に囲まれていることに変わりはなかったが……、そこで金髪の警備兵が目を光らせている景色は既になかった。
僕達に襲撃されたトレンティア兵は、恐らく周辺の偵察にでも出かけていた部隊なのだろうが、彼らが本部に戻って何かしらの対策をとる、それまでにも多少は時間がかかっているのだろう。戦闘の後すぐに町の入口へ向かった僕達を、門のところで呼び止める者はいなかった。
周囲には他にも、狩人か商人かという風体の者達が勝手自由に町の中と外とを行き来する姿が見られる。
灰色の石畳の上を歩く町民達、荷物を乗せた牛車、軒先に出た店の主の威勢の良い掛け声、そこに立って世間話を楽しんでいる様子の女達、そして高い建物の隙間にネズミのようにうろつく貧民の影……。
しばらくぶりに見るパーティルの街の風景は前来たときとそう変わらないが、その時よりも一層賑やかになっているような気がする。
ただ、僕達自身が作った市街戦の痕跡はほとんど見受けられなかった。あの講和の締結からずっと、戦闘のない穏やかな時間が流れていたのだろう。
時刻は夕方にさしかかる頃だったが、宿の手配はティガルとジュリに任せて、僕は町の中にいる仲間との接触を急いだ。事前にモルズから情報を受け取っていたので、探し当てるのに苦労はしなさそうだ。
僕が初めてここを訪れた時も最初に出会ったレジスタンス……、バルドという男は、表向きには商人の肩書きを持って活動している。彼が繋がりを持つという商会の店舗を訪れると、すぐにその髭面がぬっと現れた。
「ヨン……か? おお、様変わりしていて分からなかった。久しぶりだな、酒でも飲みに行こう」
バルドは陽気な笑顔を浮かべてそう言った。周辺には何か作業をしている下働きの者がいる。念のためにまだアルティヴァ・サーシェという挨拶は控えたのだろう。
店から出て往来の喧騒に紛れ、バルドは楽しそうな表情でまじまじと僕を見つめていた。
「そんなに変わったか?」
そう聞くと、バルドはそのままの調子で頷いた。
「髪を切ったんだな。それに背も伸びたんじゃないか? 随分立派になったように見える。一丁前に剣なんてぶら下げちゃって。若者の成長は早いもんだな」
僕の頭の先から腰までをじろじろと見ながら言う。背ははっきりと分からないが、確かに最初彼と会った時は目を隠すために前髪を伸ばしていたし、あの頃は魔剣も持っていなかったから、それと比べると印象も変わったのかもしれない。
……あれからいろんなことがあった。僕もきっと成長している。
やがて薄暗い酒場の中へと入った。日中の仕事を終えた人々が緩やかに談笑している姿で賑わっている。その隅の席に腰を落ち着けて、僕達はめいめいに飲み物を頼んだ。
……成長したと言ってもまだ、酒を好んで飲む気はならない。麦酒と麦茶とで乾杯をして、ようやく僕達は兵士としての話を始める。
「アルティヴァ・サーシェ、凱旋を喜ぼう」
軽く言うと、バルドも小さくサーシェ、と挨拶を返してきた。
「モルズから、講和を結んだ以上は表立って反抗がしづらい、とは聞いている。状況を教えてくれ」
そう切り出すと、確かにバルドの表情は曇った。うーんと唸ってから言葉に迷っているようだ。
「反抗がしづらい、と言うとそれはそうなんだが……。トレンティア軍だってこの町のズミ人に対してはもう攻撃もしてこないし、高圧的な関係を強いているわけでもない。反抗する必要もない、と言った方がいいかな」
そんな言葉を言った彼を、僕は表情を消してじっと見つめる。穏やかなトレンティア軍もいたものだと思うが、だからと言って当然、放っておくわけにはいかない。
「パーティルにトレンティア軍の拠点が残っている限り、周辺の同志がラズミルへと合流する妨げになる。排除しなければならない」
それはモルズから聞いたことの確認だった。この戦いはもはや、パーティルという町一つの話ではないのだ。バルドは目を瞬かせて、また悩ましげに言葉を選び始めた。
「俺も商会の人間として軍の奴らと関わる機会があったが、奴らの様子だと……たぶんこの周辺や、町の中をズミのレジスタンスが通ることがあっても干渉はしてこないんじゃないかな。それぐらいここのトレンティア軍はズミに対して友好的だ」
酒を飲みながら言う言葉は、しかしいたって真剣なようだった。
今度は僕が目を丸くしてしまう。……ズミに対して友好的なトレンティア軍? そんなものがあってたまるか。
「奴らは侵略者だ。ズミの国土を侵し、王都を焼き、罪のない民を虐殺した。報復を与えなければならない。この国から奴らを消し去らなければならない。そのために僕達は戦っている。……違うか?」
視線にも声にも、特段の力は込めずに僕は淡々と言った。そんなことは言うまでもないはずだ。それなのにバルドは余計に戸惑った表情を浮かべる。
その頃僕はやっと、目の前の男の態度に言いようのない違和感を覚えていた。……何かがおかしい。
「バルド、お前だって見たはずだ、忘れたとは言わせない。奴らがこの町にいた同志を、同胞をどれほど殺めてきたか。女、子どもだって構わずに殺された……、その景色を、ほかでもないお前自身の目で見たはずだ……」
僕はほかでもないバルドから受けた“街の案内”を思い出して言った。その重みをぐっと酒とともに飲み込んで、やがてバルドの表情は暗く落ち着いていった。
「そう、だな……。ああ、そうだ。だがモルズにも言ったように、表立っての反抗はしづらい。街全体の雰囲気がもう、そうなんだ。トレンティア軍と敵対する必要などないと……。ヨン、それでもお前がモルズ隊の使者として来ていることは俺も分かっている。まずはこの講和の代表者になったストダル氏と話し合ってはくれないか? あの方の認可がないと、この街中で事を起こすのはどうにもやりづらい」
僕はあからさまに顔をしかめた。講和の代表者というと、確かパーティルの商会の重役だとかいう者だ。剣を振るならともかく、そんな者と交渉をするのは僕の得意分野ではない。
「話し合えって、一体何を話すんだ」
「つまりモルズからすると、同志がこの町を通過してラズミルへ合流する、それができればいいわけだろう? となればストダル氏からトレンティア軍と交渉をしてもらって話をつけるのが手っ取り早いし、俺から見ても現実的な選択だ」
僕はモルズの話を思い出して首を振った。
「この町は商業都市だ、ズミ軍の兵站を確保するという観点からも町ごと押さえておきたい。通れればいいという話ではない」
バルドは目を丸くしてしまった。そこまでモルズから聞いてはいなかったのだろうか。
「そう、か……。だが、それもストダル氏と話をつければ済む話だ。ラズミルへの協力を交渉で取り付けられれば、金も物資も運べるだろう」
「そのストダルというのが了解したとして、それをこの地にいるトレンティア軍が許すと思うか?」
僕はそう切り返した。政治や経済のことを考えるのは得意ではないが、さすがの僕にだってそれぐらいの想像はできる。バルドはまた苦しげに唸り始めた。
仲間との情報共有のつもりで来たのに、なぜこんな話を繰り返す必要があるのだ。次第に僕は苛立ちを覚える。もう、面倒くさくなってきた、と。
「僕の任務はこの町からトレンティア軍を一人残らず排斥することだ。それ以外の手を取るつもりはない。お前もそのための情報を共有しろ」
現場の判断を一任するとは言われたが、任務そのものの目的をブレさせるわけにはいかない。モルズから受け取った言葉をそのままに遂行すること、それが僕の仕事だった。
僕の強い言葉を受けて、バルドは表情を曇らせたままだ。構わずに僕は話を続ける。
「パーティルに入る前に、近くでトレンティアの兵士らと既に交戦した。そこで捕らえた敵兵から聞いた話では、この町に詰めているトレンティアの兵士は二十五人……そのうち二人は殺したから残り二十三かな。指揮官はオルエッタという貴族の女だと聞いている。そちらの把握と相違はないか?」
淡々と言うと、バルドは途端にぎょっと目をむいて、飛び上がるような勢いで驚きを露わにした。
「既に交戦した!? 殺した!?」
既にトレンティアと敵対する必要もない、などと腑抜けている彼にとっては驚くべきことだろう。僕は眉一つ動かさず、そんな彼を睨んでやる。
「無駄な問答をするつもりはない。質問に答えろ」
苛立ちが乗った言葉は思わず鋭くなる、まるで敵兵を尋問しているような気分だ。同じ気持ちなのだろうか、バルドはどこか怯えたような表情すら浮かべている。
「……正確な数は俺も知らないが、だいたいそれぐらいだとは思う。その、オルエッタについては……、ここのトレンティア兵はほとんど戦闘行動を行っていないからな……、ズミの商会との折衝や取引の先導に立っていたその女貴族が、実質的には兵士を仕切っているというのは事実だ。彼女はクラネルト家と言って、戦争が始まる前からズミと友好的な貿易を取り仕切っている貴族の出身で、その繋がりで今ここにいるとか……」
当然、クラネルトという名前には心当たりがある。確かにロードも似たようなことを以前言っていた。
そのロードの姉だというオルエッタがどうやらその仕事を引き継いでいるということだろう。エレアノールが言っていた、“女版ロード”などという言葉がまた響いてくる。
「だが、既にお前がトレンティア兵と交戦したというなら当然事態は変わるだろう。どうなるかはちょっと、読めないが……」
悩ましげに頭を抱えるバルドを見下ろすようにしながら茶を飲む。飲み込んでから、僕はまた口を開いた。
「その交戦の時に、ズミ人の兵士達からこちらが攻撃を受けた。トレンティア兵の味方をしているようだった。傭兵か何かかと思ったが、何か知っているか」
バルドの顔は次第に青ざめていく。
「ズミ人の兵士……? まさか、いや……、おそらく、パーティルの自警団だ。お前そいつらとも戦ったのか!?」
「向こうから攻撃してきたんだ、応戦はしたが……、ズミ人だったから殺してはいない。自警団がどうしてトレンティア兵と仲良くして……いや」
僕は出しかけた言葉を飲み込んだ。これまでの話の流れから察しはついてしまう。それほどに、この町ではトレンティア兵と現地民との繋がりが既に深くなっているのだ。
バルドはぐっと眉を吊り上げて唾を飲み込んだ。
「もう戦闘をしてしまったと言うならはっきり言おう。ストダル氏が率いる商会ギルド……、そしてそれに連なる町会、自警団に至るまで、パーティルの町民は実質的にトレンティア軍と協力関係にある。それに攻撃して人死にまで出したというなら、お前は既に歓迎されないだろう。二十三人のトレンティア兵だけじゃない、この町のズミ人達まで敵に回したことになる!」
バルドの張り詰めた声を受け止め、茶と一緒に飲み込んで、僕は数秒の間だけ考えた。
ズミとトレンティアは言うまでもなく敵同士だ、それでもそれぞれの国の中では、イグノールのようにズミに味方をするトレンティア人もいれば、ストダルのようにトレンティア兵に味方をするズミ人もいる。
実際に戦いが起こるそれぞれの場所では、どっちがどっちとはっきり分けられないこともあるのだろう。
そういう事情が複雑に絡み合っていく中で、誰と誰が敵で、誰と誰が味方で……、そして自分たちの行動ひとつひとつでそれがどう動いていくのか……、まるでパズルみたいな思考は、ああ非常に面倒くさい。
だけど考えなければいけなかった。……僕はこの任務を遂行するために遣わされた、ズミ軍の将校なのだから。
はっきりと瞼を開け、その奥の青い瞳で僕はバルドを刺すように睨んだ。
「それは、君達パーティルの民は“ズミ軍”に敵対する立場を表明したと、受け取ってもいいのか?」
重たく言い渡してやる。仲間だと思って情報共有をしにきた僕達の間に、戦意が交わるのも既に難しいことではなかった。
バルドはぐっと苦しげに顔をしかめて言葉を詰まらせた。息も詰まったかもしれない。……即答はしてこない。
「待て……、ひとまず待て。俺はモルズに敵対するつもりなんかない。俺はレジスタンスだ」
「それなら」
すかさず言おうとした言葉を遮って、バルドは決死の表情で頷いた。
「分かっている。ああ、お前に会って目が覚めた思いだ。俺はレジスタンスだ。だが実際パーティルの町会がお前を敵とみなして攻撃してくる可能性は十分に高い。急いで……俺が間に入ってなんとか説得を試みよう。ズミ人同士で殺し合うなんてあんまりに不毛だ」
焦ったように言うその言葉を聞いて、僕はじっと彼を睨み続ける。
「説得って何を説得する気だ。言っておくが僕は目的を変えないぞ」
「分かってる。ラズミルにいる軍からそういう使者が来ていることを伝えて、トレンティア兵との協力関係を解消する方向に説得をするつもりだ。……おそらく、そうすんなりとは決まらないだろうが……、少なくともただちにお前に敵意が向かないようにだけはなんとか……」
そうぶつぶつと呟くように言って、バルドは難しそうに頭を抱えてしまった。本当に面倒くさいことだ。
まあ、ズミ人同士で争うような無駄なことは避けたい、というのには同感だ。この際その交渉をバルドが担うというのなら、そこはひとまず任せよう。そう決めて僕は小さく息をついた。
「先ほどの交戦でこちらの味方が一人、トレンティア兵とそれに連なる自警団に捕らえられてしまった。交渉をするならそいつのことも探ってきてくれるか。生きているなら助け出さないといけない」
グリスの顔を思い出してそう伝えると、バルドは目を瞬かせてこちらを見た。
「捕らえられた? 分かった、念のため風貌や年齢を聞いておいてもいいか」
「二十七歳の男……トレンティア人だ。背は僕と同じぐらいで……」
「トレンティア人!?」
バルドは素っ頓狂な声を上げた。まあ、驚くのも無理はない。
「ああ、元はトレンティア軍から捕まえた捕虜なんだが、いろいろあって味方として連れていた」
僕は淡々と説明する。バルドは目を白黒させながら数秒黙っていた。
実際の現場ではどっちがどっちとはっきりと分けられないこともある……その事情はお互い様だ。それでも、一つの目的の元に集った者同士、敵と味方とを選別して戦っていくしかないのだ。
「トレンティア人なら、自警団が捕らえたとしてもトレンティア軍に引き渡されている可能性が高い。ズミの町会で聞いても分かることは少ないかもしれないが……とりあえず分かった。ひとまず無駄な抗争を避けるために、本格的な戦闘行動を起こすのは少し待ってくれ。交渉が進めばまた話をするから」
バルドはそう言って、コップに残った麦酒をぐいと流し込んだ。
「お前の方の情報も一応聞かせてくれ。部隊は何人連れてるんだ」
続けてそう聞いてくるので、僕は同じ調子で受け答えをする。
「四人だ。うち一人が捕まっているから今は三人」
「四人!?」
バルドはまた素っ頓狂な声を上げて驚いた。
「お前……、もし自警団とトレンティア兵を引き離すことができても、トレンティア兵は二十三人いるんだぞ。大丈夫なのか」
僕は腰に提げた魔剣に意識をやった。実際どこでどんな交戦になるかは分からないが、ただ広い平原でトレンティア軍と大規模な交戦を繰り広げたラズミルでは……、僕一人で殺した敵兵の数は二十や三十はくだらない。
先ほど交戦した敵兵を見ても、そう練度が高いようには見えなかった。比べてティガルもすっかり頼もしい剣士になっている、難しい戦いになる可能性はそう高くないように思う。
……しかし、油断して足元を掬われるようなことは当然避けねばならない。僕はバルドの言葉を聞いてぐっと気を引き締めた。
「……上手く戦う必要はあるが、非現実的な差ではない。気を付けてやることにする」
それでもいまいち声に熱がこもらないのは、そういう性格だから仕方がない。
バルドは唖然とした顔で僕を見つめていたが、追求してくることはなかった。
「他に連絡はあるか?」
「……いや、今のところは。今日はもう日も暮れるしここまでにするか」
あとは僕が泊まる宿の位置だけ教えて、僕達は別れることにした。別れ際にもう一度バルドを見つめて祈りを口にする。
「アルティヴァ・サーシェ。武運を祈っている」
「サーシェ、我らが血路に栄光あれ」
今度はしっかりとした文句が返ってきた。それを確かめてから、僕は酒場を後にした。既に太陽は森の奥に隠れて薄暗くなっていた。
宿へ向かう道中、一人で歩きながらまた思い起こす。パーティル郊外でのトレンティア兵との戦闘、そしてズミ人の“自警団”による襲撃。
残念ながら、今回の任務はただ迫りくる敵を撫で斬りにすればいいというだけの話ではないようだ。
ズミ人の自警団は殺してはいない。彼らからの攻撃に応じる形で剣を抜いた、それでも彼らを切り捨てることを躊躇ったあの判断は、間違ってはいかなかった……のだろう。
あそこで一人でも殺していれば、話はもっと泥沼と化していたかもしれない。今更ながら、自分の剣に乗っている判断の重みがじわじわと這い寄ってくるようだった。
いやしかし、彼らと事実上協力関係にあるトレンティア兵の首は刎ねた。迷いのない、見事な太刀筋だった。
そうしてしまった以上は同じことなのだろうか。あそこで彼を殺さなければ……話は違っていたのだろうか。僕の判断は間違っていたのか?
足元に視線を落としながら歩く、やがて宿屋へと辿り着く。先にティガル達が入って荷物の整理や日用品の補充などの仕事をしてくれているはずだ。
ティガルとジュリは別々の部屋にいたが、報告のためにティガルの部屋の方に一旦三人で入る。
僕の話を聞いて、ティガルは何やら釈然としないような、むずむずとした表情を浮かべた。政治的な考え事が苦手なのは同じなのだろう。
「つまりその、バルドって奴がズミの町会と交渉をするからそれを待てと、そういうことか」
「そういうことだ。こちらもあまりもたもたしていたくないから、あまり長引くようなら強行手段に出ることも考えるが……。ひとまずは彼を信じてみる」
そう言うと、はあ、とティガルは気の抜けた返事をした。
「早くグリスを助けに行きたいんだが……」
「殺すつもりならもう死んでるだろうし、そうでなければどこかに閉じ込められているだろう、今焦っても仕方がない」
そう言うとティガルは落胆したようにため息をついた。部屋の中を見やると、ティガルが取ったこちらの部屋にもベッドが二つある。
果たしてそのあるじが使うことがあるのかどうかは怪しいが……そんなところでティガルの仲間を思う気遣いを感じて、僕はなんとなく目を泳がせた。
「……パーティルの郊外でトレンティア兵を殺したのは……間違っていたのかな」
胸の中でわだかまっていた気持ちを吐露するように、呟いた。ティガルはきょとんとした顔を向けてきたが、すぐに眉を寄せて不機嫌そうに言う。
「トレンティア兵は敵だ、敵を殺すのは当然だ。何も間違ってなんかねえよ、馬鹿言うな」
そう一蹴されてしまい、そうか、と僕は気の抜けた相槌を打った。彼の言う事も単純にもっともだ。正しい判断なんて結局よく分からない。
ジュリは特に口出しをすることもない。少しだけ不安そうな顔でただ頷いていた。
「バルドからの連絡を待ってる間、どうせ暇になるならティガルは街の様子を見てきてほしい。交渉中である以上目立つ行動は避けて、戦闘はもちろん自分から探りは入れるようなことはするなよ。見て回るだけでいい。悪いけど僕では目の色が目立つから君に任せる」
そう指示をすると、ティガルは不服そうにするでもなく頷いた。僕はバルドからの連絡をいつでも受けられるように宿屋で待機だ。
……前にパーティルにいた時は、パウルが宿屋で構えて指示を出し、僕が情報収集のために駆け回っていたのだ、その立場の入れ替わりになんとも奇妙な感慨を覚える。
もう夜になる、仲間内での連絡も済ませ、僕はジュリと共に自分の宿部屋の方に入った。前はパウルと二人部屋だったけど、今はジュリとである。
遠征中には違いない、新婚とて浮かれている場合でもないが……その変化のひとつひとつが、少しずつ積もっていくように僕の実感を高めていく……。
僕達に襲撃されたトレンティア兵は、恐らく周辺の偵察にでも出かけていた部隊なのだろうが、彼らが本部に戻って何かしらの対策をとる、それまでにも多少は時間がかかっているのだろう。戦闘の後すぐに町の入口へ向かった僕達を、門のところで呼び止める者はいなかった。
周囲には他にも、狩人か商人かという風体の者達が勝手自由に町の中と外とを行き来する姿が見られる。
灰色の石畳の上を歩く町民達、荷物を乗せた牛車、軒先に出た店の主の威勢の良い掛け声、そこに立って世間話を楽しんでいる様子の女達、そして高い建物の隙間にネズミのようにうろつく貧民の影……。
しばらくぶりに見るパーティルの街の風景は前来たときとそう変わらないが、その時よりも一層賑やかになっているような気がする。
ただ、僕達自身が作った市街戦の痕跡はほとんど見受けられなかった。あの講和の締結からずっと、戦闘のない穏やかな時間が流れていたのだろう。
時刻は夕方にさしかかる頃だったが、宿の手配はティガルとジュリに任せて、僕は町の中にいる仲間との接触を急いだ。事前にモルズから情報を受け取っていたので、探し当てるのに苦労はしなさそうだ。
僕が初めてここを訪れた時も最初に出会ったレジスタンス……、バルドという男は、表向きには商人の肩書きを持って活動している。彼が繋がりを持つという商会の店舗を訪れると、すぐにその髭面がぬっと現れた。
「ヨン……か? おお、様変わりしていて分からなかった。久しぶりだな、酒でも飲みに行こう」
バルドは陽気な笑顔を浮かべてそう言った。周辺には何か作業をしている下働きの者がいる。念のためにまだアルティヴァ・サーシェという挨拶は控えたのだろう。
店から出て往来の喧騒に紛れ、バルドは楽しそうな表情でまじまじと僕を見つめていた。
「そんなに変わったか?」
そう聞くと、バルドはそのままの調子で頷いた。
「髪を切ったんだな。それに背も伸びたんじゃないか? 随分立派になったように見える。一丁前に剣なんてぶら下げちゃって。若者の成長は早いもんだな」
僕の頭の先から腰までをじろじろと見ながら言う。背ははっきりと分からないが、確かに最初彼と会った時は目を隠すために前髪を伸ばしていたし、あの頃は魔剣も持っていなかったから、それと比べると印象も変わったのかもしれない。
……あれからいろんなことがあった。僕もきっと成長している。
やがて薄暗い酒場の中へと入った。日中の仕事を終えた人々が緩やかに談笑している姿で賑わっている。その隅の席に腰を落ち着けて、僕達はめいめいに飲み物を頼んだ。
……成長したと言ってもまだ、酒を好んで飲む気はならない。麦酒と麦茶とで乾杯をして、ようやく僕達は兵士としての話を始める。
「アルティヴァ・サーシェ、凱旋を喜ぼう」
軽く言うと、バルドも小さくサーシェ、と挨拶を返してきた。
「モルズから、講和を結んだ以上は表立って反抗がしづらい、とは聞いている。状況を教えてくれ」
そう切り出すと、確かにバルドの表情は曇った。うーんと唸ってから言葉に迷っているようだ。
「反抗がしづらい、と言うとそれはそうなんだが……。トレンティア軍だってこの町のズミ人に対してはもう攻撃もしてこないし、高圧的な関係を強いているわけでもない。反抗する必要もない、と言った方がいいかな」
そんな言葉を言った彼を、僕は表情を消してじっと見つめる。穏やかなトレンティア軍もいたものだと思うが、だからと言って当然、放っておくわけにはいかない。
「パーティルにトレンティア軍の拠点が残っている限り、周辺の同志がラズミルへと合流する妨げになる。排除しなければならない」
それはモルズから聞いたことの確認だった。この戦いはもはや、パーティルという町一つの話ではないのだ。バルドは目を瞬かせて、また悩ましげに言葉を選び始めた。
「俺も商会の人間として軍の奴らと関わる機会があったが、奴らの様子だと……たぶんこの周辺や、町の中をズミのレジスタンスが通ることがあっても干渉はしてこないんじゃないかな。それぐらいここのトレンティア軍はズミに対して友好的だ」
酒を飲みながら言う言葉は、しかしいたって真剣なようだった。
今度は僕が目を丸くしてしまう。……ズミに対して友好的なトレンティア軍? そんなものがあってたまるか。
「奴らは侵略者だ。ズミの国土を侵し、王都を焼き、罪のない民を虐殺した。報復を与えなければならない。この国から奴らを消し去らなければならない。そのために僕達は戦っている。……違うか?」
視線にも声にも、特段の力は込めずに僕は淡々と言った。そんなことは言うまでもないはずだ。それなのにバルドは余計に戸惑った表情を浮かべる。
その頃僕はやっと、目の前の男の態度に言いようのない違和感を覚えていた。……何かがおかしい。
「バルド、お前だって見たはずだ、忘れたとは言わせない。奴らがこの町にいた同志を、同胞をどれほど殺めてきたか。女、子どもだって構わずに殺された……、その景色を、ほかでもないお前自身の目で見たはずだ……」
僕はほかでもないバルドから受けた“街の案内”を思い出して言った。その重みをぐっと酒とともに飲み込んで、やがてバルドの表情は暗く落ち着いていった。
「そう、だな……。ああ、そうだ。だがモルズにも言ったように、表立っての反抗はしづらい。街全体の雰囲気がもう、そうなんだ。トレンティア軍と敵対する必要などないと……。ヨン、それでもお前がモルズ隊の使者として来ていることは俺も分かっている。まずはこの講和の代表者になったストダル氏と話し合ってはくれないか? あの方の認可がないと、この街中で事を起こすのはどうにもやりづらい」
僕はあからさまに顔をしかめた。講和の代表者というと、確かパーティルの商会の重役だとかいう者だ。剣を振るならともかく、そんな者と交渉をするのは僕の得意分野ではない。
「話し合えって、一体何を話すんだ」
「つまりモルズからすると、同志がこの町を通過してラズミルへ合流する、それができればいいわけだろう? となればストダル氏からトレンティア軍と交渉をしてもらって話をつけるのが手っ取り早いし、俺から見ても現実的な選択だ」
僕はモルズの話を思い出して首を振った。
「この町は商業都市だ、ズミ軍の兵站を確保するという観点からも町ごと押さえておきたい。通れればいいという話ではない」
バルドは目を丸くしてしまった。そこまでモルズから聞いてはいなかったのだろうか。
「そう、か……。だが、それもストダル氏と話をつければ済む話だ。ラズミルへの協力を交渉で取り付けられれば、金も物資も運べるだろう」
「そのストダルというのが了解したとして、それをこの地にいるトレンティア軍が許すと思うか?」
僕はそう切り返した。政治や経済のことを考えるのは得意ではないが、さすがの僕にだってそれぐらいの想像はできる。バルドはまた苦しげに唸り始めた。
仲間との情報共有のつもりで来たのに、なぜこんな話を繰り返す必要があるのだ。次第に僕は苛立ちを覚える。もう、面倒くさくなってきた、と。
「僕の任務はこの町からトレンティア軍を一人残らず排斥することだ。それ以外の手を取るつもりはない。お前もそのための情報を共有しろ」
現場の判断を一任するとは言われたが、任務そのものの目的をブレさせるわけにはいかない。モルズから受け取った言葉をそのままに遂行すること、それが僕の仕事だった。
僕の強い言葉を受けて、バルドは表情を曇らせたままだ。構わずに僕は話を続ける。
「パーティルに入る前に、近くでトレンティアの兵士らと既に交戦した。そこで捕らえた敵兵から聞いた話では、この町に詰めているトレンティアの兵士は二十五人……そのうち二人は殺したから残り二十三かな。指揮官はオルエッタという貴族の女だと聞いている。そちらの把握と相違はないか?」
淡々と言うと、バルドは途端にぎょっと目をむいて、飛び上がるような勢いで驚きを露わにした。
「既に交戦した!? 殺した!?」
既にトレンティアと敵対する必要もない、などと腑抜けている彼にとっては驚くべきことだろう。僕は眉一つ動かさず、そんな彼を睨んでやる。
「無駄な問答をするつもりはない。質問に答えろ」
苛立ちが乗った言葉は思わず鋭くなる、まるで敵兵を尋問しているような気分だ。同じ気持ちなのだろうか、バルドはどこか怯えたような表情すら浮かべている。
「……正確な数は俺も知らないが、だいたいそれぐらいだとは思う。その、オルエッタについては……、ここのトレンティア兵はほとんど戦闘行動を行っていないからな……、ズミの商会との折衝や取引の先導に立っていたその女貴族が、実質的には兵士を仕切っているというのは事実だ。彼女はクラネルト家と言って、戦争が始まる前からズミと友好的な貿易を取り仕切っている貴族の出身で、その繋がりで今ここにいるとか……」
当然、クラネルトという名前には心当たりがある。確かにロードも似たようなことを以前言っていた。
そのロードの姉だというオルエッタがどうやらその仕事を引き継いでいるということだろう。エレアノールが言っていた、“女版ロード”などという言葉がまた響いてくる。
「だが、既にお前がトレンティア兵と交戦したというなら当然事態は変わるだろう。どうなるかはちょっと、読めないが……」
悩ましげに頭を抱えるバルドを見下ろすようにしながら茶を飲む。飲み込んでから、僕はまた口を開いた。
「その交戦の時に、ズミ人の兵士達からこちらが攻撃を受けた。トレンティア兵の味方をしているようだった。傭兵か何かかと思ったが、何か知っているか」
バルドの顔は次第に青ざめていく。
「ズミ人の兵士……? まさか、いや……、おそらく、パーティルの自警団だ。お前そいつらとも戦ったのか!?」
「向こうから攻撃してきたんだ、応戦はしたが……、ズミ人だったから殺してはいない。自警団がどうしてトレンティア兵と仲良くして……いや」
僕は出しかけた言葉を飲み込んだ。これまでの話の流れから察しはついてしまう。それほどに、この町ではトレンティア兵と現地民との繋がりが既に深くなっているのだ。
バルドはぐっと眉を吊り上げて唾を飲み込んだ。
「もう戦闘をしてしまったと言うならはっきり言おう。ストダル氏が率いる商会ギルド……、そしてそれに連なる町会、自警団に至るまで、パーティルの町民は実質的にトレンティア軍と協力関係にある。それに攻撃して人死にまで出したというなら、お前は既に歓迎されないだろう。二十三人のトレンティア兵だけじゃない、この町のズミ人達まで敵に回したことになる!」
バルドの張り詰めた声を受け止め、茶と一緒に飲み込んで、僕は数秒の間だけ考えた。
ズミとトレンティアは言うまでもなく敵同士だ、それでもそれぞれの国の中では、イグノールのようにズミに味方をするトレンティア人もいれば、ストダルのようにトレンティア兵に味方をするズミ人もいる。
実際に戦いが起こるそれぞれの場所では、どっちがどっちとはっきり分けられないこともあるのだろう。
そういう事情が複雑に絡み合っていく中で、誰と誰が敵で、誰と誰が味方で……、そして自分たちの行動ひとつひとつでそれがどう動いていくのか……、まるでパズルみたいな思考は、ああ非常に面倒くさい。
だけど考えなければいけなかった。……僕はこの任務を遂行するために遣わされた、ズミ軍の将校なのだから。
はっきりと瞼を開け、その奥の青い瞳で僕はバルドを刺すように睨んだ。
「それは、君達パーティルの民は“ズミ軍”に敵対する立場を表明したと、受け取ってもいいのか?」
重たく言い渡してやる。仲間だと思って情報共有をしにきた僕達の間に、戦意が交わるのも既に難しいことではなかった。
バルドはぐっと苦しげに顔をしかめて言葉を詰まらせた。息も詰まったかもしれない。……即答はしてこない。
「待て……、ひとまず待て。俺はモルズに敵対するつもりなんかない。俺はレジスタンスだ」
「それなら」
すかさず言おうとした言葉を遮って、バルドは決死の表情で頷いた。
「分かっている。ああ、お前に会って目が覚めた思いだ。俺はレジスタンスだ。だが実際パーティルの町会がお前を敵とみなして攻撃してくる可能性は十分に高い。急いで……俺が間に入ってなんとか説得を試みよう。ズミ人同士で殺し合うなんてあんまりに不毛だ」
焦ったように言うその言葉を聞いて、僕はじっと彼を睨み続ける。
「説得って何を説得する気だ。言っておくが僕は目的を変えないぞ」
「分かってる。ラズミルにいる軍からそういう使者が来ていることを伝えて、トレンティア兵との協力関係を解消する方向に説得をするつもりだ。……おそらく、そうすんなりとは決まらないだろうが……、少なくともただちにお前に敵意が向かないようにだけはなんとか……」
そうぶつぶつと呟くように言って、バルドは難しそうに頭を抱えてしまった。本当に面倒くさいことだ。
まあ、ズミ人同士で争うような無駄なことは避けたい、というのには同感だ。この際その交渉をバルドが担うというのなら、そこはひとまず任せよう。そう決めて僕は小さく息をついた。
「先ほどの交戦でこちらの味方が一人、トレンティア兵とそれに連なる自警団に捕らえられてしまった。交渉をするならそいつのことも探ってきてくれるか。生きているなら助け出さないといけない」
グリスの顔を思い出してそう伝えると、バルドは目を瞬かせてこちらを見た。
「捕らえられた? 分かった、念のため風貌や年齢を聞いておいてもいいか」
「二十七歳の男……トレンティア人だ。背は僕と同じぐらいで……」
「トレンティア人!?」
バルドは素っ頓狂な声を上げた。まあ、驚くのも無理はない。
「ああ、元はトレンティア軍から捕まえた捕虜なんだが、いろいろあって味方として連れていた」
僕は淡々と説明する。バルドは目を白黒させながら数秒黙っていた。
実際の現場ではどっちがどっちとはっきりと分けられないこともある……その事情はお互い様だ。それでも、一つの目的の元に集った者同士、敵と味方とを選別して戦っていくしかないのだ。
「トレンティア人なら、自警団が捕らえたとしてもトレンティア軍に引き渡されている可能性が高い。ズミの町会で聞いても分かることは少ないかもしれないが……とりあえず分かった。ひとまず無駄な抗争を避けるために、本格的な戦闘行動を起こすのは少し待ってくれ。交渉が進めばまた話をするから」
バルドはそう言って、コップに残った麦酒をぐいと流し込んだ。
「お前の方の情報も一応聞かせてくれ。部隊は何人連れてるんだ」
続けてそう聞いてくるので、僕は同じ調子で受け答えをする。
「四人だ。うち一人が捕まっているから今は三人」
「四人!?」
バルドはまた素っ頓狂な声を上げて驚いた。
「お前……、もし自警団とトレンティア兵を引き離すことができても、トレンティア兵は二十三人いるんだぞ。大丈夫なのか」
僕は腰に提げた魔剣に意識をやった。実際どこでどんな交戦になるかは分からないが、ただ広い平原でトレンティア軍と大規模な交戦を繰り広げたラズミルでは……、僕一人で殺した敵兵の数は二十や三十はくだらない。
先ほど交戦した敵兵を見ても、そう練度が高いようには見えなかった。比べてティガルもすっかり頼もしい剣士になっている、難しい戦いになる可能性はそう高くないように思う。
……しかし、油断して足元を掬われるようなことは当然避けねばならない。僕はバルドの言葉を聞いてぐっと気を引き締めた。
「……上手く戦う必要はあるが、非現実的な差ではない。気を付けてやることにする」
それでもいまいち声に熱がこもらないのは、そういう性格だから仕方がない。
バルドは唖然とした顔で僕を見つめていたが、追求してくることはなかった。
「他に連絡はあるか?」
「……いや、今のところは。今日はもう日も暮れるしここまでにするか」
あとは僕が泊まる宿の位置だけ教えて、僕達は別れることにした。別れ際にもう一度バルドを見つめて祈りを口にする。
「アルティヴァ・サーシェ。武運を祈っている」
「サーシェ、我らが血路に栄光あれ」
今度はしっかりとした文句が返ってきた。それを確かめてから、僕は酒場を後にした。既に太陽は森の奥に隠れて薄暗くなっていた。
宿へ向かう道中、一人で歩きながらまた思い起こす。パーティル郊外でのトレンティア兵との戦闘、そしてズミ人の“自警団”による襲撃。
残念ながら、今回の任務はただ迫りくる敵を撫で斬りにすればいいというだけの話ではないようだ。
ズミ人の自警団は殺してはいない。彼らからの攻撃に応じる形で剣を抜いた、それでも彼らを切り捨てることを躊躇ったあの判断は、間違ってはいかなかった……のだろう。
あそこで一人でも殺していれば、話はもっと泥沼と化していたかもしれない。今更ながら、自分の剣に乗っている判断の重みがじわじわと這い寄ってくるようだった。
いやしかし、彼らと事実上協力関係にあるトレンティア兵の首は刎ねた。迷いのない、見事な太刀筋だった。
そうしてしまった以上は同じことなのだろうか。あそこで彼を殺さなければ……話は違っていたのだろうか。僕の判断は間違っていたのか?
足元に視線を落としながら歩く、やがて宿屋へと辿り着く。先にティガル達が入って荷物の整理や日用品の補充などの仕事をしてくれているはずだ。
ティガルとジュリは別々の部屋にいたが、報告のためにティガルの部屋の方に一旦三人で入る。
僕の話を聞いて、ティガルは何やら釈然としないような、むずむずとした表情を浮かべた。政治的な考え事が苦手なのは同じなのだろう。
「つまりその、バルドって奴がズミの町会と交渉をするからそれを待てと、そういうことか」
「そういうことだ。こちらもあまりもたもたしていたくないから、あまり長引くようなら強行手段に出ることも考えるが……。ひとまずは彼を信じてみる」
そう言うと、はあ、とティガルは気の抜けた返事をした。
「早くグリスを助けに行きたいんだが……」
「殺すつもりならもう死んでるだろうし、そうでなければどこかに閉じ込められているだろう、今焦っても仕方がない」
そう言うとティガルは落胆したようにため息をついた。部屋の中を見やると、ティガルが取ったこちらの部屋にもベッドが二つある。
果たしてそのあるじが使うことがあるのかどうかは怪しいが……そんなところでティガルの仲間を思う気遣いを感じて、僕はなんとなく目を泳がせた。
「……パーティルの郊外でトレンティア兵を殺したのは……間違っていたのかな」
胸の中でわだかまっていた気持ちを吐露するように、呟いた。ティガルはきょとんとした顔を向けてきたが、すぐに眉を寄せて不機嫌そうに言う。
「トレンティア兵は敵だ、敵を殺すのは当然だ。何も間違ってなんかねえよ、馬鹿言うな」
そう一蹴されてしまい、そうか、と僕は気の抜けた相槌を打った。彼の言う事も単純にもっともだ。正しい判断なんて結局よく分からない。
ジュリは特に口出しをすることもない。少しだけ不安そうな顔でただ頷いていた。
「バルドからの連絡を待ってる間、どうせ暇になるならティガルは街の様子を見てきてほしい。交渉中である以上目立つ行動は避けて、戦闘はもちろん自分から探りは入れるようなことはするなよ。見て回るだけでいい。悪いけど僕では目の色が目立つから君に任せる」
そう指示をすると、ティガルは不服そうにするでもなく頷いた。僕はバルドからの連絡をいつでも受けられるように宿屋で待機だ。
……前にパーティルにいた時は、パウルが宿屋で構えて指示を出し、僕が情報収集のために駆け回っていたのだ、その立場の入れ替わりになんとも奇妙な感慨を覚える。
もう夜になる、仲間内での連絡も済ませ、僕はジュリと共に自分の宿部屋の方に入った。前はパウルと二人部屋だったけど、今はジュリとである。
遠征中には違いない、新婚とて浮かれている場合でもないが……その変化のひとつひとつが、少しずつ積もっていくように僕の実感を高めていく……。
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