130 / 172
第十一章 ラズミル武闘大会
130話 王家の血筋
しおりを挟む
ズミ軍とイグノール軍は息を揃えて、次なる目標――サダナムを見据えていた。
しかし今やズミの国土中から集まってくる新兵達の受け入れにかかって、軍の組織改革、物資の供給経路の整備など課題は山積みである。すぐに万全の戦力を揃えて出陣するというわけにはいかないらしかった。
ラズミルの街の建設までは軍の手が回らなくなり、移住してきたばかりの市民らがそれぞれ場当たり的にでも連携をとって動き始めていた。
そんな中で既に建築や修理作業に携わることはなく、将軍という肩書きを与えられた僕の任務は、主に部下達の管理と教育とされた。
しかし僕は何と言っても若輩である。僕より歳下の者なんて、正規戦闘兵の中には数えられるほどしかいない。
そんな状態ではいくらなんでも、兵士の指導は無理だと抗議した結果、僕には直属の部隊員は与えられず、魔剣という特別格を理由に、配下を持たない単身の将軍という奇妙な地位に落ち着いた。
要するに僕の平常任務はただ自主訓練のみとなってしまった。ズミの兵士達の訓練場に通って、顔なじみから、誰とも知らない者まで多くの兵士と剣を打ち合った。
しかし腕の立つ剣士は数知れないが、僕は魔道士でもあり魔剣士でもある。戦い方を学ぶという点では、戦闘魔術に熟練したトレンティア人の方がいい相手になる。
結局別部隊でありながら、暇さえあればクラウスに稽古をつけてもらうのが日課となっていた。彼と、そしてエレアノールも一緒になって、剣だけでなく度々戦闘魔術の指南をも僕にしてくれた。パウルにも聞きたいことは多かったが、いかんせん彼は多忙だった。
ズミ軍と違って少数兵のイグノール軍だ、事務仕事はモルズほどてんやわんやというわけではないようだったが、彼はいまだズミ軍に設けられた魔道兵士の養成所の仕事に携わっていた。
時々には僕もその講義に出てみたが、受講者の大半が魔法を触るのが初めてだという初心者ばかりで、いまいち水準が合わない。
そして珍しくパウルの手が空いたかと思えば、「魔法学の研究会だ」と言ってリョドルに攫われてしまうので、僕が戦闘魔術を指南してもらう時間はあまりなかった。アルドやジュリを混ぜての魔道研究会もリョドルの主催で時々行われているようだった。
結局僕の相手をするのはクラウスがほとんどだったのだが、彼も彼でイグノール軍側の仕事がある。
ある日いつも通りに僕がクラウスを訪ねると、そこにはパウルとリョドルと共に身支度を整えている姿があった。どこであれパウルが出かける先には、クラウスも護衛でついて回らなければならない。
「今日はラズミルでモルズと会議」
パウルが仏頂面でそう言った。僕は無表情のままそれを見つめ返し、傍らのクラウスと、そしてリョドルにも視線を向けた。
「会議にリョドル?」
そう聞くと、リョドルもむすっとした顔で髪を掻いた。
「私だってなんで呼び出されたのか分からない……いや、大方想像はつくけど、嫌な予感しかしない」
「なんだよ、心当たりがあるのか」
リョドルの呟きにパウルが振り向いた。彼は大きなため息をつく。
「ラズミルの復興が進んでるなら、軍だけじゃなくて町の組織もいろいろ考えないといけないんだろ……教団のこととか。王宮神殿で働いてた神官の中で消息が分かってる生き残りは私だけだ。どうせそのへんのことだろう」
「ああ、そういえばお前神官だったな」
「実はそうなんだよ。ねえ殿下、君もトレンティアでは神官資格持ってたんだろ、一緒にやってくれよ」
「無茶言うなよ」
そうぼやき合いながら三人はそれぞれ馬に乗ってラズミルまで旅立っていった。
僕は手持ち無沙汰になって、シュナートの訓練場に向かおうかと足を迷わせる。だけどその日は気まぐれに、たまの休暇をとることにした。
シュナートには、もともとあった武具や建材を仕立てる職人街が栄え、その他には、ラズミルよりも敵地に近いということもあって防備のための軍人が詰めているばかりだ。そんな中でジュリはやはり衛生兵として仕事をしている。
そこから衛生兵長に許しをとってジュリを連れ出した。将軍という肩書きもたまには役に立つ。
「ずっと働いてるだろ、たまには遊ぼうと思って。どこか行きたいところとかないか」
そう言うと、ジュリはぎょっと目をむくように僕を見つめてきた。……そんなに珍しいことを言っただろうか。
「ヨ、ヨンが遊ぼうなんて言う日が来るなんて……」
そうしみじみと言われると落ち着かない。僕にとって娯楽といえば狩りと訓練ぐらいしかなかったものだから……ジュリと一緒になるまでは確かに、遊ぶなんて言葉は知らなかったかもしれない。
「いつも気の利かない夫で悪いな」
そう少しだけ口を尖らせると、ジュリは楽しそうに笑って僕の腕に抱きついてきた。
「そんなこと言ってないじゃないですか。でも……嬉しいですよ。行きたいところは、やっぱりラズミルかな。お店とかいっぱい出てるの見て回りたいです」
ジュリの提案で、結局僕もパウル達を追いかけるようにラズミルへ向かうことになった。
トレンティアの攻撃で焼ける前に、彼女はよく友人とラズミルの街に繰り出して買い物をしていたらしい。まだ復興の具合で言えば遠く及ばないだろう、それでもきっと、確実に彼女が幸せだった頃の記憶に近付いている、のだろう。
ラズミルの活気はいよいよ大きくなっていた。行き交う商人や職人達はもともと軍人達が陣取っていた仮設住宅に住み込み、景気よく街の復興に働いている。
かつての住人だった軍人の多くは既にシュナートへと移り、残りの者達も次第に仮設小屋から、修復した廃墟を本格的な住居へと整える段階に移っている。
ここまでの復興を為したのは彼らなのだから、できあがった家には軍人達から入っていくのが成り行きらしい。
一度王家が滅んだせいでズミの貴族の権威は落ちぶれ、金持ちの貴族は地方で依然威張ってはいたようだが、財産や家臣を持たない者は既に貴族という名前すら失ったことだろう。そして地方都市へ散っている金持ち連中も、今更ラズミルへ来たところで新参者である。
それ以前からここに入り、他でもない自分たちの手で王都を取り戻したという誇りを持つ軍人の方が、その出自に関わらず既に権威を振るっているようだった。
これからは、旧体制の貴族の復権というよりも、軍人出身の新興貴族という身分が多く形成されていくのだろう。
次第に形を為していく社会の有り様を他人事のように横目に眺めて、私は国軍本部の建物へと入った。
シュナートには以前からの古参兵士が多く詰めているが、ラズミルにはこの局面になって初めて武器を取った新兵達の顔ぶれが多い。金髪である私達の姿を見て驚き、好奇の視線を無遠慮に向けてくる者ばかりだ。
それらには目もくれず、呼び出された会議室へジャックとリョドルと共に入る。モルズと、彼の数名の側近だけがそこで待ち構えていた。
「アルティヴァ・サーシェ、友との出会いに感謝を」
そう挨拶をしてくるので、こちらも「サーシェ」と言いながら、レジスタンスの慣わしのまま握手をする。
「しばらく慌ただしくて、落ち着いて話もできなかったからな。情報の共有もしておきたい」
モルズと私とリョドルだけが椅子に座り、他の護衛の面々は壁を背にして突っ立ったまま、モルズは素っ気なく話を切り出した。
「ヨンが捕まえてきたオルエッタという貴族はどうなった?」
「もう解放してサダナムへ向かわせた。こちらでも尋問はしたが、さして目新しい情報があったわけじゃない、なんとなくの推測の裏がとれたぐらいだな」
「その内容は?」
「トレンティア王室の出方だ。ギルバートは当然、躍起になって徹底抗戦を命令し続けているが……、やはり周辺の貴族に動揺もあるらしい。そこへ更に、ドミニクの戦死とナートの陥落だ。もう国内での侵略戦争への支持はそう大きくはないだろう。……かといって、王権のもとに命令が下っている以上、事実は変わらない」
「サダナムは正面勝負になるか」
「……その線が濃いだろうな。奴らの補給経路はすぐ背後の黒い森の中だ、一度に輸送できるものの量が極端に限られるという事情はあるだろうが、それをこちらも阻む術がない。サダナムは街全体が城塞と化しているし、長期戦は分が悪いばかりだ。相手も籠城の姿勢を取ってくると見たね」
モルズは片方しかない手で顎を撫でて唸った。
サダナムは言わずともがな国境の都市、トレンティア側もその防衛にかけては力を注いでくるだろう……私とて頭を巡らせたが、ナートとは砦の規模があまりにも違う。同じ小細工は通用しなさそうだ。
私は同じ調子で続けた。
「だがサダナムさえ落とせば、戦況はいっぺんに塗り替わる。奴らはズミの地上に拠点を失って本国へ退かざるを得ない……自国領での戦争は当然国民の反感を買いまくるからな、さすがのギルバートも何か小賢しい交渉をしかけてくるかもしれない」
「もしそうなったらどうするつもりだ」
「私はあの悪王を殺す。泣いて跪いても許すつもりはない。……諸君らは?」
「私達にとってこれは、祖国の解放戦であると同時に復讐戦でもある。願わくば、この戦争を始めたという、その王の首は討ち取りたいところだな」
「同じ気持ちでいてくれてありがたい限りだ」
他でもないズミ軍の大将と、力強い視線同士を結び合う。
個人的な気持ちを言えばギルバートの首にそこまでの興味はないが、私が王家の正当な後継者だと名乗り上げている以上、その決着は先延ばしにはできない。この際はズミ人の復讐という動機と利害が一致していることを喜ぼう。
「では目下の所の話をしよう。今日の本題だ」
モルズはそう切り替えてきた。黙って上目遣いを向けてやる。
わざわざリョドルを指名して呼び出したその理由に、私はいまいち想像が及ばなかった。彼女自身はどうせ神殿の仕事を言いつけられるのだろう、なんて言っているが、私との会議にタイミングを合わせる意味は何だ?
「見ての通り、ラズミルはいよいよ復興の兆しを見せている。まだ事業は始まったばかりだが、軍人ではない市民も集まり、地方貴族からも新時代の幕開けを拝まんとして移住してきている者がいる。時間はかかるだろうが、ラズミルを“王都”として復興する現実もいよいよ同じ地平に見えてきた……」
モルズは片手だけを広げてそう語り出した。その言葉の続きは次第に私の想像の中にも収まってくる……。
「そうなった時にいよいよ私達にとって必要なもの……、分かるよな?」
そんな煽り方をしてくる彼を睨んで、私は思い切り眉に皺を寄せて項垂れてしまった。……当然分かってることではあった、この話題をいつかはモルズから切り出されると。
「我々には“王”が必要だ。かつてこの街に住まい、ズミの民を治めた王の血筋を引く正当な後継者が」
そう言い切ったモルズの言葉を聞いて、リョドルもびくりと目を開けて反応していた。私は大きなため息とともにやっと口を開く。
「ヨハンをズミの王にと、そう考えているんだろう」
回りくどい話をするのも面倒で、こちらからそう切り出す。モルズは何気もなく頷いた。
「私の知る限りではアルティーヴァ家……亡きビザール王の血を引いているのは彼だけだ。当然彼の母親であるミョーネ殿下がトレント・エルフィンズ家に嫁入りしていることも分かってはいるが、彼女は晩年ズミへ帰ってきて王宮で過ごしていた。王家の人間として認める正当性はある」
「……だが、ヨハンがトレント・エルフィンズ家の人間であることも確かだ」
「それもその通りだ。だから貴殿の許しが要る」
真正面から向けられたモルズからの視線を受け止める。私は一旦口を噤んで、考える素振りを見せた。
しかしモルズは私の返事を待つ前に、その時になってふとリョドルを振り向いた。
「……ビザール陛下の直系ではなかろうが、リョドル殿はバルダム家の出身だ、貴殿も王家の血筋を引いてはいるのだろう?」
彼女は青ざめた表情を浮かべている。
「一応ひい祖父さんまで遡れば国王だけど……、私が王位に就くなんてさすがに無理だぞ。ヨハンの方が筋としても近いし、私は四十で未婚だし、青声だ。あまりにも将来性がない」
そう落ち着いた声色で語った彼女を見て、思わず目を丸くした。……考えてみれば、ミョーネと親戚だと言っていたからそれもそうなんだろうが、こいつも一応王家筋になるのか、なんて今更驚く。
モルズもすぐに軽く頷いた。
「そうだよな。まあ貴殿は王家の親戚であり、なおかつ王宮神殿に仕えた経歴もある高位の神官だ。さしあたってはこれから復興する王宮神殿の教官の任に就き、若き新王を支えてほしい」
王家の血筋はついでの話題だったらしく、結局本目的は前もって勘繰っていた通りだったようだ。
リョドルは困ったように眉を寄せたが、モルズの重い言葉を前にしては、さすがの彼女もあからさまに険悪な感情は出せないようだった。
「ああ……、まさか私にもお鉢が回ってくる日が来るとはね……。青声が教官長なんて前代未聞だと思うけどいいのかな……いやもうもはや一回滅びてるし何でもありなのかな……」
そうぶつぶつと独り言を言っている。
その中に出てきた教官長、という言葉には私もさすがに少し驚いてしまったが……王宮神殿の教官と言うと、即ちそうなるのだろう。
私の知る限り、それはズミで国王に並ぶほどの権威を持つ、宗教組織の最高指導者だったはずだ。私のリョーがそんなすごいものになってしまうのか。
彼女としてはミョーネの仕事を引き継いで、魔道研究だけに没頭していたいようだが……そうしたくても立場がそうさせてくれないのは私と同じである。
私は小さく嘆息しながら、やっと口を開いた。
「四十の男色……いや青声よりかはそりゃ将来性はあるだろうが、その分ヨハンはあまりにも若い。今すぐだとまともに王なんて務まるとは思えないし、他でもないトレンティア人との混血だ、そうすんなりとは行かないと思うがな」
「当然彼は王族として育った訳でもないから、急に国王をやれというのは難しいだろう。言い方は悪いがとりあえず王座に座ってもらうだけにして、実際の政治は私やリョドル殿が助ける形にはなるだろう。混血については最初は反発も覚悟のうえだが、戦争さえ終わればトレンティアへの敵対心もなくなっていくし、何より彼はこの戦争においての英雄だ、その功績と実際に力強いあの佇まいはきっと皆を納得させるに足る」
「英雄と言う点でいえばモルズ、お前のほうがよっぽど王座に座るに相応しい働きをしていると私は思うがな。他でもないズミの再興を実際に成し遂げた軍神だ、お前が王になると言えば誰一人文句は言わないだろうに」
「いやいや、なかなか地方の者でも貴族は血筋の正当性にうるさいんだ。当面はよかったとしても、後々政争の種になるのが目に見えている」
そう言い合って私達は力なく睨み合った。これは単純に、お互いの認識をすり合わせるだけの討論に過ぎない。
「……と、いうか。私の立場から言うのもおかしいが、貴殿の方の心配はしないのか」
そう遠慮がちに尋ねてくるので、ん、と変な相槌を打って視線を上げた。
「その……、この戦争に勝った後、貴殿はトレンティアの国王になるつもりなのだろう。そうなった時の跡取りとして手放したくないのではないかと、そう危ぶんでいたんだがな」
ああ、と私は気の抜けた返事をした。何と答えたものか迷っているうちに、モルズの方がお節介に話を先取りしてくる。
「貴殿は確かまだ三十代だろう、もしそちらの国の王子としても跡取りが必要ならば、今からでも結婚を考えてはくれないか。できるだけは支援はするし、ズミ人でいいのなら相手選びにも協力する」
そんな突飛な話を切り出してくるので、私は思わず顔をしかめた。生涯三回目の結婚なんてさすがに……まだそんな気分にはならない。
「そんな心配をお前がしなくていい……。今まで言ってなかったが、私にはヨハン以外にも息子がいる。母親はミョーネではなくてトレンティア人の女だ」
「なにい!?」
モルズは素っ頓狂な声を上げて驚いた。何せ出産後に顔を見ることすら数える程度しかなく、今は妻子共に全く赤の他人として今は暮らしているのだ、息子だという実感さえ薄い息子だが……。
何やら私の後ろでジャックがもの言いたげに眉をひそめているが、会議の場では彼は黙っていることになっている。小言は後にとっておいてもらおう。
「正直に言って、ヨハンがズミの王になるかどうかに関わらず、彼をトレンティアの王子に据えるつもりはもともとないんだ。あいつ自身がズミ人として生きることを望んでいるから」
そう言うとモルズは驚いたように目を丸くして、やがて満足げに笑顔を浮かべた。
「では何も気にすることなどないではないか。ヨハン様にはぜひ、新生ズミ王国の国王となっていただこう」
そんなモルズを見て私はため息を返す。
モルズが頑なにヨハンをズミ軍から手放そうとしなかったことも、そして私との親子関係を公にさせたがらなかったことも、そのためだったという彼の意図は、思えば分かりきっていた。ヨハン本人の意思に関わらず、それは避けようもないことのようにも思える。
しかし私ももろ手を上げて快諾する気分にはならない。……このわだかまった思いの正体が何であるのかは、考えるだけ不毛なような、そんな直感はした。
「早合点するな、まだ私は認めたわけじゃないし……今即答はできない。だがもしそうするのであれば、私からすれば大事な大事な息子をいよいよ“そちら”に引き渡すことになるわけだ。きっとズミ軍の大将であるモルズ閣下なら、傷心の私を気遣って資金と兵員の援助を潤沢にしてくれることだろう……」
息子を売るようで心は苦しいが、引き出せるものは引き出せる時に言っておかねばならなかった。モルズは一瞬だけ仏頂面になったが、当然苦い顔はできないことも分かっているだろう。
「……当然、最大限の善処をしよう。リョドル殿、とにかく目下のところは戴冠式の準備を早めに頼むぞ」
まだ認めたわけじゃないと言うのに、モルズはちゃっかりとリョドルにそう声をかけている。
彼女はあからさまに面倒くさそうだ。……結婚式を手伝うのとはわけが違う。
「まあ、堅苦しい話ばかりでも滅入ってしまうからな。話は変わるが」
突然モルズは声色を軽くして振り向いてきた。堅苦しい話の後にそんな切り出し方をされると、どうしても嫌な予感がしてしまう。
「我が軍も新しい顔ぶれを迎えて、一層血気盛んな若者が多い。戦準備のための事務仕事にかかっている時間も長く、その間に退屈した者が不健全な遊びに耽るのもよくないと思ってな。ちょうど暑さも引いてくる季節だ、ひとつ軍の主催で催し物をしようと思って」
「催し物」
私は無表情で繰り返した。また親睦を深めるために酒を飲めとでも言い出すのだろうか。
「武闘大会の開催を考えている」
「武闘大会」
楽しそうな笑顔のモルズに、私は同じように繰り返した。
「これは兵士の士気と武芸の向上の契機を作る目的もある。貴殿の元の兵士にも……もちろん貴殿自身にも、来賓として出場してもらえると期待している。両軍の親睦を深めるいい機会にもなるだろう、ぜひとも頼むよ」
戦争準備を怠らない傍らで、兵士達のために健全な娯楽の提供まで気を回しているなんてなんと立派な心がけの将軍であることだろうか! と褒め称えるべきところなのかもしれない。
すっかりスレている私の思考は勝手に政治的意図を読み取ってしまうが……、いや、今はそういうことにしておいてやろう。
どちらにせよ今私に言えることはこれ以上何も無い。表向きには当然友好を示し、良い関係の構築に努めなければならないことに変わりはなかった。
仕方ない、と言った風に私は乾いた笑みを飛ばした。
「そいつは楽しそうだな。うちの番犬は首輪を外すと猛獣になるからな、せいぜい興醒めにさせないよう躾けておくことにしよう」
言わずともがな武闘大会などに出れば、こちらの目玉選手となるのは私などではなくフォス・カディアルの騎士だ。
今は得意を装ってそう胸を張っておくことにする。背後からはまたもの言いたげな視線が向けられてきているが。
しかし今やズミの国土中から集まってくる新兵達の受け入れにかかって、軍の組織改革、物資の供給経路の整備など課題は山積みである。すぐに万全の戦力を揃えて出陣するというわけにはいかないらしかった。
ラズミルの街の建設までは軍の手が回らなくなり、移住してきたばかりの市民らがそれぞれ場当たり的にでも連携をとって動き始めていた。
そんな中で既に建築や修理作業に携わることはなく、将軍という肩書きを与えられた僕の任務は、主に部下達の管理と教育とされた。
しかし僕は何と言っても若輩である。僕より歳下の者なんて、正規戦闘兵の中には数えられるほどしかいない。
そんな状態ではいくらなんでも、兵士の指導は無理だと抗議した結果、僕には直属の部隊員は与えられず、魔剣という特別格を理由に、配下を持たない単身の将軍という奇妙な地位に落ち着いた。
要するに僕の平常任務はただ自主訓練のみとなってしまった。ズミの兵士達の訓練場に通って、顔なじみから、誰とも知らない者まで多くの兵士と剣を打ち合った。
しかし腕の立つ剣士は数知れないが、僕は魔道士でもあり魔剣士でもある。戦い方を学ぶという点では、戦闘魔術に熟練したトレンティア人の方がいい相手になる。
結局別部隊でありながら、暇さえあればクラウスに稽古をつけてもらうのが日課となっていた。彼と、そしてエレアノールも一緒になって、剣だけでなく度々戦闘魔術の指南をも僕にしてくれた。パウルにも聞きたいことは多かったが、いかんせん彼は多忙だった。
ズミ軍と違って少数兵のイグノール軍だ、事務仕事はモルズほどてんやわんやというわけではないようだったが、彼はいまだズミ軍に設けられた魔道兵士の養成所の仕事に携わっていた。
時々には僕もその講義に出てみたが、受講者の大半が魔法を触るのが初めてだという初心者ばかりで、いまいち水準が合わない。
そして珍しくパウルの手が空いたかと思えば、「魔法学の研究会だ」と言ってリョドルに攫われてしまうので、僕が戦闘魔術を指南してもらう時間はあまりなかった。アルドやジュリを混ぜての魔道研究会もリョドルの主催で時々行われているようだった。
結局僕の相手をするのはクラウスがほとんどだったのだが、彼も彼でイグノール軍側の仕事がある。
ある日いつも通りに僕がクラウスを訪ねると、そこにはパウルとリョドルと共に身支度を整えている姿があった。どこであれパウルが出かける先には、クラウスも護衛でついて回らなければならない。
「今日はラズミルでモルズと会議」
パウルが仏頂面でそう言った。僕は無表情のままそれを見つめ返し、傍らのクラウスと、そしてリョドルにも視線を向けた。
「会議にリョドル?」
そう聞くと、リョドルもむすっとした顔で髪を掻いた。
「私だってなんで呼び出されたのか分からない……いや、大方想像はつくけど、嫌な予感しかしない」
「なんだよ、心当たりがあるのか」
リョドルの呟きにパウルが振り向いた。彼は大きなため息をつく。
「ラズミルの復興が進んでるなら、軍だけじゃなくて町の組織もいろいろ考えないといけないんだろ……教団のこととか。王宮神殿で働いてた神官の中で消息が分かってる生き残りは私だけだ。どうせそのへんのことだろう」
「ああ、そういえばお前神官だったな」
「実はそうなんだよ。ねえ殿下、君もトレンティアでは神官資格持ってたんだろ、一緒にやってくれよ」
「無茶言うなよ」
そうぼやき合いながら三人はそれぞれ馬に乗ってラズミルまで旅立っていった。
僕は手持ち無沙汰になって、シュナートの訓練場に向かおうかと足を迷わせる。だけどその日は気まぐれに、たまの休暇をとることにした。
シュナートには、もともとあった武具や建材を仕立てる職人街が栄え、その他には、ラズミルよりも敵地に近いということもあって防備のための軍人が詰めているばかりだ。そんな中でジュリはやはり衛生兵として仕事をしている。
そこから衛生兵長に許しをとってジュリを連れ出した。将軍という肩書きもたまには役に立つ。
「ずっと働いてるだろ、たまには遊ぼうと思って。どこか行きたいところとかないか」
そう言うと、ジュリはぎょっと目をむくように僕を見つめてきた。……そんなに珍しいことを言っただろうか。
「ヨ、ヨンが遊ぼうなんて言う日が来るなんて……」
そうしみじみと言われると落ち着かない。僕にとって娯楽といえば狩りと訓練ぐらいしかなかったものだから……ジュリと一緒になるまでは確かに、遊ぶなんて言葉は知らなかったかもしれない。
「いつも気の利かない夫で悪いな」
そう少しだけ口を尖らせると、ジュリは楽しそうに笑って僕の腕に抱きついてきた。
「そんなこと言ってないじゃないですか。でも……嬉しいですよ。行きたいところは、やっぱりラズミルかな。お店とかいっぱい出てるの見て回りたいです」
ジュリの提案で、結局僕もパウル達を追いかけるようにラズミルへ向かうことになった。
トレンティアの攻撃で焼ける前に、彼女はよく友人とラズミルの街に繰り出して買い物をしていたらしい。まだ復興の具合で言えば遠く及ばないだろう、それでもきっと、確実に彼女が幸せだった頃の記憶に近付いている、のだろう。
ラズミルの活気はいよいよ大きくなっていた。行き交う商人や職人達はもともと軍人達が陣取っていた仮設住宅に住み込み、景気よく街の復興に働いている。
かつての住人だった軍人の多くは既にシュナートへと移り、残りの者達も次第に仮設小屋から、修復した廃墟を本格的な住居へと整える段階に移っている。
ここまでの復興を為したのは彼らなのだから、できあがった家には軍人達から入っていくのが成り行きらしい。
一度王家が滅んだせいでズミの貴族の権威は落ちぶれ、金持ちの貴族は地方で依然威張ってはいたようだが、財産や家臣を持たない者は既に貴族という名前すら失ったことだろう。そして地方都市へ散っている金持ち連中も、今更ラズミルへ来たところで新参者である。
それ以前からここに入り、他でもない自分たちの手で王都を取り戻したという誇りを持つ軍人の方が、その出自に関わらず既に権威を振るっているようだった。
これからは、旧体制の貴族の復権というよりも、軍人出身の新興貴族という身分が多く形成されていくのだろう。
次第に形を為していく社会の有り様を他人事のように横目に眺めて、私は国軍本部の建物へと入った。
シュナートには以前からの古参兵士が多く詰めているが、ラズミルにはこの局面になって初めて武器を取った新兵達の顔ぶれが多い。金髪である私達の姿を見て驚き、好奇の視線を無遠慮に向けてくる者ばかりだ。
それらには目もくれず、呼び出された会議室へジャックとリョドルと共に入る。モルズと、彼の数名の側近だけがそこで待ち構えていた。
「アルティヴァ・サーシェ、友との出会いに感謝を」
そう挨拶をしてくるので、こちらも「サーシェ」と言いながら、レジスタンスの慣わしのまま握手をする。
「しばらく慌ただしくて、落ち着いて話もできなかったからな。情報の共有もしておきたい」
モルズと私とリョドルだけが椅子に座り、他の護衛の面々は壁を背にして突っ立ったまま、モルズは素っ気なく話を切り出した。
「ヨンが捕まえてきたオルエッタという貴族はどうなった?」
「もう解放してサダナムへ向かわせた。こちらでも尋問はしたが、さして目新しい情報があったわけじゃない、なんとなくの推測の裏がとれたぐらいだな」
「その内容は?」
「トレンティア王室の出方だ。ギルバートは当然、躍起になって徹底抗戦を命令し続けているが……、やはり周辺の貴族に動揺もあるらしい。そこへ更に、ドミニクの戦死とナートの陥落だ。もう国内での侵略戦争への支持はそう大きくはないだろう。……かといって、王権のもとに命令が下っている以上、事実は変わらない」
「サダナムは正面勝負になるか」
「……その線が濃いだろうな。奴らの補給経路はすぐ背後の黒い森の中だ、一度に輸送できるものの量が極端に限られるという事情はあるだろうが、それをこちらも阻む術がない。サダナムは街全体が城塞と化しているし、長期戦は分が悪いばかりだ。相手も籠城の姿勢を取ってくると見たね」
モルズは片方しかない手で顎を撫でて唸った。
サダナムは言わずともがな国境の都市、トレンティア側もその防衛にかけては力を注いでくるだろう……私とて頭を巡らせたが、ナートとは砦の規模があまりにも違う。同じ小細工は通用しなさそうだ。
私は同じ調子で続けた。
「だがサダナムさえ落とせば、戦況はいっぺんに塗り替わる。奴らはズミの地上に拠点を失って本国へ退かざるを得ない……自国領での戦争は当然国民の反感を買いまくるからな、さすがのギルバートも何か小賢しい交渉をしかけてくるかもしれない」
「もしそうなったらどうするつもりだ」
「私はあの悪王を殺す。泣いて跪いても許すつもりはない。……諸君らは?」
「私達にとってこれは、祖国の解放戦であると同時に復讐戦でもある。願わくば、この戦争を始めたという、その王の首は討ち取りたいところだな」
「同じ気持ちでいてくれてありがたい限りだ」
他でもないズミ軍の大将と、力強い視線同士を結び合う。
個人的な気持ちを言えばギルバートの首にそこまでの興味はないが、私が王家の正当な後継者だと名乗り上げている以上、その決着は先延ばしにはできない。この際はズミ人の復讐という動機と利害が一致していることを喜ぼう。
「では目下の所の話をしよう。今日の本題だ」
モルズはそう切り替えてきた。黙って上目遣いを向けてやる。
わざわざリョドルを指名して呼び出したその理由に、私はいまいち想像が及ばなかった。彼女自身はどうせ神殿の仕事を言いつけられるのだろう、なんて言っているが、私との会議にタイミングを合わせる意味は何だ?
「見ての通り、ラズミルはいよいよ復興の兆しを見せている。まだ事業は始まったばかりだが、軍人ではない市民も集まり、地方貴族からも新時代の幕開けを拝まんとして移住してきている者がいる。時間はかかるだろうが、ラズミルを“王都”として復興する現実もいよいよ同じ地平に見えてきた……」
モルズは片手だけを広げてそう語り出した。その言葉の続きは次第に私の想像の中にも収まってくる……。
「そうなった時にいよいよ私達にとって必要なもの……、分かるよな?」
そんな煽り方をしてくる彼を睨んで、私は思い切り眉に皺を寄せて項垂れてしまった。……当然分かってることではあった、この話題をいつかはモルズから切り出されると。
「我々には“王”が必要だ。かつてこの街に住まい、ズミの民を治めた王の血筋を引く正当な後継者が」
そう言い切ったモルズの言葉を聞いて、リョドルもびくりと目を開けて反応していた。私は大きなため息とともにやっと口を開く。
「ヨハンをズミの王にと、そう考えているんだろう」
回りくどい話をするのも面倒で、こちらからそう切り出す。モルズは何気もなく頷いた。
「私の知る限りではアルティーヴァ家……亡きビザール王の血を引いているのは彼だけだ。当然彼の母親であるミョーネ殿下がトレント・エルフィンズ家に嫁入りしていることも分かってはいるが、彼女は晩年ズミへ帰ってきて王宮で過ごしていた。王家の人間として認める正当性はある」
「……だが、ヨハンがトレント・エルフィンズ家の人間であることも確かだ」
「それもその通りだ。だから貴殿の許しが要る」
真正面から向けられたモルズからの視線を受け止める。私は一旦口を噤んで、考える素振りを見せた。
しかしモルズは私の返事を待つ前に、その時になってふとリョドルを振り向いた。
「……ビザール陛下の直系ではなかろうが、リョドル殿はバルダム家の出身だ、貴殿も王家の血筋を引いてはいるのだろう?」
彼女は青ざめた表情を浮かべている。
「一応ひい祖父さんまで遡れば国王だけど……、私が王位に就くなんてさすがに無理だぞ。ヨハンの方が筋としても近いし、私は四十で未婚だし、青声だ。あまりにも将来性がない」
そう落ち着いた声色で語った彼女を見て、思わず目を丸くした。……考えてみれば、ミョーネと親戚だと言っていたからそれもそうなんだろうが、こいつも一応王家筋になるのか、なんて今更驚く。
モルズもすぐに軽く頷いた。
「そうだよな。まあ貴殿は王家の親戚であり、なおかつ王宮神殿に仕えた経歴もある高位の神官だ。さしあたってはこれから復興する王宮神殿の教官の任に就き、若き新王を支えてほしい」
王家の血筋はついでの話題だったらしく、結局本目的は前もって勘繰っていた通りだったようだ。
リョドルは困ったように眉を寄せたが、モルズの重い言葉を前にしては、さすがの彼女もあからさまに険悪な感情は出せないようだった。
「ああ……、まさか私にもお鉢が回ってくる日が来るとはね……。青声が教官長なんて前代未聞だと思うけどいいのかな……いやもうもはや一回滅びてるし何でもありなのかな……」
そうぶつぶつと独り言を言っている。
その中に出てきた教官長、という言葉には私もさすがに少し驚いてしまったが……王宮神殿の教官と言うと、即ちそうなるのだろう。
私の知る限り、それはズミで国王に並ぶほどの権威を持つ、宗教組織の最高指導者だったはずだ。私のリョーがそんなすごいものになってしまうのか。
彼女としてはミョーネの仕事を引き継いで、魔道研究だけに没頭していたいようだが……そうしたくても立場がそうさせてくれないのは私と同じである。
私は小さく嘆息しながら、やっと口を開いた。
「四十の男色……いや青声よりかはそりゃ将来性はあるだろうが、その分ヨハンはあまりにも若い。今すぐだとまともに王なんて務まるとは思えないし、他でもないトレンティア人との混血だ、そうすんなりとは行かないと思うがな」
「当然彼は王族として育った訳でもないから、急に国王をやれというのは難しいだろう。言い方は悪いがとりあえず王座に座ってもらうだけにして、実際の政治は私やリョドル殿が助ける形にはなるだろう。混血については最初は反発も覚悟のうえだが、戦争さえ終わればトレンティアへの敵対心もなくなっていくし、何より彼はこの戦争においての英雄だ、その功績と実際に力強いあの佇まいはきっと皆を納得させるに足る」
「英雄と言う点でいえばモルズ、お前のほうがよっぽど王座に座るに相応しい働きをしていると私は思うがな。他でもないズミの再興を実際に成し遂げた軍神だ、お前が王になると言えば誰一人文句は言わないだろうに」
「いやいや、なかなか地方の者でも貴族は血筋の正当性にうるさいんだ。当面はよかったとしても、後々政争の種になるのが目に見えている」
そう言い合って私達は力なく睨み合った。これは単純に、お互いの認識をすり合わせるだけの討論に過ぎない。
「……と、いうか。私の立場から言うのもおかしいが、貴殿の方の心配はしないのか」
そう遠慮がちに尋ねてくるので、ん、と変な相槌を打って視線を上げた。
「その……、この戦争に勝った後、貴殿はトレンティアの国王になるつもりなのだろう。そうなった時の跡取りとして手放したくないのではないかと、そう危ぶんでいたんだがな」
ああ、と私は気の抜けた返事をした。何と答えたものか迷っているうちに、モルズの方がお節介に話を先取りしてくる。
「貴殿は確かまだ三十代だろう、もしそちらの国の王子としても跡取りが必要ならば、今からでも結婚を考えてはくれないか。できるだけは支援はするし、ズミ人でいいのなら相手選びにも協力する」
そんな突飛な話を切り出してくるので、私は思わず顔をしかめた。生涯三回目の結婚なんてさすがに……まだそんな気分にはならない。
「そんな心配をお前がしなくていい……。今まで言ってなかったが、私にはヨハン以外にも息子がいる。母親はミョーネではなくてトレンティア人の女だ」
「なにい!?」
モルズは素っ頓狂な声を上げて驚いた。何せ出産後に顔を見ることすら数える程度しかなく、今は妻子共に全く赤の他人として今は暮らしているのだ、息子だという実感さえ薄い息子だが……。
何やら私の後ろでジャックがもの言いたげに眉をひそめているが、会議の場では彼は黙っていることになっている。小言は後にとっておいてもらおう。
「正直に言って、ヨハンがズミの王になるかどうかに関わらず、彼をトレンティアの王子に据えるつもりはもともとないんだ。あいつ自身がズミ人として生きることを望んでいるから」
そう言うとモルズは驚いたように目を丸くして、やがて満足げに笑顔を浮かべた。
「では何も気にすることなどないではないか。ヨハン様にはぜひ、新生ズミ王国の国王となっていただこう」
そんなモルズを見て私はため息を返す。
モルズが頑なにヨハンをズミ軍から手放そうとしなかったことも、そして私との親子関係を公にさせたがらなかったことも、そのためだったという彼の意図は、思えば分かりきっていた。ヨハン本人の意思に関わらず、それは避けようもないことのようにも思える。
しかし私ももろ手を上げて快諾する気分にはならない。……このわだかまった思いの正体が何であるのかは、考えるだけ不毛なような、そんな直感はした。
「早合点するな、まだ私は認めたわけじゃないし……今即答はできない。だがもしそうするのであれば、私からすれば大事な大事な息子をいよいよ“そちら”に引き渡すことになるわけだ。きっとズミ軍の大将であるモルズ閣下なら、傷心の私を気遣って資金と兵員の援助を潤沢にしてくれることだろう……」
息子を売るようで心は苦しいが、引き出せるものは引き出せる時に言っておかねばならなかった。モルズは一瞬だけ仏頂面になったが、当然苦い顔はできないことも分かっているだろう。
「……当然、最大限の善処をしよう。リョドル殿、とにかく目下のところは戴冠式の準備を早めに頼むぞ」
まだ認めたわけじゃないと言うのに、モルズはちゃっかりとリョドルにそう声をかけている。
彼女はあからさまに面倒くさそうだ。……結婚式を手伝うのとはわけが違う。
「まあ、堅苦しい話ばかりでも滅入ってしまうからな。話は変わるが」
突然モルズは声色を軽くして振り向いてきた。堅苦しい話の後にそんな切り出し方をされると、どうしても嫌な予感がしてしまう。
「我が軍も新しい顔ぶれを迎えて、一層血気盛んな若者が多い。戦準備のための事務仕事にかかっている時間も長く、その間に退屈した者が不健全な遊びに耽るのもよくないと思ってな。ちょうど暑さも引いてくる季節だ、ひとつ軍の主催で催し物をしようと思って」
「催し物」
私は無表情で繰り返した。また親睦を深めるために酒を飲めとでも言い出すのだろうか。
「武闘大会の開催を考えている」
「武闘大会」
楽しそうな笑顔のモルズに、私は同じように繰り返した。
「これは兵士の士気と武芸の向上の契機を作る目的もある。貴殿の元の兵士にも……もちろん貴殿自身にも、来賓として出場してもらえると期待している。両軍の親睦を深めるいい機会にもなるだろう、ぜひとも頼むよ」
戦争準備を怠らない傍らで、兵士達のために健全な娯楽の提供まで気を回しているなんてなんと立派な心がけの将軍であることだろうか! と褒め称えるべきところなのかもしれない。
すっかりスレている私の思考は勝手に政治的意図を読み取ってしまうが……、いや、今はそういうことにしておいてやろう。
どちらにせよ今私に言えることはこれ以上何も無い。表向きには当然友好を示し、良い関係の構築に努めなければならないことに変わりはなかった。
仕方ない、と言った風に私は乾いた笑みを飛ばした。
「そいつは楽しそうだな。うちの番犬は首輪を外すと猛獣になるからな、せいぜい興醒めにさせないよう躾けておくことにしよう」
言わずともがな武闘大会などに出れば、こちらの目玉選手となるのは私などではなくフォス・カディアルの騎士だ。
今は得意を装ってそう胸を張っておくことにする。背後からはまたもの言いたげな視線が向けられてきているが。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
最弱パーティのナイト・ガイ
フランジュ
ファンタジー
"ファンタジー × バトル × サスペンス"
数百年前、六大英雄と呼ばれる強者達の戦いによって魔王は倒された。
だが魔王の置き土産とも言うべき魔物達は今もなお生き続ける。
ガイ・ガラードと妹のメイアは行方不明になっている兄を探すため旅に出た。
そんな中、ガイはある青年と出会う。
青年の名はクロード。
それは六大英雄の一人と同じ名前だった。
魔王が倒されたはずの世界は、なぜか平和ではない。
このクロードの出会いによって"世界の真実"と"六大英雄"の秘密が明かされていく。
ある章のラストから急激に展開が一変する考察型ファンタジー。
時き継幻想フララジカ
日奈 うさぎ
ファンタジー
少年はひたすら逃げた。突如変わり果てた街で、死を振り撒く異形から。そして逃げた先に待っていたのは絶望では無く、一振りの希望――魔剣――だった。 逃げた先で出会った大男からその希望を託された時、特別ではなかった少年の運命は世界の命運を懸ける程に大きくなっていく。
なれば〝ヒト〟よ知れ、少年の掴む世界の運命を。
銘無き少年は今より、現想神話を紡ぐ英雄とならん。
時き継幻想(ときつげんそう)フララジカ―――世界は緩やかに混ざり合う。
【概要】
主人公・藤咲勇が少女・田中茶奈と出会い、更に多くの人々とも心を交わして成長し、世界を救うまでに至る現代ファンタジー群像劇です。
現代を舞台にしながらも出てくる新しい現象や文化を彼等の目を通してご覧ください。
アガルタ・クライシス ―接点―
来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。
九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。
同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。
不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。
古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。
まずはお嫁さんからお願いします。
桜庭かなめ
恋愛
高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。
4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。
総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。
いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。
デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!
※特別編6が完結しました!(2025.11.25)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしております。
無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~
ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。
玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。
「きゅう、痩せたか?それに元気もない」
ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。
だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。
「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」
この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
『召喚ニートの異世界草原記』
KAORUwithAI
ファンタジー
ゲーム三昧の毎日を送る元ニート、佐々木二郎。
ある夜、三度目のゲームオーバーで眠りに落ちた彼が目を覚ますと、そこは見たこともない広大な草原だった。
剣と魔法が当たり前に存在する世界。だが二郎には、そのどちらの才能もない。
――代わりに与えられていたのは、**「自分が見た・聞いた・触れたことのあるものなら“召喚”できる」**という不思議な能力だった。
面倒なことはしたくない、楽をして生きたい。
そんな彼が、偶然出会ったのは――痩せた辺境・アセトン村でひとり生きる少女、レン。
「逃げて!」と叫ぶ彼女を前に、逃げようとした二郎の足は動かなかった。
昔の記憶が疼く。いじめられていたあの日、助けを求める自分を誰も救ってくれなかったあの光景。
……だから、今度は俺が――。
現代の知恵と召喚の力を武器に、ただの元ニートが異世界を駆け抜ける。
少女との出会いが、二郎を“召喚者”へと変えていく。
引きこもりの俺が、異世界で誰かを救う物語が始まる。
※こんな物も召喚して欲しいなって
言うのがあればリクエストして下さい。
出せるか分かりませんがやってみます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる