サーシェ

天山敬法

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第十二章 私達の愛の形

149話 三本目の魔剣

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 その夜、空は重たい雨雲に覆われ、そこから吐き出される水滴が空気をじっとりと濁らせていた。
 暗がりの奥に今は黒い森も、その手前に聳えるサダナムの城壁さえも霞んで見えた。
 その景色を視界に収めて、僕達ズミ軍は着々と戦闘準備を進める。雨の中にも馬を駆けさせて偵察に出た数人の兵士は、しかしそのうち本陣まで帰ってきたのは一人だけだった。
「報告します! 敵は既に城壁周縁にて戦闘準備を整えている模様……、しかし城門は開け放されており、まだ兵員の出入りがされているような様子で……」
 緊張した兵士の表情を見るに、偵察兵すら目ざとく索敵され、攻撃を受けたのだろう。当然本陣で待ち構えていた僕達にもその緊張はびりと走る。
 サダナムの奪還戦、その指揮を執るのは今までと変わらず……ズミ国軍の大将軍モルズ・アースド・レノルだ。
 今までモルズモルズと名前で呼んでいたのはレジスタンスの風習だ、僕が王になったのを契機に家名であるレノルを彼は名乗っているが、皆今までの習慣でやっぱり、モルズ将軍、なんて呼んでしまう。
 僕のすぐ隣でモルズはぐっと眉間に皺を寄せ、更に隣にいるイグノールへと視線を向けた。
「どう思う」
「雨……、炎魔法を主戦力にするトレンティアの魔道兵にとっては不得意な条件なはずだ。夜間というのはお互いに悪条件だろうが……、雨夜のうちに仕掛けるのはいい判断だと思うぜ。城門を開けっ放しにして慌てて何かをしてるってんなら尚更な……」
 パウルも真剣な面持ちで言う。この雨の中を戦うのか、と思うと少し気分は重たくなるが、それは敵も同じことだろう。
 モルズは数秒考え込んだが、やがて決断したようだ。
「進め! 城門を破り、市街を押さえ次第敵本部の制圧にかかる!」
 その号令を聞いて僕は……僕達は前を見据える。城壁に囲まれた巨大な街を前にして、目指すは正面突破だ。
 各小隊の分散、撹乱、城塔からの攻撃への対応、それぞれに張り巡らされた細やかな戦略は、今の僕にはつぶさに知るところではない。
 僕はただ馬の腹を蹴り、その足を駆けさせて真っ直ぐに進撃する。先頭を駆け出した魔剣士を追うように、ズミの兵士達も雄叫びを上げてそれに連なっていく。
「陛下に続けーっ!」
 そう高らかに叫んだのはジルの声だった。それに呼応して轟く軍靴の音に、僕の鼓動も強く深く体中に響いていく。
 この顔を打つ雨粒さえも今は風のように振り切って、僕はこの戦場を真正面から切り開く、この背に確かにズミの空を背負って。

 馬を精一杯に走らせると、その町並みに灯る明かりの群れは見る見るうちに近付いてくる。暗がりの中では開け放されている城門を遠目から目視することは難しいが、黒々としたその影が、目を凝らせばすぐに大きくなっていくのも分かった。
 城壁の周辺には篝火と、敵兵が灯す松明の光が揺れている……その光を頼りに、その影の中で蠢く者達の姿をも確かに捉える。
 そうして僕はやっと馬を乗り捨て、腰から魔剣を抜いた。城壁が近付いても、敵が体を出して迎撃してくることはない。壁まで引き付けて上から攻撃するつもりなのだろう。
 それを下の地面から睨み上げ、僕は魔剣に力を込める。
「神聖なるトレント、応えろ……!」
 魔力を流した魔剣の刃は、その量に応じて金色の光を纏う。暗がりの中であかあかと灯ったそれを、開戦の狼煙が如くに振り込んだ。
 空を切り裂くように迸った白金の魔刃は、一番手前に見えている城塔を飲み込むように襲いかかる。
 敵からの攻撃は、まだ来ない。城門は間抜けに開け放されたままその正面に隊列の姿すら見えない。
 その状況を、暗闇に慣れた目で確かめながら、放った刃が塔に食い込んでいく様をもしかと見届けた。
 その先で僕の魔力が石造りの塔を巻き込んで爆発する、その瞬間をも確かに目で捉えて……しかしその時、一筋の違和感を覚えた。
 何か……その衝突の中から違う魔力が一瞬だけ膨れ上がった気がした。怪訝に思って眉をひそめた次の瞬間には、その爆発に応えるような反撃が襲来する。
 炎? いや違う、見極めている暇すらなく、咄嗟に破壊魔術を込めた剣でそれを薙ぐ。塔を中心に放射状に弾けたようなその波紋……そう、空を走った波紋のような光だった。
 それは確かに高圧な魔力を持って僕の魔剣へとぶつかってくる、その感触を確かめた途端に思わず歯を食いしばった。その力は、想定よりもあまりに強かったのだ。
 見た目にはまるで静けさを纏った、それは青白い光の線で作られた波紋だった。それはどうやら凄まじい破壊力を持って壁の下にいる僕達を覆うように襲った。周囲で悲鳴が上がるのが耳に引っかかる――味方の悲鳴だ。
 僕は咄嗟に魔剣に込める力を強めてそれを防ぎ、薙ぎ払い切った。しかしその背後で多く、弾けるような魔法の光が爆発するのを確かに感じた。
 ……熱は感じない、炎魔法ではない。何だ?
「ヨハン! 退けっ!」
 その時に耳をついたのはパウルが叫んだ声だった。考えている余裕はなかった、言われるがままに正面を向いたまま後退る。
 その目前にまた青白い光に縁取られた、扇状の波紋が刃の形を成して襲来する……それを確かに目で捉えた、まるでそれは……いや、僕やクラウスが魔剣で振るう魔刃そのものではないか。
 自分の魔剣でそれを受け止めようと構える、その矢先に横からパウルの体が飛び出てきて、彼が大きく防御の魔法陣を張った。その魔法陣は分厚く、そして左右に広く展開され、ばちばちと激しい電撃を散らせて敵の魔術を殺したようだ。
 そのパウルの背中を見ながら僕はとにかく後ろへ引き下がった。釣られるようにして周囲に迫っていた味方の隊列も後方へと下がる。
 その脇を、これもまた力強く馬を駆けさせてすれ違うように前で出てくる金髪の者もあった。それをちらりと横目だけで見る。クラウスも最前線へ上がってきた……。
 状況は分からない、だけどその攻撃を目の当たりにした一瞬で、ただ直感した。敵の中にも魔剣士がいる……。
 考えてみれば特段驚くことではなかった。魔剣はもともとトレンティアの武器なのだ、今までは引っ込んでいたその使い手が、追い詰められて出てきたって何もおかしくはない。
 一番前で防御の魔法陣を張っていたパウルは、更に敵からの攻撃が来るのを警戒しながらじりと彼も下がってくる。その雨に濡れた背中は震えているようにも見えた。
「まずい、非常にまずい。やばいぞ」
 僕達の元へ駆けてきて、パウルはそう早口で慌て始めた。何だ、と聞き返すまでもなく、強張った顔でパウルは告げる。
「……レインの血門術だ。ロードの野郎、私を裏切ったな……!」
 そう噛み潰すように言った言葉には、深い怒りが滲んでいた。
 その言葉が指し示した意味は、僕でもすぐに理解できてしまった。……初めてその雨男と出会った、あの明け方の風景が瞬時に思い浮かぶ。
 水の魔道を操るというレイン・クラネルト家の血門術は……雨の中でその真価を発揮するという話だったはずだ。確かに無数の水の粒が、この戦場にいる全ての兵士の体を打ち続けている……。
 ごくりと唾を飲んだ僕の目前、その城壁の上でぱっと、一斉に火を灯したように魔法陣の光が大量に灯った。
 ハッと息を呑んでいる暇もなく、その一つ一つの円から押し潰すような密度の炎の玉が噴き出してきた。
「クラウス!」
 パウルがただ名前を叫んだ、その意図をクラウスはそれだけで悟ったらしい。彼もまた銀色に眩く光らせた魔剣を大きく振り、そこから広く波紋を広げるように牙を飛ばして前方から雪崩込んでくる炎の波にぶつける。
 火の玉のひとつひとつはこの雨の中で威力も弱まっているようだが、大勢の魔道兵を壁の上に動員しているのだろう、その密度と量を伴えばそれだけで十分に脅威だった。魔法を防ぐ術を持たないズミの一般兵はそれだけで足を挫かれる。
 広範囲に猛襲したその炎の多くはクラウスの魔剣が弾き飛ばしたようだが、その範囲から漏れたものは容赦なくズミの兵士を襲う、当然こちらからの攻勢など遠く届かない。
「雨の中でレインを敵に回すのはヤバすぎる! とにかく退けえっ!」
 パウルは必死の声を上げてそう叫んでいた。ズミの兵士らもそれは肌で感じ取ったのだろう、城門へ向かって猛進していた彼らは一斉に退却の姿勢を取る。
 壁から離れ、体勢を立て直す必要がある……しかし敵とて当然、せっかく勝ち取った先制の有利を簡単に手放しはしないらしい。その勢いに乗って、間抜けに開け放されて見えた城門の奥からわっと歩兵が溢れ出してくるのが見えた。
「あれを食い止める!」
 僕はほとんど無我夢中になって叫び、退いていく味方の殿しんがりを務めるために、その場に踏みとどまった。
「馬鹿、無茶を……! くそっ、クラウス、ヨハンの補佐を!」
「仰せのままに!」
 パウルとクラウスの焦ったような声は届くが、今更判断は変えられない。
 すぐにクラウスの魔力が間近に寄ってくる感覚を受け止めて、僕は前方から押し寄せるように進んでくる敵兵の軍団を睨み据えた。敵はめいめいにソル・サークルを浮かべて、またその火柱を真っ直ぐに放ってくる。
 クラウスの剣に魔力が走った、それだけを確かめて、僕は自らの剣には防御ではなく爆炎の魔術を込めて振り込む。
 トレントの魔剣が放った炎の波動は雪崩込んでくる敵の炎の波の中を擦れながら猛進し、しかしそれだけで相殺されるほどトレントの血は弱くない、それは見事に敵の最前の兵士達の肉を鎧ごと焼き切って行った。
 それとすれ違って僕達を襲った炎は、息を合わせてクラウスが放った破壊魔術によって打ち消される。
「敵の魔剣士だ!」「下がれ!」「ロード殿を呼べ!」
 敵兵が叫ぶ声が、言葉が確かに聞こえた。
 目まぐるしく展開していく戦いの中、落ち着いて思考を整理する暇もない……なぜロードが敵方にいるのだ? それはただ端的に、パウルが噛み潰した言葉が表していた。……裏切ったな、と。
 二人の魔剣士を目前にして敵の攻勢は一瞬にして緩む、その間に退いていく味方を追って僕も退くべきだったのかもしれない。
 しかしその判断に従うよりも早く、どしゃりと、音を立てて目の前の塗れた地面に何かが落ちてきた。……落ちてきた?
 それは黒い布に包まれた何かのように見えた、すぐにその先に金髪を生やした頭があるのが分かった。どこから出てきたのか……いや、どう見ても、本当に空から降ってきた。
 彼は着地の衝撃のために地面に屈み込んでいた、その姿勢からすぐにゆらりと立ち上がる。その右手に確かに、青く光る剣を遊ばせながら。
「ああ……、随分と懐かしい顔ですね。本当に残念です……、ヨハン・アルティーヴァ殿」
 暗く重たい声が、響くように、しかしどこか静けさを纏って降り立つ。その全身は鎧も着ずにきらびやかな貴族の服を身に着け、雨に打たれるままに濡らして……。
 暗がりの中でも魔剣の光に照らされて不気味に浮かび上がったその静謐な相貌は、ああ、確かに随分と懐かしい顔だ。
 戸惑っている余裕はない。ただその男の姿を前にして、心臓が痛いほどに脈打っていた。
 ……降りしきる雨、引き下がっていった味方の隊列、取り残されるようにその場にいる僕とクラウスの二人。
 目の前には魔剣を持った水の魔導師……、しかも、まるでその雨粒の一つにでもなりきったかのように、空から降ってきた。
 一体どうやって空を飛んだのか、水魔法の仕組みを知らない僕には察しもつかない。だけど直感できた、空の全部を覆う水の粒の中……、それは既にかの魔道士の手の平の上も同じなのだと。
 それが目の前に迫って僕を見つめ、その名前を呼んだ。背中を向けて逃げるという次元でないことぐらいははっきりと分かった。
 ロードは雨の中で薄く目を細めて僕を見つめる。その背後では喚声を上げながら僕達を避けて進軍するトレンティア軍の隊列が見えた。もちろんそれを食い止めようと動いたところで、目の前の魔剣士に容易く背後を取られるだろうことも想像が及んでしまう……まるで全身を既に囚えられたかのように、動けない。
 それはクラウスも同じなのだろうか、僕と一歩だけ離れた場所で魔剣を構えたまま、静かに呼吸を整えているだけだ。
 その魔剣士二人を前にして、ロードは微笑みさえ浮かべて見せた。
「ズミの……国王になったと聞きましたよ。心から祝辞を述べられないことが残念でなりません。あなたがたが私の味方でいてくださったならどんなに良かったことか……」
 そうして問答を始める余裕すらあるらしい。それには深い憎悪さえも滲ませて、クラウスがその牙の隙間から吐息のように言葉を返す。
「……裏切ったのは貴公の方だろう、ロード。その口にイグノール殿下への忠誠を誓っておきながら……、クラネルト家の二枚舌はいつになっても健在のようだな?」
 ロードはその表情の妖艶な色を深めて、彼らしく美しく、しかし高らかに笑って見せた。
「御冗談を! イグノールだって、あなただってそうではありませんか! 家族を捨て、国を裏切り、友を欺き、同胞を殺めた! 全てはおのが欲望を叶えるためではありませんか! そうしてただお互いの欲望同士をぶつけ合う、人間なんて皆同じだ! そう、私は自由だ、私は私の力を、私の意思で私の望みのために行使する! そこに裏も表も、正義も悪もないのですよ!」
 その声に応じるがごとく彼を包む魔力が高まっていく。
 その魔剣に走った青白い光はやがてどろりと溶けるようにその輪郭を崩す……剣が空気中に溶け出したと、そんな不気味な錯覚を起こして一瞬ぎょっとする……それは空気中に舞う無数の雨粒に彼の魔力が染み出したのだとすぐに悟った。
「“弱肉強食”がカディアル家の掟なのでしょう? 正義を訴えるのならその牙で語って見せなさい! 私は負けない……、フォスの魔剣もろともその首、義兄上に差し出していただきましょう!」
 ロードは力強く叫び、その途端に魔力を迸らせた。既に彼の魔力の源は剣ですらない、この戦場の空気全てが……。
 魔法での戦闘、その攻撃の気配や方角を正確に捉えるために鋭く尖らせていた感性に、まさに押し潰すほどの圧力が一挙にのしかかってきた。
 まるで体表を覆う皮膚の上全てが固い泥に塗り固められたかのような、圧倒的な重みと衝撃、そして閉塞感。瞬時に意識が飛ぶ、それをかろうじて繋いだのはクラウスの叫び声だった。
「ヨハン様! 魔力探知を切れ!」
 その咄嗟の言葉が何を意味していたのかなんて考える余裕はなかった。
 ハッと息を吸う、その瞬間には空中に浮く雨粒の全てが巨大な魔力の塊となって無数に襲いかかってきているのが、その一粒一粒が静止して、見えた。
 気が付いた時には、周囲の空中には星空が降りてきたみたいに眩い銀色の光が無数に弾けていた。その一つ一つが強い魔力の摩擦を伴い、肌を焼くような鋭い質量を持っている……思わず両手で頭を押さえた。
 その手から魔剣が落ちていくのさえ、留めることもできずに。
「ヨハンッ! 剣を手放すな!」
 クラウスの引き裂くような声が耳を劈く、それに縋って目も開けられないまま、ただ手繰り寄せるようにトレントの気配を追う。すぐにその剣の柄を掴み直す。
「魔力を切れ! 己の体を切り離すんだ! 飲まれるな、目を開けろ!」
 絶え絶えに吸う息の隙間に、クラウスが叫ぶ言葉ひとつひとつを耳に拾っていく、そのさなかで次第に形を持ち始めた意識は彼の姿を捉えた。
 圧倒的な魔力の波に飲まれて立ち尽くす僕の前に出て、彼は魔剣を振っていた。その体には、もう自身と敵とどちらのものかも見分けのつかない魔力の閃光が火花のように纏わりついている。
「勇猛なるフォス! 食いちぎれっ!」
 彼は一層強い雄叫びを上げ、ロードの雨の魔術に絡め取られながらも、その体を中心に強い魔力の波動を解き放った。
 まるで彼を中心に蒸気のような熱が噴き出し、空を舞う雨粒を吹き飛ばすような、そんな魔力の開放、それを見取ってやっと思考が追いついてくる……。
 ロードの魔力は空気中の雨を伝播して自在に、そして四方八方から押し寄せてくる。僕の高すぎる魔力感度がその密度に混乱して平衡感覚を狂わすのだ。
 そして膜を作るようにして覆いかぶさってくるその攻撃は、同様に膜を張るようにして自身の体を相殺の魔力で覆わねばならなかった。
 はたと我に返ると、目の前ではクラウスが雨の中を猛進し、魔剣を振ってロードに襲いかかっていた。
 それをロードは剣を振ることさえなく、空に舞う雨粒をそこに集めて激しい水流の柱を立たせ、押し返す。
 魔術によって唐突に空中に現れた太い滝は、ただの水流だけではない、高圧の魔力をも伴ってクラウスの魔剣の刀身に擦れて激しい電撃を起こす。
 その圧力は、クラウスの筋力と魔力を以ても切り抜けることはできないようだ、あえなくクラウスは押し返される、しかし体勢を崩されることはなく、なんとか受け身を取りながらそれを整えた。
 そのさなかにも彼は自身の体を覆う水に魔力を放って相殺させ、そのたびに体の上にぱちぱちと火花のごとき衝突の光を煌めかせていく。
 その背後で僕はぽつりと取り残されたように、ただ魔力が濃く滲んだ雨の中を佇んでいた……、体の上を弾けるように纏わりついてくる衝撃は、しかしそれだけでたちまちに体を切り裂くほどの殺傷力は持っていない。戦える、まだ!
 ぐっと奥歯を噛んで僕は自身の血門を通る魔力を全身に巡らせた。
 剣から魔力を放つという一方向性を持った単純な魔力操作ではない、自分の体を覆う“防御”を常に張りながら同時に剣を振って戦う、必要なのはそういう立ち回りだ。
 攻勢だけに集中と魔力を回せない、それはとんでもなく複雑で繊細な操作だった。クラウスとてそこに力を出しきれないのも無理はないだろう。
 戦うクラウスの姿を確かに目で捉えて、僕はしかと意識を開いて足で地を踏む。……言われた通り、今は魔力を探る感覚を意識的に閉じて、体の外をおぞましいほどに流れている魔力に引かれる意識を、その度必死に手繰り寄せて。
 クラウスの……仲間の援護をせねばならない。
 僕が魔力を込めて攻撃に出ようとした姿勢をロードもすぐに悟ったのだろう、彼は魔剣を緩やかに振る、その途端に僕の足元から岩のような高度を持った水の柱が勢いよく吹き上がってその剣の刀身を弾いた。
 危うく手から魔剣が抜けそうになるのを、なんとか手に力を込めてそれをいなしながら留める。
 そしてロードは猛進してくる二人の魔剣士を前に、自身の足元に爆ぜるような白い蒸気を上げて後退った。
 その体の動きはふわりと、確かに泳ぐように空を滑らかに動いた、まるで雲を乗り物にしているような、そんな浮遊の動きだ。
 自在に宙を泳ぎ、そして軽々と雨水を操って僕達の接近も攻撃も弾き飛ばしてしまう、こんな敵をどう封じるというのか、戦意に高ぶった頭ではすぐには分からない。
 しかしなおもクラウスの言葉が僕の手を引くように、力強く告げられた。
「面倒な敵ですがこちらは二人……普通の魔道兵では巻き込まれることを恐れて近付けないのは相手も同じです。手数で攻めて意識を塞ぎましょう。いくら彼の魔力が遍在したとして、それを操る“意識”は一つしかないのです、落ち着いて対応を!」
 それを受け止めて僕は次第に集中を鋭く研ぎ澄ませていく。
 ……そうだ、どれだけ広大な魔力を持っていたとしても、敵の本体は同じ人間の肉体がひとつだけだ。
 それにロードはもともと軍人でもない、恐ろしい魔術を使ったとしても剣術に長けているとは考えにくい。魔力を操る“意識”さえ、その隙さえ突けば勝負は決するのだ。
 僕なら……僕達なら戦える。そしてこの恐ろしい雨の魔術師を前に他の者では相手にできない。僕が戦わねばならない、そのことははっきりと分かった。
 この際他のトレンティア軍が味方のズミ軍を攻撃している、そちらに意識を割く余裕はなかった。そちらはモルズやパウルを信じて任せるしかない。
 間違いなくこの戦場で最大の敵である水の魔剣士、これをこちらの最大戦力である自分が封じねばならない……ただの兵には近付くこともできない、ここは既に魔剣士だけの戦地だ。
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