10 / 37
第10話 レオポルト・バンダームとエリーゼ
しおりを挟む
【レオポルト・バンダーム視点】
私は、窓辺に立ったまま、夜空を見上げ続けた。
深い藍に染まる空。
きらめく星々。
そのどれもが、はるかな記憶を呼び起こす。
思い出すのは、まだエリーゼが幼かった頃だ。
──母を亡くして、すぐのことだった。
泣きもせず、うつむいたままのあの子に、私は何も言えなかった。
強くあれ、とは、とても言えなかった。
泣くな、とは、もっと言えなかった。
あの子は、ただ、小さな拳を固く握りしめ、唇を噛みしめていた。
肩を震わせながら、必死に涙を堪えていた。
「……エリーゼ」
名前を呼んだだけで、あの子は私を見た。
赤くなった目で、必死に笑おうとした。
「だいじょうぶ、です……」
その声は震えていた。
今にも泣き出しそうだった。
それでも、あの子は笑ったのだ。
私が支えなければならないはずの娘が、私を支えようとした。
その姿が、痛かった。
胸が張り裂けるほどに、痛かった。
だから、私は心に誓ったのだ。
この子を、絶対に守ると。
どんな犠牲を払っても、幸せにすると。
それから私は、必死に働いた。
領地の立て直しに奔走し、王家に繋ぎを作り、財政を立て直すためにありとあらゆる策を講じた。
誇りも、過去の栄光も、すべてかなぐり捨てた。
だが、その間も、エリーゼは一人で耐えていた。
笑って、家臣たちに礼を言い、民に微笑みかけ、兄リカルドの代わりをしようと背伸びしていた。
私はそれを知っていた。
知らないふりをしていた。
「強くなれ」と、言葉ではなく、態度で求めてしまっていた。
「……すまなかったな、エリーゼ」
誰に届くわけでもない謝罪が、夜に溶ける。
君は、母を亡くしたその日から、少女であることを許されなかった。
父である私のせいで、幼さを捨てさせられた。
それでも、君は一度も私を責めなかった。
ただ、前を向いて、ひたすらに歩き続けた。
そして、今。
新たな試練が君の前に立ちはだかっている。
王家の命令。
政略結婚。
見知らぬ異国の血統との、未来。
君は、それすらも受け入れようとしている。
「……強いな」
改めて、私は呟いた。
あまりにも、強すぎる。
だが、それが、私には恐ろしかった。
人は、耐え続けることで、壊れてしまうものだ。
無理に無理を重ねて、心を凍らせ、誰にも何も求めなくなる。
私は、そんな未来をエリーゼに歩んでほしくない。
たとえ、バンダーム家がどうなろうとも。
たとえ、私が笑われようとも。
私は、君の心だけは、守りたい。
──そうだ。
バンダーム家の繁栄も、王家への忠誠も、
すべては、君のためにあったのだ。
君の笑顔を、君の幸せを守るために。
ならば。
君が無理をして笑う必要などない。
泣きたいなら泣けばいい。
逃げたいなら、どこまでも逃げよう。
私は、父親として、君のそばにいる。
「……エリーゼ」
私は、静かに扉へ向かう。
夜の廊下を歩き、エリーゼの部屋の前で足を止めた。
扉の向こうからは、かすかな衣擦れの音だけが聞こえる。
もう眠っているのだろうか。
──いや、きっと、眠れずにいる。
今夜、君は、すべてを一人で背負おうとした。
王子との婚姻を受け入れると決めた。
家を守るために、自分を差し出す決意をした。
私は、それを黙って見過ごしていいのか。
胸の奥で、何かが激しく叫んでいる。
私は、そっと拳を握った。
ノックするべきか、迷った。
だが──
「エリーゼ」
声は自然に出た。
力強く、まっすぐに。
すると、扉の向こうで、微かな気配が動いた。
すぐに扉が開かれることはなかった。
それでも、私は話し続けた。
「君は、バンダーム家の誇りだ」
「だが、それ以上に、私の大切な娘だ」
「君が何を選んでも、私は君の味方だ」
「君が涙を流すのなら、私がすべてを背負おう」
「君が笑うためなら、私はどんな敵とでも戦う」
「だから──」
言葉が震えた。
「だから、どうか……君だけは、君自身の幸せを諦めないでくれ」
しばらく、沈黙が続いた。
夜風が廊下を抜け、冷たい空気が頬を撫でた。
そして、そっと、扉が開いた。
そこに立っていたのは、
あの日と変わらない、小さな少女だった。
必死に大人びた顔をして、肩を張り、背伸びして──
それでも、目には涙を溜めている。
「……父様」
かすれた声で、エリーゼが呼んだ。
私は、何も言わずに、両手を広げた。
エリーゼは、一瞬だけ戸惑った。
だが、すぐに、まるで小さな子供のように、私の胸に飛び込んできた。
小さな身体が震えていた。
押し殺した嗚咽が、震える肩越しに伝わってくる。
私は、そっとその背中を抱きしめた。
「……すまなかったな」
「ずっと、無理をさせていた」
エリーゼは、何も言わなかった。
ただ、静かに、静かに泣き続けた。
私は、それを責めない。
慰めない。
ただ、黙って、抱きしめ続けた。
今夜だけは、父と娘に戻ってもいいだろう。
領地も、家柄も、王家の思惑も、何もかも忘れて。
私は、心から祈った。
この子が、これから歩む未来に、どうか光が降り注ぐことを。
どんな困難が待ち受けていようとも、この子が、希望を失わないように。
エリーゼ。
私の誇り。
私の宝物。
──私は、君を愛している。
その思いを、言葉ではなく、抱擁に込めた。
そして私は、心に刻んだ。
これからも、何があろうとも、この手で、君を守り続けると。
夜は深まる。
だが、この胸に灯った温もりだけは、決して消えることはなかった。
私は、窓辺に立ったまま、夜空を見上げ続けた。
深い藍に染まる空。
きらめく星々。
そのどれもが、はるかな記憶を呼び起こす。
思い出すのは、まだエリーゼが幼かった頃だ。
──母を亡くして、すぐのことだった。
泣きもせず、うつむいたままのあの子に、私は何も言えなかった。
強くあれ、とは、とても言えなかった。
泣くな、とは、もっと言えなかった。
あの子は、ただ、小さな拳を固く握りしめ、唇を噛みしめていた。
肩を震わせながら、必死に涙を堪えていた。
「……エリーゼ」
名前を呼んだだけで、あの子は私を見た。
赤くなった目で、必死に笑おうとした。
「だいじょうぶ、です……」
その声は震えていた。
今にも泣き出しそうだった。
それでも、あの子は笑ったのだ。
私が支えなければならないはずの娘が、私を支えようとした。
その姿が、痛かった。
胸が張り裂けるほどに、痛かった。
だから、私は心に誓ったのだ。
この子を、絶対に守ると。
どんな犠牲を払っても、幸せにすると。
それから私は、必死に働いた。
領地の立て直しに奔走し、王家に繋ぎを作り、財政を立て直すためにありとあらゆる策を講じた。
誇りも、過去の栄光も、すべてかなぐり捨てた。
だが、その間も、エリーゼは一人で耐えていた。
笑って、家臣たちに礼を言い、民に微笑みかけ、兄リカルドの代わりをしようと背伸びしていた。
私はそれを知っていた。
知らないふりをしていた。
「強くなれ」と、言葉ではなく、態度で求めてしまっていた。
「……すまなかったな、エリーゼ」
誰に届くわけでもない謝罪が、夜に溶ける。
君は、母を亡くしたその日から、少女であることを許されなかった。
父である私のせいで、幼さを捨てさせられた。
それでも、君は一度も私を責めなかった。
ただ、前を向いて、ひたすらに歩き続けた。
そして、今。
新たな試練が君の前に立ちはだかっている。
王家の命令。
政略結婚。
見知らぬ異国の血統との、未来。
君は、それすらも受け入れようとしている。
「……強いな」
改めて、私は呟いた。
あまりにも、強すぎる。
だが、それが、私には恐ろしかった。
人は、耐え続けることで、壊れてしまうものだ。
無理に無理を重ねて、心を凍らせ、誰にも何も求めなくなる。
私は、そんな未来をエリーゼに歩んでほしくない。
たとえ、バンダーム家がどうなろうとも。
たとえ、私が笑われようとも。
私は、君の心だけは、守りたい。
──そうだ。
バンダーム家の繁栄も、王家への忠誠も、
すべては、君のためにあったのだ。
君の笑顔を、君の幸せを守るために。
ならば。
君が無理をして笑う必要などない。
泣きたいなら泣けばいい。
逃げたいなら、どこまでも逃げよう。
私は、父親として、君のそばにいる。
「……エリーゼ」
私は、静かに扉へ向かう。
夜の廊下を歩き、エリーゼの部屋の前で足を止めた。
扉の向こうからは、かすかな衣擦れの音だけが聞こえる。
もう眠っているのだろうか。
──いや、きっと、眠れずにいる。
今夜、君は、すべてを一人で背負おうとした。
王子との婚姻を受け入れると決めた。
家を守るために、自分を差し出す決意をした。
私は、それを黙って見過ごしていいのか。
胸の奥で、何かが激しく叫んでいる。
私は、そっと拳を握った。
ノックするべきか、迷った。
だが──
「エリーゼ」
声は自然に出た。
力強く、まっすぐに。
すると、扉の向こうで、微かな気配が動いた。
すぐに扉が開かれることはなかった。
それでも、私は話し続けた。
「君は、バンダーム家の誇りだ」
「だが、それ以上に、私の大切な娘だ」
「君が何を選んでも、私は君の味方だ」
「君が涙を流すのなら、私がすべてを背負おう」
「君が笑うためなら、私はどんな敵とでも戦う」
「だから──」
言葉が震えた。
「だから、どうか……君だけは、君自身の幸せを諦めないでくれ」
しばらく、沈黙が続いた。
夜風が廊下を抜け、冷たい空気が頬を撫でた。
そして、そっと、扉が開いた。
そこに立っていたのは、
あの日と変わらない、小さな少女だった。
必死に大人びた顔をして、肩を張り、背伸びして──
それでも、目には涙を溜めている。
「……父様」
かすれた声で、エリーゼが呼んだ。
私は、何も言わずに、両手を広げた。
エリーゼは、一瞬だけ戸惑った。
だが、すぐに、まるで小さな子供のように、私の胸に飛び込んできた。
小さな身体が震えていた。
押し殺した嗚咽が、震える肩越しに伝わってくる。
私は、そっとその背中を抱きしめた。
「……すまなかったな」
「ずっと、無理をさせていた」
エリーゼは、何も言わなかった。
ただ、静かに、静かに泣き続けた。
私は、それを責めない。
慰めない。
ただ、黙って、抱きしめ続けた。
今夜だけは、父と娘に戻ってもいいだろう。
領地も、家柄も、王家の思惑も、何もかも忘れて。
私は、心から祈った。
この子が、これから歩む未来に、どうか光が降り注ぐことを。
どんな困難が待ち受けていようとも、この子が、希望を失わないように。
エリーゼ。
私の誇り。
私の宝物。
──私は、君を愛している。
その思いを、言葉ではなく、抱擁に込めた。
そして私は、心に刻んだ。
これからも、何があろうとも、この手で、君を守り続けると。
夜は深まる。
だが、この胸に灯った温もりだけは、決して消えることはなかった。
101
あなたにおすすめの小説
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します
佐倉えび
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚
不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。
私はきっとまた、二十歳を越えられないーー
一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。
二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。
三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――?
*ムーンライトノベルズにも掲載
継母の嫌がらせで冷酷な辺境伯の元に嫁がされましたが、噂と違って優しい彼から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるアーティアは、継母に冷酷無慈悲と噂されるフレイグ・メーカム辺境伯の元に嫁ぐように言い渡された。
継母は、アーティアが苦しい生活を送ると思い、そんな辺境伯の元に嫁がせることに決めたようだ。
しかし、そんな彼女の意図とは裏腹にアーティアは楽しい毎日を送っていた。辺境伯のフレイグは、噂のような人物ではなかったのである。
彼は、多少無口で不愛想な所はあるが優しい人物だった。そんな彼とアーティアは不思議と気が合い、やがてお互いに惹かれるようになっていく。
2022/03/04 改題しました。(旧題:不器用な辺境伯の不器用な愛し方 ~継母の嫌がらせで冷酷無慈悲な辺境伯の元に嫁がされましたが、溺愛されています~)
偽聖女と追放された私は、辺境で定食屋をはじめます~こっそり生活魔法で味付けしていたら、氷の騎士団長様が毎日通ってくるんですけど!?~
咲月ねむと
恋愛
【アルファポリス女性向けHOTランキング1位達成作品!!】
あらすじ
「役立たずの偽聖女め、この国から出て行け!」
聖女として召喚されたものの、地味な【生活魔法】しか使えず「ハズレ」の烙印を押されたエリーナ。
彼女は婚約者である王太子に婚約破棄され、真の聖女と呼ばれる義妹の陰謀によって国外追放されてしまう。
しかし、エリーナはめげなかった。
実は彼女の【生活魔法】は、一瞬で廃墟を新築に変え、どんな食材も極上の味に変えるチートスキルだったのだ!
北の辺境の地へ辿り着いたエリーナは、念願だった自分の定食屋『陽だまり亭』をオープンする。
すると、そこへ「氷の騎士団長」と恐れられる冷徹な美形騎士・クラウスがやってきて――。
「……味がする。お前の料理だけが、俺の呪いを解いてくれるんだ」
とある呪いで味覚を失っていた彼は、エリーナの料理にだけ味を感じると判明。
以来、彼は毎日のように店に通い詰め、高額な代金を置いていったり、邪魔する敵を排除したりと、エリーナを過保護なまでに溺愛し始める。
最強の騎士団長と騎士たちに胃袋を掴んで守られながら、エリーナは辺境で幸せなスローライフを満喫中?
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる