婚約破棄された上に、追放された伯爵家三男カールは、実は剣聖だった!これからしっかり復讐します!婚約破棄から始まる追放生活!!

山田 バルス

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第32話 ゼノ軍団長、動く!

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◆獄中記――アベル=ダンガー子爵の独白5◆
―英雄の兄、その血を以て火蓋は切られる―

 俺の中で何かが静かに燃えている。
 それは、獄中で培われた怨念の火。
 そして今、その炎が“初めての獲物”を求めて燻り始めていた。

 ――カール=キリト。

 奴の全てを奪う。そのための第一歩として、俺が狙うのは……あの男の“兄”だ。

 キリアン=キリト。
 フリューゲン情報局所属。王宮の書庫と魔導局を行き来する、頭脳派貴族。
 剣では弟に及ばないが、政治と情報の分野では鋭いと評判だ。

 それがどうした。
 家族という“弱点”であることに変わりはない。



 夜の帳が王都ルメリアに落ちるころ。
 俺は、キリト家本邸裏の旧魔導塔跡地に身を潜めていた。キリアンが週に一度、王宮からの帰路に立ち寄る古い書庫だ。

 情報収集が趣味らしい。ふん、そんな習慣が命取りになるとは思いもしなかったろうな。

 やがて、音もなく扉が開いた。

 「……今夜は思ったより冷えるな」

 銀の眼鏡越しに書類を眺めながら、ローブ姿の男が静かに歩いてくる。

 あの目、立ち振る舞い――まぎれもなく、キリアン=キリトだ。

 俺は一歩、影から踏み出した。

 「よう、久しいな。……“キリト家の誇り”とやら」

 その声に、キリアンが振り返る。

 「……誰だ?」

 「俺を忘れたか? まあ、無理もない。お前の弟に“すべてを奪われた男”など、貴族様の記憶には残らんか」

 しばしの沈黙のあと、彼は眉をひそめた。

 「……アベル=ダンガー。……脱獄の噂は本当だったのか」

 「“噂”じゃない。現実だよ。そして現実は、これからお前の肉体に刻み込まれることになる」



 俺は一切の躊躇なく、呪いの指輪に魔力を込める。

 その瞬間、足元から闇が蠢き、黒い鎖が地を這った。

 「呪詛術式《黒紋・縛炎》!」

 足元に刻まれた魔法陣から、赤黒い火柱が立ち上る。キリアンは瞬時に障壁を展開した。

 「氷結障壁《クリオ・アグニス》!」

 氷と炎がぶつかり、辺りに激しい衝撃音が響く。

 さすがはキリト家。素人ではない。
 だが、所詮は後方型。呪いの指輪の前では──遅い。

 「お前の弟に奪われたもの、返してもらうぞッ!」

 拳に全力の魔力を纏わせ、壁を突き破って突進する。俺の右腕が、キリアンの腹部を貫いた。

 「……が、ッ……!」

 呻き声とともに、男が膝をつく。

 「肋骨が……三本は折れたな。それでも立つのか? 英雄の兄として?」

 「……兄として、立つしかないだろう……あいつは……背負ってきたんだ……この国を……!」

 血を吐きながらも睨む目。その中には、怒りも恐怖もなく――弟への誇りだけがあった。

 それが癇に障った。

 「……うざいな、お前」

 俺はさらに呪詛を放つ。《浸呪》──体内から魔力を侵食し、動きを止める闇の術。

 キリアンの身体がびくりと痙攣した。

 「くっ……ぐ、あああっ!」

 「言っておけよ。カールに……“次はてめえだ”ってな」



 俺はキリアンの意識が薄れるのを確認し、書庫を後にした。

 殺してはいない。
 むしろ、生きているからこそ“効果”がある。

 キリアン=キリトが無残に倒れている――その光景こそ、カールに最も深く突き刺さるはずだ。

 血は、絆の象徴。
 ならば、俺はその絆から引き裂いてやる。

 弟のせいで兄が傷ついたと知ったとき、英雄様はどう反応するか。
 顔が見ものだな。



 街の灯が遠ざかる。
 呪いの指輪は脈を打ち、俺の生命を少しずつ喰らっている気がした。

 けれど構わない。

 俺にとって命など、もはや復讐の燃料に過ぎないのだから。

 さあ、カール。
 てめえの番だ――

 この手で、英雄を終わらせてやる。




◆王国軍戦記録――ゼノ=バルジェの報告◆
―赤き眼の獣、鋭く牙を研ぐ―

 重厚な扉が、音を立てて閉まった。

 王都ルメリア北塔、王国直属騎士団詰所の作戦室。
 分厚い石壁と地図だらけの室内に、重々しい空気が充満していた。

 俺は、椅子にもたれながら地図を睨みつける。
 その横で、部下の一人が震えた声で報告を続けていた。

 「……間違いありません。ダンガー子爵、脱獄しました。午前二時頃、牢獄北棟の魔封結界が破壊され、監視兵三名が昏倒。現在、所在不明です」

 「…………」

 俺は何も言わず、目を閉じた。
 内心、頭の奥で鋭い警鐘が鳴り響いている。

 (まさか、本当に動いたか──ダンガー)

 アベル=ダンガー子爵。
 かつては貴族派の有力者であり、王都の裏商取引を取り仕切っていた陰の人物。
 が、カール=キリトによって罪を暴かれ、貴族位を剥奪。
 そして数ヶ月前、正式に収監されたはずだった。

 ……だが、奴がこのまま終わるとは思っていなかった。

 「“組織的”な脱獄か?」

 「はい。獄内の魔道具と術式が、外部から同時に干渉を受けた形跡があり……単独犯では不可能です」

 「ということは、手を貸したやつがいる。しかも王国外部の“何か”がな」

 俺は立ち上がり、壁の地図を指でなぞった。

 「ここだ。王都南西の下層街。……奴が根を張っていた元領地に近い。まずはそこを洗え」

 「はっ!」

 部下が敬礼し、足早に部屋を出て行く。



 部屋に残ったのは、古参の副官であるギレムだけだった。白髪混じりの髪と浅黒い肌。戦場で何度も俺の背を預けた男だ。

 「……団長、奴の“狙い”は?」

 「……カール=キリトか、あるいは……」

 言い淀む。だが、口に出さねばならない。

 「……リリス=ヴァレンタインだ」

 ギレムが眉をひそめた。

 「どちらも過去に因縁があり、奴の逆恨みが根深い。とくにカールは──“すべてを奪った男”だ」

 「カール殿は今、冒険者ギルトの依頼で王都を離れていると報告が。すぐには王都へ戻れません」

 「リリス嬢は?」

 「侯爵邸内に。現在はいるそうです」

 「ならば、警備を倍に。民間の護衛団じゃ不安だ。直属騎士団から精鋭を回せ」

 「承知しました」



 ギレムが退出したあと、俺はふっと息をついた。

 (この動き……早すぎる)

 ダンガー子爵が逃げ出したのは今朝方。にもかかわらず、もう街の警備の一角が動揺し始めている。

 いや……違う。
 あいつは「逃げた」んじゃない。
 「狙って出てきた」んだ。

 (今の王都には、大義も正義も、静かに根を張る“闇”もある)

 そして、カールもまた……狙われるに値する存在になってしまった。

 俺は、王国直属騎士団の団長として、戦場の英雄と呼ばれてきた。
 だがそれは、常に“敵”が明確だったからこそだ。

 今、目の前にあるのは――輪郭の曖昧な“内なる敵”。

 あのダンガーが、ただの復讐者で終わるとは思えない。

 「……裏に、誰かいるな」

 俺は指を組み、呟いた。

 脱獄の手口、術式の痕跡、消された記録。
 魔族か? ノルドの陰謀か? それとも──新たな貴族派の残党か?

 だが、どれであれ関係ない。
 アベル=ダンガーをこのまま放っておけば、王都に再び“あの腐臭”が満ちる。



 扉が再び開く。

 ギレムが戻ってきた。

 「団長、キリト伯爵家の次男──キリアン=キリト様が、負傷されました。王立病院より緊急報が……重傷とのことです」

 俺の眼が鋭く細まった。

 「……やったか、ダンガー」

 「現場に残された呪痕が一致。加害者はほぼ確実にダンガー子爵」

 キリト家を狙った。弟カールではなく、次兄を。

 (あえて“殺さなかった”のか……)

 家族を傷つけ、英雄の心を揺るがせる。精神を先に削る手法だ。まるで戦術家のようなやり方……だが、これは復讐者の動きだ。

 「よし。今すぐ追撃班を編成しろ」

 「対象は?」

 「アベル=ダンガー子爵。ただちに拘束せよ」

 「目撃情報が少なく、正確な居場所が……」

 「――ならば、動いた者すべてに目をつけろ。影を使え。裏路地の物売りから、魔道具商まで洗え。やつは必ず“痕跡”を残しているはずだ」

 「はっ!」

 副官が走り去る。



 残された部屋で、俺は一人、窓の外を見つめる。

 王都の灯りは穏やかだ。
 だがその裏で、闇が静かに広がっている。

 カールは、“英雄譚の主役”にされすぎた。
 そして、一緒に断罪されたリリスは、今は話題の剣聖殿に夢中のようだ。今、その光が強いほど、狙われやすくなっている。

 「……なら、俺がやるしかないか」

 もう一度、戦場に立つのは厭わない。
 今度の敵が“獣”であろうと、“闇”であろうと。

 この手で食い破ってやる。

 ゼノ=バルジェ。
 王国の赤き剣――獣の名にかけて。

 必ず、奴を狩り出す。

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