戦女神の別人生〜戦場で散ったはずなのに、聖女として冷酷王子に溺愛されます!?〜

藤乃 早雪

文字の大きさ
3 / 61
第1章 溺愛されても困るんです

1-2 冷酷王子

しおりを挟む
「お前は国のため、喜んで死ぬだろう?」

 リアナーレの知るセヴィリオという男は、生存確率がほぼゼロの出征を命じた上で、淡々とそう言ってのける男だ。

 戦地に赴く前も、リアナーレはセヴィリオの立派な執務室で顔を合わせたが、彼の対応は酷かった。

「死にたいわけではないけれど、貴方が死ねと言うのなら仕方ないでしょ」
「それもそうか」

 軍事総帥様がリアナーレと目を合わせることはない。死地へ赴く部下のことなど気にも留めず、彼の虚ろな視線は手元の書類に注がれていた。

 リアナーレは第五まである国軍部隊の中でも精鋭が揃う、第一部隊の指揮官だ。指揮官の上の役職は総帥のみ。つまり、セヴィリオは直属の上司である。

 それだけならまだしも、リアナーレは公爵家の娘で、歳の近いセヴィリオとは所謂幼馴染みの関係だった。身分の差などまだ分からぬ幼い頃は、二人で王宮の庭園を駆け回って遊んだものだ。

 その相手に向かって、死ねて嬉しいかと問うのである。

「それだけ? 他に何か言うことはないの?」

 リアナーレは非情な総帥様に食ってかかる。旧知の仲だからできることだ。結局、彼が顔をあげることはなかったが。
 
「何もない。さっさと出ていってくれ」

 これが、リアナーレとして最後に聞いたセヴィリオの言葉だ。

 彼の冷たい態度は、今に始まったことではない。それでも、せめて最後くらいは、もう少し感傷的な言葉をくれても良かったのではないだろうか。

「ああ、はいはい。捨て駒には興味ないってことね」

 ここ、シャレイアン王国の西に位置するプレスティジは、何度もシャレイアンへの侵略を試みている。
 内陸国であるプレスティジにとって、小規模国家ながら、海洋資源と貿易網に恵まれるシャレイアンは魅力的なのだろう。

 プレスティジの他、この国は二つの大国と国境を接している。シャレイアンの南北に位置するそれらの大国は、互いの平和バランスを保つため、長年二国の戦争を傍観していた。
 ところが、南の大国オルセラが、ついにプレスティジに兵力を貸し与え、進軍中であるとの情報が舞い込んだ。

 リアナーレが命じられたのは、自国の数十倍もあるであろう連合軍の殲滅だ。そう、無謀だ。それはセヴィリオだけでなく、彼の父親、つまりは国王も承知している。
 だからこそ、少しでも士気を上げようと、奇跡を起こす戦女神と名高い、リアナーレが総指揮官に選ばれたらしい。

 リアナーレは、自分が真に求められているのは殲滅ではないと知っている。必要なのは、シャレイアンが北の大国に泣きつくための時間だ。

「私、国のために死ぬことはあっても、貴方のために死ぬことは絶対ない」

 唇を噛んで、表情一つ変えない総帥様を睨みつける。こんな男のことを愛し続けている自分が惨めだと、リアナーレの心は泣いた。

 報われなくても、彼が妻帯者になろうとも、軍人としてなら側にいて支えられると思っていた。けれど、彼はそんなことは望んでいないのだ。

 悔しくて、悲しくて、堪らない。

「総帥とのお話はもう終わったんすか?」

 リアナーレの部下は、入室から数分も経たない内に上司が飛び出してきたことに驚いたようだった。

「エルド、待ってたの?」
「実は伝えそびれていたことがありまして」

 リアナーレは叩きつけるよう乱暴に、憎き男の部屋の扉を閉める。足早に廊下を歩き始めると、部下は小走りについてきた。

「済んだも何も、アイツと話すことなんてない」
「冷酷な氷の王子っすもんねー」
「昔は普通の、少し気弱な男の子だったのに」

 一つ歳下の彼は本が好きで、よくリアナーレに本を読んでくれた。庭園で自ら摘んだ花を贈ってくれたこともあったっけ。
 当時から多少お転婆だったリアナーレは、彼の手を取って、いつも姉気分で前を歩いていた気がする。

「もしかして隊長、その当時、総帥をいじめてたんじゃ?」
「そんなことするわけないでしょ! 私だって昔は普通の女の子だった」

 それはもう、王子様との結婚を夢見る、可愛らしい女の子だった。

 きっかけも思い出せないくらい昔から、リアナーレは優しい幼馴染みのことが好きだった。いつかは結婚するものだと思っていたし、周りもそのつもりでいたのだと思う。

 全てが狂い始めたのは、アストレイ家の当主であり、当時軍事総帥を務めていたリアナーレの父親が病で急逝してからだ。

 アストレイ家は代々、王国軍の指揮官として功績を上げてきた家柄だ。リアナーレは争いごとに全く向かない兄の代わりに、軍人として生きることを決めた。

 セヴィリオもまた、女のリアナーレに軍事総帥は務まらないと言わんばかりに、今の役職に就いた。
 以来、彼は感情を失っていくことになる。

 女だてらに戦績を上げ続けるリアナーレを、男として好ましく思っていなかったのだろう。
 二人の関係は次第に拗れ、今に至る。

 リアナーレの父親が今も生きていれば、二人の関係はもう少し違っていたのかもしれない。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...