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第1章 溺愛されても困るんです
1-2 冷酷王子
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「お前は国のため、喜んで死ぬだろう?」
リアナーレの知るセヴィリオという男は、生存確率がほぼゼロの出征を命じた上で、淡々とそう言ってのける男だ。
戦地に赴く前も、リアナーレはセヴィリオの立派な執務室で顔を合わせたが、彼の対応は酷かった。
「死にたいわけではないけれど、貴方が死ねと言うのなら仕方ないでしょ」
「それもそうか」
軍事総帥様がリアナーレと目を合わせることはない。死地へ赴く部下のことなど気にも留めず、彼の虚ろな視線は手元の書類に注がれていた。
リアナーレは第五まである国軍部隊の中でも精鋭が揃う、第一部隊の指揮官だ。指揮官の上の役職は総帥のみ。つまり、セヴィリオは直属の上司である。
それだけならまだしも、リアナーレは公爵家の娘で、歳の近いセヴィリオとは所謂幼馴染みの関係だった。身分の差などまだ分からぬ幼い頃は、二人で王宮の庭園を駆け回って遊んだものだ。
その相手に向かって、死ねて嬉しいかと問うのである。
「それだけ? 他に何か言うことはないの?」
リアナーレは非情な総帥様に食ってかかる。旧知の仲だからできることだ。結局、彼が顔をあげることはなかったが。
「何もない。さっさと出ていってくれ」
これが、リアナーレとして最後に聞いたセヴィリオの言葉だ。
彼の冷たい態度は、今に始まったことではない。それでも、せめて最後くらいは、もう少し感傷的な言葉をくれても良かったのではないだろうか。
「ああ、はいはい。捨て駒には興味ないってことね」
ここ、シャレイアン王国の西に位置するプレスティジは、何度もシャレイアンへの侵略を試みている。
内陸国であるプレスティジにとって、小規模国家ながら、海洋資源と貿易網に恵まれるシャレイアンは魅力的なのだろう。
プレスティジの他、この国は二つの大国と国境を接している。シャレイアンの南北に位置するそれらの大国は、互いの平和バランスを保つため、長年二国の戦争を傍観していた。
ところが、南の大国オルセラが、ついにプレスティジに兵力を貸し与え、進軍中であるとの情報が舞い込んだ。
リアナーレが命じられたのは、自国の数十倍もあるであろう連合軍の殲滅だ。そう、無謀だ。それはセヴィリオだけでなく、彼の父親、つまりは国王も承知している。
だからこそ、少しでも士気を上げようと、奇跡を起こす戦女神と名高い、リアナーレが総指揮官に選ばれたらしい。
リアナーレは、自分が真に求められているのは殲滅ではないと知っている。必要なのは、シャレイアンが北の大国に泣きつくための時間だ。
「私、国のために死ぬことはあっても、貴方のために死ぬことは絶対ない」
唇を噛んで、表情一つ変えない総帥様を睨みつける。こんな男のことを愛し続けている自分が惨めだと、リアナーレの心は泣いた。
報われなくても、彼が妻帯者になろうとも、軍人としてなら側にいて支えられると思っていた。けれど、彼はそんなことは望んでいないのだ。
悔しくて、悲しくて、堪らない。
「総帥とのお話はもう終わったんすか?」
リアナーレの部下は、入室から数分も経たない内に上司が飛び出してきたことに驚いたようだった。
「エルド、待ってたの?」
「実は伝えそびれていたことがありまして」
リアナーレは叩きつけるよう乱暴に、憎き男の部屋の扉を閉める。足早に廊下を歩き始めると、部下は小走りについてきた。
「済んだも何も、アイツと話すことなんてない」
「冷酷な氷の王子っすもんねー」
「昔は普通の、少し気弱な男の子だったのに」
一つ歳下の彼は本が好きで、よくリアナーレに本を読んでくれた。庭園で自ら摘んだ花を贈ってくれたこともあったっけ。
当時から多少お転婆だったリアナーレは、彼の手を取って、いつも姉気分で前を歩いていた気がする。
「もしかして隊長、その当時、総帥をいじめてたんじゃ?」
「そんなことするわけないでしょ! 私だって昔は普通の女の子だった」
それはもう、王子様との結婚を夢見る、可愛らしい女の子だった。
きっかけも思い出せないくらい昔から、リアナーレは優しい幼馴染みのことが好きだった。いつかは結婚するものだと思っていたし、周りもそのつもりでいたのだと思う。
全てが狂い始めたのは、アストレイ家の当主であり、当時軍事総帥を務めていたリアナーレの父親が病で急逝してからだ。
アストレイ家は代々、王国軍の指揮官として功績を上げてきた家柄だ。リアナーレは争いごとに全く向かない兄の代わりに、軍人として生きることを決めた。
セヴィリオもまた、女のリアナーレに軍事総帥は務まらないと言わんばかりに、今の役職に就いた。
以来、彼は感情を失っていくことになる。
女だてらに戦績を上げ続けるリアナーレを、男として好ましく思っていなかったのだろう。
二人の関係は次第に拗れ、今に至る。
リアナーレの父親が今も生きていれば、二人の関係はもう少し違っていたのかもしれない。
リアナーレの知るセヴィリオという男は、生存確率がほぼゼロの出征を命じた上で、淡々とそう言ってのける男だ。
戦地に赴く前も、リアナーレはセヴィリオの立派な執務室で顔を合わせたが、彼の対応は酷かった。
「死にたいわけではないけれど、貴方が死ねと言うのなら仕方ないでしょ」
「それもそうか」
軍事総帥様がリアナーレと目を合わせることはない。死地へ赴く部下のことなど気にも留めず、彼の虚ろな視線は手元の書類に注がれていた。
リアナーレは第五まである国軍部隊の中でも精鋭が揃う、第一部隊の指揮官だ。指揮官の上の役職は総帥のみ。つまり、セヴィリオは直属の上司である。
それだけならまだしも、リアナーレは公爵家の娘で、歳の近いセヴィリオとは所謂幼馴染みの関係だった。身分の差などまだ分からぬ幼い頃は、二人で王宮の庭園を駆け回って遊んだものだ。
その相手に向かって、死ねて嬉しいかと問うのである。
「それだけ? 他に何か言うことはないの?」
リアナーレは非情な総帥様に食ってかかる。旧知の仲だからできることだ。結局、彼が顔をあげることはなかったが。
「何もない。さっさと出ていってくれ」
これが、リアナーレとして最後に聞いたセヴィリオの言葉だ。
彼の冷たい態度は、今に始まったことではない。それでも、せめて最後くらいは、もう少し感傷的な言葉をくれても良かったのではないだろうか。
「ああ、はいはい。捨て駒には興味ないってことね」
ここ、シャレイアン王国の西に位置するプレスティジは、何度もシャレイアンへの侵略を試みている。
内陸国であるプレスティジにとって、小規模国家ながら、海洋資源と貿易網に恵まれるシャレイアンは魅力的なのだろう。
プレスティジの他、この国は二つの大国と国境を接している。シャレイアンの南北に位置するそれらの大国は、互いの平和バランスを保つため、長年二国の戦争を傍観していた。
ところが、南の大国オルセラが、ついにプレスティジに兵力を貸し与え、進軍中であるとの情報が舞い込んだ。
リアナーレが命じられたのは、自国の数十倍もあるであろう連合軍の殲滅だ。そう、無謀だ。それはセヴィリオだけでなく、彼の父親、つまりは国王も承知している。
だからこそ、少しでも士気を上げようと、奇跡を起こす戦女神と名高い、リアナーレが総指揮官に選ばれたらしい。
リアナーレは、自分が真に求められているのは殲滅ではないと知っている。必要なのは、シャレイアンが北の大国に泣きつくための時間だ。
「私、国のために死ぬことはあっても、貴方のために死ぬことは絶対ない」
唇を噛んで、表情一つ変えない総帥様を睨みつける。こんな男のことを愛し続けている自分が惨めだと、リアナーレの心は泣いた。
報われなくても、彼が妻帯者になろうとも、軍人としてなら側にいて支えられると思っていた。けれど、彼はそんなことは望んでいないのだ。
悔しくて、悲しくて、堪らない。
「総帥とのお話はもう終わったんすか?」
リアナーレの部下は、入室から数分も経たない内に上司が飛び出してきたことに驚いたようだった。
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「済んだも何も、アイツと話すことなんてない」
「冷酷な氷の王子っすもんねー」
「昔は普通の、少し気弱な男の子だったのに」
一つ歳下の彼は本が好きで、よくリアナーレに本を読んでくれた。庭園で自ら摘んだ花を贈ってくれたこともあったっけ。
当時から多少お転婆だったリアナーレは、彼の手を取って、いつも姉気分で前を歩いていた気がする。
「もしかして隊長、その当時、総帥をいじめてたんじゃ?」
「そんなことするわけないでしょ! 私だって昔は普通の女の子だった」
それはもう、王子様との結婚を夢見る、可愛らしい女の子だった。
きっかけも思い出せないくらい昔から、リアナーレは優しい幼馴染みのことが好きだった。いつかは結婚するものだと思っていたし、周りもそのつもりでいたのだと思う。
全てが狂い始めたのは、アストレイ家の当主であり、当時軍事総帥を務めていたリアナーレの父親が病で急逝してからだ。
アストレイ家は代々、王国軍の指揮官として功績を上げてきた家柄だ。リアナーレは争いごとに全く向かない兄の代わりに、軍人として生きることを決めた。
セヴィリオもまた、女のリアナーレに軍事総帥は務まらないと言わんばかりに、今の役職に就いた。
以来、彼は感情を失っていくことになる。
女だてらに戦績を上げ続けるリアナーレを、男として好ましく思っていなかったのだろう。
二人の関係は次第に拗れ、今に至る。
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