戦女神の別人生〜戦場で散ったはずなのに、聖女として冷酷王子に溺愛されます!?〜

藤乃 早雪

文字の大きさ
5 / 61
第1章 溺愛されても困るんです

1-4 別れの挨拶を

しおりを挟む
 メイドは過去に意識を飛ばしたまま戻って来ない。リアナーレもまた、あの日の逢瀬を思い出していた。

◇◆◇

 星詠みの聖女様から面会の依頼が入っている。そう部下から伝えられたのは、セヴィリオへの胸くそ悪い挨拶の後だった。

 ほとんど面識のない聖女様が何故。リアナーレは疑問に思ったが、此度の出征のことで話したいことがあるらしい。
 何か予知でもしたのではないか、というのが部下エルドの推測だ。

 夜には城を発たなくてはならない。戦女神はセヴィリオに挨拶をしたその足で、聖女様の部屋に向かう。

「あっ、ああ、リアナーレ様! ご案内いたします!」

 今思えば、部屋の位置が正確に分からず、声をかけたメイドがルーラだった。
 彼女は食事を片した後のワゴンを廊下に放り、そこから少し歩いた先の部屋へと案内してくれた。

 セヴィリオの執務室と同じ階層の、奥まった場所に聖女様の部屋はあった。
 不便な場所だ。彼女に用事がない限り、訪れる者はいないだろう。

  王は、特殊な力を持つ彼女を第二王子の妃として縛り、王宮の隅に閉じ込めておきたかったに違いない。

「出征前のお忙しいところ、お時間をありがとうございます」

 突然の訪問にも拘らず、聖女様はきちりと身を整えた状態でリアナーレを迎え入れた。挨拶と共に、彼女は市井の出とは思えないほど美しい所作で頭を下げる。

「いえ。急な訪問となってしまい、申し訳ありません」

 リアナーレも慌てて敬礼をして見せた。今の身分でいけば、公爵家の人間であるリアナーレよりも、第二王子の妃である彼女の方が上なのだ。

「どうぞ、お座りください」
 
 勧められるがまま、リアナーレは応接間の椅子へと腰を下ろす。聖女様もその向かいに座り、二人は無言で挨拶代わりの笑みを交わした。

 艶のある美しい黒髪に、不思議な紫の目。聖女様の目の中にはキラキラと、たくさんの星が浮かんでいるようだった。
 目と同じ、淡くシンプルな紫のドレスに、銀の髪飾りがよく似合っている。

「戦女神、リアナーレ様。噂通りの素敵な方。メイドたちが夢中になるのも納得です」

 彼女は血色の良い、薄い唇で言葉を紡ぐ。
 人形のように美しい顔と、女性らしい繊細な声音に、リアナーレはやけに緊張した。女としては、何もかも負けているように思う。

「私は女性らしさに欠けるので…聖女様のように可憐な方に憧れます。本当にお美しい」
「まるで口説かれているようで、照れますわ」

 口もとに手をあて、聖女様はお上品に笑う。
 振る舞い一つ一つが麗しく、完璧で、俗世とは遠く離れたところにいる人のように思えた。

 この人こそが聖女なのだと、リアナーレは息を呑む。

「聖女様はプレスティジとの戦いのことで、何か予知をされたのでしょうか?」

 聖女様はメイドによって運ばれてきた紅茶をリアナーレに勧め、自らも口に運んだ。
 一口含み、彼女はティーカップを静かにソーサーへと戻す。

「いえ。私、明確な予知能力は持っていないのです」
「では、お話というのは…」
「未来予知はできませんが、人の寿命を知ることができます。他にできることと言えば、占いと、一生に一度、奇跡を起こすことくらいでしょうか」

 その話を聞いて、リアナーレは彼女が何故自分を呼び出したかを理解した。

「ああ。私の寿命が僅かということですか」

 優しい聖女様はリアナーレに忠告してくれようとしたのだろうが、次の交戦で命を落とすであろうことは、特殊な能力を持たずとも分かる。

 小さな窓から降り注いでいた昼下がりの陽射しが、雲によって遮られた。一瞬の暗がりが訪れた部屋で、聖女様は淡々と言う。

「いえ、違います。私の魂が、間もなく寿命を迎えるのです」
「え」
「体は健康でも、魂が弱れば人は死にます。私の場合、魂が生来丈夫ではなかった」

 聖女様は悲しんでいる様子はなかったが、リアナーレは返す言葉が見つからず、途方に暮れた。

「病は気からと言いますし、気持ちを強く持ってください聖女様」
「ええ。全く恐れてはいませんわ。ただ、私亡き後、セヴィリオ様をよろしくお願いしますね。私がお伝えしたかったのはこのことです」
「彼を、愛していらっしゃるのですね」

 平静を装いつつ、戦女神は痛む胸の内からどうにか言葉を絞り出した。
 それに対し、聖女様は首を左右にゆっくり動かし、否定を示す。

「愛ではありません。情です。あまりにも哀れな方なので。どうか彼を救ってあげてください」

 セヴィリオを癒やし、救うのは本来聖女様の役目だ。
 そもそも、今夜リアナーレは死にに行くのだ。聖女様の頼みとはいえ、叶えられそうもない。

「私では無理ですよ」
「あなたならできます」
「分かりました。もし生きて戻ることができたのなら、その役目、引き受けましょう」
「大丈夫です。貴女の魂はとても強いので、寿命はまだ先ですわ」

 さようなら。またどこかで会いましょう。
 
 雲はまだ太陽を覆っている。薄暗い部屋の中、別れの挨拶をする聖女様の目だけが、キラキラと神秘的に輝いていた。

◇◆◇

「リアナ様、リアナ様ぁ~」
「ああ、ごめん。ぼんやりしてた」

 メイドが控えままだったことを思い出す。どうやら彼女の方が先に、過去の回想を終えたらしい。

「このままお休みになられますか? それとも、軽くお食事をとられますか?」
「今日は色々あって疲れたから、寝ようかな」
「分かりました。また明日の朝、参りますね。何かあったらすぐ、衛兵にお声掛けください」

 ルーラはリアナーレにシーツを被せ、寝転んだ際に散らばった髪を簡単に整えた。燭台を周り、蝋燭の火を消して彼女は部屋を後にする。

 理屈は分からない。しかしながら、聖女様はこうなることを見通していたのではないか。
 それならば、彼女との約束を守らなければならない。

 セヴィリオを救う。リアナーレには無理でも、この体でならできるかもしれない。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...