戦女神の別人生〜戦場で散ったはずなのに、聖女として冷酷王子に溺愛されます!?〜

藤乃 早雪

文字の大きさ
38 / 61
第4章 冷酷王子の愛

4-6 安堵

しおりを挟む
 実際に戦女神の死を知らされた時、セヴィリオは絶望と狂気の闇に呑まれそうだった。
 聖女の見た目をした彼女が現れなければ、セヴィリオは謀反を起こし、逆にライアスに殺されていたかもしれない。

「アストレイ公爵、そろそろお仕事にお戻りください」
「駄目だ~。体に力が入らないよ」
「それは貴方が朝からお酒を飲んだからでしょう!?」

 執務室の片隅で、今日も兄妹が言い合いをしている。総帥は手を止めて、その光景をぼんやりと眺めていた。

「セヴィリオ様、この方を追い出してやってください」

 リアナは泣き言ばかりの実兄に嫌気が差したのか、セヴィリオに助けを求めた。
 自分こそが妹であると正体を明かせば済む話なのに、彼女は入れ替わりを必死に隠そうとしている。

 セヴィリオはひと目見た時から、聖女の中身がリアナであることに気づいている。強気な口調と前髪を掻き上げる仕草。気づかないわけがない。

 リアナが帰ってきてくれた。それも、嫁の皮を被って。聖女の起こした奇跡だと、セヴィリオはすぐに察した。

「アストレイ公爵、君が妻に相談しに来ること自体は構わないが、程々にしてやってくれ」
「妻!?」

 リアナは声を裏返して驚く。何を言っているんだという顔でセヴィリオの顔を見るが、こちらの台詞である。

「もしかしてリアナ、結婚してること忘れてた?」
「ま、まぁ、確かに妻ではあるけれど……」

 妻なのは聖女であって、中身は本当の妻ではない。彼女はそう続けたいのだろうが、正体を隠している以上、伝えることができない。

 セヴィリオは困惑する彼女を微笑ましく見つめた。

 リアナがセヴィリオをどう思っていようが、彼女が聖女として妃を演じ続ける間は、夫婦の関係を求めることができる。
 だから、彼女が隠し続ける限り、入れ替わりに気づいていることを明かすつもりはない。

「セヴィリオ様は聖女様のことを愛していらっしゃるのですね~」

 夫婦の会話を傍観していたロベルトは、横から口を挟む。リアナはそれが意外だったようだ。

「アストレイ公爵は総帥に対して物怖じしないのね」
「ええ、そうかな?」
「彼に監視されるようになってから、誰も相談に来なくなりました」
「昔からの顔見知りってのもあるけど、妹の出兵について、彼は反対してくれたんだ。自分が代わりになるとまで言ってくれた。本当は情に厚い方なんだよ」
「そうなの?」

 軍事総帥が全ての采配を決めたと思っているリアナは、兄から真相を聞いて目を丸くする。

「あっ、気を悪くしないで!? 妹と彼は幼なじみだっただけで、恋仲だったわけではない……はずだから」

 事情を知らないロベルトは、聖女が夫の浮気を疑っていると勘違いしたらしく、慌ててフォローにならないフォローを入れた。

 余計なことを喋られてしまった。セヴィリオは軽く息を吐いて、リアナに説明をする。

「兄の意見に対して反対したというのは本当。僕はモントレイを行かせようと思っていたから」
「ふぅん」

 リアナはまだ納得していないようだった。紅茶のカップを持ち上げたり、置いたりと落ち着きがない。
 アストレイ公爵はぎこちない空気に耐え兼ねたのか、ついに重たい腰を上げる。

「邪魔者はそろそろ退散しようかな」
「歓迎するよ」

 かくしてセヴィリオは妻の要望通り、ロベルトを追い出すことに成功した。
 
 いつもは相談が終わると、そそくさと部屋から立ち去るリアナだが、今日はじっと書類仕事に追われる総帥を見つめている。

 聞きたいことがあるのだろう。セヴィリオがペンを置くと、彼女は待っていましたとばかりに問を投げかける。

「セヴィーはリアナーレのこと、どう思ってたの?」
「さぁ。内緒」

 愛していたと伝えたら、リアナは喜ぶのだろうか。

 上司と直属の部下という立場になってから、周囲にも彼女にも気持ちを知られてはならないと冷たい態度をとりすぎた。
 思うようにならない彼女への、子供じみた八つ当たりでもあった。

 本音を話せば、幼なじみに嫌われていたわけではないと、彼女は喜ぶかもしれない。
 一方、それ以上の重たい愛はいらないと、拒絶される気がする。

 セヴィリオは席を立ってリアナの隣に腰を下ろすと、断りもなく彼女の膝に頭を乗せた。

「ちょっと!」
「過去の、嫌なことを思い出して疲れた。少しだけ休憩させて」

 振り落とそうとしたリアナだが、諦めたようだ。今度は微動だにしなくなる。

「早く辞めたい。どこか遠く、平和な土地で君と隠遁生活をしたい」

 そんなことが許される立場でないことも、リアナが許さないことも分かっている。
 セヴィリオが逃げようとしたら、リアナが代わると言い出すに違いない。彼女を戦場に送るような真似はもう二度と御免だ。

 少なくとも、戦争が終結するまでは軍事総帥を務め上げよう。だから、弱音を吐くことだけは許してほしい。

「忙しいの?」
「プレスティジ側の動きがどうも怪しい。他にもやることができてしまったし、忙しいかな」
「私に手伝えることがあれば教えて」
「それなら、早く僕のこと好きになって」

 セヴィリオは彼女の艷やかな黒髪を撫でる。燃えるような朱色の髪でなくなってしまったことは惜しいが、外見など大したことではない。中身が誰であるかが重要なのだ。

「言われてできることじゃないでしょ」
「君が生きて、僕を愛してくれていたら、何だって頑張れる」
「少し仮眠をとった方がいいわ」

 疲れのせいで言動がおかしくなっているとでも思ったのか、リアナは遠慮がちに頭を叩いた。
 昔も、泣き止まない困った王子の背を優しく叩いて、あやしてくれたことがあったっけ。

「僕の愛しいリアナ……ずっと傍にいて」

 触れ合える奇跡に感謝して、セヴィリオは目を閉じる。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...