戦女神の別人生〜戦場で散ったはずなのに、聖女として冷酷王子に溺愛されます!?〜

藤乃 早雪

文字の大きさ
44 / 61
第5章 貴方の目で見る世界

5-3 励まし

しおりを挟む
 アストレイ公爵の仕事部屋から出ると、護衛は見知らぬメイドと談笑していた。
 それ見たことか。女とあらばすぐに口説く、女の敵だ。但し、リアナーレを除くというところにもまた、腹が立つ。

 メイドは不機嫌な聖女様の顔を見ると、そそくさと退散した。

「エルド、貴方セヴィリオから何か聞いていたんじゃないの」
「何も聞いてませんよー。一応軍の所属にはなってますけど、除隊扱いなんで何の情報も入ってこないんす」
「役立たず」

 リアナーレの八つ当たりに、元部下はそんなことを言われましてもとため息をつく。困った顔をしているが、大して心には響いていないのはいつものことだ。

「きっと総帥は今、いつ死んでも良いって心地だと思いますよ」
「縁起でもないことを言わないで」
「死ぬ前に好きな女を抱けたら、幸せだと思うっすけどねぇ」

 エルドの一言に、リアナーレは咳き込む。唾液が変な場所に入ってむせたのだ。
 何故知っている。驚くが、そういえばエルドはあの晩、部屋の前で待機していたのだ。彼を帰す際に、セヴィリオが余計なことを言ったに違いない。

「それは貴方の価値観でしょ。それに、好きな女を抱いたつもりが、実は別人なんだから。騙されて喜んでるセヴィーが可哀想」
「えっ? どういうこと?」

 まん丸の緑の目が、聖女様を覗き込む。軍事総帥と戦女神、折り合いの悪い二人の様子を何年も傍で見ていただろうに、エルドは要領を得ていないようだ。

「あの男が好きなのは私じゃなくて、リアナ=キュアイスなんだってば!」
「総帥……」
「仕方ないじゃない。私だって、一度くらい、好きな人に愛されてみたかった」

 額に手をあて、先ほどよりも更に深いため息をついたエルドに、リアナーレは苦しい言い訳をする。大方、騙されたセヴィリオを憐れんでいるのだろう。
 
「隊長って、やっぱり何だかんだ総帥のこと好きだったんすね」
「煩い。どうせ、私のような暴力女に色ごとは似合わないと思ってるんでしょ」
「そんなこと言ってないじゃないすか」
「じゃあ何。諦めろって慰めてくれるわけ?」

 羞恥でリアナーレは取り乱していた。元部下を涙目で睨む。部下の前ではずっと、格好いい隊長でいたかったのに。

「違いますって。俺は、好きなら好きだって、ちゃんと伝えた方が良いと思っただけ」
「玉砕しろってことじゃない」
「どうしてそうなるんすか。全く、揃いも揃って面倒臭い人たちっすね。いいですか。総帥って実は—―」

 エルドが何か言いかけたところで、エントランスの大階段を上ってきた誰かが、リアナーレ目がけて走って来る気配を察知する。
 その人物は女性で、敵意は感じられない。その時点で、女友達の少ないリアナーレの中にある選択肢は二人きりだ。

 見当をつけて振り返る。その通りの人物が、ウェーブがかった髪を揺らしながら、リアナーレの広げた腕の中へと飛び込んできた。

「リアナ様っ!」
「マリアン、どうしたの?」

 自分以上に取り乱した女性を前にした途端、リアナーレのスイッチは切り替わる。小さく震える彼女の背に手を回し、優しく撫でてやる。
 しばらくして落ち着いたらしい彼女は、リアナーレから身を離して無礼を詫びた。目の周りが赤く、腫れぼったい。ここへ来る前、彼女は泣いていたのだろう。

「マルセル様が戦に出たと聞いて、居ても立っても居られず来てしまいました」

 マルセルの奴が何かやらかしたのかと思ったが、マリアンの不安の種はリアナーレと同じらしい。
 通常の小規模な衝突であれば、指揮官クラスが戦で命を落とすことはまずない。それくらいの実力があると共に、周りも護ろうとするからだ。彼女は現場を良く知らないため、余計に不安になるのだろう。

「大丈夫。今のところ、厳しい局面ではないようだから心配は無用よ」

 プレスティジとの戦を知る身としては、それなりの不安はある。相手の策略や、難しい局面に陥る可能性に不安を抱いているのだが、マリアンの心配をこれ以上募らせる必要はない。リアナーレは自室へと彼女を招き、温かいお茶を出してやる。

「占いにはどう出ていますか?」
「毎日笑顔と祈りを忘れずにいれば、事なきを得る。だって」

 そんな占い結果は出ていないどころか、占ってすらいない。励ますためについた嘘だが、彼女は信じたようでお祈りのポーズをした後に笑顔を見せた。

「あまり、くよくよしていてはいけませんね。そういえば、タティングレースは上手くできましたか?」

 暇で仕方ないリアナーレに、手芸を教えてくれたのはマリアンだった。色とりどりのレース糸に加え、シャトルやかぎ針など、必要な道具は全て彼女が揃えてプレゼントしてくれた。
 作り方を教えてくれ、丁寧な指南書までもらい、その通りに作ったつもりだったが、手先の不器用なリアナーレには難易度が高すぎた。

「無事、赤い毛玉が出来上がりました」
「赤い毛玉! ふふふ…最初は皆、上手く行かないものです」
「私には向いてない気がするけどね」
「でも、セヴィリオ様は喜んでいらっしゃったでしょう?」
「ゴミでも嬉しいって喜んでた」

 嫌な顔一つせずに受け取ってもらえた時は嬉しかったが、大切なのは何を贈ったかではなく、誰が贈ったかなのだ。もし、戦女神が執務室を訪れてあの毛玉を渡したなら、セヴィリオは間違いなく目の前でゴミとして処理をしただろう。

 そんなことをしている暇があるのなら、大好きな国のために部下の鍛錬に付き合えば? と冷ややかな目で、嫌味を言うところまで脳裏に浮かぶ。

「愛されていますね。私も、お二人のような素敵な夫婦になりたいなぁ」
「もしかして…」

 マリアンは恥ずかしそうに俯く。

「実は、プロポーズを受けることにしました」
「おめでとう」
「ありがとうございます。全て、リアナ様のお陰です。ただ、夫が軍人というのは思ったよりも辛いですね」

 これからも人生の先達として相談に乗ってください。マリアンは悪気なく言う。

「違うのマリアン。私とセヴィリオは、本当は貴女が想像するような仲ではないの」

 リアナーレはそう言えず、笑って誤魔化した。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

望まぬ結婚をさせられた私のもとに、死んだはずの護衛騎士が帰ってきました~不遇令嬢が世界一幸せな花嫁になるまで

越智屋ノマ
恋愛
「君を愛することはない」で始まった不遇な結婚――。 国王の命令でクラーヴァル公爵家へと嫁いだ伯爵令嬢ヴィオラ。しかし夫のルシウスに愛されることはなく、毎日つらい仕打ちを受けていた。 孤独に耐えるヴィオラにとって唯一の救いは、護衛騎士エデン・アーヴィスと過ごした日々の思い出だった。エデンは強くて誠実で、いつもヴィオラを守ってくれた……でも、彼はもういない。この国を襲った『災禍の竜』と相打ちになって、3年前に戦死してしまったのだから。 ある日、参加した夜会の席でヴィオラは窮地に立たされる。その夜会は夫の愛人が主催するもので、夫と結託してヴィオラを陥れようとしていたのだ。誰に救いを求めることもできず、絶体絶命の彼女を救ったのは――? (……私の体が、勝手に動いている!?) 「地獄で悔いろ、下郎が。このエデン・アーヴィスの目の黒いうちは、ヴィオラ様に指一本触れさせはしない!」 死んだはずのエデンの魂が、ヴィオラの体に乗り移っていた!?  ――これは、望まぬ結婚をさせられた伯爵令嬢ヴィオラと、死んだはずの護衛騎士エデンのふしぎな恋の物語。理不尽な夫になんて、もう絶対に負けません!!

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる

仙冬可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。 清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。 でも、違う見方をすれば合理的で革新的。 彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。 「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。 「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」 「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」 仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。

処理中です...