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第5章 貴方の目で見る世界
5-10 不意打ち
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「隊長、帰りますよ!」
「帰りません!」
「あとは彼らに任せて、帰りましょう!」
「帰らない!」
そんな言い争いをエルドと繰り広げた後、結局リアナーレは援軍に同行している。
フォードをはじめ、シャレイアンの人間には早く王都に戻るよう説得されたが、リアナーレは聞かなかった。
ライアスが支配する王宮に戻るのも、敵の懐に飛び込んでいくのと然程変わらない。リアナーレはそう主張して、心配性な男たちを黙らせたのだ。
「総帥に半殺しにされる未来しか見えない、可哀想な俺…」
「大丈夫、レクトランテの大将がどうにかしてくれるでしょ。私達は戦局を後ろの方で見守るだけ」
「そうだといいんすけど」
リアナーレが直談判をした恰幅の良い男は、レクトランテを率いる立場の人間だった。それも、部下たちの信頼は厚いようだ。
彼がリアナーレの身の上を話すと、レクトランテの軍人達は湧いた。私達がどうにかしてみせると、団結したらしい。
歓声の後、リアナーレにはぜひ連合軍の旗手を務めていただきたいと、レクトランテとシャレイアンの軍旗が託される。
そこでまた、より大きな歓声が上がった。
異国のためにこれほど奮い立ってくれるとは、ありがたいことだ。
「旗、重くないんすか?」
「この体だと重く感じる。でも支えるだけなら大丈夫」
「振り回そうとせず、そのまま大人しくしていてくださいね」
間もなく援軍は本隊と合流する。部隊に緊張が流れ始めるのを、元戦女神は肌で感じていた。
久しぶりの感覚に体が震え、肺いっぱいに空気を吸い込む。
「ただ今戻りました!」
情報収集、伝達のために先行していた隊員が慌ただしく逆走してきた。上官であるフォードへの報告に、リアナーレは聞き耳を立てる。
彼が無事に戻ってこれたということは、本隊にはまだ多少の余裕があるのだろう。
「状況はどうだ」
「敵の数、状況とも大方想像通り。川伝いに上ってきたオルセラの援軍とは、昨晩から交戦が始まっているとのこと。奇襲が功を奏しているようですが、長くはもたないと思われます」
「対オルセラの指揮は誰が?」
「マルセル隊長です」
「そうか。では、本隊と奇襲部隊の疲労度はどちらが—―」
「モントレイ伯爵。予定通り、レクトランテ軍の七割を川へ向かわせるのが良いかと。姿を見せるだけでもオルセラの抑止力になるでしょう。早急なご決断を」
リアナーレは長々と続く質疑応答に居ても立っても居られなくなり、ついに口を出した。フォード=モントレイの慎重さは長所でもあるが、一秒でも早く意思決定をすべき状況では短所となる。
フォードはリアナーレに煽られ、ようやくレクトランテの大将との会話を始めた。
「聖女様、総帥はご無事です。一度下がるよう伝えましたので、抜けてこちらにいらっしゃると思います」
「ありがとう」
気を遣った伝令兵がリアナーレのもとへ馬を寄せ、セヴィリオの無事を教えてくれる。
周囲からしたら夫婦という認識なので当たり前のことではあるものの、セヴィリオとの仲が周りに認められていることが、妙に恥ずかしかった。
数分もしない内に指示が下ろされ、シャレイアンの小隊がラッパを鳴らして掛けていく。それにレクトランテの大軍が続いた。
集団が立ち去るのと入れ替わるようにして、シャレイアンの軍事総帥が姿を現す。
いつも以上の仏頂面だったが、どこにも怪我はないようだ。
「セヴィリオ様、ご無事で何よりです」
「ああ、僕は問題ない」
彼はフォードと短い挨拶を交わした後、リアナーレのもとへとやって来る。手綱を握るエルドはびくりと肩を跳ね上げ、セヴィリオから視線を逸らした。
「リアナ、帰るよう言ったのに」
「帰ろうとしていたのだけど、途中で思わぬ事態に遭遇してしまって」
「そのようだね。伝令兵に大体のことは聞いたよ」
戦場に戻ってきたことをきつく叱られると思ったが、彼はリアナーレをじっと見つめ、表情を和らげた。
先ほどの伝令兵が、上手いこと伝えてくれたのかもしれない。そうだとしたら相当優秀な人間なので、常にセヴィリオへの伝令役として傍に置きたいくらいだ。
セヴィリオはどうしようもない溺愛っぷりを見せつけることはせず、早々にリアナーレとの話を切り上げる。
馬から降りると、レクトランテ側で一人だけ残っていた巨漢の大将に頭を下げた。
「イワオール殿、遠路はるばる駆けつけてくださり、感謝します。まさか貴方自ら援軍の指揮をとってくださるとは」
「えっ!? レクトランテの英雄イワオール、様?」
リアナーレは熊のような男をまじまじと見た。
英雄イワオールを知らぬ者など、ここら一帯の国にはいない。リアナーレが生まれる前のこと。当時猛威をふるっていた、海を跨いで遥か東の勢力を跳ねのけた英雄こそが彼なのである。
リアナーレは幼い頃、彼の英雄譚を聞くのが大好きだった。憧れの人物が、まさか目の前に現れるとは。
かつて見た人物画とは雰囲気が大きく異なっているが、そんなことはどうでも良い。彼が誰なのかに気づかず、随分不躾な態度をとってしまったことは大問題だ。
慌てて馬から降り、リアナーレも夫に倣い、謝罪と共に頭を下げる。
『構わない。私の全盛期はとうに過ぎ、今やただの象徴だ。なに、一言だけ君に挨拶をしておこうと思ってね。後は我々に任せると良い。若い二人は積もる話もあるだろう』
彼はセヴィリオに一言残すと、颯爽と戦場へ駆けて行った。頼もしい。彼がいるなら、負けるはずがない。
「これでひとまず安心ね」
「援軍は見込めないと思っていた。助かったよ」
一息ついた。その時だった。
「伏せて!!」
リアナーレは叫びながら、セヴィリオの軍服の裾を下へと引っ張った。彼の頭上すれすれを、刃物が通り過ぎていく。
セヴィリオの首を真横に狙った斬撃は、肩下ほどの身長しかない聖女には届かない。完全に、セヴィリオだけを狙った攻撃だ。
エルドが駆けつけるより、セヴィリオが体勢を立て直すより先に、リアナーレは無謀にも戦女神時代の感覚で動いていた。
外した斬撃の反動で相手の動きが鈍る隙に、懐に飛び込んで馬上から引きずり下ろそうとする。
戦女神時代なら成功したかもしれないが、今は聖女様の体である。己の非力さを思い出した時には、剣からあっさり手を離した犯人の手刀に打たれ、地面を転がっていた。
何故、貴方が。
意識が持っていかれる前に、リアナーレの目はフォード=モントレイの姿を映した。
「帰りません!」
「あとは彼らに任せて、帰りましょう!」
「帰らない!」
そんな言い争いをエルドと繰り広げた後、結局リアナーレは援軍に同行している。
フォードをはじめ、シャレイアンの人間には早く王都に戻るよう説得されたが、リアナーレは聞かなかった。
ライアスが支配する王宮に戻るのも、敵の懐に飛び込んでいくのと然程変わらない。リアナーレはそう主張して、心配性な男たちを黙らせたのだ。
「総帥に半殺しにされる未来しか見えない、可哀想な俺…」
「大丈夫、レクトランテの大将がどうにかしてくれるでしょ。私達は戦局を後ろの方で見守るだけ」
「そうだといいんすけど」
リアナーレが直談判をした恰幅の良い男は、レクトランテを率いる立場の人間だった。それも、部下たちの信頼は厚いようだ。
彼がリアナーレの身の上を話すと、レクトランテの軍人達は湧いた。私達がどうにかしてみせると、団結したらしい。
歓声の後、リアナーレにはぜひ連合軍の旗手を務めていただきたいと、レクトランテとシャレイアンの軍旗が託される。
そこでまた、より大きな歓声が上がった。
異国のためにこれほど奮い立ってくれるとは、ありがたいことだ。
「旗、重くないんすか?」
「この体だと重く感じる。でも支えるだけなら大丈夫」
「振り回そうとせず、そのまま大人しくしていてくださいね」
間もなく援軍は本隊と合流する。部隊に緊張が流れ始めるのを、元戦女神は肌で感じていた。
久しぶりの感覚に体が震え、肺いっぱいに空気を吸い込む。
「ただ今戻りました!」
情報収集、伝達のために先行していた隊員が慌ただしく逆走してきた。上官であるフォードへの報告に、リアナーレは聞き耳を立てる。
彼が無事に戻ってこれたということは、本隊にはまだ多少の余裕があるのだろう。
「状況はどうだ」
「敵の数、状況とも大方想像通り。川伝いに上ってきたオルセラの援軍とは、昨晩から交戦が始まっているとのこと。奇襲が功を奏しているようですが、長くはもたないと思われます」
「対オルセラの指揮は誰が?」
「マルセル隊長です」
「そうか。では、本隊と奇襲部隊の疲労度はどちらが—―」
「モントレイ伯爵。予定通り、レクトランテ軍の七割を川へ向かわせるのが良いかと。姿を見せるだけでもオルセラの抑止力になるでしょう。早急なご決断を」
リアナーレは長々と続く質疑応答に居ても立っても居られなくなり、ついに口を出した。フォード=モントレイの慎重さは長所でもあるが、一秒でも早く意思決定をすべき状況では短所となる。
フォードはリアナーレに煽られ、ようやくレクトランテの大将との会話を始めた。
「聖女様、総帥はご無事です。一度下がるよう伝えましたので、抜けてこちらにいらっしゃると思います」
「ありがとう」
気を遣った伝令兵がリアナーレのもとへ馬を寄せ、セヴィリオの無事を教えてくれる。
周囲からしたら夫婦という認識なので当たり前のことではあるものの、セヴィリオとの仲が周りに認められていることが、妙に恥ずかしかった。
数分もしない内に指示が下ろされ、シャレイアンの小隊がラッパを鳴らして掛けていく。それにレクトランテの大軍が続いた。
集団が立ち去るのと入れ替わるようにして、シャレイアンの軍事総帥が姿を現す。
いつも以上の仏頂面だったが、どこにも怪我はないようだ。
「セヴィリオ様、ご無事で何よりです」
「ああ、僕は問題ない」
彼はフォードと短い挨拶を交わした後、リアナーレのもとへとやって来る。手綱を握るエルドはびくりと肩を跳ね上げ、セヴィリオから視線を逸らした。
「リアナ、帰るよう言ったのに」
「帰ろうとしていたのだけど、途中で思わぬ事態に遭遇してしまって」
「そのようだね。伝令兵に大体のことは聞いたよ」
戦場に戻ってきたことをきつく叱られると思ったが、彼はリアナーレをじっと見つめ、表情を和らげた。
先ほどの伝令兵が、上手いこと伝えてくれたのかもしれない。そうだとしたら相当優秀な人間なので、常にセヴィリオへの伝令役として傍に置きたいくらいだ。
セヴィリオはどうしようもない溺愛っぷりを見せつけることはせず、早々にリアナーレとの話を切り上げる。
馬から降りると、レクトランテ側で一人だけ残っていた巨漢の大将に頭を下げた。
「イワオール殿、遠路はるばる駆けつけてくださり、感謝します。まさか貴方自ら援軍の指揮をとってくださるとは」
「えっ!? レクトランテの英雄イワオール、様?」
リアナーレは熊のような男をまじまじと見た。
英雄イワオールを知らぬ者など、ここら一帯の国にはいない。リアナーレが生まれる前のこと。当時猛威をふるっていた、海を跨いで遥か東の勢力を跳ねのけた英雄こそが彼なのである。
リアナーレは幼い頃、彼の英雄譚を聞くのが大好きだった。憧れの人物が、まさか目の前に現れるとは。
かつて見た人物画とは雰囲気が大きく異なっているが、そんなことはどうでも良い。彼が誰なのかに気づかず、随分不躾な態度をとってしまったことは大問題だ。
慌てて馬から降り、リアナーレも夫に倣い、謝罪と共に頭を下げる。
『構わない。私の全盛期はとうに過ぎ、今やただの象徴だ。なに、一言だけ君に挨拶をしておこうと思ってね。後は我々に任せると良い。若い二人は積もる話もあるだろう』
彼はセヴィリオに一言残すと、颯爽と戦場へ駆けて行った。頼もしい。彼がいるなら、負けるはずがない。
「これでひとまず安心ね」
「援軍は見込めないと思っていた。助かったよ」
一息ついた。その時だった。
「伏せて!!」
リアナーレは叫びながら、セヴィリオの軍服の裾を下へと引っ張った。彼の頭上すれすれを、刃物が通り過ぎていく。
セヴィリオの首を真横に狙った斬撃は、肩下ほどの身長しかない聖女には届かない。完全に、セヴィリオだけを狙った攻撃だ。
エルドが駆けつけるより、セヴィリオが体勢を立て直すより先に、リアナーレは無謀にも戦女神時代の感覚で動いていた。
外した斬撃の反動で相手の動きが鈍る隙に、懐に飛び込んで馬上から引きずり下ろそうとする。
戦女神時代なら成功したかもしれないが、今は聖女様の体である。己の非力さを思い出した時には、剣からあっさり手を離した犯人の手刀に打たれ、地面を転がっていた。
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