戦女神の別人生〜戦場で散ったはずなのに、聖女として冷酷王子に溺愛されます!?〜

藤乃 早雪

文字の大きさ
51 / 61
第5章 貴方の目で見る世界

5-10 不意打ち

しおりを挟む
「隊長、帰りますよ!」
「帰りません!」
「あとは彼らに任せて、帰りましょう!」
「帰らない!」

 そんな言い争いをエルドと繰り広げた後、結局リアナーレは援軍に同行している。

 フォードをはじめ、シャレイアンの人間には早く王都に戻るよう説得されたが、リアナーレは聞かなかった。
 ライアスが支配する王宮に戻るのも、敵の懐に飛び込んでいくのと然程変わらない。リアナーレはそう主張して、心配性な男たちを黙らせたのだ。

「総帥に半殺しにされる未来しか見えない、可哀想な俺…」
「大丈夫、レクトランテの大将がどうにかしてくれるでしょ。私達は戦局を後ろの方で見守るだけ」
「そうだといいんすけど」

 リアナーレが直談判をした恰幅の良い男は、レクトランテを率いる立場の人間だった。それも、部下たちの信頼は厚いようだ。

 彼がリアナーレの身の上を話すと、レクトランテの軍人達は湧いた。私達がどうにかしてみせると、団結したらしい。
 歓声の後、リアナーレにはぜひ連合軍の旗手を務めていただきたいと、レクトランテとシャレイアンの軍旗が託される。
 そこでまた、より大きな歓声が上がった。

 異国のためにこれほど奮い立ってくれるとは、ありがたいことだ。

「旗、重くないんすか?」
「この体だと重く感じる。でも支えるだけなら大丈夫」
「振り回そうとせず、そのまま大人しくしていてくださいね」

 間もなく援軍は本隊と合流する。部隊に緊張が流れ始めるのを、元戦女神は肌で感じていた。
 久しぶりの感覚に体が震え、肺いっぱいに空気を吸い込む。

「ただ今戻りました!」

 情報収集、伝達のために先行していた隊員が慌ただしく逆走してきた。上官であるフォードへの報告に、リアナーレは聞き耳を立てる。
 彼が無事に戻ってこれたということは、本隊にはまだ多少の余裕があるのだろう。

「状況はどうだ」
「敵の数、状況とも大方想像通り。川伝いに上ってきたオルセラの援軍とは、昨晩から交戦が始まっているとのこと。奇襲が功を奏しているようですが、長くはもたないと思われます」
「対オルセラの指揮は誰が?」
「マルセル隊長です」
「そうか。では、本隊と奇襲部隊の疲労度はどちらが—―」
「モントレイ伯爵。予定通り、レクトランテ軍の七割を川へ向かわせるのが良いかと。姿を見せるだけでもオルセラの抑止力になるでしょう。早急なご決断を」

 リアナーレは長々と続く質疑応答に居ても立っても居られなくなり、ついに口を出した。フォード=モントレイの慎重さは長所でもあるが、一秒でも早く意思決定をすべき状況では短所となる。
 フォードはリアナーレに煽られ、ようやくレクトランテの大将との会話を始めた。

「聖女様、総帥はご無事です。一度下がるよう伝えましたので、抜けてこちらにいらっしゃると思います」
「ありがとう」

 気を遣った伝令兵がリアナーレのもとへ馬を寄せ、セヴィリオの無事を教えてくれる。 
 周囲からしたら夫婦という認識なので当たり前のことではあるものの、セヴィリオとの仲が周りに認められていることが、妙に恥ずかしかった。

 数分もしない内に指示が下ろされ、シャレイアンの小隊がラッパを鳴らして掛けていく。それにレクトランテの大軍が続いた。

 集団が立ち去るのと入れ替わるようにして、シャレイアンの軍事総帥が姿を現す。
 いつも以上の仏頂面だったが、どこにも怪我はないようだ。

「セヴィリオ様、ご無事で何よりです」
「ああ、僕は問題ない」

 彼はフォードと短い挨拶を交わした後、リアナーレのもとへとやって来る。手綱を握るエルドはびくりと肩を跳ね上げ、セヴィリオから視線を逸らした。

「リアナ、帰るよう言ったのに」
「帰ろうとしていたのだけど、途中で思わぬ事態に遭遇してしまって」
「そのようだね。伝令兵に大体のことは聞いたよ」

 戦場に戻ってきたことをきつく叱られると思ったが、彼はリアナーレをじっと見つめ、表情を和らげた。
 先ほどの伝令兵が、上手いこと伝えてくれたのかもしれない。そうだとしたら相当優秀な人間なので、常にセヴィリオへの伝令役として傍に置きたいくらいだ。

 セヴィリオはどうしようもない溺愛っぷりを見せつけることはせず、早々にリアナーレとの話を切り上げる。
 馬から降りると、レクトランテ側で一人だけ残っていた巨漢の大将に頭を下げた。

「イワオール殿、遠路はるばる駆けつけてくださり、感謝します。まさか貴方自ら援軍の指揮をとってくださるとは」
「えっ!? レクトランテの英雄イワオール、様?」

 リアナーレは熊のような男をまじまじと見た。
 英雄イワオールを知らぬ者など、ここら一帯の国にはいない。リアナーレが生まれる前のこと。当時猛威をふるっていた、海を跨いで遥か東の勢力を跳ねのけた英雄こそが彼なのである。

 リアナーレは幼い頃、彼の英雄譚を聞くのが大好きだった。憧れの人物が、まさか目の前に現れるとは。
 かつて見た人物画とは雰囲気が大きく異なっているが、そんなことはどうでも良い。彼が誰なのかに気づかず、随分不躾な態度をとってしまったことは大問題だ。

 慌てて馬から降り、リアナーレも夫に倣い、謝罪と共に頭を下げる。

『構わない。私の全盛期はとうに過ぎ、今やただの象徴だ。なに、一言だけ君に挨拶をしておこうと思ってね。後は我々に任せると良い。若い二人は積もる話もあるだろう』

 彼はセヴィリオに一言残すと、颯爽と戦場へ駆けて行った。頼もしい。彼がいるなら、負けるはずがない。

「これでひとまず安心ね」
「援軍は見込めないと思っていた。助かったよ」

 一息ついた。その時だった。

「伏せて!!」

 リアナーレは叫びながら、セヴィリオの軍服の裾を下へと引っ張った。彼の頭上すれすれを、刃物が通り過ぎていく。

 セヴィリオの首を真横に狙った斬撃は、肩下ほどの身長しかない聖女には届かない。完全に、セヴィリオだけを狙った攻撃だ。

 エルドが駆けつけるより、セヴィリオが体勢を立て直すより先に、リアナーレは無謀にも戦女神時代の感覚で動いていた。
 外した斬撃の反動で相手の動きが鈍る隙に、懐に飛び込んで馬上から引きずり下ろそうとする。

 戦女神時代なら成功したかもしれないが、今は聖女様の体である。己の非力さを思い出した時には、剣からあっさり手を離した犯人の手刀に打たれ、地面を転がっていた。

 何故、貴方が。

 意識が持っていかれる前に、リアナーレの目はフォード=モントレイの姿を映した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...