戦女神の別人生〜戦場で散ったはずなのに、聖女として冷酷王子に溺愛されます!?〜

藤乃 早雪

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第5章 貴方の目で見る世界

5-9 戦女神は怯まない

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 レクトランテの赤、シャレイアンの黒。二種類の軍服を纏った男たちは、村の入口付近で会話をしていた。
 つい先程到着したばかりなので、これからのことを話し合っているのだと思われる。レクトランテ語なので、リアナーレは殆ど理解できない。

「失礼します」

 シャレイアンの言葉で堂々と割り込むと、聖女様の存在に気づいたフォード=モントレイは、口を薄く開け、目を見開いた。
 幽霊か、化け物に出会ったら、人はこのような顔をするのだろう。

「聖女様!? 何故こちらに」
「使いっ走りさせられてるって、第一王子から聞いてない?」
「ライアス様が……? 把握しておりませんでした。一体何のために?」

 リアナーレは事情をかいつまんで話す。ライアスの考えていることは未だに分からないが、伝令役をさせられ、ついでにこの集落へ立ち寄った経緯なら話すことができる。

「私は本隊とここで合流するよう言われています。迎撃地点を下げることになったと聞いていたのですが……」

 フォードは言葉尻を濁す。自信を失ったようだが、間違いなく彼はそう指令を受けたのだろう。
 リアナーレは深く息を吐き出して、真面目な指揮官に現実を突きつける。

「そんな話、本隊は聞いてない。ここで待っていても、合流できるのは敗走した本隊の残骸ね」
「あの方は何故このようなことを。理解に苦しむ」
「理解できなくて悩む必要はない。だって、あの人の考えてることなんて、凡人には理解不能だもの」

 フォードは頭痛がするのか、こめかみに親指をあて、眉間に皺を寄せる。レクトランテ軍への対応で疲れが出ているのか、顔色も優れなかった。
 険しい顔で逡巡した後、彼は結論を出す。

「すぐ西に向かいましょう」
「そうして。無駄な犠牲はない方が良い」

 それはできない。
  
 そう言ったのは、レクトランテの統率者と見られる男だった。
 勿論、リアナーレは言葉を解さないので、フォードを通して話を聞く。

『シャレイアン王国からの要請は、この地点で敵を迎え撃つこと。約束を違えることになれば、国同士の問題に発展する』

 どれほどの地位の人物かは知らぬが、恰幅の良いどっしりとした中年は、顎髭をいじりながら低い声で話した。
 ただ偉ぶっているわけではない。威厳に満ちた雰囲気と、隙のなさからして、相当できる男だろうとリアナーレの勘が告げている。

 それでも、元戦女神は怯まない。

「頭の固い男ね。貴方、もしかして前線に出て戦うことが怖いの?」

 リアナーレの言葉は伝わっていないだろうが、表情や口調から、煽っていることは察してもらえただろう。

 フォードは何やら伝えたが、訳したふりをして、当たり障りのないことを言ったに違いない。リアナーレの口の悪さこそ、国同士の問題に発展しかねないからだ。

『君が本当に正しいことを言っているのか、証明できるのか。何の根拠もなく、シャレイアン王国との約束を反故にするなど、できるはずがない』

 髭の男は不意に剣を抜き、切っ先をリアナーレの顔面に向けた。殺気はない。ただ試されているだけと、戦女神の本能が感じとる。

 いつも怠惰なエルドも流石に、レクトランテ側の動きに反応し、剣を抜こうとする。
 手出しは無用。大人しくしているよう、リアナーレは元部下に手で合図をした。

 レクトランテの人間からしたら、聖女など素性の分からぬ怪しい人間だ。
 証拠なんてない。証明もできない。真っ直ぐ向き合うことしか、今のリアナーレにはできない。

 首から下がった、指輪を握りしめて言う。

「私は国のために、大切な人との約束を破ったことがある。最低な行為だったと思うけど、間違った選択だったとも思わない」

 沈黙が続く。男はじっと、リアナーレの手元を見つめている。

 リアナーレは男から目を逸らさなかったが、内心動揺していた。
 兄が外交官をしているだとか、前線に第二王子がいるだとか、もっとましな説得材料があっただろうに。自分語りをしただけではないか、恥ずかしい。

『君は、あの男の大切な女性か』

 赤い軍服を纏った男は、不意に剣を下ろした。彼はまた、顎髭をいじりながら話し始める。

『貴国の軍事総帥とは、少し前に国境付近で酒を飲んで話した。珍しい石の指輪だと思ったんだ』

 少し前の邂逅とは、北部視察のことだろう。フォードが一歩遅れて訳してくれる内容を、リアナーレは黙って聞いた。

『母親の形見で、近々大切な人に渡すと言っていた。国のために自分を犠牲にする、強くて素敵な女性と言っていたよ。そう話す彼の表情に、深い愛を感じた』

 男は感慨深く頷いた。むっつりとした中年の顔が、急に綻ぶ。

『レクトランテは愛を愛する国だ。何よりも尊く、何よりも愛を優先させる。知っていたかな?』
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