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暴食の章

第30話 暴食の権化

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「前方、シャイニングレイを確認!これで4発目です!」

「よし、もうすぐだ…もうすぐだ」

 かれこれ数時間が経ち、長い戦いに疲労しきった僕たちであったが、その心は休まることはなかった。ライゼンの見立てではゼクスの攻撃は備蓄を考えても残り2~3発とのことだったが、定かではない。しかし、残弾がどうであれウェンデゴの猛攻は止まらない。あれらは異常な自己回復による圧倒的な生命力でこの地獄の中でも止めることなく城壁を叩き続けている。

「5発目発射確認!」

「そろそろ限界だ、準備をしておけ!」

 1つしか配給されなかった貴重なポーションを飲み、外をにらむように眺める。ゼクスの武器、神のアーティファクトは弓で全帝王の中でもトップクラスの一撃を放てる。しかも、射程範囲関係なく。まさにチート的性能だが、デメリットもある。それは膨大なエネルギーを必要とするというものだ。そのため常に食べることで力を備蓄していなければならなく、その姿はまさに暴食と言って差し支えない。僕らがあった時の姿もなるべくしてなったという訳だ。

「に、苦い…」

(割とおこちゃま口なのね)

「…」

(お、怒らないの!ほら、ライゼンが呼んでいるわよ)

 一言多い石の彼女から目を離し、前へと向き直る。まだ傷が塞がっていないのだろうか?けがを抑える包帯から血がにじんでいる。しかし、彼はそんなことお構いなしに戦況を睨み、的確に指示を飛ばし続けている。こんなにも順調に見える計画だが気を緩めることは許されないのだろう。

「暴食帝城の揺れを確認!6発目が……」

「なんだ、どうしたんだ?」

「様子がおかしい…光が出てこないのです!」

「弾切れということだろう?何をそんなに」

「違います!弾切れなんてものじゃない……」

「だったら何だというのだ!もういい、私に見せてみろ!」

 何やら状況が変わったようだ。しかも、悪い方向に…最初は苛立ちの感情の色を見せていたライゼンだったが、どんどん似合わない焦りを感じさせる表情に。側方の窓から覗き込むと…先ほどまで絶対的な勝利の傍模様だった状況は一変していた。暴食帝城は崩れ去り、巨大な蛇のような化け物がウェンデゴを食い散らかしていた。いや、それだけじゃない…城壁も何もかも食いつくさんばかりだ。

「な、なんだよ!あれ!!」

「聞いてないぞ、こんな話!」

「諜報員ども、落ち着け!全く…まさかあれを切ってくるとはな」

「あれって何ですか?」

「おそらくアーティファクトと同化した姿…世界を飲み込む魔獣、ヨルムンガンドだ」

「想定内って感じじゃなさそうですね…」

「追い詰めすぎたのだ、あれのデメリットは計り知れない」

「それじゃあ」

「撤退はまだだ、あれに攻撃が効かないと誰も言ってないだろ…総員!魔導砲を用意しろ」

「正気ですか!我々はステルス状態だから今なら逃げれ」

「逃げ場などない、あれは神の代行者…それに手を出したのだ、もはや逃げ切れる訳もない」

「逃げるよりも確定的な強烈な一撃を…ですか、分かりました………魔導砲用意!」

 ただの任務だと思って参加した諜報員は本当に気の毒だと思う…しかし、僕もあれから逃げ切れるなんて思えない。幸いこの船には最新の武器である魔導砲が積んである。魔力の塊を圧縮して放つ恐ろしい兵器で、城1つくらいなら簡単に消し飛ばせる。これが効かなきゃ僕らは本当に手がなくなる。

「魔導砲、チャージ完了!」

「よし、発射しろ!」

 飛空艇の皆の願いを込めて放たれた一撃が静かに敵へ向かう。当たるまでは無音で飛び出すが、炸裂すれば何とも耐え難い音を響かせる。それは全員が知っていた、だから耳を塞いでいたのだが……いつまで経っても無音のままである。とっくに炸裂していてもおかしくはない。そう思い、外を見る。

「見なきゃ良かった…」

 心の中に止めておきたかった弱音が思わずこぼれる。奴は健在だった。しかも、こちらを視認し、襲い掛かろうと力を溜めている真っ最中だった。

「総員たい」

 ライゼンのその命令も届かぬまま、僕たちの船は落された。
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