かみつみ 〜神便鬼毒・流流譚

あぢか

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死の怪 鬼・前編

ぬばたまの

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 教室で洸太と別れた後、鋼は何事もなくアパートに帰ってきた。階段を上らずに、彼は1階の端の部屋に入った。
 知っての通り、彼の住む部屋は巨大な骸骨の妖怪によって滅茶苦茶に壊されてしまった。澪逢の看病でどうにか回復した鋼は、家族ぐるみの知人でアパートの管理者でもある土御門のおじさんに電話をした。苦し紛れに「開けっ放しの窓から突風が吹いて、部屋が滅茶苦茶になった」と誤魔化したが、彼は一切の詮索をせずに大家用に開けてあった1階の部屋を貸してくれたのであった。
 部屋に備え付けてあったちゃぶ台の横に鞄を下ろして、鋼は携帯の着信に気付いた。

「あ、澪逢だ…」

 メッセージを開く。そこには短く、『今夜、プールで』とだけ書かれてあった。一般的な男子高校生なら、同級生の女子からのお誘いに、気持ちを昂ぶらせるところだが、生憎澪逢も鋼も一般的とは言い難い。鋼に、にわかに緊張が走った。
 やっぱりそうだ。澪逢も、この事件が妖怪絡みだと気付いている…
 ひとまず、『了解』と返すと、鋼は鞄の中を確認した。具体的には、水色のタンブラー。これは元々澪逢の私物であったが、鎌鼬に襲われた鋼を救う際にかみつみを注がれて以来、常にかみつみを満たした状態で鋼が所持しているのであった。当然、中身は毎朝、学校で会った際に入れ替えている。
 その間に、澪逢から返信が来た。

「2時、学園裏門前に…うわあ、凄い遅い時間だ…」

 思わず呟いた。しかし、仕方ない。プール周辺には立入禁止のテープが張られ、見張りの警官がうろうろしているのだ。澪逢一人ならいつでもすり抜けられるだろうが、鋼はそうもいかない。少しでも警備の薄い時間帯を狙うしかない。
 それに大切なのは、そうまでしても澪逢が、鋼の力を必要としてくれることだ。聞くと、最近は『鍛錬』…膀胱の容量を増やすために、失禁するまで座禅を続ける行為も控えているらしい。自分の想いが、少しずつでも彼女に届いているのが、鋼には何より嬉しかった。

 故に…学校に向かう真夜中の通りで、いきなり現れた人物に声をかけられた時、彼は水を差されたと思った。

「やあ」

「君は…伊吹さん」

 雲がかった月明りの下に立っていたのは、伊吹ばら乃。見下さないと目が合わない矮躯なのに、何故か素通りできない雰囲気を放つ彼女は、にやにやしながら声をかけた。

「深夜徘徊かいな。不良ワルやね」

「別に…関係ないでしょ」

「まあまあ、そないに腹立てんと。不良はお互い様やで。…で、どこ行くん?」

「…学校に忘れ物」

 ぶっきらぼうに言って、横を通り過ぎる。しかし、ばら乃は隣を歩いて付いてくる。

「何、付いてこないでよ」

「まあまあ」

 大股で進む鋼の隣を、同じスピードで歩くばら乃。脚の長さに2倍近い差があるのに、ばら乃は顔色一つ変えずに追いついてくる。
 とうとう、鋼は振り払うことを諦めた。仕方ない、澪逢と合流するまでに別れれば良いか…

「…真面目な話」

「?」

「うちも、ただ成り行きでここに越してきたんと違うねん。ちょいと、やりたいことがあって来たんや」

「へえ、何を?」

「仇討ちや」

「え…?」

 思わず、鋼は立ち止まった。ばら乃も、ぴたりと足を止める。

「びっくりした?」

「仇討ちって…一体、誰の」

「さあ、誰やろ」

 鋼の背中に、冷たいものが伝った。何気ない様子で言う彼女の目は、しかし笑っていなかったのだ。

「その、仇を見つけて…どうするの」

「殺すよ?」

「! …」

 鋼は、再び歩き出した。これ以上、彼女と一緒にいるのは危険だ。本能がそう告げていた。
 意外にも、ばら乃は追いかけず、彼を見送った。

「…ほな、また明日」

 足早に遠ざかる彼の背中に、ばら乃は明るく声を投げかけた。

◆◆◆

「…鋼くん、どうしたの。顔色が悪いわ」

「う、うん…大丈夫」

 裏門前で澪逢の顔を見た瞬間、鋼はほっと安堵した。逆に、澪逢が心配そうに尋ねてくる。

「誰かに会ったの?」

「ちょっと…あの、転校生に見つかって」

「転校生…ああ、伊吹さん。そっちだったの」

「そっちって、他に心当たりが?」

 すると澪逢は、申し訳無さそうに目を伏せた。

「…てっきり、山岸先輩かと」

「ああ」

 鋼は苦笑した。確かに、夜道で彼に会ったら死を覚悟するかも知れない…
 ところがその直後、澪逢は驚くことを言った。

「あの人…少し、『視える』から」

「みえる…?」

「私やあなたほどじゃないけど、『はざま』が視えるの。それで、私が妖怪と戦っているのを見たみたいで、それ以来」

「!」

 妖怪の姿は、普通の人間には見えない。彼岸ひがん、すなわちあの世に住む彼らは、すぐにはこの世界に来ることはできず、間にある『はざま』と呼ばれる場所に現れる。澪逢や鋼は、そこで妖怪と対峙するのだ。

「薄っすらと視える人なら、そこまで珍しくはないわ。ただ、あの人はもう少し具体的に視えるみたいで…」

「霊感が強い、ってこと?」

「ええ、つまりそういうこと」

 頷く澪逢。鋼は、大地がやけに澪逢について、知ったような口をきくのを思い出した。何てことはない。知ったようではなく、知っていたのだ。少なくとも、他の振られた生徒たちよりは。

「…でも、あなたほどじゃない。あの人が知っていて、あなたが知らないことは無いわ」

「…そっか」

 答えてから、鋼は急に照れ臭くなった。閉ざされた門に向かうと、わざとらしく声を張り上げた。

「ど、どうやって入ろうかな?」

「静かに。見回りが来るわ」

「っ、ご、ごめん…っ!?」

 澪逢が、いきなり鋼の襟首を掴んだ。

「この手に掴まって。口は塞いで。叫ばない自信があるなら、両手で掴んでいいわ」

 そう言うと澪逢は、鋼が何か言う前に、地面を蹴って高く飛び上がった。
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