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フラグは安全とは限らないのね(1)
しおりを挟む遅い。
私は、講堂の陰に潜んだまま、制服のポケットから懐中時計を取り出す。
ミュリエルがまだ来ない。
流石にこれ以上遅いと、入学式に間に合わない。
入れ違いになった?
ミュリエルは先に講堂の裏でフラグ回収し終えているとか?
攻略対象にちゃんと救出されているなら、問題ないのだけれど。
……まさか、攻略対象と出会えていない、とかはないわよね。
まかり間違って、ぼんくら子息にどこかに連れ込まれているとか、ない、わよ、ね……?
嫌な予感に襲われて、私は潜んでいた講堂の影から、裏手に歩き出す。
誰もいないそこを、私は早足気味に歩く。
「……っ、………して……………っ」
どこからか、声が聞こえる。
切羽詰ったような、泣きそうな。
まさかミュリエル?!
慌てて声のするほうに耳を澄ます。
どこから?
森の中?
講堂の裏手には、裏庭があり、さらに奥には木々の生い茂る森がある。
新緑眩しいその森が、今は魔の森に思えた。
早足などでなく、もう私は走り出していた。
ぱきりと小枝を踏み荒らし、森の小道を声を辿って走る。
すぐに彼女は見つかった。
でも最悪だ。
彼女は、ぼんくら子息に木の幹に押し付けられ、身動き取れなくされている。
子息の手は彼女の顎に。
今にもキスされそうな。
見た瞬間、カッと、頭に血が上った。
「あなた、ミュリエルに何をしていますの!」
「ぐぇっ?!」
走ってきた勢いのままに、思いっきりぼんくら子息を突き飛ばす。
淑女にあるまじきとか何とか、いってられない。
べちゃっと地面にみっともなくすっ転んだ子息を無視して、私はミュリエルを振り返る。
ミュリエルは 服も髪も乱され、その愛らしい空色の瞳に涙を浮かべていた。
「く、クリスさま……っ」
「間に合ってよかった! もう大丈夫よ」
抱きしめると、安心したのかミュリエルの瞳からより一層涙が溢れる。
小刻みに震えているのが抱きしめた両手から伝わってきて、私は土下座したくなった。
こんな目に合わせるって分かってたら、絶対、このフラグはへし折っておいたのに!
ゲームだとちょっと絡まれて腕をつかまれているだけで、森の中に引き込まれるなんてなかったのだ。
助けに入るはずの攻略対象、ヴェザール公爵家三男のロイス様は一体どこほっつき歩いてるのよ。
「てめぇ、なに俺を突き飛ばしてんだよくそがっ!」
「えっ?」
ドンッ!
急に身体を突き飛ばされて、私はミュリエルと一緒に倒れこんだ。
あ……。
ぼんくら子息――確か、男爵家の五男坊とかそんなの。
よく覚えていないけど。
そいつが、今、思いっきり私を見下ろしている。
憎々しげと言っていい表情で。
え、嘘。
私、侯爵家よ?
男爵家の子息に突き飛ばされるなんて。
ミュリエルがもう声も出ないぐらいに怯えて、私の袖を掴んでいる。
それで私は冷静さを取り戻した。
心臓はどきどきいっているし、男性に睨みつけられて怖くないはずがない。
でも、私が彼女を守らなきゃ。
私はなんということもないように立ち上がり、同時にミュリエルも立たせて、背に庇う。
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