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キャロラインと申します。
しおりを挟む私はキャロライン・エルロンド。
側妃カトリエンヌ様を叔母に持ち、従姉妹に皇女ジュリエンヌ様を持つ、エルロンド公爵家の長女だ。上には兄が二人いて、実質的にエルロンド家では唯一の娘という事になる。
我がエルロンド公爵家は代々武芸に秀で、ウィルフェンスタイン帝国では主に軍部を任されている家門だ。
兄は軍人として指揮官を、父は軍部そのものを取り仕切っている責任者。
そんな男達の姿を見ながら育った私は、その辺の若造など路傍の草と変わりない、そんな価値観が染み付いていた。
男は筋肉、そして、大人の色気と、知性が無ければ魅力など一切感じない。
強さと賢さ、それから余裕と包容力。それらが無い男など男では無い。男の皮を被った女だ。
それが私の男性の好みなのだが、綺麗なものや可愛いものが嫌いな訳では無い。寧ろ好きだ。
見ていて癒されるし、かわいいものは見ているだけで心が暖かくなる。
動物も花も好きだ。綺麗なものは心が洗われるような感覚にすらなる。
だから、人間の子供だって私は好きだ。
しかし恋愛対象になるかというと、やはり否。
女、子供、老人は守る対象でありそれ以外は有り得ない。
だからこそ、レインスター皇子殿下と婚約する事になった時、私は全力で落胆した。齢としてはもうすぐ六歳になる頃だったか。
貴族の娘に産まれたからには望んだ恋愛など出来る筈も無いと両親から言われていたので頭では理解していたが、当時幼かった私は結局落胆してしまったのだ。
だがしかし、これは覆しようのない事で、私に拒否権など皆無だった。
年齢は私より二歳上、顔面は確かに整っている。
将来的にはきっと素晴らしい男性になるだろう。
外見だけは。
頭の中身がどれだけ頑張ってもお粗末なレイン殿下は、ことある事に私に張り合った。
男性は女性を守るべきであるのに関わらず、私に勝てもしないのにつっかかり、嫌味を言う。
母に相談すると、男の子は女の子の気を引く為に意地悪をすることがある、との事だったが正直意地悪をされる事が嫌だったので、殿下の事はどんどん嫌いになっていった。
母の言う、気を引きたいから意地悪をする、という人間は、思考が壊れかけているのではないだろうか。
というか、嫌われてるだろこれ、どう考えても。
私が何をしたというのか、と思うが、皇子妃になる為の教育が、普段受けていた教育とほぼ変わらず苦しくなかった所も、レイン殿下には気に入らない点だったのかもしれない。馬鹿の思考など知らんが。
それでもそれを表に出すこともなく、表面上はまるでレイン殿下を好いているその辺の高位貴族令嬢であるかのようにすら装い、腹の中では殿下の言動にイライラしながら、日々を過ごしていた。
むしろ末皇子のヘルムート皇太子殿下の方が大人に思えるくらいには、レイン殿下の方が子供っぽかったから仕方ない。
だから、ある日突然婚約破棄を持ち掛けられた時、天にも昇るような気持ちになった。
家に迷惑がかかるとか、両親がどう思うだろうとか、世間体がどうとか、相手が誰だとか、本当にどうでもよかった。
それよりも、これからこのバカから解放される事に対する喜びの方が強かった。
問題はその時、末皇子であるヘルムート皇太子殿下に婚約者交換を申し出られてしまった事だ。
大事な事なのでもう一度言おう。
私だって子供は好きだ。
しかし恋愛対象になるかというと、やはり否。
女、子供、老人は守る対象でありそれ以外は有り得ない。
そう、有り得ないのだ。
「キャリー、城から婚約者交換の打診が来ているんだが、どうする」
「出来れば断りたく存じます」
「それが出来ると思っているのか?」
「いえ」
父からの呼び出しは、案の定その話題だった。
「……我が家門は代々皇家に忠誠を捧げ、家族全員が仕えていると言っても過言ではない」
「はい」
「……それに、皇太子殿下はあの長男と比べるのもおこがましいくらいの、素晴らしいお方だ」
「存じております」
皇太子殿下に問題などがあればもしかしたら断れたかもしれない。
だが残念ながら、貴族の婚姻に年齢差は問題にならない。
「お前には申し訳ないが、私からは完全に断れない」
「はい」
「だから、お前が行ってきなさい」
「……よろしいのですか?」
父の返答は意外だった。
帝国第一の父が、帝国の皇帝陛下の打診を、私から断っても良いと言うなど。
「私とて父親だ、娘が今まで大変な思いをして来たのは理解している。これ以上の無理は強いたくない」
確かにあの馬鹿の相手は本当に大変だったが、そこまで気にされていたなんて。
「お前には苦労をかけてしまって申し訳ない……、本来なら私がするべき事だろう。だがしかしあの皇帝陛下が私の言葉を素直に聞く訳が無い」
ん?
「横に付いていてやりたいが、それだとあのクソ皇帝、絶対話を聞いてくれなくなるからな……」
……お父様、なんかお顔が険しくなっておられます。
「そうなのですか……?」
「腐れ縁というやつか、あいつは昔から人の嫌がる事をするのが好きだった」
「え……」
それって凄く危ないのでは?
「私との関係が悪い訳ではないぞ? あいつが生来の嗜虐趣味なだけだ」
「なるほど……?」
「……あの方は女子供には優しい、もしかしたらきちんと話を聞いて下さるかもしれない」
それなら私は大丈夫か、良かった。
「頑張るんだよ」
「はい、……本当に、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「キャリー、違うだろう?」
「え……、あ、ありがとうございます、お父様」
「うん、それでいい」
それは、久しぶりに見た優しいお父様の笑顔だった。
そういう経過を経てやって来た皇城で、私は思考が停止するほどに予想外な事態に巻き込まれていた。
目の前には、引き締まった素晴らしい胸筋、腹筋、腹斜筋。
顔を上げれば、落ち着いた雰囲気の、美しい壮年の男性の顔面が視界に広がる。
白金色の髪と黄金の瞳が、その人を皇族だと示していた。
顔の熱がどんどん上がっている事だけが、私の意識を占領していく。
何が起きているのかよく分からない。これは一体、なんなんだろう。
思考停止した私は、その素敵過ぎる彼を穴が空きそうなほど見詰め続けてしまったのだった。
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