婚約者を兄に寝取られた不幸令息、魔性の吸血鬼王子に溺愛される

立花芹

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頼りにならない父親

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 ――この国では珍しい、山桜の木材で作られた鏡台の前に腰掛け、長く伸ばした黒髪に椿油をつけてつげ櫛で梳かす。

 これらは全て、亡くなった母親がかつてこの伯爵領に嫁いできたとき、嫁入り道具として持ってきたものだ。

 正妻であるフレデリックの母親から熾烈ないじめを受けて母が亡くなって以来……俺はこうして母のように髪を伸ばして綺麗に手入れをしている。

(……俺の顔は母さんによく似ている。こうして髪を下ろすと本当にそっくりだ)

 母が苦しみ、やつれ、心身共に弱り切っていくのを、当時の父は見て見ぬ振りをしていた。

 骨と皮ばかりに痩せ細った母親を看取ったときに、俺は誓ったのだ。絶対に母のことを忘れさせない、一生後悔させてやると。

 長い髪を一纏めにして紐で括り、鏡の中の己をきっと睨み付ける。

(俺を見る度に母さんを思い出して、罪悪感に苦しみ続けろ。お前が見殺しにした女のことを無かったことに出来ると思うなよ)



ーーーーー



「ーーここまでの騒ぎになってしまっては仕方あるまい。リリーシア嬢と悠馬との婚約は無かったことにして、フレデリックと婚約を結び直すことにしよう」

 フレデリックとリリーシアの浮気現場に遭遇した日の翌朝。父である伯爵の書斎に呼び出された俺とフレデリック、そしてリリーシアの前で、父は疲れの滲む深いため息と共に言い放った。

 昨夜、隣の子爵領に泊まり込みで商談に行っていた伯爵は、本来なら翌日の昼以降にゆっくり帰ってくるつもりだったのが……。

フレデリックのしでかした重大事件のせいで、早朝に馬車に乗って飛んで帰ってくる羽目になったのである。

「やった!! やったぞリリーシア、お父様が結婚を認めてくれた!!」

「嬉しい、フレデリック様……!!♡」

 見つめ合い、二人だけの世界に浸るフレデリックとリリーシアに、伯爵はがっくりと肩を落とす。

リリーシアの家は男爵家だが、特にこれといった資産も人脈も持っておらず、父としては嫡男の妻にするには物足りないと考えていたようだ。

(いい気味だな。下半身に脳みそのついたどうしようもない愚かさ具合は父子でそっくりだ)

 正妻が妊娠している間に隣国の芸者を孕ませた父、弟の婚約者とまぐわったあげく略奪する息子。

 遺伝とは恐ろしいものだ。

 頭を抱える伯爵に冷ややかな眼差しを向けていると、ふいに伯爵が顔を上げ、俺の方に視線を向け……そのまま、気まずそうに、そしてどこか恐れをなしたようにさっと目をそらした。

 彼は、恐れているのだ。年々大人になり母親そっくりに育っていく俺を見る度に、自分が見殺しにした女の亡霊を見たような顔をして怯えている。

 全く情けない男である。

「――では、父様は今回のことについて、二人に処罰を与えることはしないと。そういう認識でよろしいのでしょうか。そのような甘い対応では伯爵としての示しがつかないのでは?」

 俺が静かに責めるような口調で言うと、伯爵はぐっと言葉に詰まった後、狼狽えたように目を泳がせた。

「ま、まあ、なにもなしという訳にもいくまい……フレデリック、今月は領内で謹慎していなさい」

 伯爵が言うと、フレデリックは面倒くさそうに舌打ちをした後、リリーシアの肩を抱きながら勝ち誇ったようにニヤニヤと笑いながら俺に視線を向ける。

「まあ一ヶ月くらいの謹慎ならたいしたことはないな、リリーと領地を巡って愛を育む時間にするだけだ。リリーが伯爵夫人になるための準備期間にすればいい」

「あぁん、フレデリック様賢い~♡」

(……本当に、どこまでも甘い父親だな。そうやって甘やかして、兄さんがまともな後継ぎに育つと思っているのか)

 身体をぴったりとくっつけイチャイチャし続ける馬鹿二人を横目に、俺は小さくため息をつくと、黙って部屋から出た。

 これ以上どんなに抗議したところで、無駄だと判断したのである。

(くだらねぇな本当に、若い頃はまだフレデリックを後継者として厳しく育てようとする気概もあったのに、老け始めてからはこの体たらくだ、威厳なんてあったもんじゃない)

 中庭に出て、東屋の椅子に腰掛け、国の最新情報が書かれたニュースレターを開く。

 そこには、すでに大見出しで『スフォルツァ家で大修羅場!! 兄弟でノース男爵家のリリーシア嬢を奪い合い~愛憎渦巻く三角関係~』などと書かれていた。

(あーあ、好き勝手書かれてら。こりゃ王都に帰ったらしばらく注目の的だな……)

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