婚約者を兄に寝取られた不幸令息、魔性の吸血鬼王子に溺愛される

立花芹

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幼き日の記憶

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 ――翌朝。俺が庭でのんびり茶を飲んでいると、騎士団に休暇を早める連絡をしに行っていた従者のアニスが、帰って来るなり慌てた様子で駆け寄ってきた。

「た、たたた大変です悠馬様、お、落ち着いて聞いてくだしゃっ……下さい!!」

「落ち着くのはお前の方だろ、アニス。どうした、騎士団で何かあったのか?」

 混乱した様子のアニスを隣に座らせ、とりあえずこれでも呑んで落ち着け、と温かい抹茶を淹れてやる。

 出会った頃は「主人が従者に茶を淹れるなんてとんでもない」と遠慮していたアニスだったが、「茶道は俺の趣味だから気にするな」「あんまり恭しく接されるのは好きではない」と伝え続けてきた結果、最近はお茶に付き合ってくれるようになった。

 温かなお茶を飲んで落ち着きを取り戻したのか、アニスはふう……と息をつくと、俺の方に向き直って話し始める。

「……悠馬様、今夜隣のウォルター子爵家で行われる夜会に出席することになっていますよね」

「あぁ」

「団長から聞いた話なのですが、その夜会に、王太子殿下がお越しになるんです。それも、悠馬様にお会いするために!!」

「――は!?」

 ……驚きのあまり、持っていた湯飲みが手から滑り落ちそうになってしまった。

 この文脈で出てくる王太子殿下、というのは、間違いなく第一王子フラン=ディ=アヴェーヌのことである。

 今年で俺の一個上の22歳。療養のため隠居する現王に代わり、近々若くして即位すると噂されている人物だ。

 フラン王太子は、聡明かつその高い人徳で、即位前の今から歴史に名を残す賢王になるだろうと評されている。

 かくいう俺も、国政に関する記事で彼の名や功績を目にする度に、深く尊敬の念を抱いていた。

 俗に言う”ファン”なのである。

「なっ……何かの間違いじゃないのか? 殿下が俺に何の用があるんだよ」

「それが、詳しいことは何も教えていただけなかったんです。殿下は、重要な話だから、間違いがないように会って直接伝えたいと仰っていたそうで」

「重要な、話……?」

 殿下のいう”重要な話”というのに、全く見当がつかない。次期当主であるフレデリックではなく”俺”個人に話があるというのなら、恐らく伯爵家に関する話ではないのだろうが……。

 そうなると残された可能性は騎士団についての話、ということになるが、それなら副団長である俺ではなく団長と話すべきである。

 あまりにも思い当たることが無さすぎて頭を悩ませていたーーその時だった。

『ーー絶対、また会いにくるから……』

(……ッ!!)

 ふっと蘇る、ずっと昔の記憶。あれは、確か12歳の時。

(まさか、あの時の少年……)



ーーーーー



 ーー恐らく8年ほど前。伯爵家で不義の子などと陰口を叩かれて肩身の狭い思いをしていた俺は、せめて自分の身は自分で守れるようになろうと思い、剣術の稽古に打ち込んでいた。

 俺は筋が良かったようで、すぐに師範代レベルまで腕を上げた。

 そんな、ある日のことだった。

 夜中、いつものように屋敷を抜け出して、近くの山で素振りをしていると、突然……山の少し上の方から、耳をつんざくような、何かがガラガラと崩壊するような、激しい音が聞こえてきたのだ。

(……なんだ!?)

 慌ててバッと上の方を見ると、崖の上の山道で馬車が横転したらしく、車体が今にも崖を真っ逆さまに落ちていきそうな様子で傾げていた。

 ーーそれだけではない。よく耳を澄ますと、崖の上の方から大人の怒鳴り声や剣のぶつかり合う鋭い音が聞こえてくる。

 その時、俺はハッと気がついたのだ。どこかの貴族が、山道を通ってる所を山賊に襲われたのだろうと。

 最近、伯爵領の中で山賊が暴れ回っているとして、昨日伯爵が捕縛命令を出したばかりだったのだ。

(指名手配されたことくらい知ってるだろうに、こんな屋敷の近くで犯行に及ぶとは……命知らずな奴らだな)

 俺は素振り用の木刀を真剣の刀に持ち替えると、崖の脇にある険しい小道を登り、馬車を囲んで金品を漁ろうとする山賊達のうちの一人を背後から切りつけた。

 ……それからは、あっという間だった。山賊達に死なない程度に重傷を負わせた俺は、そいつらを荒縄で縛って拘束し、横転した馬車の中に身を隠していた少年を救出したのだ。

『本当にありがとう、君は命の恩人だよ。 名前を教えてくれないかな、お礼させて欲しいんだ』

 白い頭巾で頭を覆い隠したその少年は、服装や付き人達の様子からしていかにも高貴な生まれの様子で。

 伯爵家に面倒ごとを持ち込んで怒られるのが嫌だった俺は、とっさに格好付けてこう言ったのだった。

『いや俺なんか、名乗るほどの者じゃありません。お礼もいりません、当然のことをしたまでですから』

 そう言ってはぐらかして、その場から逃げ去ろうとする俺の背中に向けて、少年は言ってきたのだった。

『ーー絶対、また会いに来るから。 そしたら、今度こそお礼をさせてね……』
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