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わたしの心臓②
しおりを挟む*五条side
コンコンコン——
……はぁ、ひな……。
今日は仕事が早めに終わったので、まだ午後の明るいうちにひなの様子を見に来ると、ひなは布団をすっぽりかぶってた。
今日で手術から2週間経つ。
早い人だと退院できる頃だが、ひなはまだそんな状態じゃない。
ひなの術後は本当に大変で、まず最初の1週間はずっと寝たきり。
身体が痛むたびパニックになり、身体に繋がる管や機械を外すたびパニックになり、診察するたびパニックになり……。
1週間経ってようやく身体を起こしてみると、今度は動悸がすると言ってパニックになり、薬ですぐに落ち着いたものの、怖がって翌日まで身体を起こせず。
それから少しずつ食事やリハビリをさせてみるが、心臓に負荷がかかることは全て怖いようで頑張ろうとしない。
相変わらず検査や診察さえも怖がるし、とにかく前に進まないでいる。
そんな今日も、朝昼ともにご飯を残し、回診では聴診を拒んだようで、そろそろひなと話をしなきゃと来てみたら、布団に潜ってじっと横になってた。
五条「ひな~?」
ベッドに近づいて声をかけると、ほんの少しピクッとする。
五条「横になってどうしたんだ。しんどいか?」
起きてることはわかってるので、とりあえず布団は剥がさず話しかけてみるが返事はなし。
五条「工藤先生と藤堂先生、リハビリは行けなくてもいいから、ベッドの上では身体起こしとくように言ってただろ?」
ひな「……」
期待はしてないが、やっぱり返事をしてくれない。
今のひなに怒りたくはないけど、これじゃあ埒があかないので、
五条「なぁ、ひな。大好きな彼氏が来たのに無視するのか?せっかく仕事早く終わって来たのに、そうやって隠れてるなら俺帰るぞ」
と、少し口調を強めて言ってみると、
ひな「……違ぅ……好き…………」
声を震わせながら呟いて、うっすら涙を溜めた目を覗かせた。
ぽんぽん……
五条「よかった、嫌われたかと思った。身体起こすぞ?」
ひな「コクッ……」
五条「ん」
もう一度頭をぽんぽんとしてベッドの背もたれを起こしたら、俺はひなとくっつくようにベッドへ腰掛け、ひなの手を握った。
五条「身体起こすとしんどいか?」
ひな「大丈夫です……」
手を握りながら手首の脈にも触れてみるが、今のところ安定してる。
五条「ひな、今から一緒にリハビリしに行くか」
ひな「……やめときます」
予想を裏切らない返事だな……。
五条「そのやめときますは、しんどいからやめとくのか、やりたくないからやめとくのか、どっちだ?」
ひな「……しんどい、から」
もちろん嘘なのはわかってる。
やりたくないって言ったら怒られると思ってる。
けどそういうところがひなは甘い。
仮にしんどいが本当だとすれば、早く言わんかとなるし、しんどいが嘘だとしたら、嘘ついたことに怒る。
正直にやりたくないって言えば理由を聞くのに……って、今の精神的不安定な状態では、いずれにしろ怒るつもりはないので、
五条「しんどい?」
ひなの言葉を信じるようにおでこに手を当てて、
五条「熱はないな。ん、ちょっと診せて」
今度は下瞼をめくった。
すると、目に溜め込んでたひなの涙がこぼれたので、そのまま頬を両手で挟み、親指でそっと涙を拭った。
五条「ひな?」
目を合わせたくて名前を呼ぶも、ひなは目を伏せたまま。
五条「ひーな。俺のこと好きならちゃんと目見て」
言うと、今度は驚きと戸惑いと照れが混じったような目を向けてくれた。
さて、体勢が整えば話は早い。
あとは、ひなの不安をしっかり取り除いてあげるのみ。
五条「ひな、まだ怖いか……?心臓、まだ怖い?」
***
*ひなのside
五条先生にほっぺたを挟まれて目が合っちゃった。
そんなことを言いに来たんだろうと思ってたらやっぱり言われた。
怒られると思ったから、優しいのは予想外だったけど……
『心臓、まだ怖い?』
こわい……
もう手術してから2週間。
夏休みは残り1週間。
ちゃんとごはんを食べて、リハビリをしないと退院できないことはわたしもわかってる。
でも、怖い。
もう五条先生はわたしの答えがわかってると思うから、なにも言わず再び目を伏せた。
五条「ひな。すぐ目逸らさない。話してるんだからちゃんと見なさい」
……っ!!///
いつでも元気で馬鹿みたいに身体の強い五条先生には、手術した怖さなんてわかるわけない。
もうなに言われてもスルーしようと思ってたのに、ちゃんと見なさいって言いながら、わたしのほっぺたをさらに包み込み、おでことおでこを合わせられた。
ドキドキ……ドキドキ……
五条先生とおでこが合わさるのは2回目。
だけど、この前の寝ぼけた五条先生とは違って截然としてるし、鼻までぶつかってる。
シリアスな場面でこんな顔が近くに……
ドキドキするようなことしてくるなんて……
五条先生への耐性がついてきてて、ちょっとのことではわたしも動じなくなった。
すると、五条先生もそれに合わせて手法を変えてくるようになった。
どこまでも一枚、いや、何枚も上手なんだから。
と、五条先生の瞳から目を逸らせなくなったところで顔を離してくれた。
五条「黙ってるってことは、怖いんだな」
わたしの目を見ながら、また話を続ける五条先生。
五条「まぁ、聞かなくても最初からわかってるけど」
ほら、やっぱりわかってるんじゃん。
だけど、わたしだってわかってるよ。
次に五条先生が何を聞いてくるかってことくらい。
そう思いながら、五条先生の目を見つめてると、
五条「ひな?手術は何のためだった?どうして手術した?」
ひな「ぇ?」
"なんで怖いんだ?"
"なにがそんなに怖いんだ?"
次に来る質問は絶対これだと思ってたのに、怖いの"こ"の字も出てこず。
思わず、え?と言ってしまった。
五条「ひなが手術したのはなんのためだったって。どうして心臓の手術が必要だったんだ?」
ひな「し、心臓の穴を塞ぐため……?」
五条「うん、そうだな。それって、ひなの心臓を傷つけるためにしたか?」
ひな「え……?」
五条先生の口から出てくる言葉に思考が追いつかない。
なんで怖いかなんてわかんないよ!でも怖いの。五条先生にわたしの気持ちなんてわかんない!
って、言ってやろう。
それしか言葉を用意してなかったから、予想外の会話の流れに口吃ってしまう。
五条「いいか?ひなの胸にメスを入れたのは、ひなの心臓を守るためだ。傷つけるためじゃなくて、元気にするために手術したんだ。それで、ひなの心臓はちゃんと元気になった。なのに、どうしてひな自身が元気じゃなくなるんだ……」
そう言って、五条先生はわたしの左胸に手を当てた。
ビクッ!!
ひな「ぃゃ……っ」
思わず身体を縮めると、今度はわたしの手をわたしの左胸に当てさせて、そのままふわっと抱きしめられた。
右手でぎゅっと五条先生に寄せられてて、左手はわたしの胸の手の上に乗せられてる。
だから、心臓から手を退けたいのに退けられない。
ひな「五条先生……やめて……」
五条「大丈夫だ。怖くないから落ち着いて。ほら、俺の心臓の音聞こえるか?」
五条先生の心臓の音……
抱きしめられるといつも聞こえる五条先生の心臓の音は……いつも通り、しっかり聞こえてる。
ひな「……コクッ」
五条「ん。じゃあ、ひなの心臓は?この手に心臓の動き感じるか?」
わたしの心臓……
トク、トク、トク、トク……
胸に当てた手に、規則正しいリズムが伝わってくる。
ひな「……コクッ」
五条「俺の心臓とひなの心臓、比べてみてどうだ?ひなの方が少し速いかもしれないけど、ひなの心臓も俺の心臓も同じだろ?ちゃんとしっかり動いてるだろ?」
ひな「動いてる……」
五条「そうだろ?心配しなくても、ひなの心臓はちゃんと元気でやってるぞ。ひなが心臓を守る気持ちはダメじゃない。大事な心臓を守って当然だ。でも、だからと言って神経質にならなくていい。俺に触られても、こうして抱きしめててもなんともなってないだろ?」
ひな「コクッ……」
五条「心臓っていうのは強い臓器なんだ。こんなに止まることなく動いてるのに、もともとかなり余力がある。だから、少々のことでどうにかこうにかなったりしないから。もう心配するな。な?」
ひな「でも……」
五条「まだ不安か?」
わたしは小さく頷いた。
ひな「動くとドクドクするの。動悸が起こって、少し苦しくもなる。手術する前はこんなんじゃなかった。ここまで酷くなかった……」
五条「余力があるとはいえ手術してすぐなんだから、少しのことで動悸が起こるのも当たり前だ。でも、ちゃんと食べてリハビリすれば回復する。動悸もしなくなってくる」
ひな「本当?」
五条「あぁ、本当だ。検査でも穴はちゃんと塞がってたから、心臓はなにも問題ない。あとはひな次第だぞ」
ぽんぽん……
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