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第一章 鳳凰霙《ホウオウミゾレ》登場

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「え、朝の学校の様子から話すの?」
「お願いします。どこにヒントがかくれているかわからないですから」
「事件とは特に関係ないと思うけど。そうだなあ。いつもと変わりはなかったかなあ。校舎に入ると、廊下で校長先生とすれちがったのは覚えてる。まあ、ほとんど毎朝のことなんだけどね。校長は身だしなみには何より厳しくて、すれちがうだけで緊張するんだ」
「高校は私立ですか? 公立ですか?」
「私立。しかも伝統ある名門校ってイメージ。野球部は何度か甲子園にいってるし。吹奏楽部は全国大会で優勝してる。選抜クラスからは毎年何人か、東大、京大に合格してたよ」
「地元の人たちから変な目で見られないように、先生たちも生徒の身だしなみには、人一倍気をつかっているんでしょうね」
「うん。私立の高校だからね。ことあるごとに校長は世間の評判を気にしていたよ」
「名門高校のプライドですね」
「厳しいといえば、先生たちにもそうだった。数年前には、かつて喫煙者だった校長先生自らの旗振りで、校内の全面禁煙が決まってさ。三年の猶予期間はあったらしいけど、どうしても禁煙できない先生は自主退職に追い込まれたらしいよ」
「厳しいですねえ」
「なのに、たまに、生徒用のトイレにタバコの灰が落ちていることがあってさ。誰の仕業だ? って、そのたびに犯人さがしで大騒ぎになってたね。結局、毎度、犯人は見つからなかったけど」
「かくれて吸うなら電子タバコにすればイイのに」
「本当のタバコ好きは電子タバコじゃ満足できないんだってさ。僕の父親がそうなんだ。『あんなのタバコじゃない』って言い張って、いまだに紙タバコ吸ってるよ」
「そんな厳しい高校で、三年間、大変でした?」
「僕はそうでもなかったかな。普通に真面目にやってたし、部活にも入ってなかった。勉強のほうも、いちおう進学コースではあったけど、いわゆる逆選抜クラスだったしね」
「逆選抜クラス?」
「バカを集めたクラスってこと。バカ収容所って呼ばれてた」
「アハハハ、ヒドイですねえ」
「笑ってるじゃん」
「ごめんなさい」
「いいよ。実際に落ちこぼればかりのクラスだったから。そういえばウチのクラスには、見た目にしてもスゴイ生徒がいたなあ。高崎ユリって女の子なんだけど、この子はさ、茶髪にピアス、いつも薄い化粧までしてた」
「ええっ? 服装や身だしなみに厳しい学校なんじゃないんですか?」
「高崎さんだけはセーフ。いつもダラダラ、ダルそうにしててさ。勝手に午前中で早退したり、午後からとつぜん授業に出たり、やりたい放題だったなあ。それなのに先生たちが注意をしてるところを見たことがなかった」
「なるほど、そっかー。私立高校ですからね。親が地元の名士。学校に多額の寄付をしてるってパターンじゃないですか?」
「その通りっ! さすがだなあ。やっぱり鳳凰さんは名探偵だよ」
「わたしのことはいいから、早く早くっ、続き続きっ!」
「高崎さんの親は、地元で有名な運送会社の社長さんでさ。一度、校長が高崎さんを注意したら、社長が学校に乗り込んできて『ウチの娘に恥かかせやがって、寄付金返せ』なんて怒り狂ったらしい。それ以来、誰も高崎さんを注意できなくなったんだ」
「娘さんが娘さんなら親も親ですね」
「甘やかしてたんだろうな。高崎さんの小遣いは、毎月、何十万だってうわさがあったよ。だから駅前の繁華街を変な取り巻きを引き連れて歩いてたとか、未成年なのに週末になると東京のクラブに遠征にいってるとか、悪いうわさがいっぱいあった」
「コンプラの時代だけど、厳しく叱れる大人がいないっていうのも問題ですね」
「生徒に厳しいっていうなら、ウチの学校には、門脇っていう名物体育教師がいてさ。歳が五十代だから、やり方が思いっきり昭和。竹刀持って、学校中を監視してまわるような先生でさ。学校が休みのときも、週末の夜には自前で駅前をパトロールしてるような先生もいたよ」
「うわあ、熱いなあ。まさに昭和の学園ドラマって感じですねえ。そんな熱血先生だったら、高崎さんなんて、いちばん許せない生徒のような気がするけど」
「でもやっぱり高崎さんだけ特別だったよね。そのかわり……」
「怒りのホコ先はクラス担任に向けられた?」
「そうそう。さすがっ! やっぱり鳳凰さんは……」
「もうこのやり取りはおしまいっ! 健忘症じゃないんですからっ。デジャヴにもほどがありますよっ。何度くり返せば気が済むんですかっ!」
「鳳凰さんが、名探偵だって認めててくれればいいんだよ」
「わたしのことはいいんですっ! 早く早くっ、続き続きっ! あちゃあ、またやっちゃったあ」
「名探偵であることを認めてよ」
「名探偵じゃありません」
「名探偵だよ」
「名探偵じゃありません」
「…………」
「…………」
「もうやめません?」
「そうだね」
「そんなことより、早く早くっ、続き続きっ!」
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