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第四章 避暑地の別荘
六
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「まあ、そのお着物のままお休みになっていらっしゃったのですか? まったく美津はなにをしているのだろう」
「美津を責めたりしないで。わたくしが一人にして、と強くお願いしたからなの」
「まあ、とにかく、お召し物を着替えてください。もうすぐ夕食のお時間ですよ」
「食欲がないの。夕食はいらないと伝えておいて」
敏子はさも大事のように、目を見開いて言った。
「いけませんよ。細谷の御坊ちゃまがお待ちなのに。それにお食事はたんとお召し上がりにならないと。丈夫なお体でないと、お子をたくさん産めませんから」
「……」
ああ、そういうことだったのか。
ようやく合点がいった。
高志との縁談が持ち上がったから、両親は敏子をわたくしに付けたのだ。
教育係兼お目付役として。
どうすればよいのだろう。
八方ふさがりとはこのことだ。
敏子が目を光らせているかぎり、わたくしたちの唯一の通信手段である文も交わすことはできない。
着物を着つけられている間、桜子は必死で涙をこらえていた。
そして、心の内で、天音の名を呼び続けた。
***
翌日。
高志は朝食を取ると、連隊の宿舎に戻っていった。
朝食の席で、父は高志に婚礼の日取りを相談した。
「高志君は外地に行くこともおありか」
「ええ、もちろん。命令が下れば行く可能性がありますよ」
「では、善は急げで、すぐにでも結納を交わすのがいいのではないだろうか」
「次に東京に戻ったとき、父母と相談しておきます」
みるみる具体的になってゆく縁談話は桜子から食欲を奪った。
今も紅茶に口をつけただけで、他の物は喉を通らない。
「あら、ぜんぜん食べていないじゃない」と母に指摘され、桜子は下を向いたままで答えた。
「食欲がないものですから。ごちそうさまでした」
そう言って立ち上がりかけると、父が制した。
「こら、桜子。高志君に失礼だぞ」
「いや、こちらは別にかまいませんよ」
高志が鷹揚に言い、その場を収めた。
桜子の心は千々に乱れていた。
笑顔を取り繕うこともできなくなっていた。
どうにかして、この縁談から逃れなければ。
でも、いったいどうすれば。
桜子の焦りは募った。
「美津を責めたりしないで。わたくしが一人にして、と強くお願いしたからなの」
「まあ、とにかく、お召し物を着替えてください。もうすぐ夕食のお時間ですよ」
「食欲がないの。夕食はいらないと伝えておいて」
敏子はさも大事のように、目を見開いて言った。
「いけませんよ。細谷の御坊ちゃまがお待ちなのに。それにお食事はたんとお召し上がりにならないと。丈夫なお体でないと、お子をたくさん産めませんから」
「……」
ああ、そういうことだったのか。
ようやく合点がいった。
高志との縁談が持ち上がったから、両親は敏子をわたくしに付けたのだ。
教育係兼お目付役として。
どうすればよいのだろう。
八方ふさがりとはこのことだ。
敏子が目を光らせているかぎり、わたくしたちの唯一の通信手段である文も交わすことはできない。
着物を着つけられている間、桜子は必死で涙をこらえていた。
そして、心の内で、天音の名を呼び続けた。
***
翌日。
高志は朝食を取ると、連隊の宿舎に戻っていった。
朝食の席で、父は高志に婚礼の日取りを相談した。
「高志君は外地に行くこともおありか」
「ええ、もちろん。命令が下れば行く可能性がありますよ」
「では、善は急げで、すぐにでも結納を交わすのがいいのではないだろうか」
「次に東京に戻ったとき、父母と相談しておきます」
みるみる具体的になってゆく縁談話は桜子から食欲を奪った。
今も紅茶に口をつけただけで、他の物は喉を通らない。
「あら、ぜんぜん食べていないじゃない」と母に指摘され、桜子は下を向いたままで答えた。
「食欲がないものですから。ごちそうさまでした」
そう言って立ち上がりかけると、父が制した。
「こら、桜子。高志君に失礼だぞ」
「いや、こちらは別にかまいませんよ」
高志が鷹揚に言い、その場を収めた。
桜子の心は千々に乱れていた。
笑顔を取り繕うこともできなくなっていた。
どうにかして、この縁談から逃れなければ。
でも、いったいどうすれば。
桜子の焦りは募った。
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