使い捨て勇者にされた俺が元魔王と一緒に、利用してきた国を飛び出して自由な冒険者を始めた話

安佐ゆう

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第六章 過去に触れる

第89話 踏みつけていこう

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「クリスタ、状況を逐一教えてくれ」
『アルさんは通路で交戦中でしたが倒して今から移動。周囲の様子ですが、観客はまだ気付かず今のところ騒ぎは無し。警備していた兵士は続々と移動してそちらに向かっています。ポチさんが闘技場付近にいます』
「俺たちは今から部屋を出る」
『通路を男部屋の方に進むと左手に兵士たちの出入りするドアがあります。アルさんはそこから外へ出ようとして、集まってきた兵士たちとまた交戦中』

 振り返って女たちの顔を見る。
 全員武器を持って、戦う準備はできている。
 舞台で使うことを想定した大ぶりの武器が多いが、まあ、どうにかなるだろう。戦槌なんかは壁を抜くのにもよさそうだ。
 ミルカは長槍を持っていたが、さすがに屋内では使いにくいだろうと、短槍に持ち替えていた。

「まっすぐ進めば男たちと合流できる。転移陣の位置はついて行けば分かるだろう」
「あんたは?」
「俺はエレンたちを連れてくる」
「じゃあ私も行こう。アニタ、あんたが先頭に立って脱出しな」

 ミルカがそう言うと、女たちはもうそれ以上は何も言わずに扉を蹴り開けて走り出した。

「さあ、私たちも行くよ。どこからエレンを連れてくる?」
「俺達が侵入した魔物部屋からがいいだろう」
「なるほど」

 通路に出ると、先に行った女たちはもうカーブの向こうに消えていた。特に耳を澄まさなくても、剣が打ち合わされる音が聞こえる。
 俺達もそっちに向かおうとしたとき、兵士の控室の扉がバタンと音を立てて開いた。中からはさっき縛って転がしておいた四人以外にもまだ、奥から何人もの兵士が出てくる。

「てめえら、勝手に抜け出してんじゃねえ」
「おっと。この部屋からも、外に繋がってるのかい」

 さほど広くない通路はあっという間に兵士で前を塞がれた。
 前にいた数人が短めの剣を振り回して迫ってくる。俺は手に持っていたリリアナの杖で難なく受けているが、ミルカも余裕で受け止めていた。
 さて、こいつらをどうするか。
 一人、二人と殴り倒しながら考えていると、クリスタの声がした。

『男性たちの一部が兵士を押しのけて、通路の外に出ました。そこからは壁を壊して闘技場の外に出ると言っています。アルさんは一人で舞台の方に向かいました』
「了解。女たちは通路にいる。男たちと合流できたはずだ。俺ともう一人は交戦中」

 クリスタにこっちの状況を伝えてから、ミルカに声をかける。

「ミルカ、こいつらの相手をしている暇はない。足に力入れろ。舞台の方に行くぞ。エレンを助ける!」
「あいよ。怪我させても文句は無しだよ」

 二人ともたっぷりと足に魔力を巡らせた。体の正面に杖を構え、目の前の邪魔な兵士の持つ剣にだけ気を付けて、前へ進む。飛ぶような速さで。いや、実際に兵士たちの頭を踏みつけて。

「天井が高くてよかったね」
「いいからさっさと行くぞ」

 何が起こったのか分からずに呆然としている兵士たちを残して、俺とミルカは一気に通路を通り抜け、魔獣部屋へ飛び込んだ。

 ◆◆◆

「遅せーぞ、リク!」

 薄闇の中からアルの声がした。さっき魔獣を追いやるために通路の奥に押し込んだ檻を、一人で除けていたらしい。

「ここから舞台に行って二人を連れてくるぜ」
「兵士たちが追ってきてるぞ」
「仕方ないね。私が扉を押さえといてやるよ。さっさとエレンを連れてきな」

 ミルカが閉じた扉を押さえながら言う。
 もともと魔獣が逃げ出さないように頑丈に作られている扉だ。それを森の民の怪力で押さえておけば、しばらくは時間が稼げるか。

「頼むぞ」

 軽く手を上げて、俺もアルも一気に舞台へと駆けていく。
 中ではエレンともう一人、ラーシュという男が二頭の角牛をほぼ仕留めようとしているところだった。

「何しに来やがった? 邪魔すんじゃねえ」
「説明する暇はない。ラーシュ、エレン、こっちに来い」
「お、お前……」

 目を丸くしているラーシュを引きずって、今来た通路に戻る。ふと見上げると、観客席の人々は、何事が起っているのか理解できずに言葉を失っている。
 二人を連れて通路に引っ込むと、ようやく、勝負を中断されたと気付いた観客が騒ぎ出した。

「うるせえな」
「気にするな。騒ぎが大きくなった方が逃げやすいだろう」
「ほう。そう言われれば……。じゃあもう少しサービスしてやるか」

 ニヤッと笑ったアルが、魔物たちの檻に近付く。
 ギャアギャアとうるさく吠える魔物を気にもせず、ちょちょいと数個の檻の鍵をいじってから、走って戻ってきた。

「魔獣の檻を開けてやったぜ。さあ、逃げろ、逃げろ!」
「アルッ」

 ガタガタと檻の中で暴れている魔物は、すぐに鍵が外れたことに気付くだろう。
 階段を上がって上の階の扉から逃げようかと思っていたが、鍵を開けた檻の中には、高い所に登るのが得意なオンサやケラスの姿があった。
 上の階の扉を開けるのに手間取ってたら、俺達が襲われてしまう。
 仕方ない。ここを突っ切るか。
 ミルカの押さえる扉の前まで戻って、一気に扉を開く。急に支えを失った兵士たちが倒れこむ、その上を容赦なく踏んで、間をすり抜けて外へと続く扉へ向かった。

「クリスタ、リクと合流して、舞台にいたやつらも連れてきたぜ。今から外に出る」
『こっちはもう数人、転移陣まで辿り着きました。追ってきた兵士を排除しつつ転移させます』

 アルとクリスタが情報交換している間に、俺とミルカは隣を走るエレンとラーシュにここまでの事情を説明した。

「急な話ね」
「ああ。だが準備にはかなり時間をかけたぞ」

 後ろでは扉に群がっていた兵士たちが、解放された魔物に気付いて慌てふためいている。そりゃそうだ。こんな場所にオンサを放ったら人間なんぞ何十人か、下手したら百人単位で食い散らかされるだろう。
 奴らが慌てて、今度は逆に扉を閉めようと奮闘するのを尻目に、俺たちは通路を走った。

 魔物のおかげで、後ろから追ってくる兵士はいない。だが会場のあちらこちらから集められた兵士がまた出口の扉から湧いて出る。

「くそっ、めんどくせえな」

 アルが悪態をつく。
 気持ちは分かる。たいして強くはないが、次から次に現れて、通路を塞ぐのが本当に面倒だ。
 エレンとラーシュは角牛と戦ってきたばかりなので、長引くと良くないだろう。
 ミルカもちらっとエレンを振り返って、槍を持つ手に力を入れた。

 派手にいくか。
 そう思ってミルカと目で合図を交わす。
 前に踏み出して先頭の兵士を殴り倒したその時だ。
 外から、大きな魔力の波が押し寄せてきた。
 少し温かさも感じる。これは……リリアナの魔法か。
 包まれた魔力に自分の魔力が絡み取られて、ぐいっと引き抜かれる。
 目の前の兵士たちがパタパタと倒れて床を埋めた。
 俺とアルはもちろん平気だ。しかしミルカは体勢を崩し、エレンとラーシュは膝をついてしまっている。

 倒れた兵士をぴょんぴょんと身軽に踏み越えてくるのは、薄絹を体に巻き付けたリリアナだった。

「どうじゃ。やはり私がいたほうがよかろう」

 眩しいほどの笑顔で手を差し出す彼女に、俺が持っていた杖を渡す。そしてくしゃりと、その頭を撫でた。
 リリアナの長い真っ白い髪は、柔らかくて温かかった。
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