使い捨て勇者にされた俺が元魔王と一緒に、利用してきた国を飛び出して自由な冒険者を始めた話

安佐ゆう

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第六章 過去に触れる

第90話 クララックからの脱出

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「今回は狭い範囲にしか魔力吸引が効いておらぬ。すぐに応援の兵が駆け付けるはずじゃ」
「これだけでも、充分だ」

 転がっている兵士たちを踏み越えて、先に逃げた男たちが空けた穴から闘技場の外へ出ることができた。
 道には兵士以外にも魔力吸引で倒れた通行人がいて、少し離れた場所には騒ぎに逃げ惑う人たちも見える。闘技場の入口から離れた場所なので、目につく人の数はさほど多くない。

『皆さん、二番の転移陣からアルハラの兵士が転移してきはじめました。転移陣を壊します。残った人を三番の転移陣へ誘導してください』
「クリスタ!お前は大丈夫なのか?」
『無事です。私は今、街の外の方にいます。こちらに転移して来た兵士は気絶させて送り返しました。仲間たちは先にイデオンに出発しています』

 クリスタの声は、俺とアルとリリアナにしか聞こえない。
 走りながらミルカとエレンとラーシュにも内容を伝え、三番の転移陣の場所を教える。三番は二番から内壁のすぐ内側まで、ほぼ真っすぐに走ったところにある。

『二番を破壊しました。私は三番の転移陣に移動して、そちらから街に戻ります』

 クリスタの声がした。
 町の外の方の二番と三番の転移陣は隣りあわせくらい近くにある。
 クリスタもすぐにこっちに戻ってこれるはずだ。

「この道をまっすぐに行って内壁の手前に空き家がある。その庭のなかにあるんだ。クリスタがいるから、すぐにわかる」
「クリスタか。了解だよ。リクたちはどうするのさ?」
「二番の転移陣に取り残された奴がいないか確かめて、そいつらを連れていく。転移陣はもう一つあるから、三番には向かわないかもしれん」
「分かった。では互いに幸運を!」
「幸運を!」

 ◆◆◆

 二番の転移陣のあった場所は、兵士と争う森の民で、騒然としていた。
 祭りの中心地に近い場所には、観光できた旅行者や市民もいる。その多くは、近くの宿や店に避難してこわごわと外を覗いているようだ。

 どこから湧いてくるのか、倒しても倒してもぱらぱらと集まってくる兵士たち相手に相手をしている森の民の剣闘士が辟易している。

「こっちに来い!」

 一人が俺の声に気付いた。

「リクか!」
「そこはもう使えない。こっちだ」

 二番の転移陣を放棄し、三人の男が走ってくる。急に逃げ出した剣闘士たちに、及び腰で対峙していた兵士たちは、反応できずに少し距離が空いた。

「これで全員か?」
「ああ。残りは俺達だけだ。もう他は女たちも皆転移したぜ」
「だったら加速して一気に走るぞ」
「転移陣は放っといていいのか?」
「ああ。そこの転移陣はさっき破壊したので、そこから後を追われることはない」

 身体強化はもちろん全員使える。魔力を乗せて速度を上げれば、あっという間に後ろの騒ぎから遠ざかった。

「クリスタ、三番の転移陣はどうだ?」
『まだ使えます。ミルカさんたちはさっき着いて、転移しました』
「じゃあ俺達も三番の転移陣へ行く。もうしばらくそこを頼む」

 通りを全力で走り抜ける俺達を、道行く人があっけにとられて見送る。彼らはこの後押し寄せる兵士たちに、さらに大きく口を開けて驚くだろう。
 幸いこの辺りには今は兵はおらず、後ろから追いかけてくるやつらからもかなり距離を開けることができた。

「リクもクリスタも、無事だったんだな」

 剣闘士仲間の一人だったヨナが、走りながら声をかけてきた。

「ああ、いろいろあったんだ」
「今までの勇者もそうやって助かってる奴らもいればいいんだけどよー」
「それは……そうだな」

 ガルガラアドの宰相に聞いた話だと、多分他に逃げおおせた勇者はいない。
 逃げ切ったら、みんなにそんな話もしよう。魔王がどうして魔王になったのか、そして今の魔族がどんなやつらかということも。

「ところで、そこのかわいい子は?」

 かわいい子……。
 今一緒に走っているのは、逃げ遅れた三人の剣闘士と、俺、アル、リリアナだ。
 一人だけ小さくて、戦いに不似合いな薄絹を着て髪も肌も白い。確かに、これは聞きたくなるか。

「私か?私は元魔お……」
「そろそろ着くぜ!」

 リリアナが軽い調子で、暴露しかけた。
 アルがタイミングよく遮ったから良かったが。
 そんな不穏な自己紹介はもう少し事情を説明する時間がある時にやってほしい。

 内壁が目前に迫ってくると、一軒の家の庭からクリスタが出てきた。
 足元には、数人腹や足を押さえて転がっている。先に逃げてきたミルカ達を追ってきた兵士だろう。

「みなさん無事で良かった。早く!」

 クリスタの案内で空き家の庭に入る。周りの家では騒動を聞いて自宅に避難したのだろう、付近の住人たちが恐る恐るこっちを見ている気配があるが、気にしている暇もないし、放っとけばいい。どうせこの転移陣も破棄するのだ。
 魔法陣に魔力を流し、全員そろってクララックの街を後にした。

 ◆◆◆

 三番の転移陣から全員街の外に出ると、すぐさまリリアナが転移陣を破壊する。
 俺たち以外に誰も転移してこないうちに、転移陣は完全に形を失った。それを皆、ただ黙って見つめる。

 それから背後を振り返って、そんなに遠くないクララックの外壁を眺めた。
 無事、逃げおおせたんだ。
 ほうっと、大きく息をつく。

「俺達、もう……自由なのか……」

 ヨナがみんなの気持ちを代弁するように、呟いた。
 先に転移していたミルカ達も、一緒に頷く

「そうだぜ。自由なんだ」
「その代わりに、今度は生きるために魔物を狩って、作物を育てて。今まで以上に働いて戦わなきゃならないよ」
「ははは。さすが、ミルカ姐さんは現実的だ」

 笑いながら、ミルカに手渡された荷物を受け取って、パパッと身支度を整える。この場所がいつまでも安全とも限らないからな。
 三番の転移陣のところには、ほとんど物資を置いていなかったので、持って行けるのは保存食と水程度だ。
 まあ、みんな武器は持っているし、イデオンまで平地を進むだけなら問題ない。

 みんな、心持ち急ぎ足で荒れ地を歩いた。薮や低木に視界を遮られる荒れ地は、隠れ進むのに向いているが、歩きにくい。

「そろそろ街道に出ようぜ」
「ああ、そうだな」

 アルの声掛けを機に、少し進路を北向きに変える。そのままもう少し進むと、細いが整備された街道に出るはずだ。

「リク、リリアナ、お前らのおかげだ。ありがとな」

 小さい声でぼそっと言うアル。だが礼を言われるほどのことはないな。俺もリリアナも、やりたいことをやっただけだ。
 返事代わりに、ただ肩をポンと叩いておいた。

 さて、できるだけ目立たないように、通行人がいないタイミングを見計らって街道に出た。後はまっすぐイデオンに向かって進むだけだ。今のイデオンとアルハラの関係は悪くなく、国境の検問などあってなきがごとし。まだ今回の騒ぎは伝わっていないだろうから、今のうちに急いで国境を通過しておくに限る。
 道を行き交う旅人の数は少ない。気がはやって、歩く速さがだんだん上がっていく。すれ違う人にギョッとされては、あわてて速度を落としたりした。心は浮き立ち、陽気に笑いながら、剣闘士時代の苦労話に花を咲かせる。
 そんな、緊張感を保ちつつも楽しい旅は、猛烈な速さで駆けてくる馬の嘶きによって遮られた。

 土埃を上げて駆けてきた馬は、一声嘶くと俺たちの前に止まる。
 慌てて武器を構えるも、降りてきたのはカリンとヨルマだった。

「なぜここに?」
「リクさん! やっぱりこの道でしたか。会えてよかった!」

 まるで走ってきたかのように消耗して息を切らしているカリンを、ヨルマが厳しい顔のまま支えている。

「大変です。森が……、イリーナの森が!」
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