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本編

悪夢の再来②*グレンside*

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俺の名はグレン。姓はなく、ただのグレンだ。
10歳まで、クラブ帝国の孤児院で育った。俺には魔力があった為、11歳になる頃に、帝国の魔法師団へと引き抜かれ、14歳まで帝国の為に力を振るった。けれど、毎日退屈だった。特異能力を持つ俺は、周囲に気味悪がられ、上官からも畏怖されていたからだ。

『……つまらない国だ』

俺は帝国の魔法師を辞めた。有事の際には帝国に協力する事を誓約させられたが、自由の為には仕方がない。誓約で縛られている以上、完全に自由の身とは言い切れないが、この方が幾分かマシだ。少なくとも、気に入らない奴等とは顔を合わせずに済む。

そうして二年が経った頃、帝国の宰相に呼ばれた。クラブ帝国に住んでいた、ある要人の子供が拉致されたらしく、その子供を救出し、保護して連れ帰って欲しいと協力要請されたのだ。誓約があるから、俺にはその要請を断る事が出来ない。
渋々承諾し、拉致された子供の姿絵を見せて欲しいと言ったら、賊に邸を燃やされてしまった為に、手元には何も残っていないのだと言われ、名前と年齢、髪色や瞳の色だけを教えられた。

拉致された子供の名前は、セルジュ・プランドル。年齢は14歳で、紫がかった青い色の髪に、灰色の瞳の美少年。話を聞いて一番驚いた事は、拉致されたのが既に二年も前だと言う事だ。

(馬鹿なのか?二年も経っていれば、もう殺されているか、奴隷にでもされている事だろう)

しかし、誰がセルジュを拉致したのか、プランドル夫妻と宰相殿には最初から見当がついていたようで、拉致した犯人から実際にいくつか要求もあったらしい。それ故に、拉致されたセルジュという少年が今も生きて捕らわれている事は確実なのだそうだ。ちなみにこの拉致事件が公となっていないのには、何か国同士の事情があるらしい。
俺は交わした誓約の元、セルジュ・プランドル救出の為に犯人の懐へと潜り込んだ。潜り込んだ先は、ダイア公国で王家の次に身分の高い公爵家の一つ、イーロス・ダルトン・コールリッジ公爵の所だ。流れの魔法師として雇って貰い、ここ数日セルジュの居所を捜していた。

(別邸ばかり捜していたが、本邸の地下室だったのか。それに……)

俺は今しがた、ロゼリアと呼ばれた少年に視線を向けて、公爵とロゼリアの会話をじっと聞いていた。

(少年ではなく、少女だったのか。それに、殿下の未来の花嫁とは、一体どういう事だ?)

ロゼリアは少年の姿に変装していたのだ。完璧な変装に、俺はまんまと騙された訳だ。しかも、俺自身が動きやすいようにと、公爵の信頼を得る為に捕まえてきた侵入者生贄が、まさかセルジュの関係者だとは思わなかった。

「瞳の色も何かで変えているようだな。魔導具か?まさか騎士団の連中に紛れ込んで来るとは、大したじゃじゃ馬娘だ。殿下もお喜びになる」
「……セルジュが、本邸の地下室に居るの?」
「そうだとも。……白々しい。お前はセルジュを助けに来たのだろう?大方、騎士団の者に頼み込んで別邸へ侵入したはいいが、セルジュが見つからなかった為に王国へ引き返すところだったのだろう。残念だったな」
「…………」
「自分の双子の片割れが心配か?案ずるな。ちゃんと五体満足で生きておるよ。兄上を利用する為に必要な駒だからな。そして、お前も必要な駒だ。セルジュ以上に大事な駒。貴族の娘に生まれたのだから、政略結婚は当たり前の事。しかもお前は魔力持ちだ。王家に差し出すは臣下として当然の義務。殿下の正妃となり、我が公爵家をより強くしておくれ」

成程な。
要するに、俺は自分で自分の仕事を増やしてしまった訳だ。セルジュだけを助けて、ロゼリアを放置する、という訳にはいかないだろう。自分で救出対象を増やしてしまうとは、何ともマヌケな話だ。……だが、これでセルジュの居所が分かった。ロゼリアには悪いが、当初の目的通り、先にセルジュを救出しよう。

「……私は貴方なんかの姪じゃない。それに私は、貴方の言う、殿下の花嫁になんてならないわ!」
「何を言う。お前は間違いなく私の姪だよ。……お前は憎たらしい程に、兄上とそっくりな顔立ちをしているからな」
「例え血が繋がっていたとしても、私は貴方なんかの姪じゃない。私には、私の家族が居るんだから。貴方なんかに姪と呼ばれるなんて虫酸が走る!!」
「……口の聞き方に気を付けなさい、ロゼリア」

そう言うなり、公爵はロゼリアの頬を叩いた。さっきの俺にした平手打ち程の威力はないが、それでもロゼリアの白く美しい肌が赤く腫れ上がっていく。

「……殿下の物を傷付ける訳にはいかんからな。この程度にしておいてやる。後で服もドレスに着替えさせてやろう。こんな汚ならしい格好で殿下と会わせたとなれば、我が公爵家の恥だ」
「元より会うつもりなんて無いけど、貴方の恥になるなら、着替えなんかいらない」
「減らず口を。……ああ、そうだ。それならば、殿下に着替える様を見てもらえばいい」
「?!」
「いずれ夫婦となるのだから、何の問題もなかろう。殿下に隅々まで愛でていただければ、お前のその減らず口も少しは静かになるだろうよ。……少々肉付きが物足りぬ身体だがな」
「クソジジイ……!!」

ロゼリアは歯を食い縛り、公爵を睨み付けた。魔法封じをしている為にハッキリとは分からないが、ロゼリアの纏う魔力が少しだけ揺らめいている。激しく怒っているのだろう。当然だ。あんな下衆な事を言われればな。しかし、この状況で『クソジジイ』と言い返せる者はそうそういないだろう。大した度胸だ。

―――パンッ!

ロゼリアの、先程とは反対の頬が叩かれた。おいおい。『殿下の物を傷付ける訳にはいかん』とか言ってなかったっけ?両頬は良くないんじゃない?

「なんと口汚い娘だ!!あの王国の品位は最低だな!!徹底的に教育し直さねば、いつ殿下の機嫌を損ねるか、分かったものではない……!!」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
「貴様っ!!」
「……っ?!」

公爵がロゼリアの髪を引っ掴み、思い切り引っ張り上げた。更に頬を叩こうとしたが、流石にこれ以上は殿下に咎められると思ったのだろう。公爵の手は震えながらも、ロゼリアの頬に触れる寸前で止まった。公爵は激しく怒りを露にしつつ、ロゼリアの傍から離れる。

「……もういい。まずは殿下にご連絡しなければ。威勢が良いのも今の内だ、小娘。この先、もしも殿下に捨てられてしまえば、お前はこの公国で生きてはいけないのだからな。……カルタス、この娘をしっかり見張っておけ。それと、頬も冷やしておくように」
「はっ。承知いたしました、旦那様」

公爵が地下室から出て行ったのを確認してから、俺はロゼリアの元へ歩み寄った。……可愛いとは思っていたが、確かに女の子のようだ。

「……ロゼリア?」
「…………」

ロゼリアは、不思議と俺に困惑したような眼差しを向けてくる。何故、俺の名前を知っていたのかも気になるけど、一先ず先に伝えておかないとね。

「……セルジュは俺が助ける。俺はその為に、ここへ来た」
「え?」

ロゼリアのアクアブルーの瞳が、大きく見開かれた。
本当はロゼリアの瞳も灰色なのだろう。

(さっき公爵も言っていたが、魔導具によって瞳の色を変えていたとはね)

魔法封じの腕輪を付けられていても、既に効果が発動している魔導具は止める事が出来ない。魔法封じの腕輪も、一つの魔導具だからだ。
ロゼリアが訝しげな顔をして、俺をじっと見つめる。

「セルジュを助けてくれるの?」
「ああ。信用できないかもしれないけど、その後で君を助けてあげるよ。まさか君がセルジュの関係者だったとは知らなかったからね」
「…………」
「なるべく早く助けに来る。だから少しの間だけ、耐えて欲しい」

『私を先に助けて』と、言われるかな?
普通ならば、そう思うだろうし、そう言うだろうと思った。けれど、ロゼリアはどこまでも普通の・・・女の子とは違っていた。

「私の事はいいから、セルジュを助けて。魔法封じの腕輪さえ外してくれれば、後は自分で何とかするから」

俺は思わず口角を上げた。
こんな女の子は初めてだ。俺はロゼリアを頼もしく思いながら、赤くなっている頬に、そっと触れた。


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