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《分岐》オリバー・バルトフェルト

戦争の終わり

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気が付くと、ロゼリアはベッドに居た。
何となく見覚えのある天井をぼんやりと眺めてから、自分が守っていた後方部隊の事を唐突に思い出す。

(そうだ!私、皆を守らなきゃ……っ?!)

急いで身体を起こすと、視界がぐるんと回った。ロゼリアの身体は、貧血と酷い魔力枯渇に陥ってしまっていた。

(吐きそ、う……)

猛烈な吐き気に襲われて、ロゼリアは口元を押さえながら倒れ込み、ベッドから転げ落ちてしまった。すると、直ぐ様部屋の扉が勢いよく開く。

「ロゼ!!」

ベッドから落ちた音を聞き付けて、部屋へとやって来たのはオリバーだった。オリバーは血の気の失せた顔でロゼリアの元に走り寄り、優しくその身を抱き上げた。そして、すぐに魔道管に触れて、少しずつゆっくりと魔力を流していく。
オリバーがずっと騎士団に入団してから続けていた魔力回復の訓練は、ロゼリアとの練習でも証明されていたが、しっかりと実を結んでいた。

「う……お兄、さま……?」
「大丈夫だ、ロゼ。すぐに良くなる。もう少ししたら、リアムかグリードが来てくれる。そうすれば、足の怪我はすぐに治るから」

オリバーは二人と連絡を取る為に席を外していたようだ。
オリバーから流れてくる魔力のお陰で、猛烈な吐き気がだんだんと治まっていく。ロゼリアは額に薄らと汗を滲ませつつ、オリバーに視線を向けた。

「お兄様。……戦争は……あの魔法陣は、どうなったのですか?」

ロゼリアの問いに、オリバーは瞳を細めて、ロゼリアを抱き上げたまま、静かにベッドへ腰を下ろした。

「あの魔法陣の術者達は全て倒したよ。魔物達も一掃された。禁術を使用していたダイア公国軍は即時撤退。……恐らく、戦争は休戦となるか、このまま終戦すると思う」
「休戦か終戦……?本当に退いたのですか?こんな、あっさりと?」
「禁術を使用したところを、偵察部隊の者達が特殊な魔石に記録していたんだ」
「!」
「戦争で禁術を使用するのは戦時規定違反だからね。退かなければ、ダイア公国は三カ国から同時に攻撃を受け、潰される。ダイア公国そのものが、地図上から消える事になると、ジェラルド様が優しく・・・ダイア公国側に伝えたんだ」
「……」
「それに、今回の事で燻り続けていた火種が、消えない炎となって燃え上がってしまった」
「燻り続けていた火種?」
「ダイア公国側が戦場で禁術を使用したと知った第一王子がクーデターを起こしたんだ」

第一王子は戦争の為に護りが手薄となった王城へ攻め込み、現国王カエサルの首をその場で刎ねた。
いつもならば、カエサル国王には常に優秀な護衛達が傍に控えていた。中でも魔法師が一番厄介で、常にカエサル国王を防御魔法で守っていたのだが、今回の戦争に使われた禁術に精通していたのがその魔法師だったのだ。故に、その魔法師はスペード王国騎士団お抱えの優秀な治癒師達を殺す為の術者として戦争に参加していた。補助の術者ではなく、本体の術者として。
オリバーが仕留めた魔法陣を操る術者が、その魔法師だったのだ。
魔法師さえいなければカエサルを仕留めるのは容易い。第一王子の刃はカエサルの護衛達を跳ね除け、カエサルを常闇へと沈めた。二度と現世でその蒙昧な口を開く事が無いように。

――――巨大な魔法陣へ注がれていた膨大な魔力は、禁術により“生贄”の魔力が使用されていた。
しかし、術者を失った為に、魔法陣は脆く崩れ去り、それによりスペード王国側の後方部隊は無事に難を逃れた。限界まで彼等を守っていたロゼリアの努力は報われたのだ。

魔力が尽き、怪我まで負って、その場に一人取り残されたように倒れていたロゼリアを見つけて、オリバーは血の気が引いた。【絶対防御】が消えた事で、前線から打ち漏らした魔物達がロゼリアを狙って囲んでいたからだ。オリバーは魔物達を一掃し、すぐにロゼリアを抱き上げて、その場を離脱した。

そうしてやって来たのが、国境にある砦だった。
以前にも使わせてもらった、東側の奥にある部屋。治癒師達は、前線で傷付いた騎士達を治療している。すぐに来てもらう事は難しいと判断したオリバーは、水鏡通信で騎士団本部と連絡を取り、リアムかグリードに急ぎ来てもらえるよう手配したのだ。

「ロゼ。今回は随分と無茶をしたね」
「……心配かけてごめんなさい、お兄様。だけど、私、後悔はしていません」
「ああ。私も怒ってはいないよ。怒っては、いない。だが……」
「お兄様……?」

オリバーはロゼリアの魔力を回復させながら、ロゼリアの額にコツンと自身の額を当てた。

「……ロゼを、失ってしまうかと思った」
「お兄様……私はここに居ます。お兄様の傍に、ちゃんと居ます」

オリバーから流れてくる魔力が心地好い。温かくて、優しい魔力。
二人の距離は次第に近付いて、どちらからともなく、触れるだけのキスをした。触れるだけのキスから、やがて啄む様なキスが繰り返され、最後には深い深い濃厚なキスへと変わっていく。

「んんっ……ふ、ぁ……」

室内には、二人の息遣いだけが響き渡り、ロゼリアは頭がクラクラしていた。

(お兄様のキス、気持ち良い。……それに、魔力もあったかくて……)

舌を絡め取られ、上顎の内側を優しくなぞられて、その度に身体が反応してしまう。頭の芯が甘く痺れて、身体に熱が灯る。
唇が離れると、ロゼリアは熱っぽい瞳でオリバーを見つめた。その視線に気付いて、オリバーは僅かに口元を綻ばせる。

「ロゼ?」
「お兄様、私……」

ロゼリアの身体は、開戦前日の事をよく覚えていた。一歩先の甘い甘い練習を。オリバーも当然覚えていて、コクリと喉を鳴らした。けれど――――

「ロゼはまだ足の怪我が治っていないからね。だから、今は駄目だよ」
「……っ」

まるで自分が欲しがっているかのように言われてしまって、ロゼリアは顔を真っ赤にしながらも、しどろもどろに「わ、私は別に……」と言葉を濁して抗議する。
オリバーはそんなロゼリアに愛しさを募らせながら、優しくロゼリアの耳朶を食んだ。

「ひゃっ」
「そんなに残念そうな顔をしないでくれ。私も、本当はロゼに触れたいのだから」
「お、お兄様……!耳、だめぇ……」
「可愛いロゼ。凄く頑張ったね。騎士団本部に帰ったら、沢山甘やかしてあげるよ」
「……ひ、ん……っ」
「だから、少しの間だけ我慢しないとね」
「……がまん?」
「そうだよ。私も我慢しよう。キスと、僅かな触れ合いだけで……」
「っ……」

二人は部屋の扉をノックされるまで、互いを離す事なく、甘い触れ合いに夢中になった。
その触れ合いはただじゃれ合う程度のものだったが、二人にとってはとても幸福な時間で。

それからまもなく、余りに短過ぎた戦争は終戦を告げた。


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