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本編
降り積もる幸福
しおりを挟むあれから三年の時が過ぎた。
マルティス王国と帝国は、未だ国交は開いていない。けれど、魔王を倒した時代に結ばれた領土不可侵条約を再度結び直し、帝国にはこちらの大陸へ間接的であっても干渉しないよう申し入れ、帝国はそれらを受け入れた。
『いいだろう。だが、そちらの大陸の国が戦争を吹っ掛けてきた場合は遠慮なく潰させてもらう。その際、マルティス王国には我が帝国の盾となってもらうぞ』
『……承知した』
今回の申し入れは、マルティス王国と帝国だけの話ではない。
マルティス王国と、その友好国全てが同盟を組み、マルティス王国はその代表として帝国に申し入れをしたのだ。
故に、マルティス王国やその数多ある友好国側の大陸のどこかの国が帝国に戦争を仕掛けたり、間接的に干渉すれば、マルティス王国が帝国に味方し、帝国と共に約束を反故にした国と潰すという事だ。
これは大きな抑止力となる。
マルティス王国は肥沃な大地を持つ富んだ国で、貿易も盛んな国だ。マルティス王国との貿易や支援で成り立っている国も多く、敵に回せば此方の大陸で孤立してしまう可能性が高い。
以前マルティス王国に戦争を仕掛けたヴァルリア王国は、だからこそ帝国を頼ったのだろう。
そして帝国側の大陸は、恐らく帝国が全ての国を統一してしまうだろう。それだけ帝国は大きく強大で、もはや敵に回す事など出来なくなってしまっていた。それ故に、今回の条約の締結は非常に重要なものとなる。
『では、もしも帝国の者がそちらに手を出したなら、責任をもって俺が潰すと、ここに誓約しよう』
『ああ、宜しく頼む』
そうした経緯を踏まえ、今のところ帝国と国交を開く予定はない。
だが、定期的に連絡だけはするようになり、今ではシュナイゼルから私的な手紙がフェリクスとマリアンヌに送られてくるようになっていた。
フェリクスには魔法研究機関を見学したい旨が書かれており、マリアンヌにはいつでも帝国に遊びに来いと毎回誘ってくるのだ。
手紙が来る度にフェリクスは怒り心頭で、返事の手紙には毎回『もう送ってくるな!!』と書き殴っている。そんなフェリクスを見てクスクス笑いながら、実は仲がいいなとマリアンヌはその様子を穏やかに眺めていた。
「ははうえ!ちちうえ!」
「マリアス!」
庭園のガゼボでお茶をしていたマリアンヌとフェリクスの元に、今年二歳になったばかりの息子マリアスが走ってきた。
子供にもよるが、マリアスは言葉を覚えるのが遅く、マリアンヌもフェリクスも心配していたが、最近はそんな心配が嘘のように、たどたどしくはあるが沢山話すようになってくれた。
「マリアス、おいで!父上が高い高いしてあげよう!」
フェリクスが破顔してマリアスを抱き上げ、きゃっきゃっと喜ぶ息子に高い高いしてから、ぎゅっと抱き締める。
マリアスの髪色はフェリクスと同じ銀色で、瞳の色はマリアンヌと同じ濃い藍色。フェリクスはマリアスの瞳の色を知った時、この上無く喜んだ。
マリアスは紛れもない二人の愛の結晶。
そして――――
「ははうえ、抱っこ!」
「マリアス。母上のお腹にはマリアスの妹か弟が居るんだ。だから、あまり抱っこは……」
「もう悪阻は乗り越えましたし、大丈夫ですよ。さぁ、マリアス」
「またそんな事を言って!お腹に負担が掛かるから抱き上げるのだけは止めておくれ!せめて膝に乗せるだけに!これだけは譲れない!!」
「もう、フェリクスったら……」
フェリクスが抱っこしていたマリアスを慎重にマリアンヌの膝に乗せる。
そのあまりに真剣な様子に、ついつい笑みを溢しながら、マリアンヌは膝に乗った愛しい我が子を抱き締めた。
「さっき、かきかきしたよ!ははうえとちちうえをかいたの!」
「まぁ!嬉しいわ、マリアス。描いた紙はどこにあるの?」
「みしぇる!みしぇるがもってるよ!みしぇるぅーー!」
「ああ、マリアス!そんなにバタバタ暴れないでくれ!マリアンヌのお腹に負担が……!」
……あまりに幸福で。
マリアンヌは微笑みながら瞳に涙を滲ませた。
フェリクスがそんなマリアンヌに気付いて、優しく目尻にちゅっとキスをしてくれる。
「お腹は痛くない?苦しくなったらすぐに言うんだよ?」
「ええ、フェリクス。ありがとう」
こんな幸せが自分に訪れるだなんて。
毎日がただただ愛おしく、まるで夢の中にいるかのように感じた。
けれど、全ては現実で、フェリクスやマリアスの温もりに触れる度、マリアンヌはその幸福を噛み締めた。
マリアンヌのお腹の中には、二人目の命を授かっている。
フェリクスが澄んだ空色の瞳を綻ばせて、優しくお腹を撫でると、ポコンと胎動を感じた。
「フェリクスが撫でてくれたから、お腹の子が喜んでいるみたいです」
「なら、いっぱい撫でよう。ほら、父上だよ」
「あっ、また動きましたよ」
「?!わ、私には分からなかった。もっと強く蹴ってくれ!いや、それだとマリアンヌが痛いな……」
「大丈夫ですよ。マリアスの時も同じ様に悩んでいましたよね?」
「いや、しかし!マリアスは蹴りが強すぎただろう?!臨月の時なんて、蹴破って出てきたらどうしようかと何度肝を冷やした事か……」
「ふふ、大袈裟ですよ」
マリアスはお腹の中に居た頃から随分とやんちゃな子で、臨月の時はお腹を蹴られると足の形が分かりそうな程だったのだ。蹴りで伸びたお腹を目にしたフェリクスは、かなり青褪めて狼狽し、マリアンヌの身を心配しきりだった。
破水した時にはいよいよ子供がマリアンヌの身体を突き破ったのかと気が気では無かったが、無事に出産を終えて母子共に健康であると分かった時、フェリクスは涙を溢しながら産まれたばかりの赤子を抱くマリアンヌを包み込むように抱き締めた。
『ありがとう』
『君も子供も、無事で良かった』
いくら回復魔法を扱える魔法師を待機させていたとしても、魔法だって万能ではない。
良かった、良かったと涙を溢し、少しだけ鼻にかかったような声で小さく何度もそう言ったフェリクスに、マリアンヌも涙を溢した。
良かった。
この人の子を産めて、本当に良かった。
フェリクスとマリアンヌは早々に産まれた瞬間から親馬鹿を発揮し、護衛騎士や使用人達は毎日微笑ましく三人を見つめ、手助けをしてくれる。
そうして授かった二人目の命。
男の子かな?女の子かな?
幸せな悩みを抱えながら、マリアンヌは穏やかな笑みを浮かべた。
「みて!ほら、ははうえとちちうえ、まん中にまりあちゅ!」
「本当だ!マリアスには絵の才能があるな!」
「凄いわ、マリアス。上手に描けているわね」
「あかちゃんもかくよ!」
「あら、赤ちゃんも描いてくれるの?マリアスはもう立派なお兄様ね」
「うん!まりあちゅ、おにーさま!」
「偉いぞ、マリアス!」
どうかどうか、この幸せがずっとずっと続きますように。
願い、祈り、努力を重ね。
「愛しているよ、マリアンヌ」
「私も愛しています、フェリクス」
「まりあちゅは?」
「当然、マリアスもだ」
「マリアスもお腹の子も、愛しているわ」
幸せが降り積もる日々を、守っていこう。
愛する人と、ずっとずっと。
(完)
今までマリアンヌとフェリクスを応援していただき、本当にありがとうございました!!
本編はこれで完結となります。
最後までお話を読んで下さり、感謝しております。これまでいただいた沢山の感想も、いつも執筆の励みになっておりました。
無事に完結出来たのは、読んで下さっていた読者様方が居てくれたお陰です。
本当にありがとうございました。
本編は終わりましたが、その後の話等を不定期で載せていくと思います。
至らない事の多い作者ですが、これからも執筆活動を続けて参りますので、ご縁がありましたら、どうかまたお付き合いいただければ嬉しく思います。
何度も申し上げますが、本当にありがとうございました!!(。・ω・。)ゞ
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もっくん様
感想ありがとうございます!
本作品を読んで下さり、感謝感謝です!
本編は完結しているのですが、不定期でifやその後のお話などを執筆予定です。
こんな話が読みたい!といったお声をいただけるのは、個人的にとても嬉しいです。
執筆活動の励みになります。
ありがとうございます!
これからも更新頑張ります!
完結おめでとうございます。そして長期間の連載、お疲れ様でした。私は読み始めた時期が遅かったですが、読み始めたら止まらない作品になっていました。次話の更新を、今か今かと楽しみに待っている自分がいました。二人の長男が可愛いです。二歳ともなれば、初めてのイヤイヤ期突入ですね。ごねるのも激しくなりますし。でも良い兄上になるのでは?将来が頼もしい若者になってくれたら、頼もしい王太子殿下に育ってくれたら、親として何よりも嬉しいものですよね?私も母親ですから、母親としての想いが出てしまいました。番外編、とても楽しみにしています。読み応えのある作品でした。作者さんに感謝です。ありがとうございました。
みき様
返信が大変遅くなってしまい、申し訳ないです(>_<)
最後まで作品とお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
この作品は、良くも悪くも毎回ハラハラしながら執筆しておりました。
こうして無事に完結を迎えられて、ホッとしています。それと同時に、張り詰めていたものが無くなって、気が抜けすぎてしまいましたが(苦笑)
みき様のお言葉には毎回とても励まされておりました。
いつも温かなお言葉を下さり、本当に感謝しています。
まだまだ未熟で至らない事の方が多い作者ですが、作品の更新を楽しみに待っていてくれる読者様がいると思うと頑張れました。
これからも頑張って、自分が書いてみたいと思う作品を執筆していきたいと思います。
この作品のifであったり、他の執筆作品にて縁がありましたら嬉しく思います。
みき様、本当にありがとうございました!
as様
感想ありがとうございます!
帝国に売られた場合のifは想像するとだいぶ面白そうですね。その場合、フェリクスとは結ばれず、マリアンヌは違った道を歩んでいきそうです。
本編は完結しましたが、その後の話やifなど、不定期にはなりますが更新していきたいなと思っております。
今まで度々感想を下さり、本当にありがとうございました(*^^*)
そして、これからも機会がありましたら、今作や別のお話などでお声をいただけましたら幸いです。
本当にありがとうございました!