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八の一
日常の崩壊
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とんとんとん、と、リズミカルにシャープペンシルをノートに叩きつけながら、水鳥はぼんやりと目の前で書かれる黒板の文字列を眺める。
何時もなら教師の怒鳴り声が聞こえてもおかしくは無い状態ではあるが、学校に来ているだけでも評価してくれているのか、教師の目はあちこちに空席の見られる教室内に視線を巡らせながら、聞こえるか聞こえないかのぼそぼそとした口調で淡々と授業を進めていた。
友人の姿も数人ほどここの所見ていない水鳥は、ちらりと目線を外へと向ける。
今だにブルーシートによって降車口を閉ざされている第二校舎は、数人の警官がこれ以上の惨劇を起こさない事と、生徒達の統率をはかるために教師から請われて立哨している姿が見て取れた。
祥が殺されてから、全てが変わった。
学園は沈痛と言うよりも、恐怖の感情がまるで病巣のように広がり、生徒の行動は恐々として登校しているのが現状だ。
自殺した生徒の姿は、ほぼ全校生徒が見ていると言ってもよい。それに加えて、殺人が起きたともなれば、生徒だけではなくその親もその身を案じて登校を止めているケースが相次いできている。
無論、水鳥の両親も登校することに難色を示したが、何とかそれを説き伏せてこうして学校へと足を運んでいた。
何故そこまでして、と言われたが、家の中にいたとしても脳裏に焼き付いた友人の最後を思い出してしまい、とてもではないが両親の顔すらまともに見れなくなってしまうのは明白すぎた。だからこそ、それを訝しまれぬ為にこうやって学校に登校し、嫌々ながらもここに座っているというのが現状と言ってもよいだろう。
常にはない緊張感をはらんだ空気は、生徒達の肌をちりちりと焼き焦がす。けれど、誰もそれを指摘することはない。何か切っ掛けがあれば、膨らみすぎた風船のように派手に割れそうなその雰囲気は、重く生徒や教師達の頭上を覆っておいる。けれども、あえてそれに目をつぶり、校内にいる教師も生徒もただ黙ってカリキュラムをこなしているのだ。
そん中にあっても、その色に染まらずにいる者もいる。
そっと水鳥が視線をそちらに向ければ、他の者とは違って恐怖や緊張を全く見せていない亜里沙、いや、里留の姿が見える。
転校してきてから全く変わることのない雰囲気は、いっそ見事と言うほかはないが、それでもこの場にあっては異質な空気を纏っており、チラチラと誰か彼かがその姿を視界に収めている。
いらぬ注目を集めたくはない、と言ってはいたが、兄役である榊教師共々この二人は注目を浴びる容姿をしている。これでは本末転倒だろうが、そんな些末な事柄を二人が気に止めるはずもないだろうことは、何とはなくであるが察することは可能だった。
仕事優先、ということもあるのだろうが、なにせこの二人は自分の顔かたちに関しては無頓着だ。でなければ、榊北斗があれほど女生徒の間で話題になるはずもなく、同じく男装―というべきなのかどうか―の姿であっても美形ななりをしている里留が、噂好きの女子達の話しにあがるはずもない。
しかし、亜里沙の姿でもよかったのでは、と思いかけ、水鳥は内心で頭を振る。
一度だけ見た亜里沙の顔立ちは、里留以上の美しさと気品に溢れていた。そんな女子生徒が、同性のやっかみを受けないはずがない。もしも好意的な雰囲気を出していればそうはならなかったかもしれないが、なにせ性格がひん曲がっているのだからそれは無理というものだろう。
教師の話など端から聞いてないらしく、里留の視線はずっと窓の外、たった一カ所にだけ向けられている。
どこを見ているのかいぶかしさが募ったが、憂いを帯びたような瞳にどきりと心臓が鼓動を打ち付けた。
いくら性別を偽っているとはいえ、やはり美形というものは得をするらしい。見ているだけでも充分絵になるというのに、陰りを帯びた表情は更に色を増していると言ってもいいだろう。
―やっぱ、格好いいよね。
亜里沙であれ里留であれ、どちらの姿を取ってもきっちりと芯の通った強さが前面に押し出される。それが人を引きつける要素なのだが、本人は全くそんなところを自覚していないどころか、綺麗にそれを忘れている素振りがある。
もっとも、それを指摘したとしても、本人は首を傾げるだけだろうが。
そんな事をつらつらと考えていた水鳥の耳に、終業のチャイムが鳴り響く。
ようやく窮屈な時間が終わるのかという心境は、たぶん教室内全員の心の声だろう。証拠に、誰もが心持ち身を固くしながら教師に頭を下げている。
挨拶もそこそこに逃げるように教室内から出て行った教師の姿を見送り、水鳥は椅子に座り直すと大きく身体を伸ばした。あちこちの筋肉が伸びていく感覚に顔をしかめながらも、次の時間が教室移動であった事を思い出して軽く溜息を吐き出す。
何時もなら教師の怒鳴り声が聞こえてもおかしくは無い状態ではあるが、学校に来ているだけでも評価してくれているのか、教師の目はあちこちに空席の見られる教室内に視線を巡らせながら、聞こえるか聞こえないかのぼそぼそとした口調で淡々と授業を進めていた。
友人の姿も数人ほどここの所見ていない水鳥は、ちらりと目線を外へと向ける。
今だにブルーシートによって降車口を閉ざされている第二校舎は、数人の警官がこれ以上の惨劇を起こさない事と、生徒達の統率をはかるために教師から請われて立哨している姿が見て取れた。
祥が殺されてから、全てが変わった。
学園は沈痛と言うよりも、恐怖の感情がまるで病巣のように広がり、生徒の行動は恐々として登校しているのが現状だ。
自殺した生徒の姿は、ほぼ全校生徒が見ていると言ってもよい。それに加えて、殺人が起きたともなれば、生徒だけではなくその親もその身を案じて登校を止めているケースが相次いできている。
無論、水鳥の両親も登校することに難色を示したが、何とかそれを説き伏せてこうして学校へと足を運んでいた。
何故そこまでして、と言われたが、家の中にいたとしても脳裏に焼き付いた友人の最後を思い出してしまい、とてもではないが両親の顔すらまともに見れなくなってしまうのは明白すぎた。だからこそ、それを訝しまれぬ為にこうやって学校に登校し、嫌々ながらもここに座っているというのが現状と言ってもよいだろう。
常にはない緊張感をはらんだ空気は、生徒達の肌をちりちりと焼き焦がす。けれど、誰もそれを指摘することはない。何か切っ掛けがあれば、膨らみすぎた風船のように派手に割れそうなその雰囲気は、重く生徒や教師達の頭上を覆っておいる。けれども、あえてそれに目をつぶり、校内にいる教師も生徒もただ黙ってカリキュラムをこなしているのだ。
そん中にあっても、その色に染まらずにいる者もいる。
そっと水鳥が視線をそちらに向ければ、他の者とは違って恐怖や緊張を全く見せていない亜里沙、いや、里留の姿が見える。
転校してきてから全く変わることのない雰囲気は、いっそ見事と言うほかはないが、それでもこの場にあっては異質な空気を纏っており、チラチラと誰か彼かがその姿を視界に収めている。
いらぬ注目を集めたくはない、と言ってはいたが、兄役である榊教師共々この二人は注目を浴びる容姿をしている。これでは本末転倒だろうが、そんな些末な事柄を二人が気に止めるはずもないだろうことは、何とはなくであるが察することは可能だった。
仕事優先、ということもあるのだろうが、なにせこの二人は自分の顔かたちに関しては無頓着だ。でなければ、榊北斗があれほど女生徒の間で話題になるはずもなく、同じく男装―というべきなのかどうか―の姿であっても美形ななりをしている里留が、噂好きの女子達の話しにあがるはずもない。
しかし、亜里沙の姿でもよかったのでは、と思いかけ、水鳥は内心で頭を振る。
一度だけ見た亜里沙の顔立ちは、里留以上の美しさと気品に溢れていた。そんな女子生徒が、同性のやっかみを受けないはずがない。もしも好意的な雰囲気を出していればそうはならなかったかもしれないが、なにせ性格がひん曲がっているのだからそれは無理というものだろう。
教師の話など端から聞いてないらしく、里留の視線はずっと窓の外、たった一カ所にだけ向けられている。
どこを見ているのかいぶかしさが募ったが、憂いを帯びたような瞳にどきりと心臓が鼓動を打ち付けた。
いくら性別を偽っているとはいえ、やはり美形というものは得をするらしい。見ているだけでも充分絵になるというのに、陰りを帯びた表情は更に色を増していると言ってもいいだろう。
―やっぱ、格好いいよね。
亜里沙であれ里留であれ、どちらの姿を取ってもきっちりと芯の通った強さが前面に押し出される。それが人を引きつける要素なのだが、本人は全くそんなところを自覚していないどころか、綺麗にそれを忘れている素振りがある。
もっとも、それを指摘したとしても、本人は首を傾げるだけだろうが。
そんな事をつらつらと考えていた水鳥の耳に、終業のチャイムが鳴り響く。
ようやく窮屈な時間が終わるのかという心境は、たぶん教室内全員の心の声だろう。証拠に、誰もが心持ち身を固くしながら教師に頭を下げている。
挨拶もそこそこに逃げるように教室内から出て行った教師の姿を見送り、水鳥は椅子に座り直すと大きく身体を伸ばした。あちこちの筋肉が伸びていく感覚に顔をしかめながらも、次の時間が教室移動であった事を思い出して軽く溜息を吐き出す。
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