魔狩人

10月猫っこ

文字の大きさ
14 / 22
八の一

日常の崩壊

しおりを挟む
 とんとんとん、と、リズミカルにシャープペンシルをノートに叩きつけながら、水鳥はぼんやりと目の前で書かれる黒板の文字列を眺める。
 何時もなら教師の怒鳴り声が聞こえてもおかしくは無い状態ではあるが、学校に来ているだけでも評価してくれているのか、教師の目はあちこちに空席の見られる教室内に視線を巡らせながら、聞こえるか聞こえないかのぼそぼそとした口調で淡々と授業を進めていた。
 友人の姿も数人ほどここの所見ていない水鳥は、ちらりと目線を外へと向ける。
 今だにブルーシートによって降車口を閉ざされている第二校舎は、数人の警官がこれ以上の惨劇を起こさない事と、生徒達の統率をはかるために教師から請われて立哨している姿が見て取れた。
 祥が殺されてから、全てが変わった。
 学園は沈痛と言うよりも、恐怖の感情がまるで病巣のように広がり、生徒の行動は恐々として登校しているのが現状だ。
 自殺した生徒の姿は、ほぼ全校生徒が見ていると言ってもよい。それに加えて、殺人が起きたともなれば、生徒だけではなくその親もその身を案じて登校を止めているケースが相次いできている。
 無論、水鳥の両親も登校することに難色を示したが、何とかそれを説き伏せてこうして学校へと足を運んでいた。
 何故そこまでして、と言われたが、家の中にいたとしても脳裏に焼き付いた友人の最後を思い出してしまい、とてもではないが両親の顔すらまともに見れなくなってしまうのは明白すぎた。だからこそ、それを訝しまれぬ為にこうやって学校に登校し、嫌々ながらもここに座っているというのが現状と言ってもよいだろう。
 常にはない緊張感をはらんだ空気は、生徒達の肌をちりちりと焼き焦がす。けれど、誰もそれを指摘することはない。何か切っ掛けがあれば、膨らみすぎた風船のように派手に割れそうなその雰囲気は、重く生徒や教師達の頭上を覆っておいる。けれども、あえてそれに目をつぶり、校内にいる教師も生徒もただ黙ってカリキュラムをこなしているのだ。
 そん中にあっても、その色に染まらずにいる者もいる。
 そっと水鳥が視線をそちらに向ければ、他の者とは違って恐怖や緊張を全く見せていない亜里沙、いや、里留の姿が見える。
 転校してきてから全く変わることのない雰囲気は、いっそ見事と言うほかはないが、それでもこの場にあっては異質な空気を纏っており、チラチラと誰か彼かがその姿を視界に収めている。
 いらぬ注目を集めたくはない、と言ってはいたが、兄役である榊教師共々この二人は注目を浴びる容姿をしている。これでは本末転倒だろうが、そんな些末な事柄を二人が気に止めるはずもないだろうことは、何とはなくであるが察することは可能だった。
 仕事優先、ということもあるのだろうが、なにせこの二人は自分の顔かたちに関しては無頓着だ。でなければ、榊北斗があれほど女生徒の間で話題になるはずもなく、同じく男装―というべきなのかどうか―の姿であっても美形ななりをしている里留が、噂好きの女子達の話しにあがるはずもない。
 しかし、亜里沙の姿でもよかったのでは、と思いかけ、水鳥は内心で頭を振る。
 一度だけ見た亜里沙の顔立ちは、里留以上の美しさと気品に溢れていた。そんな女子生徒が、同性のやっかみを受けないはずがない。もしも好意的な雰囲気を出していればそうはならなかったかもしれないが、なにせ性格がひん曲がっているのだからそれは無理というものだろう。
 教師の話など端から聞いてないらしく、里留の視線はずっと窓の外、たった一カ所にだけ向けられている。
 どこを見ているのかいぶかしさが募ったが、憂いを帯びたような瞳にどきりと心臓が鼓動を打ち付けた。
 いくら性別を偽っているとはいえ、やはり美形というものは得をするらしい。見ているだけでも充分絵になるというのに、陰りを帯びた表情は更に色を増していると言ってもいいだろう。
 ―やっぱ、格好いいよね。
 亜里沙であれ里留であれ、どちらの姿を取ってもきっちりと芯の通った強さが前面に押し出される。それが人を引きつける要素なのだが、本人は全くそんなところを自覚していないどころか、綺麗にそれを忘れている素振りがある。
 もっとも、それを指摘したとしても、本人は首を傾げるだけだろうが。
 そんな事をつらつらと考えていた水鳥の耳に、終業のチャイムが鳴り響く。
 ようやく窮屈な時間が終わるのかという心境は、たぶん教室内全員の心の声だろう。証拠に、誰もが心持ち身を固くしながら教師に頭を下げている。
 挨拶もそこそこに逃げるように教室内から出て行った教師の姿を見送り、水鳥は椅子に座り直すと大きく身体を伸ばした。あちこちの筋肉が伸びていく感覚に顔をしかめながらも、次の時間が教室移動であった事を思い出して軽く溜息を吐き出す。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...