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終
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にこにこと極上の笑みを浮かべ、心底楽しく、嬉しそうな雰囲気を出している安宅鏡子を目の前に、仏頂面で北斗は自分の分の今回の報告書を鏡子の前に乱暴に放り投げた。
言いたいことは山ほどあるのだが、この無敵ともいえる笑顔と雰囲気の時は何を言っても効果がないことを、北斗は経験上嫌になるほど理解している。
だが、やはり愚痴というものはついつい口に出てしまう代物だ。
局長室に二人きりということも手伝ってか、北斗は刺々しい口調で鏡子に文句をつけ始めた。
「だいたいなぁ、ど新人相手にタイプBクラス、下手すりゃあれはAクラスに相当する奴だ。そんなのを相手にさせるってのは、どういうつもりだ」
「あら。でも結果的には倒したでしょ。あなた達二人で」
「そういうことを言ってるんじゃねえ」
二人で、と言う部分を強調され、北斗の眉間にしわが寄る。
自分が何を言いたいのか分かっているだろうに、そんな些末なことなどどうでも良いとばかりの鏡子の態度は、北斗の苛立たしさを増すばかりだ。
「どこに問題があるわけ?トップクラスの人間が、新人の面倒を見るのは当たり前のことでしょ」
「そこが問題だろうが!」
危険値を示すランクでも頂点に限りなく近いランクを相手に、いくら座学等の成績が良かろうとも亜里沙には荷が重すぎる。ましてや、自分が一緒にいるのだから大丈夫だろうと、楽観的としかいえない任務に赴かせるなど、暴挙中の暴挙としか言い様がない事態と言っても過言ではない。
それどころか『魔狩』の、対異界専門局日本支部内においては、現在その話題で持ちきりなのだ。上手くやったなとやっかみ半分の言葉はまだ聞き流せる。だが、新人に対して冷たすぎだ、と女性陣からの文句は、いくら女性に対しては優しく接する北斗といえど、はっきり言って五月蠅いの一言に尽きるだろう。
本来なら亜里沙にもそれらが行くかと思いきや、新人だったのに大変ね、等と勘違い甚だしい声をかけるだけでなく、刺々しい口調と態度は北斗にだけに向けられるのだから、事後処理と称して書類整理にかこつけてそれらから逃げ回っているのが現状だ。
苦々しい顔付きのままで態とらしく溜息を吐き出した北斗に、鏡子は気楽な口調で話しかけた。
「まぁ、その内収まるでしょ。今は耐えなさい。
っていうか、あんたの今までの相棒に対する処遇の悪さが原因の一つじゃないの?」
ぐっ、と言葉を詰まらせた北斗から、投げ出された書類に手を伸ばした鏡子はそれらに一通り目を通す。
亜里沙以外の新人と組ませ今回の任務に当てていたら、封じるだけで精一杯の処理か、もしくは新人の死亡で終わっていた可能性が高い。
いくら主席で訓練所を出たと言っても、初任務で命を落とすものは少なくはない。
だからこその北斗の危機感なのだろう。
もしもこのまま亜里沙と組むようなことがあれば、北斗が亜里沙を無視して仕事を無理矢理片付けてしまうだろう。北斗の実力ならば、それぐらいのことは、簡単、とは言わないが、それでも任務を遂行してしまうだろう。
僅かに鬱陶しげに溜息を吐き出し、鏡子は執務開始前に集められた会議内容を思い出していあ。
―まぁ、北斗に亜里沙の過去を話すつもりもないから仕方ないのかもね。
亜里沙の人間不信は相当なものだ。唯一心を開いているものがいないわけでもないが、それらの人物達は現場になどそう簡単に行かせるどころか、行かせてしまえば穴埋めがいない場所を担当しているのだから、そう簡単に話しがつくことはない。
「……一ついいか」
「なに?」
「あいつの昔は、どうなってるんだ。話し一つこっちに回ってきやしない」
「あぁ、あの子の過去は極秘事項だから教えられないの。
だから仕方ないのよ、諦めて」
「諦めろって、お前なぁ!こっちは危険犯してまで組んでるんだぞ!少しくらいの情報を与えてくれたっていいだろうが!」
「むっりでーす。残念だけど、それ聞きたいなら天斗に聞きなさい」
「げっ」
その名前に、北斗は嫌そうに顔を歪める。
一時期、北斗は空木天斗と組んだことがある。が、両者ともに互いの意見が合うこともなく、それどころか性格の不一致で、すぐさまパートナーを離れた天敵だ。
その名が出たことで、北斗の渋面はさらに酷いものになっていく。
それをちらりと一瞥し、鏡子は再度報告書に目を通し始めた。
結果を重視する上層部の方針を考えれば、このまま北斗と亜里沙はコンビを組んでの仕事となるだろう。
北斗の言い分も、分からないではないのだ。
亜里沙といると、たぶん昔の記憶が思いだされるのだろう。あの少女と、亜里沙はどこかしらに通った部分がある。それが北斗の行動を抑制するのではないか、と進言してきたのは、亜里沙の師匠筋に当たる空木天斗だ。
危惧すべき事が多少なりともあるならば、北斗とはパートナーを解消させるべきだと空木が食って掛かったのは、まだ新しい記憶だ。
亜里沙と行動していると、北斗はどうしても昔のことが思い出されしまう。小さな仕草だが、その仕草は彼女と同じような行動であり、北斗の心の奥底に沈めた感情が僅かではあるが浮上してしまう。
それだけならば良いのだが、何を考えているかまるっきり分からない少女の相手をするのは、北斗でなくとも正直疲れる事柄だ。もう少し取っつきやすい性格ならば、ここまで北斗が意固地にならなかっただろうが、亜里沙の他人に対する警戒心は半端なものではない。
それが生前の記憶に起因されているのは、空木の口から語られた事実故だ。
自分の口から全てを問いただしても良かったが、亜里沙は言葉を濁して過去を語ろうとしなかった。
書類上では確認してはいるが、亜里沙の過去は鏡子の表情を凍らせるには十分なものだった。口外無用、極秘資料として扱うべき情報は、今のところ鏡子と副局長である空木天斗だけだ。
無論傷口を広げないためにも、亜里沙に対する討議は、その過去を上層部も理解しているはずだろう。
実戦にはあまり向いていない性格だが、それは無理な相談だ。万年人不足の対異界専門局の現場担当者達は、どれほどの過去がそこにあろうとも、それらを無視して任務を与え続けるはずなのだから。
何度か面談を繰り返したが、時折見せる底の知れない深い諦めを帯びた亜里沙の瞳に、これ以上は何も聞かれたくないと口を噤んでしまう。
仕方ないか、と、何度目かの面談でそう結論を下し、鏡子はあえて北斗と亜里沙に共同の命令を出した。
「とにかく、今まであんたがパートナーにしたあげくに捨てたツケだと思いなさい。
八頭亜里沙とは、今後ともパートナーとすること。行っとくけどこれ、上層部の人間の総意だから」
「何が上層部の人間だよ。
俺達はもうとっくに死んでるんだ。人間じゃなく、神界や魔界のお偉方連中の言葉だろうが」
「でも、ここでは上司よ、あの人達」
「あんたが連中を人間並みの扱いしてることの方が、毎度毎度びっくりだがな」
皮肉を込めた北斗の言葉を聞き流し、鏡子はやれやれと肩を竦めてみせた。
「何が気に入らないの?」
「全部だよ、全部!」
北斗はそう吐き捨て、今回の件を振り返る。
確かに使えることは使える人材だが、時折見せる暗く深い諦めの瞳を見れば、自殺願望でもあるのではないかと疑いたくなる。いくら自分達が死者だといっても、ダメージが多かったり、身体が引き裂かるなどの致命的なダメージを受ければ第二の死が訪れる。
亜里沙の目は、死を恐れていなかった。むしろ、死を望んでいるような気分に北斗は陥った。
理由は分からないが、自殺志願者と一緒になど仕事をしたくなどない。
が、北斗が感じただけというあやふやな説明だけでは、鏡子どころか上層部の連中も納得はしないだろう。
結果だけが良ければそれでいいという上層部にしてみれば、今回の結果は期待以上の成果となったのは間違いのないことだ。
そうなればどうなるか。
考えるまでもない。亜里沙と組んで、働き蜂のようにこき使われるだけだ。それも、他の者達に回るはずだった厄介な懸案や無理難題を、押しつけてくるのはほぼ間違いのないことだろう。
亜里沙の件同様、そんなことは御免被る。
だからこそ、こうして鏡子に直談判という形をとっているのだが、馬耳東風とはこのことか、と言わんばかりの態度で鏡子は北斗の苛立ちを綺麗に無視していた。
「おい」
「なぁに?」
「新人研修終わったばかりのあいつに、これが普通だと思わせるためにこの仕事押しつけたんじゃねぇだろうな」
「まさか」
即座の否定は、どうやら北斗を信頼して預けたのだから、と目線で語りかけられ、北斗は渋々険のある表情をしかめっ面にまで戻した。
「だいたい、あの子の霊力直に見たでしょ。あんた以外に、上手く霊力を補佐的に使う連中なんて見たことないわよ」
「空木がいるだろうが」
「あいつは、ここの副支局長よ。そんなにぽんぽん現場に出れる立場だと思ってるの?」
突出しすぎた霊力は、間違った使い方をすれば、術者によっては半身欠損の末に死亡する恐れすらもある。
今回は上手く北斗が亜里沙の霊力を導くことが出来たが、一握りの者達以外の者達がやるとなるとそれは至難の業だ。
「だいたい、どこに問題があるのよ。いい娘よ、あの娘」
「本気で言ってるのか?」
「えぇ」
「あのなぁ、問題だらけなんだよ、色々とな。
お前ら、なし崩しでこのまま俺のパートナーにしようとしているが、んなことはお断りだからな」
「あら残念。もうそれ決定事項よ」
「は!」
「だから、亜里沙とあんたはしばらくの間組んでもらうことになってるの。
これが、命令書」
机の上に一枚の紙を滑らせ、それを受け取った北斗は唸りださんばかりの声を上げた。
握りつぶしそうになるそれをなんとか押さえつけ、北斗は内心であらん限りの罵倒を吐き出した。
その様子からだいたいを察しながらも、鏡子は何事もなかったように話し出す。
「あんたが一緒なら、たいていのことはどうにかなるでしょ。
今回はそれに賭けたんだけど、ホームラン級どころか、大当たりの大ラッキーだったわね」
「何がラッキーだったわ、だ!
最初からこれを見越してただろう!」
「あら失礼な。全部なんて見通せるわけないでしょ。
ただ、最初から最後までこうなればいいなー、ぐらいの思いは抱いてたわよ。ま、それ以上の収穫があったし、亜里沙の方からは泣きつかれてパートナーの解消要望も来てないから、こっちとしては御の字なのは間違いないけど」
「お膳立ては、空木の奴か」
「まさか。天斗が亜里沙が師匠なのよ。
最初、あんたみたいに我の強い奴に尽かせるなんて何考えてるんだ、って、こっちが怒鳴られたんだから」
「あの野郎」
剣呑になっていく北斗とは対照的に、鏡子は至ってさらりと北斗の言葉をやり過ごしている。
話せば話すほどに怒りの矛先をどこにぶつけるべきか分からなくなり、北斗は一度大きく深呼吸押して心を落ち着かせる。
その様子にクスリと笑みをこぼし、鏡子はふと思い出したかのように北斗に祇園をぶつけた。
「亜里沙はどうしたの?」
「あいつなら、まだ報告書の作成中だ」
「あぁ、初めて書くものね。始末書とか報告書とか。
で、誰が教えてるの?」
「知るか。暇な奴が懇切丁寧に教えてるんじゃねぇのか」
「あんたねー、もう少し親切心を出してあげたら。仮にもパートナーなんだから」
「俺はそれを認めてねぇぞ」
自分の分の報告書も始末書も、それどころか細かな雑費類などの書類も早々に提出した北斗は、どうしたものかと頭を悩ませている亜里沙を見捨ててこの場に乗り込んできたのだ。今頃は、空木あたりがそれらの書き方を伝授しているだろう。
呆れたように、鏡子が息を吐き出す。
初めてのことで戸惑いと、どう書いたものかと悩んでいる亜里沙をおいて、自分に文句を言いに来たかと、少しばかり頭が痛くなった鏡子の様子に、少しばかり北斗の溜飲が下がる。
「とにかく、俺はあいつと組むのはごめんだ」
「どうして?」
「どうしてもくそもねぇ。
厄介ごと押しつけられたあげく、自殺願望がありそうなヤツと組むなんざこっちの首も危なくなるだろうが」
「自殺願望はともかく、厄介ごとを押しつけたつもりはないわよ。
ただ、レベルの高い仕事を頼んでるだけだもの」
「それ、今回で何度目の弁解だ」
「あら、そんなに言ってるかしら?」
軽く小首を傾けてそう切り替えされてしまえば、北斗としてもこれ以上は何も言えなくなってしまう。
舌を遠慮なく打ち付ける姿に思わず溜息が漏れるが、それを切り替えるように鏡子は
ぱらりと報告書をめくりつつ言葉を繋げた。
「まぁ、これから先のことは置いておいて。
どうだったの?あの娘との相性は」
鏡子の問いかけに、苦虫を噛みつぶしたように北斗は顔を顰めて天井を見上げる。数秒ほど考え込んだ後、今度は北斗が小さく息を吐き出した。
どう答えたものか、と表情は語っている。だが結局は正直に答えた補が正解だろうと、素っ気ない、と言うよりも、感情を削ぎ落としたような声を上げた。
「初めての実戦にしては上出来だな。
ただ、あいつの性格をどうにかしないと、今後に差し支えが来るぞ」
「どういう意味か聞きたいけど、ま、言いたいことは分かるわ。
でもね、北斗ほどあの娘は性格ねじくれてるようには見えないわよ」
「どういう意味か聞きてぇんだがな」
聞き捨てならない台詞に、北斗は冷ややかに鏡子を見つめる。
ちらりと書類から目を離して北斗を見上げると、鏡子は北斗とは逆に軽い口調で答えを返した。
「言葉通りの意味よ。何年生きても我が儘な子なんだから、あんたは」
「俺の倍以上生きてる奴に言われたかねぇな」
「レディの年齢を簡単に暴露する大馬鹿さんが、性格が捻くれてないなんて言わせないわよ」
顔は笑みを浮かべているが、鏡子の周りの空気は怒気をはらんでいる。その様子に、小さく鼻を鳴らして北斗はその雰囲気をはねのけた。
その音に、書面から完全に目を離した鏡子の瞳の色が、幾分か深さを増していた。
「ここで邪眼使ってどうするつもりだ?」
「使うつもりはないわよ。単なる脅しをかけるつもりはあるけど」
室内の空気が、一気に低下する。普通の者ならば即座に退散するような雰囲気だが、あいにくと扉の外にまでは伝わらなかったようだ。
幾分か遠慮気味に扉が叩かれる音に、二人は互いの空気を綺麗に納めて、何事もなかったかのように扉に視線を向ける。
「失礼します」
室内に入ってきた亜里沙が、北斗がここにいることに驚いたように目を見開いたが、すぐにいつもの感情の読めぬ表情で鏡子に近づいた。
「お待たせしてすいません」
平坦な口調でそう言いながら、亜里沙は手の中に納めていた紙束を鏡子に差し出す。
報告書です、と鏡子に手渡すと、用向きは終わったとばかりに亜里沙は退出しようと踵を返す。だが、それは素早く引き留めるための鏡子の言葉に足を踏みとどまり、身体を再度鏡子へと向けた。
「どうだった、今回の件」
「どう、とは?」
「設定レベルをそれなりに高くしていたのよ。聡いあなたなら気が付いていたかもしれないけど」
「後の言葉ならば、答えは出ます。私の力量不足と経験不足で、死ななくても良い人間を死なせました。結果的に見れば、私は今回の件の全容を悟っていたとはいえません」
「そう。なら北斗とは今後ともやっていけそう?」
「おい!」
思わず声を荒げた北斗を視線一つで黙らせ、鏡子は困ったような光を浮かべる亜里沙の瞳をまっすぐに見つめた。
嘘も偽りも全て見透かすような鏡子の目線に、亜里沙は言葉を選びつつ唇を開いた。
「榊さんとは、上手くやっていける自信がありません」
「どうして?」
「今回は偶然上手くいったかもしれませんが、次に私が榊さんをサポート出来るかどうか自信がありません」
「謙遜が美徳とは限らないわよ」
「謙遜しているつもりはありません。
それに私は……」
何かを言いかけた亜里沙だが、すぐに口元を引き締めてこれ以上の言葉を放ちたくはないと黙り込んでしまう。
その姿を眺めながら、北斗は今回の亜里沙の動きを思い返してみる。
確かに、拙い動きは目立ってはいた。だが、欲しい時に欲しいサポートを入れていたのだから、ずいぶんと自分を卑下しているものだという感想を抱いたが、それを自分から言うのはお門違いだと心の中でのみ呟いた。
「まぁ、どういう感想を抱いたかは、この際問題じゃないわね。
こちらの意見としては、当分の間はあなた達二人が組んでもらうことになるから。
何せ、こちらは万年人手不足だし、一人一人の意見を聞き入れるほど暇でもないしね」
「そいつは初めて聞いたな」
「混ぜっ返さないで。
実際問題、今回のレベルみたいな件があちこちで確認されてるのよ。どう駄々をこねようとも、よほどのことがない限りはあなた達二人一組で動いてもらうわよ」
沈黙が、室内に落ちる。
仏頂面の北斗と、僅かに眉を潜めた亜里沙。その二人を交互に見やり、鏡子はぱん、と一つ手を打ってあっけらかんと解散するよう声を上げようとするが、それを制するように亜里沙が疑問を口にした。
「それは、命令ですか?」
「そう取ってもらってかまわないわ」
「俺らの意見と意思は無視か」
「そうなるわね」
再度落ちた沈黙に、呆れたように鏡子は二人を交互に見やる。
やがて、諦めたように息を吐き出し、北斗は亜里沙に近づくと手を差し出した。
「命令なら、仕方ねぇだろ。
当分の間、お前をパートナーとして扱ってやる」
どこまで上から目線なのやらと呆れきった鏡子の視線を感じながらも、これが妥協点だという姿勢を崩さないままに北斗は亜里沙に視線を向ける。
きゅっと拳を握りしめた後、亜里沙もまたおずおずと北斗に手を伸ばし、その掌を握りしめた。
「当分の間、俺の足を引っ張るなよ」
「お手柔らかに、お願いします」
ぎこちないながらも、当分の間はこの二人で仕事をすることは確定だ。
それを上機嫌に眺めながら、鏡子は報告書の横に置いてあった書類を引き寄せ、流暢な字体で自分の名前を記入する。
即席で終わらせるつもりはない。北斗の報告書や、二人には気付かれぬようにつけていた監視から回された書類を見、鏡子は今後ともこの二人が組むための書類にサインをしたのだ。
―さて、どうなるかしらね。
握った二人の手がどのようになるのかは、まだ分からない。
強固な繋がりを持つようになるのか、それとも、ブツリと千切れるものになるのか。
それは、結局時間だけが知っていることになるのだろう。
そう考えながら、鏡子は慈愛のこもった笑みを浮かべて二人を見つめていた。
言いたいことは山ほどあるのだが、この無敵ともいえる笑顔と雰囲気の時は何を言っても効果がないことを、北斗は経験上嫌になるほど理解している。
だが、やはり愚痴というものはついつい口に出てしまう代物だ。
局長室に二人きりということも手伝ってか、北斗は刺々しい口調で鏡子に文句をつけ始めた。
「だいたいなぁ、ど新人相手にタイプBクラス、下手すりゃあれはAクラスに相当する奴だ。そんなのを相手にさせるってのは、どういうつもりだ」
「あら。でも結果的には倒したでしょ。あなた達二人で」
「そういうことを言ってるんじゃねえ」
二人で、と言う部分を強調され、北斗の眉間にしわが寄る。
自分が何を言いたいのか分かっているだろうに、そんな些末なことなどどうでも良いとばかりの鏡子の態度は、北斗の苛立たしさを増すばかりだ。
「どこに問題があるわけ?トップクラスの人間が、新人の面倒を見るのは当たり前のことでしょ」
「そこが問題だろうが!」
危険値を示すランクでも頂点に限りなく近いランクを相手に、いくら座学等の成績が良かろうとも亜里沙には荷が重すぎる。ましてや、自分が一緒にいるのだから大丈夫だろうと、楽観的としかいえない任務に赴かせるなど、暴挙中の暴挙としか言い様がない事態と言っても過言ではない。
それどころか『魔狩』の、対異界専門局日本支部内においては、現在その話題で持ちきりなのだ。上手くやったなとやっかみ半分の言葉はまだ聞き流せる。だが、新人に対して冷たすぎだ、と女性陣からの文句は、いくら女性に対しては優しく接する北斗といえど、はっきり言って五月蠅いの一言に尽きるだろう。
本来なら亜里沙にもそれらが行くかと思いきや、新人だったのに大変ね、等と勘違い甚だしい声をかけるだけでなく、刺々しい口調と態度は北斗にだけに向けられるのだから、事後処理と称して書類整理にかこつけてそれらから逃げ回っているのが現状だ。
苦々しい顔付きのままで態とらしく溜息を吐き出した北斗に、鏡子は気楽な口調で話しかけた。
「まぁ、その内収まるでしょ。今は耐えなさい。
っていうか、あんたの今までの相棒に対する処遇の悪さが原因の一つじゃないの?」
ぐっ、と言葉を詰まらせた北斗から、投げ出された書類に手を伸ばした鏡子はそれらに一通り目を通す。
亜里沙以外の新人と組ませ今回の任務に当てていたら、封じるだけで精一杯の処理か、もしくは新人の死亡で終わっていた可能性が高い。
いくら主席で訓練所を出たと言っても、初任務で命を落とすものは少なくはない。
だからこその北斗の危機感なのだろう。
もしもこのまま亜里沙と組むようなことがあれば、北斗が亜里沙を無視して仕事を無理矢理片付けてしまうだろう。北斗の実力ならば、それぐらいのことは、簡単、とは言わないが、それでも任務を遂行してしまうだろう。
僅かに鬱陶しげに溜息を吐き出し、鏡子は執務開始前に集められた会議内容を思い出していあ。
―まぁ、北斗に亜里沙の過去を話すつもりもないから仕方ないのかもね。
亜里沙の人間不信は相当なものだ。唯一心を開いているものがいないわけでもないが、それらの人物達は現場になどそう簡単に行かせるどころか、行かせてしまえば穴埋めがいない場所を担当しているのだから、そう簡単に話しがつくことはない。
「……一ついいか」
「なに?」
「あいつの昔は、どうなってるんだ。話し一つこっちに回ってきやしない」
「あぁ、あの子の過去は極秘事項だから教えられないの。
だから仕方ないのよ、諦めて」
「諦めろって、お前なぁ!こっちは危険犯してまで組んでるんだぞ!少しくらいの情報を与えてくれたっていいだろうが!」
「むっりでーす。残念だけど、それ聞きたいなら天斗に聞きなさい」
「げっ」
その名前に、北斗は嫌そうに顔を歪める。
一時期、北斗は空木天斗と組んだことがある。が、両者ともに互いの意見が合うこともなく、それどころか性格の不一致で、すぐさまパートナーを離れた天敵だ。
その名が出たことで、北斗の渋面はさらに酷いものになっていく。
それをちらりと一瞥し、鏡子は再度報告書に目を通し始めた。
結果を重視する上層部の方針を考えれば、このまま北斗と亜里沙はコンビを組んでの仕事となるだろう。
北斗の言い分も、分からないではないのだ。
亜里沙といると、たぶん昔の記憶が思いだされるのだろう。あの少女と、亜里沙はどこかしらに通った部分がある。それが北斗の行動を抑制するのではないか、と進言してきたのは、亜里沙の師匠筋に当たる空木天斗だ。
危惧すべき事が多少なりともあるならば、北斗とはパートナーを解消させるべきだと空木が食って掛かったのは、まだ新しい記憶だ。
亜里沙と行動していると、北斗はどうしても昔のことが思い出されしまう。小さな仕草だが、その仕草は彼女と同じような行動であり、北斗の心の奥底に沈めた感情が僅かではあるが浮上してしまう。
それだけならば良いのだが、何を考えているかまるっきり分からない少女の相手をするのは、北斗でなくとも正直疲れる事柄だ。もう少し取っつきやすい性格ならば、ここまで北斗が意固地にならなかっただろうが、亜里沙の他人に対する警戒心は半端なものではない。
それが生前の記憶に起因されているのは、空木の口から語られた事実故だ。
自分の口から全てを問いただしても良かったが、亜里沙は言葉を濁して過去を語ろうとしなかった。
書類上では確認してはいるが、亜里沙の過去は鏡子の表情を凍らせるには十分なものだった。口外無用、極秘資料として扱うべき情報は、今のところ鏡子と副局長である空木天斗だけだ。
無論傷口を広げないためにも、亜里沙に対する討議は、その過去を上層部も理解しているはずだろう。
実戦にはあまり向いていない性格だが、それは無理な相談だ。万年人不足の対異界専門局の現場担当者達は、どれほどの過去がそこにあろうとも、それらを無視して任務を与え続けるはずなのだから。
何度か面談を繰り返したが、時折見せる底の知れない深い諦めを帯びた亜里沙の瞳に、これ以上は何も聞かれたくないと口を噤んでしまう。
仕方ないか、と、何度目かの面談でそう結論を下し、鏡子はあえて北斗と亜里沙に共同の命令を出した。
「とにかく、今まであんたがパートナーにしたあげくに捨てたツケだと思いなさい。
八頭亜里沙とは、今後ともパートナーとすること。行っとくけどこれ、上層部の人間の総意だから」
「何が上層部の人間だよ。
俺達はもうとっくに死んでるんだ。人間じゃなく、神界や魔界のお偉方連中の言葉だろうが」
「でも、ここでは上司よ、あの人達」
「あんたが連中を人間並みの扱いしてることの方が、毎度毎度びっくりだがな」
皮肉を込めた北斗の言葉を聞き流し、鏡子はやれやれと肩を竦めてみせた。
「何が気に入らないの?」
「全部だよ、全部!」
北斗はそう吐き捨て、今回の件を振り返る。
確かに使えることは使える人材だが、時折見せる暗く深い諦めの瞳を見れば、自殺願望でもあるのではないかと疑いたくなる。いくら自分達が死者だといっても、ダメージが多かったり、身体が引き裂かるなどの致命的なダメージを受ければ第二の死が訪れる。
亜里沙の目は、死を恐れていなかった。むしろ、死を望んでいるような気分に北斗は陥った。
理由は分からないが、自殺志願者と一緒になど仕事をしたくなどない。
が、北斗が感じただけというあやふやな説明だけでは、鏡子どころか上層部の連中も納得はしないだろう。
結果だけが良ければそれでいいという上層部にしてみれば、今回の結果は期待以上の成果となったのは間違いのないことだ。
そうなればどうなるか。
考えるまでもない。亜里沙と組んで、働き蜂のようにこき使われるだけだ。それも、他の者達に回るはずだった厄介な懸案や無理難題を、押しつけてくるのはほぼ間違いのないことだろう。
亜里沙の件同様、そんなことは御免被る。
だからこそ、こうして鏡子に直談判という形をとっているのだが、馬耳東風とはこのことか、と言わんばかりの態度で鏡子は北斗の苛立ちを綺麗に無視していた。
「おい」
「なぁに?」
「新人研修終わったばかりのあいつに、これが普通だと思わせるためにこの仕事押しつけたんじゃねぇだろうな」
「まさか」
即座の否定は、どうやら北斗を信頼して預けたのだから、と目線で語りかけられ、北斗は渋々険のある表情をしかめっ面にまで戻した。
「だいたい、あの子の霊力直に見たでしょ。あんた以外に、上手く霊力を補佐的に使う連中なんて見たことないわよ」
「空木がいるだろうが」
「あいつは、ここの副支局長よ。そんなにぽんぽん現場に出れる立場だと思ってるの?」
突出しすぎた霊力は、間違った使い方をすれば、術者によっては半身欠損の末に死亡する恐れすらもある。
今回は上手く北斗が亜里沙の霊力を導くことが出来たが、一握りの者達以外の者達がやるとなるとそれは至難の業だ。
「だいたい、どこに問題があるのよ。いい娘よ、あの娘」
「本気で言ってるのか?」
「えぇ」
「あのなぁ、問題だらけなんだよ、色々とな。
お前ら、なし崩しでこのまま俺のパートナーにしようとしているが、んなことはお断りだからな」
「あら残念。もうそれ決定事項よ」
「は!」
「だから、亜里沙とあんたはしばらくの間組んでもらうことになってるの。
これが、命令書」
机の上に一枚の紙を滑らせ、それを受け取った北斗は唸りださんばかりの声を上げた。
握りつぶしそうになるそれをなんとか押さえつけ、北斗は内心であらん限りの罵倒を吐き出した。
その様子からだいたいを察しながらも、鏡子は何事もなかったように話し出す。
「あんたが一緒なら、たいていのことはどうにかなるでしょ。
今回はそれに賭けたんだけど、ホームラン級どころか、大当たりの大ラッキーだったわね」
「何がラッキーだったわ、だ!
最初からこれを見越してただろう!」
「あら失礼な。全部なんて見通せるわけないでしょ。
ただ、最初から最後までこうなればいいなー、ぐらいの思いは抱いてたわよ。ま、それ以上の収穫があったし、亜里沙の方からは泣きつかれてパートナーの解消要望も来てないから、こっちとしては御の字なのは間違いないけど」
「お膳立ては、空木の奴か」
「まさか。天斗が亜里沙が師匠なのよ。
最初、あんたみたいに我の強い奴に尽かせるなんて何考えてるんだ、って、こっちが怒鳴られたんだから」
「あの野郎」
剣呑になっていく北斗とは対照的に、鏡子は至ってさらりと北斗の言葉をやり過ごしている。
話せば話すほどに怒りの矛先をどこにぶつけるべきか分からなくなり、北斗は一度大きく深呼吸押して心を落ち着かせる。
その様子にクスリと笑みをこぼし、鏡子はふと思い出したかのように北斗に祇園をぶつけた。
「亜里沙はどうしたの?」
「あいつなら、まだ報告書の作成中だ」
「あぁ、初めて書くものね。始末書とか報告書とか。
で、誰が教えてるの?」
「知るか。暇な奴が懇切丁寧に教えてるんじゃねぇのか」
「あんたねー、もう少し親切心を出してあげたら。仮にもパートナーなんだから」
「俺はそれを認めてねぇぞ」
自分の分の報告書も始末書も、それどころか細かな雑費類などの書類も早々に提出した北斗は、どうしたものかと頭を悩ませている亜里沙を見捨ててこの場に乗り込んできたのだ。今頃は、空木あたりがそれらの書き方を伝授しているだろう。
呆れたように、鏡子が息を吐き出す。
初めてのことで戸惑いと、どう書いたものかと悩んでいる亜里沙をおいて、自分に文句を言いに来たかと、少しばかり頭が痛くなった鏡子の様子に、少しばかり北斗の溜飲が下がる。
「とにかく、俺はあいつと組むのはごめんだ」
「どうして?」
「どうしてもくそもねぇ。
厄介ごと押しつけられたあげく、自殺願望がありそうなヤツと組むなんざこっちの首も危なくなるだろうが」
「自殺願望はともかく、厄介ごとを押しつけたつもりはないわよ。
ただ、レベルの高い仕事を頼んでるだけだもの」
「それ、今回で何度目の弁解だ」
「あら、そんなに言ってるかしら?」
軽く小首を傾けてそう切り替えされてしまえば、北斗としてもこれ以上は何も言えなくなってしまう。
舌を遠慮なく打ち付ける姿に思わず溜息が漏れるが、それを切り替えるように鏡子は
ぱらりと報告書をめくりつつ言葉を繋げた。
「まぁ、これから先のことは置いておいて。
どうだったの?あの娘との相性は」
鏡子の問いかけに、苦虫を噛みつぶしたように北斗は顔を顰めて天井を見上げる。数秒ほど考え込んだ後、今度は北斗が小さく息を吐き出した。
どう答えたものか、と表情は語っている。だが結局は正直に答えた補が正解だろうと、素っ気ない、と言うよりも、感情を削ぎ落としたような声を上げた。
「初めての実戦にしては上出来だな。
ただ、あいつの性格をどうにかしないと、今後に差し支えが来るぞ」
「どういう意味か聞きたいけど、ま、言いたいことは分かるわ。
でもね、北斗ほどあの娘は性格ねじくれてるようには見えないわよ」
「どういう意味か聞きてぇんだがな」
聞き捨てならない台詞に、北斗は冷ややかに鏡子を見つめる。
ちらりと書類から目を離して北斗を見上げると、鏡子は北斗とは逆に軽い口調で答えを返した。
「言葉通りの意味よ。何年生きても我が儘な子なんだから、あんたは」
「俺の倍以上生きてる奴に言われたかねぇな」
「レディの年齢を簡単に暴露する大馬鹿さんが、性格が捻くれてないなんて言わせないわよ」
顔は笑みを浮かべているが、鏡子の周りの空気は怒気をはらんでいる。その様子に、小さく鼻を鳴らして北斗はその雰囲気をはねのけた。
その音に、書面から完全に目を離した鏡子の瞳の色が、幾分か深さを増していた。
「ここで邪眼使ってどうするつもりだ?」
「使うつもりはないわよ。単なる脅しをかけるつもりはあるけど」
室内の空気が、一気に低下する。普通の者ならば即座に退散するような雰囲気だが、あいにくと扉の外にまでは伝わらなかったようだ。
幾分か遠慮気味に扉が叩かれる音に、二人は互いの空気を綺麗に納めて、何事もなかったかのように扉に視線を向ける。
「失礼します」
室内に入ってきた亜里沙が、北斗がここにいることに驚いたように目を見開いたが、すぐにいつもの感情の読めぬ表情で鏡子に近づいた。
「お待たせしてすいません」
平坦な口調でそう言いながら、亜里沙は手の中に納めていた紙束を鏡子に差し出す。
報告書です、と鏡子に手渡すと、用向きは終わったとばかりに亜里沙は退出しようと踵を返す。だが、それは素早く引き留めるための鏡子の言葉に足を踏みとどまり、身体を再度鏡子へと向けた。
「どうだった、今回の件」
「どう、とは?」
「設定レベルをそれなりに高くしていたのよ。聡いあなたなら気が付いていたかもしれないけど」
「後の言葉ならば、答えは出ます。私の力量不足と経験不足で、死ななくても良い人間を死なせました。結果的に見れば、私は今回の件の全容を悟っていたとはいえません」
「そう。なら北斗とは今後ともやっていけそう?」
「おい!」
思わず声を荒げた北斗を視線一つで黙らせ、鏡子は困ったような光を浮かべる亜里沙の瞳をまっすぐに見つめた。
嘘も偽りも全て見透かすような鏡子の目線に、亜里沙は言葉を選びつつ唇を開いた。
「榊さんとは、上手くやっていける自信がありません」
「どうして?」
「今回は偶然上手くいったかもしれませんが、次に私が榊さんをサポート出来るかどうか自信がありません」
「謙遜が美徳とは限らないわよ」
「謙遜しているつもりはありません。
それに私は……」
何かを言いかけた亜里沙だが、すぐに口元を引き締めてこれ以上の言葉を放ちたくはないと黙り込んでしまう。
その姿を眺めながら、北斗は今回の亜里沙の動きを思い返してみる。
確かに、拙い動きは目立ってはいた。だが、欲しい時に欲しいサポートを入れていたのだから、ずいぶんと自分を卑下しているものだという感想を抱いたが、それを自分から言うのはお門違いだと心の中でのみ呟いた。
「まぁ、どういう感想を抱いたかは、この際問題じゃないわね。
こちらの意見としては、当分の間はあなた達二人が組んでもらうことになるから。
何せ、こちらは万年人手不足だし、一人一人の意見を聞き入れるほど暇でもないしね」
「そいつは初めて聞いたな」
「混ぜっ返さないで。
実際問題、今回のレベルみたいな件があちこちで確認されてるのよ。どう駄々をこねようとも、よほどのことがない限りはあなた達二人一組で動いてもらうわよ」
沈黙が、室内に落ちる。
仏頂面の北斗と、僅かに眉を潜めた亜里沙。その二人を交互に見やり、鏡子はぱん、と一つ手を打ってあっけらかんと解散するよう声を上げようとするが、それを制するように亜里沙が疑問を口にした。
「それは、命令ですか?」
「そう取ってもらってかまわないわ」
「俺らの意見と意思は無視か」
「そうなるわね」
再度落ちた沈黙に、呆れたように鏡子は二人を交互に見やる。
やがて、諦めたように息を吐き出し、北斗は亜里沙に近づくと手を差し出した。
「命令なら、仕方ねぇだろ。
当分の間、お前をパートナーとして扱ってやる」
どこまで上から目線なのやらと呆れきった鏡子の視線を感じながらも、これが妥協点だという姿勢を崩さないままに北斗は亜里沙に視線を向ける。
きゅっと拳を握りしめた後、亜里沙もまたおずおずと北斗に手を伸ばし、その掌を握りしめた。
「当分の間、俺の足を引っ張るなよ」
「お手柔らかに、お願いします」
ぎこちないながらも、当分の間はこの二人で仕事をすることは確定だ。
それを上機嫌に眺めながら、鏡子は報告書の横に置いてあった書類を引き寄せ、流暢な字体で自分の名前を記入する。
即席で終わらせるつもりはない。北斗の報告書や、二人には気付かれぬようにつけていた監視から回された書類を見、鏡子は今後ともこの二人が組むための書類にサインをしたのだ。
―さて、どうなるかしらね。
握った二人の手がどのようになるのかは、まだ分からない。
強固な繋がりを持つようになるのか、それとも、ブツリと千切れるものになるのか。
それは、結局時間だけが知っていることになるのだろう。
そう考えながら、鏡子は慈愛のこもった笑みを浮かべて二人を見つめていた。
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