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第5章 治癒工房《ルーメン》
しおりを挟む朝の鐘の音が、
光都セレナールに
響き渡る。
治癒工房《ルーメン》の
扉は、
その音とほぼ同時に
開いた。
「……今日も、
始まり」
ルーチェは、
小さく
呟く。
看板を外に出し、
通りから
見えやすい位置に
立てかける。
木製の看板には、
少し擦れた文字で
こう書かれている。
――治癒工房《ルーメン》
軽傷・回復魔法承ります。
派手さはない。
けれど、
それでいい。
必要な人に
届けば。
それが、
ルーチェの
考えだった。
店内に戻り、
薬草の香りを
確かめる。
乾燥させた
ミントリーフ。
鎮静用の
白花草。
それぞれの
効能は、
頭に
叩き込んである。
専門用語で言えば、
魔力伝導率。
簡単に言えば、
魔法が
どれだけ
効率よく
体に届くか。
ヒーラーにとって、
基本中の
基本だ。
カラン、と
鈴が鳴る。
最初の客は、
若い冒険者だった。
「すみません、
昨日の依頼で
やられてしまって」
腕には、
大きな
打ち身。
「大丈夫ですよ」
ルーチェは、
穏やかに
微笑む。
「少し
痛みますけど、
すぐ
楽になります」
冒険者を
椅子に座らせ、
両手を
かざす。
「ヒール」
淡い光が、
打ち身を
包み込む。
皮膚の奥で、
血流が
整っていく
感覚。
数秒後、
冒険者は
目を見開いた。
「……すごい」
「もう
痛くない」
「よかったです」
軽く、
頭を下げる。
冒険者は、
料金を払い、
何度も
礼を言って
去っていった。
それを
皮切りに、
客足は
途切れなかった。
子どもの
擦り傷。
職人の
肩こり。
年配者の
古傷。
ルーチェは、
一人一人に
向き合う。
急がない。
雑にしない。
「大丈夫ですか」
「無理は
しないで」
その一言が、
何よりの
治癒になることを
知っている。
昼過ぎ、
一息つくために
水を飲む。
ふと、
店の外に
視線を向けた。
通りの向こうで、
誰かが
立ち止まった
気がした。
「……?」
目を凝らす。
だが、
人の流れに
紛れて、
すぐに
わからなくなる。
気のせいだと、
思うことにした。
今は、
仕事に
集中する。
午後には、
常連も
訪れる。
「今日は
腰が
重くてね」
「少し
強めに
お願いします」
「わかりました」
ミドルヒール。
ヒールより
回復量が
多い魔法。
少しだけ
魔力を
多く使うが、
その分
効果も
高い。
老婆は、
ゆっくりと
立ち上がり、
満足そうに
頷いた。
「やっぱり、
あなたの
治癒は
違う」
「安心するよ」
その言葉に、
胸が
温かくなる。
恋を
捨てた。
けれど、
何も
失ったわけじゃ
なかった。
夕方、
店の前が
少し
騒がしくなる。
商人同士が
話し込んでいる。
「最近、
この辺り、
治癒屋が
増えたな」
「でも、
ここは
腕がいい」
「若いのに、
しっかり
してる」
噂話が、
耳に入る。
ルーチェは、
知らないふりを
して、
包帯を
整えた。
評価されることは、
嬉しい。
けれど、
浮かれるつもりは
なかった。
調子に
乗れば、
必ず
足元を
すくわれる。
それも、
学んだ。
日が
傾く頃、
最後の客が
帰る。
扉を
閉め、
看板を
片付ける。
「……今日も、
無事
終わった」
椅子に
腰を下ろし、
深く
息を吐く。
体は
疲れている。
けれど、
心は
不思議と
軽かった。
恋の
痛みは、
消えてはいない。
それでも、
それに
支配される
ことは
なくなってきた。
「この店が、
私の
居場所」
そう
思える。
窓の外、
夕焼けが
街を
染めていく。
その中で、
一瞬だけ、
人影が
見えた。
店の前を
通り過ぎ、
少し離れた
場所で
立ち止まる
影。
こちらを
見ている、
気がした。
目が
合いそうになると、
その影は
すぐに
視線を
逸らす。
「……?」
胸が、
小さく
ざわつく。
けれど、
追いかけることは
しなかった。
今は、
まだ。
ルーチェは、
灯りを
消し、
奥の部屋へ
向かう。
知らず知らずの
うちに、
誰かが
見ていたこと。
その理由を、
このときの
彼女は
知らない。
ただ、
治癒工房《ルーメン》は
今日も
確かに
息づいていた。
そして、
その中心には、
恋を
手放した
ヒーラーが
立っていた。
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