8 / 12
第8章 彼の焦り
しおりを挟む通りの端で、
ケリーは
立ち止まった。
夕暮れの
風が、
外套の裾を
揺らす。
背後には、
治癒工房《ルーメン》。
振り返らない。
振り返って
しまえば、
足が
戻ってしまう
気がした。
「……はあ」
短く
息を吐く。
胸の奥が、
落ち着かない。
声を
かけた。
それだけの
ことなのに、
心臓は
まだ
速い。
数日前まで、
ただ
遠くから
見ている
だけだった。
それで
よかった。
そう、
思っていた。
彼女が
働く姿を
見るだけで、
十分だった。
治癒の
光が、
柔らかく
広がる瞬間。
傷ついた
人々の
表情が、
和らぐ
あの時間。
彼女は、
誰かのために
立っている。
それが、
まぶしかった。
ケリーは、
元々
流浪の
護衛だった。
定まった
居場所を
持たず、
依頼が
あれば
動く。
人と
深く
関わらない
生き方。
それが、
楽だった。
期待しない。
失わない。
けれど。
治癒工房の
前を
通りかかった
あの日。
扉の
向こうで、
一心に
作業を
する
少女を
見た。
小柄で、
若くて。
それでも、
背筋は
真っ直ぐで。
視線は、
迷いなく
前を
向いていた。
「……強い」
最初に
浮かんだ
言葉が、
それだった。
守られる
側じゃ
ない。
誰かを
支える
側。
それが、
妙に
心に
残った。
それから、
通るたびに
足が
止まった。
理由を
つけて、
通りを
歩いた。
見ている
だけ。
それで
いい。
彼女には、
きっと
誰かが
いる。
そう
思っていた
から。
だが、
ある日。
店の
中から、
泣き声が
聞こえた。
夜遅く、
人通りの
少ない
時間。
偶然、
通りかかった
だけだった。
立ち止まる
つもりは
なかった。
けれど、
足は
止まった。
扉の
向こう。
抑えた
嗚咽。
胸が、
ぎゅっと
締め付けられた。
「……」
踏み込む
勇気は
ない。
けれど、
去ることも
できなかった。
彼女が、
一人で
泣いている。
それだけで、
胸が
痛んだ。
翌日から、
彼女の
様子は
変わった。
笑わない
わけじゃ
ない。
けれど、
何かを
置いてきた
ような
静けさ。
それが、
余計に
目を
引いた。
「……守る
必要は
ない」
「彼女は
強い」
何度も
自分に
言い聞かせた。
それでも、
目は
追ってしまう。
気づけば、
視線が
合う。
そのたびに、
慌てて
逸らした。
嫌われたく
なかった。
迷惑だと
思われるのが
怖かった。
流浪の
身には、
それが
染みついている。
居場所を
失う
恐怖。
だから、
距離を
保った。
遠くから
見て、
満足する
つもりだった。
なのに。
彼女が、
外に
出てきた
あの瞬間。
目が
合った。
逃げられ
なかった。
逃げたら、
もう
戻れない
気がした。
だから、
頭を
下げた。
それだけ。
それでも、
胸は
高鳴った。
次の日。
また、
見てしまう。
そして、
声を
かけられた。
「……何か、
ご用ですか」
あの声。
柔らかくて、
落ち着いて
いて。
責める
響きは
なかった。
胸の
奥で、
何かが
崩れた。
「迷惑でしたか」
あれは、
本心だった。
否定
されたら、
きっと
もう
来なかった。
けれど、
彼女は
否定
しなかった。
理由を
聞いて、
受け止めた。
凛としている。
そう
言ったとき、
自分でも
驚いた。
思っていた
ことが、
そのまま
口に
出た。
彼女の
表情が、
少し
和らいだ
気がした。
それが、
嬉しかった。
だから。
名前を
名乗った。
引き返せない
一歩。
ケリーは、
通りを
歩きながら、
自嘲する。
「……焦りすぎだ」
今まで、
誰にも
こんなことは
しなかった。
気になる
相手が
いても、
距離を
保った。
関わらない。
それが、
自分の
生き方だった。
なのに。
彼女の
前では、
それが
できない。
「……店を
手伝う
なんて」
ふと、
考えてしまう。
冗談の
ような
発想。
けれど、
胸の奥が
熱くなる。
彼女の
そばで、
役に
立てたら。
そんな
考えが、
頭から
離れない。
それは、
危険だ。
期待は、
痛みを
生む。
わかって
いる。
それでも。
ケリーは、
歩みを
止め、
夜空を
見上げた。
星は、
少ない。
それでも、
確かに
光っている。
彼女も、
きっと
そうだ。
静かで、
目立たない
けれど、
確かな
光。
「……次は」
次に
会ったら。
もう
少しだけ、
踏み込もう。
逃げずに、
話そう。
焦りは、
恐怖の
裏返し。
それでも、
動かなければ、
何も
始まらない。
ケリーは、
そう
自分に
言い聞かせ、
歩き出した。
その背中には、
決意と、
まだ
不器用な
期待が
混じっていた。
0
あなたにおすすめの小説
明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。
四季
恋愛
明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係
紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。
顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。
※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)
愛しの第一王子殿下
みつまめ つぼみ
恋愛
公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。
そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。
クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。
そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。
今さら遅いと言われる側になったのは、あなたです
有賀冬馬
恋愛
夜会で婚約破棄された私は、すべてを失った――はずだった。
けれど、人生は思いもよらない方向へ転がる。
助けた騎士は、王の右腕。
見下されてきた私の中にある価値を、彼だけが見抜いた。
王城で評価され、居場所を得ていく私。
その頃、私を捨てた元婚約者は、転落の一途をたどる。
「間違いだった」と言われても、もう心は揺れない。
選ばれるのを待つ時代は、終わった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる