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第9章 突然の来店
しおりを挟む朝の光が、
石畳を
淡く
照らしていた。
治癒工房《ルーメン》の
扉を開けると、
澄んだ
空気が
流れ込む。
「……今日も
頑張ろう」
ルーチェは、
小さく
呟いた。
恋を
捨てると
決めてから、
心は
不思議と
静かだった。
忙しさが、
余計な
考えを
追い払って
くれる。
包帯を
整え、
薬草を
刻み、
魔力の
循環を
確かめる。
ヒーラーに
とって、
朝の
準備は
祈りに
近い。
扉の
鈴が
鳴った。
「おはよう
ございます」
常連の
老人が、
腰を
さすりながら
入ってくる。
「少し
痛むんじゃ」
「任せて
ください」
ヒールの
光が、
穏やかに
広がる。
老人は、
深く
息を
吐いた。
「若いのに、
立派だ」
その一言に、
胸が
温かく
なる。
こういう
瞬間が、
好きだ。
昼前。
客足が
一段落し、
ルーチェは
帳簿を
確認していた。
カラン。
控えめな
音。
顔を
上げる。
扉の
前に
立っていたのは、
見覚えの
ある
男性だった。
「……」
一瞬、
言葉が
出ない。
ケリー。
彼は、
外套を
整え、
少し
緊張した
様子で
立っている。
「……失礼
します」
低く、
落ち着いた
声。
「治癒を
お願い
したくて」
「……え?」
思わず
声が
漏れる。
怪我を
している
様子は
ない。
けれど、
追及
する前に、
彼は
少し
視線を
逸らした。
「軽い
擦り傷です」
「仕事中に」
曖昧な
説明。
それでも、
断る
理由は
なかった。
「どうぞ、
こちらへ」
施術台へ
案内する。
距離が、
近い。
思っていた
よりも、
彼は
大きかった。
肩幅が
広く、
無駄の
ない
体つき。
「腕を
出して
ください」
彼は、
言われた
通り、
外套を
脱ぐ。
前腕に、
確かに
小さな
傷が
あった。
「……これ
くらいなら」
ヒールを
使う
ほどでも
ない。
そう
思った
瞬間。
「ここに
来たかった
だけです」
ぽつりと、
彼が
言った。
手が、
止まる。
「……え?」
「すみません」
彼は、
困った
ように
笑った。
「正直に
言います」
「怪我は
ついでです」
胸が、
小さく
鳴った。
逃げ場が
ない
空気。
「……それでも」
ルーチェは、
息を
整える。
「治癒は
治癒です」
淡い
光が、
腕を
包む。
傷は、
すぐに
塞がった。
「ありがとうございます」
ケリーは、
深く
頭を
下げる。
その仕草が、
不器用で、
誠実に
見えた。
「……あの」
彼は、
言葉を
探す。
「突然
来て、
驚かせて
しまいましたね」
「いえ」
嘘では
なかった。
驚いた。
けれど、
嫌では
なかった。
「少しだけ、
話しても
いいですか」
問いかけは、
丁寧だった。
断る
余地を
残して
いる。
ルーチェは、
一瞬
考え、
頷いた。
「……少し
だけなら」
店内の
椅子に
腰掛ける。
向かい合う
形。
沈黙が
流れる。
先に
口を
開いたのは、
ケリーだった。
「あなたが、
一人で
店を
切り盛り
している
のを見て」
「強い人だと
思いました」
その言葉に、
既視感が
よみがえる。
「強い、
ですか」
「ええ」
彼は、
真っ直ぐ
こちらを
見る。
「折れて
いない」
「……折れる
前に、
立ち直った
人の目を
しています」
胸の
奥が、
静かに
揺れた。
見抜かれた
気が
した。
「……私は」
言葉を
選ぶ。
「恋愛に
向いて
いない
だけです」
半分は
本音。
半分は、
防御。
ケリーは、
首を
振った。
「向いて
いない
なんて、
思いません」
「ただ、
傷ついた
だけです」
言い切り。
否定も、
慰めも
ない。
事実を
置く
ような
言葉。
それが、
心に
刺さる。
「……どうして
そう
思うんですか」
「似て
いるから」
短い
答え。
「俺も、
逃げて
きました」
それ以上、
語らない。
過去を
押し付けない。
その距離感が、
心地よかった。
「……ケリーさん」
名前を
呼ぶ。
「はい」
「今日は、
来てくれて
ありがとう
ございます」
本心だった。
彼は、
少し
驚いた
ように
目を
見開き、
それから
微笑んだ。
「……また
来ても
いいですか」
「治癒じゃ
なくても」
その一言に、
一瞬
迷う。
けれど、
答えは
自然に
出た。
「お客さん
としてなら」
「大歓迎です」
ケリーは、
立ち上がり、
深く
頭を
下げた。
「では、
次は
堂々と」
扉が
閉まる。
鈴の
音が、
余韻を
残す。
静かに
なった
店内で、
ルーチェは
胸に
手を
当てた。
心臓は、
少し
早い。
恋は、
しない。
そう
決めた。
でも。
人を
受け入れ
ないと
決めた
わけじゃ
ない。
その違いを、
初めて
理解した
気がした。
治癒工房《ルーメン》に、
新しい
風が
吹き始めて
いた。
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