地上最弱、深層最強②――孤独の深層適応者

塩塚 和人

文字の大きさ
8 / 10

第八話 第八層の温度

しおりを挟む

 第八層に降りた瞬間、空気が変わった。

 ――熱い。

 炎があるわけではない。
 溶岩も、噴き出す蒸気もない。

 それでも、肌にまとわりつくような熱が、確かに存在していた。

「……温度、か」

 ジャンは、額の汗を拭った。

 第七層までは、敵の強さが脅威だった。
 だがここは違う。

 環境そのものが、冒険者を削る。

     ◆

 一歩進むごとに、体力が奪われていく。

 呼吸が重い。
 肺の奥まで、熱が入り込む。

 地上なら、数分で倒れていただろう。

 だが――。

「……問題ないな」

 ジャンの体は、まだ動いている。

 魔素は、濃い。
 第七層とは比べものにならない。

 それに反応するように、体の内側が静かに変化していく。

 筋肉が、熱に順応する。
 呼吸が、自然と浅く速くなる。

 まるで、体そのものが環境に合わせて書き換えられているようだった。

     ◆

「……これが、体質改善か」

 ジャンは、初めてスキルの感触を“理解”した。

 強くなる、というより――
 適応する。

 魔素の濃度が高いほど、適応の速度が跳ね上がる。

 第八層は、ジャンにとって試験場だった。

     ◆

 魔物が現れた。

 赤黒い体表を持つ獣型。
 高温に適応した個体だ。

 動きは鈍いが、一撃が重い。

 ジャンは距離を詰め、一太刀で仕留めた。

 ――遅い。

 魔物が、そう見えた。

 判断も、動作も、まるで水の中のようだ。

「……第七層より、楽だな」

 それは、慢心ではない。
 事実だった。

     ◆

 だが、油断はできない。

 時間が経つにつれ、別の異変が現れた。

 喉の渇き。

 水を飲んでも、すぐに足りなくなる。

 体は適応しているが、消耗は確実に進んでいる。

「……長居は無理か」

 深層では、強い。
 だが、無限ではない。

     ◆

 進路の先に、大きな空洞が見えた。

 中心には、揺らめく熱の塊。

 魔物ではない。
 だが、危険だ。

 魔素が、異常に集中している。

「……これ以上は、危険だな」

 ジャンは、立ち止まった。

 今なら、引き返せる。
 十分な成果もある。

 だが――。

「……少しだけ、試すか」

 一歩、踏み出す。

 瞬間、体が軋んだ。

 熱が、皮膚を焼くように感じられる。

 だが同時に、体の内側が急速に変化する。

 血流が変わり、
 皮膚の感覚が鈍くなる。

「……っ!」

 これ以上は、限界だ。

 ジャンは即座に後退した。

     ◆

 安全圏に戻ると、膝に手をついた。

 息が荒い。
 心臓が、強く脈打つ。

「……危なかったな」

 だが、口元は僅かに笑っていた。

 確信が、あった。

 第八層でも、生きられる。
 だが、無理をすれば死ぬ。

 強さと限界が、はっきり見えた。

     ◆

 帰還の途中、体は徐々に重くなる。

 地上に近づくほど、熱への耐性も薄れていく。

「……やっぱり、戻ると弱いな」

 だが、それでいい。

 深層で得た経験は、消えない。

     ◆

 地上に出たとき、夜風が心地よかった。

 冷たい。
 それが、ありがたい。

「……次は、第九層か」

 誰に聞かせるでもなく、呟く。

 第八層は、通過点だ。

 だが確実に、ジャンは深層に近づいている。

 環境すら味方につける冒険者として。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

処理中です...