地上最弱、深層最強④――深層戦争

塩塚 和人

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第二話 強さを求める街

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 ラグナ平原の異変から、三日。

 影響は、すでに街へ及んでいた。

     ◆

 ボミタス南門付近。
 朝だというのに、人だかりができている。

「聞いたか?
 南の方、すごいらしいぞ」

「一晩で、荷運び三往復だってさ」

「俺も行ってみようかな……」

     ◆

 ジャンは、人混みの外からそれを見ていた。

 魔素の匂いが、薄く漂っている。

 まだ致命的ではない。
 だが、確実に濃くなっている。

     ◆

「……もう、始まってるな」

 街そのものが、境界に近づいている。

     ◆

 ギルドを通さず、
 人々が自発的に異変地帯へ向かう。

 止める仕組みは、ない。

     ◆

 南門を抜けた先に、簡易的な露店が並んでいた。

 薬草、武器、護符。

 そして――

「体が軽くなるぞ!
 今なら無料だ!」

     ◆

 ジャンは、足を止めた。

 護符を配っている男がいる。

 魔素を集め、体内へ流し込む粗悪な道具。

     ◆

「……やめておけ」

 ジャンは、静かに声をかけた。

     ◆

「誰だ?」

 男が睨む。

     ◆

「それは、体を壊す」

     ◆

「は?」

 男は笑った。

「見ろよ、この人たち」

     ◆

 護符を受け取った若者が、
 その場で跳ねてみせる。

「すげぇ……!
 本当に、力が入る!」

     ◆

 周囲から、歓声が上がった。

     ◆

「な?」

 男は、得意げだ。

「欲しいのは、
 安全な日常じゃない」

「強さだ」

     ◆

 ジャンは、言葉を失った。

     ◆

「……それは、一時的だ」

 絞り出すように言う。

「代償が、来る」

     ◆

「代償?」

 男は、肩をすくめた。

「弱いまま生きる代償より、
 マシだろ?」

     ◆

 その言葉に、
 周囲の何人かが頷いた。

     ◆

 ジャンは、理解した。

 これは、境界破壊者の力だけじゃない。

 欲望だ。

     ◆

 街の奥へ進むと、
 酒場が異様な熱気に包まれていた。

     ◆

「聞いたか!
 あの黒い外套の男!」

「力を、くれるらしいぞ!」

     ◆

「英雄だな!」

     ◆

 ジャンは、立ち尽くした。

 英雄。

 その言葉が、胸に刺さる。

     ◆

 彼が壊した境界で、
 人が壊れている。

 だが、それは、まだ見えない。

     ◆

 ギルドに戻ると、
 ガドルが待っていた。

     ◆

「街が、騒がしいな」

     ◆

「止まりません」

 ジャンは、正直に答える。

     ◆

「止めれば、反発される」

     ◆

「だろうな」

 ガドルは、苦く笑った。

「均衡は、
 目に見えないからな」

     ◆

「……守るって、
 こんなに嫌われる仕事でしたか」

     ◆

 ガドルは、しばらく黙っていた。

     ◆

「英雄は、
 何かを倒す」

「管理者は、
 何も起こさせない」

     ◆

「後者は、
 物語にならん」

     ◆

 ジャンは、目を閉じた。

     ◆

 その夜。

 街の一角で、悲鳴が上がった。

     ◆

 力を得た男が、
 制御を失い、
 壁を壊し、
 倒れた。

     ◆

 人々は、騒ぐ。

 だが――

     ◆

「……誰のせいだ?」

     ◆

 その視線が、
 ゆっくりとジャンに向けられる。

     ◆

「お前が、
 止めなかったからだ」

     ◆

 誰かが、そう言った。

     ◆

 ジャンは、何も言えなかった。

 否定できない。

     ◆

 境界を壊したのは、破壊者だ。

 だが――
 守れなかったのは、自分だ。

     ◆

 夜風が、冷たく吹く。

 街は、強さを求めている。

     ◆

「……それでも」

 ジャンは、拳を握った。

     ◆

「均衡は、
 譲れない」

     ◆

 嫌われても、
 理解されなくても。

 守らなければ、
 壊れる。

     ◆

 ジャンは、歩き出した。

 英雄が求められる街で、
 英雄にならないために。
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