地上最弱、深層最強④――深層戦争

塩塚 和人

文字の大きさ
2 / 10

第二話 強さを求める街

しおりを挟む

 ラグナ平原の異変から、三日。

 影響は、すでに街へ及んでいた。

     ◆

 ボミタス南門付近。
 朝だというのに、人だかりができている。

「聞いたか?
 南の方、すごいらしいぞ」

「一晩で、荷運び三往復だってさ」

「俺も行ってみようかな……」

     ◆

 ジャンは、人混みの外からそれを見ていた。

 魔素の匂いが、薄く漂っている。

 まだ致命的ではない。
 だが、確実に濃くなっている。

     ◆

「……もう、始まってるな」

 街そのものが、境界に近づいている。

     ◆

 ギルドを通さず、
 人々が自発的に異変地帯へ向かう。

 止める仕組みは、ない。

     ◆

 南門を抜けた先に、簡易的な露店が並んでいた。

 薬草、武器、護符。

 そして――

「体が軽くなるぞ!
 今なら無料だ!」

     ◆

 ジャンは、足を止めた。

 護符を配っている男がいる。

 魔素を集め、体内へ流し込む粗悪な道具。

     ◆

「……やめておけ」

 ジャンは、静かに声をかけた。

     ◆

「誰だ?」

 男が睨む。

     ◆

「それは、体を壊す」

     ◆

「は?」

 男は笑った。

「見ろよ、この人たち」

     ◆

 護符を受け取った若者が、
 その場で跳ねてみせる。

「すげぇ……!
 本当に、力が入る!」

     ◆

 周囲から、歓声が上がった。

     ◆

「な?」

 男は、得意げだ。

「欲しいのは、
 安全な日常じゃない」

「強さだ」

     ◆

 ジャンは、言葉を失った。

     ◆

「……それは、一時的だ」

 絞り出すように言う。

「代償が、来る」

     ◆

「代償?」

 男は、肩をすくめた。

「弱いまま生きる代償より、
 マシだろ?」

     ◆

 その言葉に、
 周囲の何人かが頷いた。

     ◆

 ジャンは、理解した。

 これは、境界破壊者の力だけじゃない。

 欲望だ。

     ◆

 街の奥へ進むと、
 酒場が異様な熱気に包まれていた。

     ◆

「聞いたか!
 あの黒い外套の男!」

「力を、くれるらしいぞ!」

     ◆

「英雄だな!」

     ◆

 ジャンは、立ち尽くした。

 英雄。

 その言葉が、胸に刺さる。

     ◆

 彼が壊した境界で、
 人が壊れている。

 だが、それは、まだ見えない。

     ◆

 ギルドに戻ると、
 ガドルが待っていた。

     ◆

「街が、騒がしいな」

     ◆

「止まりません」

 ジャンは、正直に答える。

     ◆

「止めれば、反発される」

     ◆

「だろうな」

 ガドルは、苦く笑った。

「均衡は、
 目に見えないからな」

     ◆

「……守るって、
 こんなに嫌われる仕事でしたか」

     ◆

 ガドルは、しばらく黙っていた。

     ◆

「英雄は、
 何かを倒す」

「管理者は、
 何も起こさせない」

     ◆

「後者は、
 物語にならん」

     ◆

 ジャンは、目を閉じた。

     ◆

 その夜。

 街の一角で、悲鳴が上がった。

     ◆

 力を得た男が、
 制御を失い、
 壁を壊し、
 倒れた。

     ◆

 人々は、騒ぐ。

 だが――

     ◆

「……誰のせいだ?」

     ◆

 その視線が、
 ゆっくりとジャンに向けられる。

     ◆

「お前が、
 止めなかったからだ」

     ◆

 誰かが、そう言った。

     ◆

 ジャンは、何も言えなかった。

 否定できない。

     ◆

 境界を壊したのは、破壊者だ。

 だが――
 守れなかったのは、自分だ。

     ◆

 夜風が、冷たく吹く。

 街は、強さを求めている。

     ◆

「……それでも」

 ジャンは、拳を握った。

     ◆

「均衡は、
 譲れない」

     ◆

 嫌われても、
 理解されなくても。

 守らなければ、
 壊れる。

     ◆

 ジャンは、歩き出した。

 英雄が求められる街で、
 英雄にならないために。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

処理中です...