地上最弱、深層最強④――深層戦争

塩塚 和人

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第三話 境界破壊者の思想

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 広場は、人で埋まっていた。

 祭りではない。
 だが、熱気だけはそれに近い。

     ◆

「出るらしいぞ」

「本物か?」

「力をくれるって噂の――」

     ◆

 ジャンは、群衆の端に立っていた。

 嫌な予感は、確信に変わっている。

     ◆

 やがて、広場の中央に一人の男が現れた。

 黒い外套。
 隠す気のない姿。

     ◆

 境界破壊者は、両手を広げた。

「集まってくれて感謝する」

 声は、よく通る。

「俺は、君たちに“選択肢”を与えに来た」

     ◆

 ざわめき。

     ◆

「この世界は、不公平だ」

 男は、淡々と続ける。

「生まれ、環境、才能。
 努力では埋まらない差がある」

     ◆

 人々は、黙って聞いていた。

     ◆

「冒険者になれない者。
 なっても、深層に行けない者」

「力を求めても、
 選ばれなかった者たち」

     ◆

 その言葉に、
 何人かが息を呑んだ。

     ◆

「俺は、その差を壊す」

 男は、はっきりと言った。

「境界を、壊すことでな」

     ◆

 歓声が、上がった。

     ◆

 ジャンは、一歩前に出た。

「……その先を、言え」

     ◆

 男の視線が、こちらを捉える。

「管理者か」

 口元が、わずかに歪む。

     ◆

「境界を壊した先で、
 何が起きる」

     ◆

「進化だ」

 男は、即答した。

     ◆

「人は、強さに適応する」

「適応できない者は、淘汰される」

     ◆

 広場が、静まり返る。

     ◆

「それは、殺しだ」

     ◆

「違う」

 男は、首を振った。

「選択だ」

     ◆

「均衡を守るという名の停滞か。
 危険を受け入れる進化か」

     ◆

 ジャンは、拳を握った。

「お前は、
 責任を取らない」

     ◆

「取るさ」

 男は、静かに言う。

「俺自身が、
 その結果だ」

     ◆

 その一言で、空気が変わった。

     ◆

「……俺は、深層に行けなかった」

 男の声が、少しだけ低くなる。

「何度も挑み、
 何度も弾かれた」

     ◆

「努力が、
 才能に負ける瞬間を知っている」

     ◆

「だから、壊した」

     ◆

 人々の目に、共感が浮かぶ。

     ◆

 ジャンは、理解してしまった。

 この男は、
 “選ばれなかった者”の延長線だ。

     ◆

「……だからと言って」

 ジャンは、声を張った。

「世界を、
 実験場にするな」

     ◆

「実験は、
 もう始まっている」

 男は、周囲を見渡す。

「見ろ」

     ◆

 数人が、前に出た。

 力を得た者たちだ。

 動きは鋭く、
 表情は高揚している。

     ◆

「彼らは、
 昨日までの自分じゃない」

     ◆

「だが、明日は?」

 ジャンは、即座に返す。

     ◆

 男は、答えなかった。

 代わりに、微笑む。

     ◆

「管理者」

 静かな声。

「お前は、
 世界を信じすぎている」

     ◆

「人は、
 均衡なんて望んでいない」

     ◆

 その言葉に、
 歓声が重なる。

     ◆

 ジャンは、深く息を吸った。

「……それでも」

     ◆

「均衡がなければ、
 世界は続かない」

     ◆

「続かなくてもいい」

 男は、言い切った。

「変わればいい」

     ◆

 その瞬間。

 魔素が、わずかに揺れた。

     ◆

 衝突は、
 もう始まっている。

 剣ではない。

 思想だ。

     ◆

 男は、外套を翻す。

「選ばせてやる」

「街が、
 どちらを望むか」

     ◆

 そのまま、姿を消した。

     ◆

 広場は、騒然となる。

 歓声と、不安と、期待。

     ◆

 ジャンは、その中心で立ち尽くした。

     ◆

「……望まれていないのは」

 小さく、呟く。

     ◆

「俺の方か」

     ◆

 だが、答えは出ている。

 望まれなくても、
 やるべきことは変わらない。

     ◆

 ジャンは、踵を返した。

 次は、言葉ではない。

 選択の結果を、
 突きつける番だ。
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