3 / 30
第3話 初めての現代ダンジョン
しおりを挟む湾岸区第七ダンジョン。
それが、ライムにとって初めて踏み込む“現代の戦場”だった。
人工島の中央に口を開ける巨大な構造物は、遠目には廃ビルの残骸のようにも見える。
だが、近づくにつれ、異様さがはっきりと伝わってきた。
空気が重い。
目に見えない圧が、肌を撫でる。
「緊張してる?」
隣を歩く雨宮かなえが、視線を向けてきた。
「……していないと言えば、嘘になる」
ライムは正直に答えた。
装備は最低限。
ギルドから貸与された防刃ジャケットと、簡易通信機。
異世界で使っていたローブとは、まるで勝手が違う。
「初回は浅層まで。
目的は戦闘経験と、あなたの適性確認」
雨宮の声は落ち着いている。
「無理はさせない。
危険だと判断したら、私が止める」
「……頼りにしている」
そう言うと、雨宮は少しだけ目を細めた。
「その言葉、嫌いじゃないわ」
◆
ダンジョンの内部は、外見とは別物だった。
コンクリートのような壁。
だが、触れれば冷たく、微かに脈打っている。
「……生きているみたいだな」
「正確には、“成長している”らしい」
そう答えたのは、少し後ろを歩く百瀬くるみだった。
短めの髪に、眼鏡。
手元の端末から、視線をほとんど上げない。
「ダンジョンは、内部構造を変化させる。
生態系を持つ、って表現されることもある」
「生態系……」
「簡単に言うと、
中で魔物が増えて、環境も変わるってこと」
専門用語を、かみ砕いて説明する口調。
理論派なのが、すぐにわかった。
「ライム、雷魔法を使うって聞いたけど」
「そうだ」
「いいデータが取れそう」
淡々と言われ、ライムは少し居心地が悪くなる。
◆
最初の魔物は、小型だった。
灰色の体毛を持つ、犬に似た魔物。
数は三。
「動くな」
雨宮の低い声が響く。
「ライム、一本だけでいい。
牽制して」
牽制。
異世界でも使われた言葉だ。
ライムは一歩前に出る。
「……雷よ」
詠唱は、ほとんど無意識だった。
指先から放たれた細い雷が、最前列の魔物を撃つ。
甲高い悲鳴。
魔物は弾かれるように後退した。
「効いてる!」
くるみが即座に反応する。
「貫通力、高い!
物理装甲、ほとんど無視してる!」
雨宮が合図を出す。
「今!」
連携は鮮やかだった。
雨宮と、別パーティの前衛が一気に距離を詰め、魔物を仕留める。
戦闘は、数十秒で終わった。
「……終わった、のか」
ライムは、自分の手を見つめる。
異世界の戦いより、ずっと短い。
だが、油断すれば死ぬ点は同じだ。
「初戦としては上出来」
雨宮は短く評価した。
「魔力消費は?」
「……少ない」
「なら、続行」
◆
進むにつれ、魔物の数が増えていく。
ライムは、後衛から雷を放ち続けた。
狙いは正確。
威力は控えめだが、確実に足止めできる。
「面白いわね」
休憩中、くるみが言った。
「雷って、派手なイメージだけど。
あなたのは、無駄がない」
「癖、みたいなものだ」
異世界では、魔力は貴重だった。
無駄撃ちは、死に直結する。
「現代ダンジョン向きかも」
その言葉が、胸に残った。
◆
浅層の奥で、少し大きな魔物が現れた。
人型に近い影。
手には、骨のような武器。
「……ゴブリン型」
雨宮が即座に判断する。
「知能がある。
動きに注意」
異世界でも、よく戦った相手だ。
「ライム、いける?」
「……問題ない」
雷を、少しだけ強める。
放たれた一撃は、魔物の腕を貫いた。
叫び声。
だが、次の瞬間――。
「伏せて!」
雨宮の叫び。
魔物が投げた武器が、壁に突き刺さる。
ほんの一瞬、判断が遅れていれば、ライムの頭だった。
心臓が跳ねる。
――危なかった。
だが、足は止まらなかった。
「……雷よ!」
今度は、連続で放つ。
二本、三本。
魔物は耐えきれず、崩れ落ちた。
◆
戦闘終了。
静寂が戻る。
そのときだった。
視界に、見慣れた光が浮かぶ。
【ステータス更新】
名前:ライム
レベル:3
魔力:低
耐久:低
敏捷:低
スキル
・雷魔法(初級)
※精度:上昇
※連続発動:可能
「……上がった」
確かな手応え。
雨宮が、ライムの肩を軽く叩いた。
「初ダンジョンでレベルアップ。
悪くない」
「……生きて帰れた」
それが、何よりだった。
ダンジョンの出口へ向かいながら、ライムは思う。
ここは、異世界じゃない。
だが、戦う理由はある。
まだ、ドラグは倒れていない。
そして――。
「強くなれる」
現代という世界で。
雷魔法士ライムは、
探索者としての一歩を、確かに踏み出した。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
俺の伯爵家大掃除
satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。
弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると…
というお話です。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる