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第8話 異世界の名を持つ者
しおりを挟む探索者ギルド本部・会議室。
窓のないその部屋は、昼夜の感覚を失わせるほど静かだった。
中央の大型モニターには、波形データと映像が並んでいる。
「……これが、問題のダンジョン記録です」
担当職員が、慎重な口調で説明を始めた。
「湾岸第三ダンジョン。
浅層にもかかわらず、異常な魔力濃度。
出現魔物は、既存データと一致しません」
数名のギルド幹部が、腕を組んだまま画面を見つめている。
その中の一人が、低い声で言った。
「異世界由来、という報告だったな」
◆
「はい」
職員は、少し緊張した様子で続ける。
「同行していた探索者――
雷魔法士ライム氏の証言と、魔力波形が一致しています」
視線が、一斉にライムへ向けられた。
「……説明してもらおう」
促され、ライムは一歩前に出る。
こういう場は、異世界でも慣れていない。
「俺は、異世界から来ました」
短く、はっきりと。
「向こうでは、魔族と人族が争っていた」
「今回の魔力は、
魔族側が使うものに近い」
一瞬、空気が張り詰めた。
◆
「名前は?」
幹部の一人が、問う。
「魔族の名、だ」
ライムは、わずかに息を吸った。
この名を口にすれば、
もう後戻りはできない。
「……ドラグ」
その瞬間、モニターに映る波形が切り替わる。
「……一致率、九十七パーセント」
職員の声が、かすかに震えた。
「五年前に発生した最初期ダンジョンの、
未解析波形と一致しています」
ざわめきが起こる。
◆
「つまり」
幹部の一人が、言葉を選びながら言った。
「現代のダンジョンは、
異世界と繋がっている可能性がある」
「しかも、魔族側と、だ」
重い沈黙。
その中で、雨宮かなえが一歩前に出た。
「現場で一番冷静だったのは、ライムです」
「未知種への対応も、適切でした」
「彼がいなければ、
被害が出ていた可能性は高い」
◆
幹部たちの視線が、再びライムに集まる。
「君は……」
年配の幹部が、静かに言った。
「この世界に、戻るつもりは?」
ライムは、少し考えた。
異世界。
仲間。
そして、因縁。
「……わかりません」
正直な答えだった。
「でも」
一呼吸おいて、続ける。
「今は、ここにいます」
「この世界で、生きています」
「だから――」
◆
「逃げません」
言葉にした瞬間、
胸の奥が、すっと軽くなった。
幹部は、ゆっくりとうなずいた。
「ならば、正式に扱おう」
「異世界由来の協力者ではなく――」
「探索者として、だ」
雨宮が、ほっと息を吐く。
佐野が、腕を組んだまま笑った。
「やっと、だな」
◆
会議後。
ギルド本部の廊下。
「緊張した?」
くるみが、軽く聞く。
「……少し」
「顔に出てたよ」
ひまわりが、くすっと笑う。
「でも、かっこよかったです」
「“逃げない”って」
ライムは、照れたように視線を逸らした。
◆
その夜。
仮住まいの部屋で、
ライムは一人、書類を眺めていた。
探索者登録申請書。
名前、年齢、出身――。
出身欄で、手が止まる。
「……異世界、って書くわけにはいかないよな」
苦笑しながら、空欄のままにした。
だが、不思議と迷いはなかった。
◆
翌日。
小規模ダンジョンの応援要請。
人手不足。
緊急対応。
「行ける?」
雨宮の問いに、ライムは即答した。
「行く」
「まだ登録前だけど……」
「構わない」
雷が、指先で静かに弾ける。
「俺はもう、
戦う理由を見つけた」
◆
現場。
若手探索者が、魔物に押されている。
「下がれ!」
佐野の怒号。
だが、足がもつれる。
その瞬間。
ライムが、前に出た。
「――《ライトスパーク》」
雷が走り、魔物の動きが止まる。
「今だ!」
若手が、体勢を立て直す。
◆
戦闘後。
「ありがとうございました……!」
深く頭を下げられ、
ライムは戸惑った。
「……当たり前だ」
その言葉が、
自然に口から出たことに、
自分でも驚く。
◆
帰り道。
夕焼けに染まる街を見ながら、
ライムは思った。
ここは、
異世界から逃げてきた場所じゃない。
選んだ場所だ。
視界に、光が浮かぶ。
【ステータス更新】
名前:ライム
レベル:8
魔力:低
耐久:低
敏捷:安定
スキル
・雷魔法(初級)
・身体強化(微):安定
「少しずつでいい」
雷魔法士ライムは、
“異世界の来訪者”から、
“この世界を守る者”へと、
確かに歩みを進めていた。
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