30 / 30
第30話 境界を越える意思
しおりを挟む夜のダンジョンは、
昼よりも静かだ。
音が消える分、
世界の歪みが
はっきりと感じられる。
◆
「……ここだな」
ライムは、
湾岸区画・第七ダンジョンの入口を見上げた。
第二十五話で異変が起きた場所。
一度は沈静化したはずの境界。
だが――
完全には、閉じていない。
◆
「再調査は、
私たちだけで行います」
ギルドマスターは、
そう判断した。
「一般探索者を
巻き込む段階ではない」
◆
メンバーは最小限。
ライム。
雨宮かなえ。
百瀬くるみ。
佐野すすむ。
久世ひまわり。
そして――マリル。
◆
「……来る前から、
胸がざわついています」
マリルは、
小さく言った。
◆
「異世界の気配?」
◆
「ええ。
それも……
はっきりした“意思”を」
◆
ダンジョン内部。
深層。
空気は、
粘つくように重い。
◆
壁に刻まれた紋様が、
ゆっくりと脈打っている。
◆
「……生きてるみたいだな」
佐野が、
苦々しく呟く。
◆
「近い」
ライムが、
足を止めた。
◆
その瞬間。
空間が、
音もなく裂けた。
◆
“向こう側”が、
見える。
◆
赤い空。
歪んだ大地。
そして――
巨大な影。
◆
「……異世界」
ひまわりが、
息を呑む。
◆
だが、
ドラグではない。
◆
影は、
人の形をしていた。
◆
「……誰だ」
ライムが、
低く問う。
◆
返事は、
直接頭に響いた。
◆
――雷を纏う者よ。
◆
――境界を破り、
世界を渡った存在よ。
◆
「……意思疎通が、
できる?」
くるみが、
驚愕する。
◆
――我らは、
観測する者。
――名は、
まだ要らぬ。
◆
「目的は何だ」
ライムは、
一歩前に出た。
◆
――均衡だ。
――世界は、
閉じすぎている。
◆
「閉じている……?」
◆
――文明が進み、
魔力を拒絶しながら
ダンジョンだけを
利用している。
――それは、
歪みだ。
◆
マリルの顔色が、
変わる。
◆
「……異世界側から
見れば」
「現代は、
“奪っている”
ように見える……」
◆
――雷の者。
――お前は、
こちらの世界を
救った。
――だが、
こちらを
見捨てたわけでは
あるまい。
◆
ライムは、
拳を握った。
◆
「……選んだんだ」
「俺は、
ここで生きる」
◆
――それでも、
繋がりは残る。
――境界は、
完全には
閉じられぬ。
◆
「だから、
侵食するのか」
◆
――調整だ。
――均衡を
取り戻すための。
◆
「それで、
人が死ぬ」
ライムの雷が、
わずかに走る。
◆
――必要な犠牲だ。
◆
その瞬間。
雷が、
炸裂した。
◆
「――ふざけるな」
雷は、
攻撃ではない。
空間を
縫い止めるための一撃。
◆
境界が、
悲鳴を上げる。
◆
――雷の者。
――お前は、
選ばれた。
◆
「違う」
ライムは、
はっきり言った。
◆
「俺は、
選んだんだ」
◆
「この世界を、
守るって」
◆
マリルが、
一歩前に出る。
◆
「命は、
均衡のための
道具ではありません」
◆
光が、
空間を満たす。
◆
歪みが、
後退する。
◆
――……理解した。
――雷の者よ。
――お前は、
境界そのものに
なるつもりか。
◆
「そうだ」
ライムは、
即答した。
◆
「侵すなら、
俺が止める」
「繋ぐなら、
俺が選別する」
◆
境界が、
閉じていく。
◆
最後に、
声だけが残った。
◆
――ならば、
次は
“交渉”では
済まぬ。
◆
――覚悟せよ。
◆
歪みは、
完全に消えた。
◆
静寂。
◆
「……完全に、
敵ですね」
かなえが、
苦笑する。
◆
「でも」
ひまわりが、
前を見る。
「もう、
逃げ場は
ありません」
◆
「逃げない」
ライムは、
雷を収めた。
◆
「ここは、
俺の世界だ」
◆
地上。
夜風が、
肌を撫でる。
◆
「第三章、
って感じだな」
佐野が、
空を見上げる。
◆
雷が、
遠くで鳴った。
それは、
破壊の予兆ではない。
宣言だ。
◆
異世界と現代。
二つの世界の
狭間に立つ者が、
ここにいる。
◆
雷魔法士ライム。
彼はもう、
異邦人ではない。
世界を守る意思を
持つ者として――
現代に立っていた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
俺の伯爵家大掃除
satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。
弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると…
というお話です。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる