1 / 10
第1話:残業地獄とダンジョン出現
しおりを挟む
終電一本前。
それが今日の遠藤紘一に許された、唯一の「ご褒美」だった。
「――はぁ……」
ため息をつくたび、肺の奥に溜まった疲労が音を立てる気がする。
午後九時を回ったあたりから、脳はとっくに仕事を拒否していた。それでも指だけは、勝手にキーボードを叩き続けている。
営業資料の修正。
三回目だ。
「ここ、やっぱ数字弱いよねぇ。今日中に直しといて」
そう言った上司は、もうとっくに帰っている。
修正点は曖昧、代案はなし。責任だけが、こちらに丸投げだ。
――これ、ダンジョンちゃうんか。
遠藤は大阪出身だ。
頭の中で浮かぶツッコミは、常に関西弁だった。
モンスターはいない。
剣も魔法もない。
その代わりにいるのは、理不尽と、無限湧きするタスクと、HPをじわじわ削る精神攻撃。
「……アホらし」
小さく呟き、保存ボタンを押す。
時計を見ると、二十三時二十分。
よし。今日は、逃げ切れる。
上司にメールを送り、PCをシャットダウンする。
立ち上がった瞬間、足が痺れてふらついた。
「はは……これで給料、平均以下やもんなぁ」
笑いにもならない。
エレベーターを降り、ビルの外に出ると、夜風がやけに冷たかった。
東京の夜は、いつまで経っても他人行儀だ。
――大阪帰りたいな。
そんなことを考えながら、スマホを取り出す。
癖のようにニュースアプリを開いた、その瞬間。
【速報】
【大阪・梅田地下にて大規模異常空間を確認】
画面に踊る赤文字。
「……は?」
足が止まる。
周囲を歩く人間たちも、一斉にスマホを見て立ち止まっていた。
続報が流れる。
【地下街の一部が消失】
【内部に未知の構造物】
【専門家「ダンジョンの可能性」】
「ダンジョン……?」
誰かが、半笑いで呟いた。
ゲームの中の言葉だ。
現実で口にするには、あまりにも浮いている。
だが、映像を見た瞬間、背中に寒気が走った。
地下街の入口。
コンクリートの壁の向こうに、あり得ないほど深い闇が口を開けている。
照明が届かない。
奥が、見えない。
「……マジ、かよ」
遠藤は、なぜか確信していた。
これは冗談じゃない。
フェイクニュースでも、話題作りでもない。
世界が――少し、ズレた。
その瞬間だった。
ピロン、と軽い音。
【探索者登録制度について】
【あなたは対象条件を満たしています】
「……は?」
指が、勝手に通知を開く。
【本制度は、異常空間(通称:ダンジョン)への立ち入りを希望する民間人を対象としています】
【初回適性検査は無料です】
無料。
その単語に、社畜の脳が反応する。
――いや、ちゃうやろ。
笑い飛ばそうとした。
けれど、画面の下に表示された一文が、遠藤の動きを止めた。
【報酬:探索成果に応じた現金支給】
「……現金」
喉が鳴る。
月末の口座残高。
上がらない給料。
増える残業。
削られる、人生。
脳裏に、今日の上司の顔が浮かぶ。
「若いうちはさ、多少無理しないと」
無理の定義、そっち基準やんけ。
遠藤は、夜空を見上げた。
高層ビルの隙間に、星は見えない。
――このまま会社のダンジョンで死ぬか。
――ほんまもんのダンジョンに行くか。
どっちも地獄や。
せやけど。
「……どうせなら、選ばせてくれや」
指が、登録ボタンに触れた。
【探索者仮登録が完了しました】
画面が切り替わる。
【適性検査日:後日通知】
【命の安全は保証されません】
「それ、会社も一緒やん」
思わず、笑った。
その夜。
遠藤紘一はまだ知らない。
自分がブラック企業で積み上げてきたものが、
この世界で――最悪で、最強の才能として評価されることを。
そして。
会社よりも理不尽な場所が、
会社よりも「正直」だということを。
それが今日の遠藤紘一に許された、唯一の「ご褒美」だった。
「――はぁ……」
ため息をつくたび、肺の奥に溜まった疲労が音を立てる気がする。
午後九時を回ったあたりから、脳はとっくに仕事を拒否していた。それでも指だけは、勝手にキーボードを叩き続けている。
営業資料の修正。
三回目だ。
「ここ、やっぱ数字弱いよねぇ。今日中に直しといて」
そう言った上司は、もうとっくに帰っている。
修正点は曖昧、代案はなし。責任だけが、こちらに丸投げだ。
――これ、ダンジョンちゃうんか。
遠藤は大阪出身だ。
頭の中で浮かぶツッコミは、常に関西弁だった。
モンスターはいない。
剣も魔法もない。
その代わりにいるのは、理不尽と、無限湧きするタスクと、HPをじわじわ削る精神攻撃。
「……アホらし」
小さく呟き、保存ボタンを押す。
時計を見ると、二十三時二十分。
よし。今日は、逃げ切れる。
上司にメールを送り、PCをシャットダウンする。
立ち上がった瞬間、足が痺れてふらついた。
「はは……これで給料、平均以下やもんなぁ」
笑いにもならない。
エレベーターを降り、ビルの外に出ると、夜風がやけに冷たかった。
東京の夜は、いつまで経っても他人行儀だ。
――大阪帰りたいな。
そんなことを考えながら、スマホを取り出す。
癖のようにニュースアプリを開いた、その瞬間。
【速報】
【大阪・梅田地下にて大規模異常空間を確認】
画面に踊る赤文字。
「……は?」
足が止まる。
周囲を歩く人間たちも、一斉にスマホを見て立ち止まっていた。
続報が流れる。
【地下街の一部が消失】
【内部に未知の構造物】
【専門家「ダンジョンの可能性」】
「ダンジョン……?」
誰かが、半笑いで呟いた。
ゲームの中の言葉だ。
現実で口にするには、あまりにも浮いている。
だが、映像を見た瞬間、背中に寒気が走った。
地下街の入口。
コンクリートの壁の向こうに、あり得ないほど深い闇が口を開けている。
照明が届かない。
奥が、見えない。
「……マジ、かよ」
遠藤は、なぜか確信していた。
これは冗談じゃない。
フェイクニュースでも、話題作りでもない。
世界が――少し、ズレた。
その瞬間だった。
ピロン、と軽い音。
【探索者登録制度について】
【あなたは対象条件を満たしています】
「……は?」
指が、勝手に通知を開く。
【本制度は、異常空間(通称:ダンジョン)への立ち入りを希望する民間人を対象としています】
【初回適性検査は無料です】
無料。
その単語に、社畜の脳が反応する。
――いや、ちゃうやろ。
笑い飛ばそうとした。
けれど、画面の下に表示された一文が、遠藤の動きを止めた。
【報酬:探索成果に応じた現金支給】
「……現金」
喉が鳴る。
月末の口座残高。
上がらない給料。
増える残業。
削られる、人生。
脳裏に、今日の上司の顔が浮かぶ。
「若いうちはさ、多少無理しないと」
無理の定義、そっち基準やんけ。
遠藤は、夜空を見上げた。
高層ビルの隙間に、星は見えない。
――このまま会社のダンジョンで死ぬか。
――ほんまもんのダンジョンに行くか。
どっちも地獄や。
せやけど。
「……どうせなら、選ばせてくれや」
指が、登録ボタンに触れた。
【探索者仮登録が完了しました】
画面が切り替わる。
【適性検査日:後日通知】
【命の安全は保証されません】
「それ、会社も一緒やん」
思わず、笑った。
その夜。
遠藤紘一はまだ知らない。
自分がブラック企業で積み上げてきたものが、
この世界で――最悪で、最強の才能として評価されることを。
そして。
会社よりも理不尽な場所が、
会社よりも「正直」だということを。
0
あなたにおすすめの小説
勇者の様子がおかしい
しばたろう
ファンタジー
勇者は、少しおかしい。
そう思ったのは、王宮で出会ったその日からだった。
神に選ばれ、魔王討伐の旅に出た勇者マルク。
線の細い優男で、実力は確かだが、人と距離を取り、馴れ合いを嫌う奇妙な男。
だが、ある夜。
仲間のひとりは、決定的な違和感に気づいてしまう。
――勇者は、男ではなかった。
女であることを隠し、勇者として剣を振るうマルク。
そして、その秘密を知りながら「知らないふり」を選んだ仲間。
正体を隠す者と、真実を抱え込む者。
交わらぬはずの想いを抱えたまま、旅は続いていく。
これは、
「勇者であること」と
「自分であること」のあいだで揺れる物語。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
竜皇女と呼ばれた娘
Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた
ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる
その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ
国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
氷の精霊と忘れられた王国 〜追放された青年、消えた約束を探して〜
fuwamofu
ファンタジー
かつて「英雄」と讃えられた青年アレンは、仲間の裏切りによって王国を追放された。
雪原の果てで出会ったのは、心を閉ざした氷の精霊・リィナ。
絶望の底で交わした契約が、やがて滅びかけた王国の運命を変えていく――。
氷と炎、愛と憎しみ、真実と嘘が交錯する異世界再生ファンタジー。
彼はなぜ忘れられ、なぜ再び立ち上がるのか。
世界の記憶が凍りつく時、ひとつの約束だけが、彼らを導く。
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる