ブラック企業のサラリーマン、現代ダンジョンに挑む

塩塚 和人

文字の大きさ
5 / 10

第5話:会社より危険な場所

しおりを挟む
朝七時。
目覚ましが鳴る前に、遠藤は目を覚ましていた。

「……あれ?」

身体が、軽い。

昨日あれだけ走って、転んで、死にかけたというのに。
筋肉痛はある。疲労もある。
だが、動けないほどじゃない。

――いつもなら、もっと死んでる時間帯やぞ。

ベッドから起き上がり、シャワーを浴びる。
熱い湯が肩に当たっても、思ったほど痛くない。

【社畜適応:発動中】

脳裏に、あの文字が浮かぶ。

「……仕事前から発動すなや」

苦笑しつつ、スーツに袖を通す。

---

会社に着くと、いつも通りの空気が待っていた。

「遠藤くん、昨日どうしたの?」

同僚の視線。
心配より、探る色が濃い。

「ちょっと、私用で」

「ふーん……」

それ以上は聞かれない。
聞かれないが、見られている。

席に着くや否や、上司が近づいてきた。

「昨日の件だけどさ」

来た。

「チームに迷惑かけた自覚、ある?」

「……申し訳ありません」

反射的に頭を下げそうになり、寸前で止めた。

――あかん。癖や。

「まあいいや。
 その分、今日は頑張ってもらうから」

いつも通りの理屈。
帳尻合わせという名の、追加残業。

だが。

――なんやろ。

胸の奥が、ざわついた。

前なら、ここで胃が縮んでいた。
今日は、違う。

「……了解しました」

声は、落ち着いていた。

上司は満足そうに去っていく。

――会社の方が、よっぽどモンスターちゃうか。

そんな考えが、頭をよぎる。

---

昼休み。
スマホを開き、探索者アプリを見る。

【初心者ダンジョン:再入場可能】
【推奨:複数人】

「……ソロ、あかんのか」

だが、昨日のことを思い出す。

誰かを助ける余裕はなかった。
助けてもらう保証も、なかった。

――会社と一緒や。

チーム言うて、責任だけ押し付けられる。

「……一人で行こ」

小さく呟き、申請を出す。

---

その日の夜。

また、地下。

昨日よりも、足が前に出る。

怖い。
それは、間違いない。

だが、恐怖で固まることはなかった。

「……あっち、危ないな」

通路の先、気配が濃い。
自然と、別ルートを選ぶ。

戦わない。
無理しない。

会社で生き残るために覚えた、
最重要スキルだ。

ゴブリンを一体、遠くからやり過ごす。
別の探索者が戦っている音が聞こえる。

――巻き込まれんようにしよ。

冷たい判断。
だが、正しい。

その時、背後から怒鳴り声。

「おい! ちょっと手貸せよ!」

若い男の声。
焦りと苛立ち。

振り返ると、探索者二人がゴブリンに追われていた。

――また、これか。

会社で何度もあった光景。

「今忙しいから」
「ちょっと代わりにやっといて」

断れば、悪者。
引き受ければ、責任だけ背負う。

遠藤の中で、何かが――
じわりと熱を持つ。

――なんでや。

なんで、いつも俺なんや。

足が、止まった。

ゴブリンが迫る。
若い探索者が転ぶ。

その瞬間。

胸の奥の熱が、はっきりとした。

【感情変換:条件達成】

【怒り】

「……ふざけんな」

遠藤は、落ちていた鉄パイプを拾った。

頭が、妙に冷えている。

逃げる?
今なら、逃げられる。

でも。

――逃げたら、また一緒や。

「一回だけやぞ」

自分に言い聞かせるように呟き、前に出た。

ゴブリンの注意が、こちらに向く。

心臓は速い。
怖い。

それでも、足は止まらない。

――会社より、危険や。

――でも、会社より、正直や。

ここでは、
戦えば、結果が出る。

遠藤は、鉄パイプを強く握り締めた。

---

遠藤紘一は、まだ気づいていない。

この瞬間に芽生えた感情が、
後に彼を――
探索者として覚醒させる引き金になることを。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

部屋で寝てたら知らない内に転生ここどこだよぉぉぉ

ケンティ
ファンタジー
うぁー よく寝た さー会社行くかー あ? ここどこだよーぉぉ

勇者の様子がおかしい

しばたろう
ファンタジー
勇者は、少しおかしい。 そう思ったのは、王宮で出会ったその日からだった。 神に選ばれ、魔王討伐の旅に出た勇者マルク。 線の細い優男で、実力は確かだが、人と距離を取り、馴れ合いを嫌う奇妙な男。 だが、ある夜。 仲間のひとりは、決定的な違和感に気づいてしまう。 ――勇者は、男ではなかった。 女であることを隠し、勇者として剣を振るうマルク。 そして、その秘密を知りながら「知らないふり」を選んだ仲間。 正体を隠す者と、真実を抱え込む者。 交わらぬはずの想いを抱えたまま、旅は続いていく。 これは、 「勇者であること」と 「自分であること」のあいだで揺れる物語。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

竜皇女と呼ばれた娘

Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ 国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

氷の精霊と忘れられた王国 〜追放された青年、消えた約束を探して〜

fuwamofu
ファンタジー
かつて「英雄」と讃えられた青年アレンは、仲間の裏切りによって王国を追放された。 雪原の果てで出会ったのは、心を閉ざした氷の精霊・リィナ。 絶望の底で交わした契約が、やがて滅びかけた王国の運命を変えていく――。 氷と炎、愛と憎しみ、真実と嘘が交錯する異世界再生ファンタジー。 彼はなぜ忘れられ、なぜ再び立ち上がるのか。 世界の記憶が凍りつく時、ひとつの約束だけが、彼らを導く。

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

処理中です...