ブラック企業のサラリーマン、現代ダンジョンに挑む

塩塚 和人

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第6話:中級ダンジョンと企業探索者

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「――次からは、中級ダンジョンも視野に入りますね」

探索者窓口の職員は、事務的にそう言った。

「ソロでの生存率、初心者帯では高めです。
 ただ、中級になると……」

言葉を濁す。

「おすすめは、企業所属チームですね」

遠藤は、その単語に小さく眉を動かした。

――企業。

嫌な予感しかしない。

---

中級ダンジョンは、雰囲気からして違った。

空気が重い。
初心者ダンジョンのような「様子見」は許されない。

集合地点には、明らかに慣れた装備の探索者たちがいた。
統一されたアーマー。
ロゴ入りのジャケット。

「うわ……」

思わず、声が漏れる。

――完全に、会社や。

「君、ソロ?」

声をかけてきたのは、リーダー格の男だった。
三十代後半。自信に満ちた目。

「はい」

「じゃあ、今回は後衛ね。
 指示には従ってもらうから」

確認はない。
決定事項だ。

「危なくなったら、前に出てもらうかもしれないけど」

――それ、後衛ちゃうやろ。

だが、口には出さない。

「……分かりました」

言ってしまう自分に、少しだけ嫌気が差した。

---

ダンジョン内部。

敵は、初心者帯より明らかに強い。
数も多い。

企業チームは、効率的だった。
役割分担、指示、殲滅。

遠藤は、言われた通りに動く。

「遠藤、そこ見張り!」
「魔石回収、任せた!」
「危ないから前出て!」

――あれ?

いつの間にか、
一番危ない位置に立たされている。

背中に冷たいものが流れた。

「おい、遠藤!」

リーダーの声。

「そっち、囮やって!」

囮。

――来た。

完全に、来た。

ゴブリン上位種が、こちらを睨む。
目が合った瞬間、殺気が走った。

「……了解」

返事をしてしまった。

身体が、勝手に動く。

逃げながら、敵を引きつける。
足は、まだ動く。

だが。

――あいつら、距離取ってるな。

振り返ると、企業チームは安全圏。
遠藤だけが、前に出ている。

「……おかしいやろ」

声が、震えた。

ゴブリンが迫る。
壁際に追い詰められる。

「おい! 早く処理しろって!」

リーダーの怒鳴り声。

――処理。

人を、そう呼ぶのか。

その瞬間。

胸の奥で、何かがはっきりと折れた。

【感情変換:怒 発動】

視界が、研ぎ澄まされる。

恐怖が、薄れる。
代わりに、静かな熱が広がった。

「……ああ、そうか」

遠藤は、理解した。

――ここでも、俺は消耗品や。

鉄パイプを強く握る。

「これ、会社と一緒やな」

誰に向けた言葉でもない。

ゴブリンの攻撃を、紙一重でかわす。
身体が、思った以上に動く。

【END 上昇】
【MND 上昇】

「……っ!」

渾身の一撃。
鉄パイプが、ゴブリンの頭部に叩き込まれる。

鈍い音。

ゴブリンが、崩れ落ちた。

静寂。

企業チームが、遅れて駆け寄ってくる。

「おお、やるじゃん!」

「助かったよ」

軽い。
あまりにも、軽い。

「……囮、って言いましたよね」

遠藤の声は、低かった。

「え?」

リーダーが、きょとんとする。

「結果オーライだろ?
 生きてるし、倒せたし」

――結果オーライ。

会社で、何度も聞いた言葉。

遠藤は、深く息を吸った。

「次は、やりません」

場の空気が、一瞬で冷えた。

「は?」

「囮も、前線も。
 契約外です」

リーダーの顔が、歪む。

「君さ、自分の立場分かってる?
 企業チームに逆らうって――」

「分かってます」

遠藤は、はっきり言った。

「だから、抜けます」

沈黙。

「は?」

「ここで、離脱します」

リーダーが、舌打ちした。

「好きにすれば?
 ソロなんて、すぐ死ぬぞ」

遠藤は、背を向けた。

――それでも、ええ。

会社に戻るより、マシや。

---

ダンジョンを出たあと、
遠藤は、しばらく空を見上げていた。

手は、まだ震えている。

怖かった。
本当に、死ぬかと思った。

でも。

――はっきりした。

企業も、ダンジョンも、
「組織」は同じ論理で動く。

使えるうちは使う。
壊れたら、切る。

「……もう、ええわ」

遠藤は、小さく呟いた。

この世界で生きるなら、
選ぶべき道は一つしかない。

――誰の会社にも属さない探索者。

その選択が、
どれほど険しいかも、分かった上で。

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