ブラック企業のサラリーマン、現代ダンジョンに挑む

塩塚 和人

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第8話:ブラック企業の鎖

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異変は、突然ではなかった。

むしろ、予想通りだった。

「遠藤くん、ちょっといい?」

昼過ぎ。
会議室に呼ばれた時点で、嫌な予感はしていた。

中にいたのは、上司と、人事。
そして、見覚えのない男が一人。

スーツが、妙に高そうだった。

「こちら、当社顧問の??」

名刺を差し出される。

「探索関連のコンサルをしております」

その瞬間、遠藤の中で警鐘が鳴った。

――来たな。

「最近、探索者として活動しているそうですね」

コンサルが、にこやかに言う。

「会社としても、社員の活躍は喜ばしいことです」

喜ばしい。

その言葉に、思わず笑いそうになった。

「ただ」

続く言葉は、分かっている。

「副業規定との兼ね合いがありましてね」

人事が、書類を差し出す。

【探索活動に関する覚書】

ざっと目を通す。

・探索成果の一部を会社に帰属
・活動内容の報告義務
・会社指定ダンジョンへの優先参加

――要するに。

「会社の探索者になれ」、だ。

「もちろん、強制ではありません」

コンサルが言う。

「ただし、会社の信用を守るためにも……」

脅しを、柔らかい言葉で包む。

「探索中の事故が、会社の責任になる可能性もありますし」

上司が、頷く。

「君も、社会人だしね」

社会人。

その言葉が、妙に重くのしかかる。

遠藤は、深く息を吸った。

【理不尽耐性:待機】

胸の奥が、静かに冷える。

「……一つ、確認していいですか」

「どうぞ」

「この契約、俺に何かメリットあります?」

一瞬、間が空いた。

「安定したバックアップがありますよ」

「具体的には?」

「……会社の看板」

看板。

――命張って、もらうもんちゃうやろ。

「探索中に死んだら?」

場が、静まる。

「それは……自己責任になりますね」

はっきり言った。

その瞬間、遠藤の中で何かが切れた。

【上司スルー:発動】

上司の声が、遠くなる。

圧も、視線も、
ただの背景音に変わる。

「……そうですか」

遠藤は、書類を机に戻した。

「お断りします」

「は?」

上司の声が裏返る。

「何言ってるの?
 君、自分の立場??」

「分かってます」

遠藤は、顔を上げた。

「でも、会社の鎖に繋がれるために、
 ダンジョン行ってるわけちゃうんで」

沈黙。

コンサルの笑顔が、消えた。

「君、分かってるのかな。
 これを断るってことは??」

「評価、下がりますよね」

遠藤は、静かに言った。

「左遷も、減給も。
 最悪、切られる」

上司が、勝ち誇ったように頷く。

「そういうこと」

遠藤は、小さく息を吐いた。

「……それでも、断ります」

書類に、手は伸ばさない。

その瞬間。

上司が、低い声で言った。

「調子に乗るなよ」

ピリ、と空気が張る。

だが。

【理不尽耐性:有効】

言葉が、刺さらない。

「会社が守ってくれてるんだぞ」

「違います」

遠藤は、はっきり言った。

「守ってるのは、会社の都合だけです」

会議室が、凍りついた。

---

その夜。

遠藤は、一人でダンジョンにいた。

誰にも、縛られない。
指示も、命令もない。

怖い。
けれど、自由だ。

【サービス残業:発動】

疲労は限界。
それでも、身体は動く。

――最後の確認や。

会社に残るか。
探索者として生きるか。

答えは、もう出ていた。

遠藤は、暗闇の奥へ進む。

ブラック企業の鎖は、
まだ切れていない。

だが。

――引きちぎる準備は、できた。
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