ブラック企業のサラリーマン、現代ダンジョンに挑む

塩塚 和人

文字の大きさ
9 / 10

第9話:退職届と深層ダンジョン

しおりを挟む
退職届は、驚くほどあっさり書けた。

名前。
日付。
理由――一身上の都合。

たったそれだけ。

「……拍子抜けやな」

何年も縛られていた鎖が、
紙一枚で形になる。

だが。

会社に向かう足取りは、重かった。

---

「……本気?」

会議室。
向かいには、例の上司。

机の上に置かれた退職届を、
まるで汚物でも見るかのように眺めている。

「探索者ごっこにハマっただけだろ」

ごっこ。

「どうせ、すぐ死ぬ」

言い切りだった。

「今なら、なかったことにしてやる」

――優しさのつもりか。

遠藤は、ゆっくりと首を振った。

「もう、十分です」

「は?」

「俺、ここで死んでましたから」

一瞬、理解できない顔。

「毎日、削られて。
 怒ることも、考えることも、
 全部やめて」

遠藤は、淡々と続けた。

「ダンジョンの方が、
 まだ生きてる感じがするんですわ」

上司の顔が、歪んだ。

「ふざけるな!」

机を叩く音。

「社会を舐めるなよ!
 会社辞めたら、何が残る!」

「……自分です」

その一言で、空気が凍る。

「受け取ってください」

遠藤は、立ち上がった。

背中に、怒鳴り声が飛ぶ。

「後悔するぞ!」
「戻ってきても、居場所はないからな!」

ドアを閉める。

音が、やけに大きく響いた。

――これで、終わりや。

心臓が、激しく打っている。

怖い。
不安。
でも。

後悔は、なかった。

---

その足で、遠藤はダンジョンに向かった。

深層指定区域。

初心者は立ち入り禁止。
中級探索者でも、死亡率が跳ね上がる場所。

「……退職初日から、これか」

苦笑しながら、歪みに足を踏み入れる。

空気が、違う。

重い。
呼吸が、浅くなる。

――殺しに来とる。

明確な悪意。

奥で、何かが動く。

現れたのは、
異形の集合体――深層ボス。

視線が合った瞬間、
全身が硬直する。

【精神威圧:極】

膝が、笑う。

「……さすがに、これは」

一瞬、逃げる選択がよぎる。

だが。

――逃げたら、また戻るだけや。

会社に。
あの会議室に。

【感情変換:怒 最大出力】

怒りが、静かに燃え上がる。

恐怖は、消えない。
だが、支配されない。

「俺は……」

一歩、前に出る。

「もう、使われる側ちゃう」

鉄パイプを構える。

ボスが、咆哮する。
衝撃波。

身体が、吹き飛ばされる。

「ぐっ……!」

壁に叩きつけられ、視界が揺れる。

【サービス残業:発動】

限界を、超える。

血の味。
息が、苦しい。

――死ぬかもしれん。

それでも。

「……それで、ええ」

次の瞬間。

視界が、白く染まった。

【ユニークスキル取得条件:達成】

【退職届:発動待機】

「……は?」

意味を理解する前に、
身体が、熱に包まれる。

――終わらせろ。

誰かの声。
自分の声。

遠藤は、最後の力を振り絞った。

---

外に出た時、
夜が、やけに静かだった。

担架。
医療スタッフ。
遠くで、ざわめき。

だが、意識ははっきりしている。

【退職届:発動】

【不利契約・隷属・支配効果:解除】

【全能力一時回復】

遠藤は、天を仰いだ。

「……ほんまに、辞めたんやな」

会社も。
過去も。

あとは――

「……生きるだけや」

深層ダンジョンの闇は、
まだ彼の背後にある。

だが。

もう、引き返す場所はない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

異世界ハズレモノ英雄譚〜無能ステータスと言われた俺が、ざまぁ見せつけながらのし上がっていくってよ!〜

mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
【週三日(月・水・金)投稿 基本12:00〜14:00】 異世界にクラスメートと共に召喚された瑛二。 『ハズレモノ』という聞いたこともない称号を得るが、その低スペックなステータスを見て、皆からハズレ称号とバカにされ、それどころか邪魔者扱いされ殺されそうに⋯⋯。 しかし、実は『超チートな称号』であることがわかった瑛二は、そこから自分をバカにした者や殺そうとした者に対して、圧倒的な力を隠しつつ、ざまぁを展開していく。 そして、そのざまぁは図らずも人類の命運を握るまでのものへと発展していくことに⋯⋯。

処理中です...