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第5話 一つ目の悪意
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2019年7月31日。前期最後の補講の終わりを告げる鐘は、同時にモラトリアムの始まりを告げていた。企業インターンシップに参加する者や研究室に篭る者、短期留学に参加する者など、各々が各々の目標のためにこのモラトリアムを過ごす。理想的には、そのような有意義な時間の使い方をすべきなのであろうが、私には特別目指すべき目標はない。二年後にどのような職についているかも想像できないし、正直なところ考えたくもない。今はただ、友人や家族とその瞬間毎を楽しむことができれば良い。しかしながら、一点問題がある。私が所属するサークルのメンバーは皆、インドアアクティビティを好む者ばかりなのである。つまり、私には夏を楽しむための”予定”がない。幼馴染のB子もその他の男たちも例年通りであれば何の計画も無く、あの狭い部室でそれぞれの趣味に耽《ふけ》るのであろう。私から能動的に行動を起こさなければ、また何も変化のない夏で終わってしまう。去年は受動的に誰かが面白いイベントを立案してくれるのを待っていたが、結局のところ時間を無駄に過ごして
終わってしまった。私は学習をする女だ。同じ過ちは繰り返さない。腰が重いサークルメンバーを動かし、何より私が”楽しめる”イベントとすべく春先からある計画を練っていた。
同日午後18時。私は幼馴染のB子を近所のファミレスに呼び出し窓側の席で向かい合わせに座る。夏を楽しむ計画にB子の協力は必須なのである。
「〇〇島の鬼鳴洞窟で合宿?別に私は構わないんだけど、そういうホラーッチックなの苦手じゃなかった?」
B子がメロンソーダの氷をストローで退屈そうにつつきながら私を見る。
「そりゃあ行きたくないよ。でも、地元にいる親戚のおじさんから聞いたの。あそこの鬼は”人を殺せない”って。」
「人を殺せない?」
「そう。正確には、その鬼には実体がないから直接人間に手を出せないらしいの。もし人間に取り憑いたとしても取り憑いた人間以上の力は出せないらしいのよ。でも、人間の肉が好物なの。だからその場にいる人間達の魂を入れ替え、混乱を巻き起こして、勝手に殺し合うのを待つんだって。」
氷をつつくB子の手が止まる。先ほどまでの閉じかけていた瞼は、しっかりと開かれている。私は話を続ける。
「人を直接殺せないし、”水が苦手”ってのもあるらしくて、そこまで厳重に封印もされてないらしいの。昔からグロテスクなゲテモノが好きなB子には少し物足りない話かもしれないけど、どう?興味ない?」
B子はゆっくりと深めに息を吸い、小さな口から息を吐きながらソファーの背もたれに背中を預ける。数秒の沈黙の後にB子は眉間にしわを寄せ、私を見つめる。
「本当に鬼がいる前提で話が進んでいるけど...。」
B子の真剣な眼差しに私は耐えられずに白状する。
「...いないよ。いないいない。全部親戚のおじさんが私を怖がらせるために作った話。鬼鳴洞窟も存在はするけど、実際は洞窟内で反響する音が鬼の鳴き声に聞こえるとかナントカってだけみたい。」
そう、実際のところこの話は子供のしつけのために利用される作り話であり、その話が一人歩きをした結果、鬼鳴洞窟は極一部のオカルトマニアの間でほんの少しだけ話題になった。それが真実である。B子の瞼は再び退屈の重さに負け閉じかけている。
「で、でもね、洞窟は実際にあるし、”魂が入れ替わる”とか、”水に弱い”とかって話は面白いと思わない?何かに利用できると思わない?オカルト脳のアイツらを驚かせそうだと思わない?」
メロンソーダの氷に攻撃を再開しながらB子は訪ねてくる。
「彼らを合宿に誘って、鬼が出てきて魂が入れ替わったフリをして、ドッキリ大成功ってこと?」
やはりB子は話が早くて良い。なんども頷きそして協力を求める。B子はうーんと唸りながら何かを考えている。B子は普段こそ感情を表に出さない大人しい子だが、高校生の時は演劇部に所属をしていた経歴がある。昔からお互いを知っているということと、彼女の演技力があれば入れ替わったように見せることは十分に可能である。と思う。そしてB子は何かを決心したかのようにピタッと動きを止め、退屈そうにメロンソーダを見つめていた視線をゆっくりと私の両目の方に動かす。
「じゃあ、もっと面白くするために二つ約束をして?」
微かに微笑んでいるB子は二つの条件を提示してきた。それは、
・鬼が人を殺さないという話はしない。(もっと怖がらせるため?)
・種明かしをするタイミングははB子に任せる
私はその条件に承諾し、何の罪もないオカルト研究サークルのメンバーの慌てふためく姿を想像し、ニヤけた情けない表情をした。
合宿一日目
親戚のおじさんも協力してくれたし、みんなも意外と信じているみたい。本当に封印の壺があったのには驚いたけど、多分おじさんの仕込みだろう。
*
あぁ、胸が高鳴る。でも今晩は我慢しなくては。あぁ、焦らされているようだ。もう少し。もう少しだけ我慢。
*
合宿二日目
昨晩、B子と入れ替わりの最後の打ち合わせをテント内で行い実行に写す。変なタイミングでB子がネタバラシをしないか気掛かりだが、私がサポートすれば大丈夫だろう。
*
いよいよだ。全てがうまく行っている。残る問題はB子だ。下手をしないよう立ち回らなくてはならない。あぁ、胸が高鳴る。あぁ、待ち遠しい。
*
二日目の朝、男子の方でも入れ替わりが発生した。私たちのドッキリがバレちゃったのかな。でもA君は気づいていなさそう。あぁそっか、みんなで彼を集中砲火するってことね。だったらトコトンやらなくちゃ。B子もうまく演技してくれているし、明日種明かしをするつもりなのだろう。A君には相当怪しまれたけど、男子の熱演も手伝って、今は本格的に信じきっているみたい。種明かしの瞬間が待ち遠しい。
*
あぁ、ようやくこの時がきた。最高のタイミングだ。もっとも心配していたB子についても、思わぬイベントによって救われた。全てがうまくいっている。さぁ、そろそろ行動を起こそう。あぁ、胸が高鳴る。
*
その夜、テントでB子と最後の打ち合わせをしようと思っていたのに、急激な眠気に襲われる。ウトウトしている私に気遣ってくれたのか、B子に考えがあるから明日の朝早起きして話そうということになった。夜更かしのために苦手なコーヒーまで飲んだのに、おかしいな。
そして真っ暗な海の中に溺れていく感覚のまま、私は深い眠りについた。
終わってしまった。私は学習をする女だ。同じ過ちは繰り返さない。腰が重いサークルメンバーを動かし、何より私が”楽しめる”イベントとすべく春先からある計画を練っていた。
同日午後18時。私は幼馴染のB子を近所のファミレスに呼び出し窓側の席で向かい合わせに座る。夏を楽しむ計画にB子の協力は必須なのである。
「〇〇島の鬼鳴洞窟で合宿?別に私は構わないんだけど、そういうホラーッチックなの苦手じゃなかった?」
B子がメロンソーダの氷をストローで退屈そうにつつきながら私を見る。
「そりゃあ行きたくないよ。でも、地元にいる親戚のおじさんから聞いたの。あそこの鬼は”人を殺せない”って。」
「人を殺せない?」
「そう。正確には、その鬼には実体がないから直接人間に手を出せないらしいの。もし人間に取り憑いたとしても取り憑いた人間以上の力は出せないらしいのよ。でも、人間の肉が好物なの。だからその場にいる人間達の魂を入れ替え、混乱を巻き起こして、勝手に殺し合うのを待つんだって。」
氷をつつくB子の手が止まる。先ほどまでの閉じかけていた瞼は、しっかりと開かれている。私は話を続ける。
「人を直接殺せないし、”水が苦手”ってのもあるらしくて、そこまで厳重に封印もされてないらしいの。昔からグロテスクなゲテモノが好きなB子には少し物足りない話かもしれないけど、どう?興味ない?」
B子はゆっくりと深めに息を吸い、小さな口から息を吐きながらソファーの背もたれに背中を預ける。数秒の沈黙の後にB子は眉間にしわを寄せ、私を見つめる。
「本当に鬼がいる前提で話が進んでいるけど...。」
B子の真剣な眼差しに私は耐えられずに白状する。
「...いないよ。いないいない。全部親戚のおじさんが私を怖がらせるために作った話。鬼鳴洞窟も存在はするけど、実際は洞窟内で反響する音が鬼の鳴き声に聞こえるとかナントカってだけみたい。」
そう、実際のところこの話は子供のしつけのために利用される作り話であり、その話が一人歩きをした結果、鬼鳴洞窟は極一部のオカルトマニアの間でほんの少しだけ話題になった。それが真実である。B子の瞼は再び退屈の重さに負け閉じかけている。
「で、でもね、洞窟は実際にあるし、”魂が入れ替わる”とか、”水に弱い”とかって話は面白いと思わない?何かに利用できると思わない?オカルト脳のアイツらを驚かせそうだと思わない?」
メロンソーダの氷に攻撃を再開しながらB子は訪ねてくる。
「彼らを合宿に誘って、鬼が出てきて魂が入れ替わったフリをして、ドッキリ大成功ってこと?」
やはりB子は話が早くて良い。なんども頷きそして協力を求める。B子はうーんと唸りながら何かを考えている。B子は普段こそ感情を表に出さない大人しい子だが、高校生の時は演劇部に所属をしていた経歴がある。昔からお互いを知っているということと、彼女の演技力があれば入れ替わったように見せることは十分に可能である。と思う。そしてB子は何かを決心したかのようにピタッと動きを止め、退屈そうにメロンソーダを見つめていた視線をゆっくりと私の両目の方に動かす。
「じゃあ、もっと面白くするために二つ約束をして?」
微かに微笑んでいるB子は二つの条件を提示してきた。それは、
・鬼が人を殺さないという話はしない。(もっと怖がらせるため?)
・種明かしをするタイミングははB子に任せる
私はその条件に承諾し、何の罪もないオカルト研究サークルのメンバーの慌てふためく姿を想像し、ニヤけた情けない表情をした。
合宿一日目
親戚のおじさんも協力してくれたし、みんなも意外と信じているみたい。本当に封印の壺があったのには驚いたけど、多分おじさんの仕込みだろう。
*
あぁ、胸が高鳴る。でも今晩は我慢しなくては。あぁ、焦らされているようだ。もう少し。もう少しだけ我慢。
*
合宿二日目
昨晩、B子と入れ替わりの最後の打ち合わせをテント内で行い実行に写す。変なタイミングでB子がネタバラシをしないか気掛かりだが、私がサポートすれば大丈夫だろう。
*
いよいよだ。全てがうまく行っている。残る問題はB子だ。下手をしないよう立ち回らなくてはならない。あぁ、胸が高鳴る。あぁ、待ち遠しい。
*
二日目の朝、男子の方でも入れ替わりが発生した。私たちのドッキリがバレちゃったのかな。でもA君は気づいていなさそう。あぁそっか、みんなで彼を集中砲火するってことね。だったらトコトンやらなくちゃ。B子もうまく演技してくれているし、明日種明かしをするつもりなのだろう。A君には相当怪しまれたけど、男子の熱演も手伝って、今は本格的に信じきっているみたい。種明かしの瞬間が待ち遠しい。
*
あぁ、ようやくこの時がきた。最高のタイミングだ。もっとも心配していたB子についても、思わぬイベントによって救われた。全てがうまくいっている。さぁ、そろそろ行動を起こそう。あぁ、胸が高鳴る。
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その夜、テントでB子と最後の打ち合わせをしようと思っていたのに、急激な眠気に襲われる。ウトウトしている私に気遣ってくれたのか、B子に考えがあるから明日の朝早起きして話そうということになった。夜更かしのために苦手なコーヒーまで飲んだのに、おかしいな。
そして真っ暗な海の中に溺れていく感覚のまま、私は深い眠りについた。
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