三つの悪意

Fa1

文字の大きさ
6 / 7

第6話 二つ目の悪意

しおりを挟む
 2019年7月30日18時。E美ちゃんからの呼び出しがあり、行きつけのファミレスの窓側席に座る。いつもの中身の無い愚痴を聞かされるのかと身構えていたが、彼女の口から話された話題は意外なものであった。鬼鳴洞窟での合宿。最初は純粋にその話に興味があったが、聞けば聞くほど馬鹿馬鹿しい。加えてただのドッキリのために私も駆り出されそうになっている。E美ちゃんは手を合わせ、頭を下げて「一生のお願い」と言う。私はE美ちゃんのこういうところがあまり好きでは無い。
 私の心の奥底には”鬼”がいる。物心ついた時から”壊れる”という現象に魅力を感じるようになっていた。この感情に初めて気づいたのは4才の頃、夕食に家族とハンバーグを食べている時。私はフォークでハンバーグの身を崩すのに夢中になっていた。綺麗に整っていたモノが私の思いのままに崩れていく。私の欲望のまま相手の意思に関係なく好き勝手に壊すこと。壊すことは私にとっては三大欲求よりも必要な、大切な、生理現象であった。言うまでもなく次第に興味は生き物の命へと移っていった。とはいえ実際には小さな虫などの命が限界であった。野良猫を見かけた時は、幾度となく葛藤をした。私にだって理性がある。しかし、あの時は夏の開放感に負けたのだ。私の最大の欲を満たすことができるかもしれない絶好のタイミングだと思ったのだ。鬼を使って”鬼”を解放する。映画や小説なんかではただの自慰行為にしかならなかった。人の命を私の手で壊したい。
 手を合わせたE美ちゃんは私の様子をチラチラと伺っている。鬼が出たことが本当になってしまえば、そして「本当は出ていない」という事実を知るものがいなくなってしまえば、やり用によっては上手くいくかもしれない。私はこの女を壊すことができるのかもしれない。それなら鬼が人を襲わない設定は邪魔だし、「本当は出ていない」ことがバレてしまうとそこで終わりだ。今すぐにでも満たしたい欲を抑えるために深呼吸をしながら、ゆっくりとE美の方へ視線を向けた。
「じゃあ、もっと面白くするために二つ約束をして?」
私は何の罪もないE美の壊れていく姿を想像し、ニヤけた情けない表情をしそうになった。

合宿一日目
 鬼鳴洞窟の話は作り話だと聞いていたが、封印の壺は実際に存在していた。まぁ、E美本人か親戚のアノ人が仕込んだものであろう。鬼の復活を印象付けるためにこれを利用しない手はない。そして私はどさくさに紛れて蓋のように貼られていたお札を剥がした。
 *
 あぁ、胸が高鳴る。でも今晩は我慢しなくては。あぁ、焦らされているようだ。もう少し。もう少しだけ我慢。
 *

 その夜。E美と明日の打ち合わせをした。この女の真似をするのは非常に簡単だ。私が最も嫌いな言い回しや行動をすればいいだけなのだから。
 *
 いよいよだ。全てがうまく行っている。残る問題はこのバカ女だ。下手をしないよう立ち回らなくてはならない。あぁ、胸が高鳴る。あぁ、待ち遠しい。
 *

合宿二日目
 ついに入れ替わりのお披露目をした。A君は疑っているようであったが、男子の方でも入れ替わりが発生したおかげで混乱が生じ、嘘はバレずに済んだ。しかし、男子側での入れ替わりはこちらと同じ”ドッキリ”を実施しているのであろうか?それとも本当に・・・。まぁどちらでもいい。邪魔さえなければそれでいいのだ。
 二日目の夜、就寝前に全員で会議を行った際に、私は普段服用している睡眠導入剤をコーヒーポッドの中へと混ぜ込んでいた。理由は言うまでもない。邪魔もなく、落ち着いて、じっくりと壊れる姿が見たいのだ。
 *
 あぁ、ようやくこの時がきた。最高のタイミングだ。もっとも心配していたE美についても、思わぬイベントによって救われた。全てがうまくいっている。さぁ、そろそろ行動を起こそう。あぁ、胸が高鳴る。
 *
 スヤスヤと眠るE美の姿は美しかった。目鼻立ちはくっきりとしており、スタイルだって良い。誰もが認める美人なのだ。彼女の存在を確かめるように全身を優しく撫でる。苦しみながら壊れていく姿を見たい。今彼女の命を握っているのは私なのだ。本当ならこのナイフで胸を開き彼女の心臓を直で見たい。しかし、騒ぎになるのは実に面倒だ。命が壊れる瞬間をじっくりと最期まで見届けたい。そしてその余韻に浸りたい。私は彼女の手足を拘束した後に、水をたっぷりと含んだタオルを彼女の顔に巻きつけた。最初はジタバタとしていたが少しずつ動きは鈍くなる。動きが完全に止まる前にタオルを外す。彼女の目に生気はほとんど感じられないが、少しずつそして必死に呼吸をしようとしていた。今ならまだ助かるかもしれない。その瀬戸際の彼女の表情は美しかった。私の心臓がドクドクと脈を打ち、頭がクラクラとしてくる。名残惜しいが時間は有限だ。私はタオルを元に戻し、美しい彼女の最期を看取った。途端に寂しい気持ちが押し寄せる。あとは死体を洞窟に運ぶだけなのだが、まだ終わらせたくない。最後に彼女の血が見たい。こんなにも美しいのだから、血だってとても綺麗なのだろう。彼女を洞窟へと運び拘束を解く。そして私が”鬼”と呼んでいる破壊衝動は彼女の喉にナイフを突き立てていた。
「E美、大好きだよ。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫(8/29書籍発売)
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

私は愛する人と結婚できなくなったのに、あなたが結婚できると思うの?

あんど もあ
ファンタジー
妹の画策で、第一王子との婚約を解消することになったレイア。 理由は姉への嫌がらせだとしても、妹は王子の結婚を妨害したのだ。 レイアは妹への処罰を伝える。 「あなたも婚約解消しなさい」

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

処理中です...