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「…あ、あの、えー、キョウカ………ちゃん?」

掃除機が俺の後ろで楽しそうに動き回っているのが分かる。

「えと………」
何を話そうかと考えていると、キョウカの足に目がいった。

「あっ、そっか。まだ濡れてんのか。タオル、取って来る」
彼女は首を横に振った。

「え?いいの?」
「……………」

喋らない。これは困った。
俺は苦し紛れに質問する。

「あのさ、コソとキョウカって、どうやって出会ったんだ?」
「……………」
「あ、これがないと話せないか」

俺はパソコンをキョウカの目の前に引きずっていき、自分は彼女の隣に座った。おぉ、このポジションは何かしら進展が望めそうな感じじゃないか!

キョウカは俯いたまま『来ないで』と書かれた文字を一つずつ消した。

「コソとキョウカって、ずっとここにいるのか?」
「………………」

しばらく待っていたが、キョウカはパソコンを介してでも喋ろうとはしなかった。指が止まっている。

「…話したくない?」
キョウカはフルフルと首を左右に回して、『今は嫌』と素早く打ち込んだ。

「そっか………」
それなら会話は続かないだろう。俺はぼんやり天井を眺める。
コソがいてくれなかったら、そそくさと部屋を出ているところだ。でも、掃除機は相変わらず呑気に演奏を続けている。

「キョウカ?」
呼ぶと、一瞬こっちを見た……、気がする。

「…お前ってさ、転移者じゃないんだよな」
コクンと頷いた。

「じゃあさ、特殊能力、持ってんだろ?」
今度は、少し間を持って、いくらかギクシャクした感じで首を下げた。

「それも、まだ言えない、か」
仰向けに寝そべって目を閉じる。こうして時間を潰すしかなさそうだ。

コンセントが抜けたらしく、突然、掃除機が止まった。
ヒュルルル、と間抜けな声を出して、静かになる。

コードの限界の長さを越える所まで掃除したということらしい。
しばらくして、こそがコンセントを別の電源に繋いだらしく、再稼働しだした。

カタカタカタ
それが聞こえたので、俺は跳ね起きた。

『私は、そこの公園であの人を見つけたの』
「あ、そうなんだ」

「あの人」とは、コソのことだろう。
俺の返事を聞いてから、キョウカはその文字を全て消して、新たに入力する。

『泥まみれだったから、この部屋に案内した』
「…ロープを使って?」
頷く。

「どうしてそんなことしたの?」
『あの人は、楽しそうだった』
フッ、とキョウカは軽く息を吐いた。笑ったらしい。そして、俺が何も言わないうちに、その文を一括消去した。
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