細波

Nick Robertson

文字の大きさ
上 下
1 / 7

1

しおりを挟む
森の中で佇んでいると、急に「何見てるんですか?」と聞かれた。
私はすっかり狼狽してしまって、口を突いて「お前なんか嫌いだ」という言葉が出てきてしまった。
そこで初めて隣の顔を見た。
少し驚いたような顔。
しかしその少女はめげなかった。
「あの、そこの家に来た人ですか?」
そこ。それは山荘というものであった。
今はもう冬であるから、泊まる人は他に見当たらない。
この少女は他のところに住んでいるのだろうと思った。
「そうかもしれない」私は意地を張って答えた。
「よかった」少女はストンと息を吐いた。まるで近くの家にいるというだけで親戚になっているような具合だった。
「退屈してたの?」私は聞いた。
「全然。ちょっと楽しくなっただけ」
その少女は屈んでいた状態からすっとまた立ち上がって駆けて行った。
私もそろそろ帰ろうと思った。
しかし重圧に負けて起き上がれない。
ここだけ堅い空気が淡々と流れているようだった。
私はそれに絡まれ、弄ばれて、そうして仕方なくなって空を見上げた。
木の葉も大分落ちていた。
私はその上に座っている。
それを分かるには数日には足りないだろう。
私はそこで深呼吸を繰り返した。
冷たいような、生暖かいような、不思議な空気が喉を通り過ぎていく。
全身に回って、それから、それから私はもっと起き上がれなくなる。
巡って行き着くところはどこにもないにもかかわらず。
変だなとぼんやり思った。
いつか帰らなければなるまい。
それまでこうしていられるといいと思った。
今私には時間がある。
それを噛みしめていると、だんだん唾液が溜まるように、奥側から何か染み出るように、だんだんと私は溶け込んでいくようだ。
そうして何も見えなくなる。
それで満足だった。
今は、今だけはこうしていて許されるのだ。
私は自分をその時一瞬でも捨てただろうか。
一瞬で良かったのだ。
ぐんと引き戻されるような感覚が襲ってきて、自分が地面の上にいることがわかってしまう。
分かってしまうと、あとは力が抜けているだけの悲しい靴下みたいなものだ。
私はそのままでは辛いので帰ることにした。
帰り際、自分が寝転がったその落ち葉の下で、一体何匹の虫たちが犠牲になったろうと考えた。
しおりを挟む

処理中です...