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……
「!」
赤い絨毯、きらびやかな白い彫刻が立ち並んでいる。
屋根いっぱいの装飾、これでもかと言うくらいのシャンデリア。
足が宙に浮いているかのような柔らかい感触。
「別世界か…」
散りばめられた金粉が目をくらませる。
一階と二階でこうも差をつけるとは、一体何がしたかったんだ?
「変なのー!フワフワー!!」
「フワフワー!!」
リリーとルルが走り始めた。
「こら、止めとけ。何かにぶつかりでもしたら…」
「いいよ、別に」
ずっと先を歩いていたニックが振り返って応える。
「いや、お前に言われてもだな…」
「怒らないよ。何を壊しても。怒れないんだ。僕がいるから」
ニックの存在感が急に濃くなった気がする。
「あ!」
「あ!」
白い女体像がゆっくり前のめりに倒れた。
絨毯が敷いてあっても、下は大理石だ。
鈍い音がする。
「ほーら、やっちまった…」男は額を押さえた。
それにしても、この床はどうしたことだろう。
絨毯の隙間を観察すると、やはり大理石らしいのだが、一階の天井はボロっちい木だったはずだ。
と言うことは、大理石の真下に古い木を貼り付けていることになる。
「あー!ルルが足を引っ掛けたからー!」
「リリーが手で押したんじゃないのー?」口喧嘩でもなく、罪のなすりつけでもなく、なんだか無駄に楽しそうに、二人はそう言い合った。
だが、ルルがリリーと会話をちゃんと成立させたこと自体、男を十分に驚かせていた。復唱しなかったのだ。
しかも「リリー」だって!!もし喋るとしたら「お兄ちゃん」とか言うものだと思っていた。
「…俺、まだまだ知らねえんだな……」
「何が?」
「ああ、サキか…。いや、あいつらのことだよ」
ニックにつられて、サキも二人を見つめる。
「まあ、国が違うからね。たった二日で全てを知られたら、たまったもんじゃないよ、あの子達も」
「確かにな」
サキの言うことはもっともだ。男はいつの間にか二人を薄っぺらいように感じてはいなかったか。
コンコン
ニックがドアを叩いた。
「…うん、僕。……えっとね、僕とギルドの人を合わせて、いち、にい、さん…七人、かな」
何やら質問に答えた後、ガチャッと戸を開いてリリー達を手招きする。
そうなると男やサキは小走りになって身を滑らすように部屋に侵入した。ドアが勝手に閉まらないように、ギルドの女の人が支えていたのは見えていたが。
……
男が最後に入って戸が閉まった時、ニックは愚痴を言われていた。
「ったく。公の場で例に無く暴れやがって。後処理が大変なの分かってんだろうな」言葉遣いにそぐわない透き通った声。
「綺麗な顔…」サキが小さく、唇の端から息をするように呟く。
机に両肘をついて椅子に座った切れ目の女だ。見るからにギルドのボスって感じの風格。
「だって僕がやったんじゃないんだもん。この三人だよ!」
一番近くにいたリリーが引っ張り出される。
「…あ?!こんなチビ二人とムスッとした奴で?」
「言い過ぎだろ……」
「ああ?!!」
男が小声で非難すると、凄まれてしまった。
「それが本当なんだよね。ボスのモンスターは僕が倒したんだけど、そのボスのモンスターの目を覚ますくらい騒ぎ回ったのはこの三人なんだ」
「『騒ぎ回った』?」そんな軽いノリじゃなかった。生きるか死ぬかだったんだ!
「そう?…ま、信じてあげないと、またあんたが馬鹿やったら面倒だし?」
「もう既に一つの像ぶっ壊したから」
「はは、一つくらいどうってことないわよ。あの時のことを思えば…」
「だって実力を信じてくれなかったんだから、ああするほかないでしょ」
「他の手段なんて腐るほどあったわよ!!なんで廊下を滅茶苦茶する必要があったわけ?未だに分かんないんだけど」
「分かってくれなくていいよ。あの時はカッとなっただけだから」
なんか不穏な空気。ニックの黒い過去。
「……それで、報酬の話だけど」その女は咳払いして話の軌道を修正した。
「…いくら?」
「あんた、そんなに金欲しくないでしょ」
「そりゃあね」
「じゃ、これで」
ドスン、と袋が無造作に放られた。
男がゴクリと唾を飲む。
「うん、どうも」
「もっと欲しいんだったら、いくらだってあげるけど……。それより、あんた次の依頼はいつ受けるの?なるべく早くしてもらいたいんだけど」
「まぁ、内容によるね。アホらしかったら、前みたいに行方をくらますかも」
「…あの時は三年間も留守にしたんだよねえ。何があったのかと思ったよ」
「遊んでただけ。それより、早く中身を話してくれる?」
女はジッとニックを見て、頷いた。
「今回は面白いと思うよ。暗殺依頼だから」
「へえ」ニックの方がわずかに上下する。
「…あんた、暗殺依頼を受けたことあったっけ?」
「あるけど…。駆けつけたら、既にターゲット死んでたからなあ」
「モアの件だろ?あいつ、ほんっと色んな奴に嫌われて、命狙われてたもんね……」
「そんなことどうでも良いんだ。過ぎたことだし。じゃ、今回の奴は?」
ニックと声色が明るくなったような気がする。
「…ギルド始まって以来の大仕事になりそうなんだよね……。敵の数は不明だが確実に複数人だ。あいつらは今も急速に力を伸ばしてる。すぐに手を打たないと」
「ふーん」
「極秘情報によると、紫玉ってのを持ってるらしいんだよ」
「……繋がった」
「は?何言ってんの?」
ニックの視線がギラギラ鋭くなった。「…やるよ。その依頼。今すぐに」
女はポカンと口を開けたが、すぐにニタニタ笑いだした。
「……どういう風の吹き回しか知らないけど、これは頼もしいね。あんたが連続で依頼を受けるなんて」
「………楽しそうだから」
ニックはゆっくりと言って、男の方を振り返った。
「ケンもこの依頼に参加すると良い。まぁ、僕とは別行動になるだろうけどね。テトラとサキは君達に譲る。金も必要だろうから、これもあげよう」
ニックは金の入った袋をリリーに渡す。
「…じゃ、ヨーイ、ドンだよ。どっちが早く紫玉を手にするか、競争するんだ」
「は?おいちょっ…」
ニックは部屋を出て行った。
「……あんた、あいつに期待されてんの?あいつが張り合うところなんて、初めて見たよ。どこのギルドに所属してるの?」
「あ…」
男はニックが出て行った戸と女を見比べて、とりあえず、周囲のみんなに「…行くぞ」と伝える。
「『どこの所属なの?』って聞いてんのよ。私の言うことを聞けないの?」女が声を荒げた。
「…無所属だ。じゃ」
そう言い残して、男もリリー達を連れて出て行く。
でも、戸が閉まる間際に、少し頭を下げて一礼するのは忘れなかった。
……
「…これからどうするの?」サキが聞いてくる。
「そうだな。紫玉の存在が確実になってきた今、一刻も早く探しに行くのが正解なんじゃないのか?」
「でも、案外そう言う敵の一味は、こういう街の中に居るものなんだよー?もしかしたら、近くに潜んでるかも」
「そうか?じゃあ、どうすんだ?」
「今日一日だけは、この街を洗いざらい見て行くの。どう?」
「良いけど…」
男の返事は重かった。
敵の一人とすれ違ったところで、どうしてその人間が敵なのだと断定できよう。
「…それ、意味あるのか?」
「あるよ、きっと」
「………分かった」
男はサキの眼差しに折れて、その意見を了承した。
「どこの宿に泊まるの?」サキはまた質問を重ねてくる。
「贅沢言うなよ。金はねえんだぜ?」
「あっはっはぁ、おっかしぃ、さっきお金貰ったじゃん。それ、自由に使えるんだよ?」
「あ、そうか。でも、無駄遣いは…」
「無駄遣いじゃないよ。無防備に寝て、服まで根こそぎ盗まれるより良くない?」
サキがイタズラっぽく笑う。
「…そんな悪い奴が居るのか?」
「極端な話だったかもしれないけど、居てもおかしくないでしょ?この街広いんだから」
「そうか…」
男は袋の紐を緩めて、中身を少し確認して、又すぐに閉じた。なんて大金だろう。今まで見たこともない。(ついでに、男が居た街と貨幣が同じことも確認できた)
「…宿、見つけてくれる?」
「勿論!」
「お、俺も!」テトラがバッと手を挙げる。
男は頷いた。
「よし。じゃ、そうしてくれ。えっと、俺らは……。そうだな、そこの店の中にいるから、できるだけ早く戻ってきてくれ。リリー、ルル、行くぞ」
「はーい!」
「はーい!」
二人は相変わらず威勢の良い返事をする。
男はリリーとルルを引き連れて「武器屋」の看板が掛かった店にいそいそと乗り込んで行った。
「宿の方は任せて!」サキが叫んだが、男には聞こえなかったようだ。
……
「おい、見ろ!武器をこんな着飾る必要があんのか?」男は頭をハンマーで殴られたようなショックを受けた。
「『ルビー付きショートソード』って、なんでルビー付きなんだよ。意味分かんねえ」
「ねー、おトイレどこー?」
「どこー?」
「わわ!またか!そんなに水飲んでんのか?」
「そーいえば森で、なんか…」
「なんか…」
「ああ、『水を蓄えてる植物』って、なんかニックが言ってたな。あれ、たらふく飲んだのか?」
「うん…」
「ん…」
「むー、あ、アレじゃねえか?一番向こうのドアだ。行ってみろよ。ションベン飛び散らすなよ」
「はーい!」
「はーい!」
二人はズボンを押さえながら「TOILET」の札に突進して行った。
「…やれやれだ。今までこんなこと無かったのにな。山では勝手にしてたのか?」こんな独り言をブツブツ言っていると、突然「馬鹿野郎!!」と言う叫び声が聞こえた。
「なんだなんだ?」男がそこに向かうと、無精髭が顎いっぱいに侵食したおっさんが、細っこい赤髪の女の人に怒鳴られている。
「はっ!お前がこんなもの盗んでどうなるってんだ!さあ、サッサと返しな!ったく」
どうやら、おっさんが盾を盗んだらしい。なぜショートソードみたいな小さい物にしなかったんだろう。
「い、いいじゃねえかよお、俺だってカッコよくなりたいんだわ」
「馬鹿言うなっ!」
「お、だってお前、子供に小刀一本渡してたの見たんだからな。あれはどうなんだよぉ」
「あのねぇ、小刀と盾はそもそも値段が違うんだ!屁理屈言ってんじゃないよっ!」
「い、いいじゃねえかぁ!」
「黙るんだっ!」
バシィ!と鋭い音がした。
男は思わず顔を背ける。ちょっと盗んだ理由が幼稚過ぎやしないか。
「離せったら!商品なんだから!!」
「ヤダヤダ!泥棒っ!」
「今泥棒と言ったね!!どっちが盗みに入ったんだいっ!!この!この!」
「イテェ!この野郎っ!」
「ねぇ、おじさん、あれ何?」
「何?」
いつの間にか用を足した二人が男の服を引っ張っている。
「ああ、あれか?あれは…その……大人の喧嘩だ、大人の喧嘩」
「喧嘩?」
「喧嘩?」
「そーそー」
男が白々しく返事をすると、
「俺のだからな!」とまた耳に声が駆け回る。
おっさんは諦めていないようだ。
男はとても大きく息を吐いて、言い合っている二人に近づく。
「なぁ、あの…」
「俺のだって!!」
「ふざけるのも大概にしなさいよ!殺されたいのかい?!」
「あの…」
「殺すだと?!殺す?!!お前が?俺を??…やってみろ!そしたらテメェが捕まってボッコボコにされるんだよ!」
「私の店に盗みに入ったあんたが完全に悪い!!」
「何だと?!」
「あの!!!!」
男の大声で、おっさんの服を掴んでいた女の手が緩まる。
「…なんだい?この状況を分かって話しかけたんだろうねぇ?」
「えと…俺、その盾買うから。それで……このおっさんに、あげればいいんだろ?」
「おぅお?!」おっさんが素っ頓狂な声を出す。「旦那ぁ、それは本当で?!」
「止めときな。こんなアホ助けたところで良いことなんてありゃしないよ。仏ヅラした後、泣きを見るのがオチだね」女が首を振る。
「何?!テメェよくも言ったな?!!じゃあこっちも言わせてもらうけどな、さっきあんたが服を引っ張ったせいでここ破けちまったんだけど!!」男が服の穴を指でほじくる。
「盾を盗んだアンタのせいでしょうが!!それに、私が掴んだのはそこじゃないよ!ここだ!!ちゃんとよく物を見て言うことだね」女はおっさんの肩をバンバン叩いた。
「イテェな!あんた目が悪いんだろ!」
「そう言うアンタはどうなんだぃ!」
「もういい!!!!」男は体全体を震わせて怒鳴り、盾の値段を確認する。
「金貨5枚か。ハイハイ、あるよ、これで良いな」
袋から金貨を取り出すたびに、おっさんの手が震える。
実は、男だってドキドキしてるのだ。金貨5枚だって?!男は銅銭4枚が最高の収入だって言うのに。
「…オホン、これでお終いにしてくれ」
「まあ、金を貰えればアタシは良いんだけどさ」そしてキッと男を睨む。
「この人に感謝することだね!この豚!」
「豚だと?!」
「いやゴメンゴメン、それは言い過ぎだね。……豚に失礼だ」
「何ー?!!」
「止めろよ!喧嘩好きなのか?お前ら!!」男が割って入って突っかかっていきそうな男を止める。
男は肩から荒く息をして、女を睨んでいるが、その女は両腕を組んでカウンターにもたれ、プイと違う方向を見ている。
それでいて男が手を離すと、恐らく一方的にこのおっさんが殴られるのだ。
どっちが悪者かなんて知ってる。でも、このままじゃラチがあかないじゃないか。
「…ほら、おっさん、盾を持って帰りなよ」
「ありがとうごぜえやす、旦那ぁ」なんだか甘ったるい声だ。気持ち悪い。男はシッシッと手を払った。
「……あんた優しい奴だね。それに無知だよ」男が消えてから女が喋りかけてきた。
「無知、か?」
「そうだよ。あの手の奴は、味を占めたらまた問題を抱えて来るんだよ。もっとデカイ問題をね。全く、金なんてすぐに失くなっちまうんだから」
「そうか…」
「同情するよ、本気で。気をつけな」
「ああ、どうも」
女にお辞儀をしてリリーとルルを呼んだ。
「…おじさん。大丈夫だった?」
「だった?」
「ん、心配するな。ガキはガキらしく、ってな。笑っとけよ」だが、男の心も曇っていた。あの最後の方の言葉の調子が気にかかる。気味が悪い。背筋がゾクゾクした。
「い、急ぐぞ。店を出よう」
「どこに行くの?テトラは?サキは?待たないの?」
「ないの?」
「ああ、そうだったな。……うん、落ち着け、俺。…よしっ、大丈夫」
不安げな二人の頭を撫で回した。
しまったなあ、自分の焦りや心配が、リリーとルルにも伝染してしまっているのだ。
「よし!俺、奮発してなんか買ってやるよ!」
「え、要らないよ!おじさんの好きなもの買ったら?」
「買ったら?」
「くあー、子供に気を遣われたかぁ。…ま、お前達は賢いから、子供って思わない方が良いかな」
男は引きつった笑いを浮かべて首筋の後ろを掻いた。
……
「お待たせー!ゴメーン、結構安くて良い宿無くてさー」
「ふぁー、疲れたぜー!」
サキとテトラが店の中にやってきた。
男は、一人で切り盛りしている店主の女と話していたが、二人の声を聞くと立ち上がった。
「すまん、もう行くわ」
「…ふーん。アンタも大変なんだね」
「まあな」
「でも、アタシ以外にこんな話、易々としない方が良いよ。そこを利用しようとする人間なんて、ゴマンといるんだから」
「…そっか」
「なんか抜けてるんだよ、アンタは。好感持てるけどね」
「あ、ありがとう…」
女に手を振られたので、振り返す。
それからリリーとルルを連れて、サキとテトラに近づいた。
「…どうしたの?あんな美人さんをナンパしようとしたの?」サキがニコニコする。
「いや、他に客がいなかったから、話をしてただけだよ。すげえ良い人」
「裏の顔は分からないもんだから、簡単にみんなを信用しちゃダメだって。特にあんな美人には気を許しちゃダメ」サキが真剣な顔で言う。
「そうか?絶対頼りになる人だと思うけどな」
「この街って、嘘つきも多いから。……今まで黙ってたけど、ここ、そんなに治安良くないんだ」
「あー、知ってた…」おっさんを思い出した。顔を振ってその姿を記憶から消そうとするが、無論できない。
「…ん?何かあったの?」
「ああ。変なおっさんが…。いや、それより、これ、お前らに買ったんだ」二つのペンダントをそれぞれサキとテトラに渡した。
「わあ!良いの?」サキがパチンと手を合わせる。
「こりゃ綺麗だな。本当にもらって構わないのか?」テトラもジッとそれを見た。
「そのために買ったんだからな。首に掛けてみろよ」
コバルトブルーという色だそうだ。二人の胸の前で、キラキラ輝いていた。
「…ありがとう」ゆっくりした声でサキが言う。
「何か買おうと思ってたから、ちょうど良かったんだよ。……じゃ、オススメの宿とやらに向かおうか」
男はテトラとサキをチョンと押して催促した。
「…あ!うん!とっておきの場所にあるんだ!見つけるのに苦労したよ!!噂に聞いてただけの宿でさ」
「ふーん。期待できそうか?」
「そりゃ、私が選んだんだもん!」
「おい、俺もいたぜ?」
「テトラはついて来ただけでしょう?」
「そうだけど…。俺も丁度その宿を狙ってたんだからな」
男はうんうんと頷いて、店の扉を開けた。
ふと後ろを見ると、店主が小さく手を揺らしていた。
男も微笑んで、戸を閉める。
外に出た途端に、静かな風が男の髪を揺らした。
なんだか照れ臭いと思った瞬間、大きいくしゃみが出た。
……
「ほー」
「ね?満足でしょ?」
ギルドの二階のような豪華さは無く、むしろ閑静な空間だった。そこに満ち満ちている清潔感。
「それでこの値段…」
1つの部屋を1日借りるのに銅銭が二枚必要。これだけで食事と共同風呂付きらしい。しかも食事はおかわり自由ときた。
「…どう?」
「そりゃもう……即決だ」
「やったあ!」
サキがテトラとハイタッチする。
何だかニックといた時よりサキが元気なようだから、悩みも少し吹き飛んだ。
それに、ここまで入り組んだ街の一角なんだから、いくら金が欲しいおっさんとて男がいる位置は掴めないだろう。
「いらっしゃい!何部屋に泊まるの?ここでは、1日過ぎるごとに料金を頂くシステムだから、とりあえず今日の分を払ってもらおう!」カウンターの奥から活発そうな少女が出てきた。
「あ、相部屋でいい?」
何も考えてなかった男が慌てて後ろに聞くと、
「そりゃいい考えだな!」とテトラが真っ先に叫び、
続いてサキが「一人用の部屋をみんなでシェアしなくても、お金あるのに」と反論した。
「…嫌なのか?」
「………そうじゃないけど」
「じゃ、一部屋で」男がその女の子に言うと、
「分かりやしたー!…はい!これが部屋の鍵!二階で、左の奥から三番目の右手にある部屋だよ!『203』って書かれてあるからすぐ分かると思う!」と、棚から鍵を出してくれた。
「ありがとう」
「はいはーい!でも珍しいねー。五人で一部屋に泊まるなんて!しかも女の人は、一人だけかー」
「あ、そっか。どうする?もう一部屋借りとく?」
「…別に」サキの顔がほんのり紅潮しているような気がする。
「じゃ、早速行くか」
「ご飯は持って上がろうかー?」
「いや、ここに来るよ。普通はこのテーブルで食べるんだろ?」
「はいー」
大きなテーブル二つに椅子が敷き詰められているのを見たら、簡単に想像できた。
「いつご飯の時間なの?」
「えっと、多分もう少しだと思うんだけど、あの、……美味しい匂いがしたらで!」
曖昧な回答だが、とびきりの笑顔だ。この仕事が本当に好きなんだろうな、と思った。
「じゃ、お風呂の時間に制限とかある?」
「無いよー!天然湯で、いつでもアツアツ!」
「へえ、そりゃ凄い!ありがと」
「こちらこそー!」
男は会釈して階段に足をかけた。
その時になって初めて、自分の笑みが二日前には無かったものだと気づく。
「あれ?俺もしかして社交術を身につけていっているのか?」
心の中で驚いたが、多くの人と触れ合ったのだから、それも当然か、と納得した。
また足を踏み出す。
階段はトントンと軽快な音をたてた。
二階に上がると、道は左右の二手に分かれていた。
男に一番近い部屋の番号を眺めると、左方の部屋は「205」、右方の部屋は「206」と書かれている。
それを見て、男は左に向かった。
「204」、「203」
「ここだな」
「そうみたいね」
鍵を差し込むんで左に回すと、カチャリと音がした。
男は鍵を抜き取って、戸を引く。
キィ、と小さく喋って、203号室は口を開いた。
「…………お前は?」
しかし、布団の上には既に一人の男の子が乗っている。
「シシカって言います」
その少年はジッと男を見据えた。
「おかしいな、鍵が掛かってたはずなんだけど。どうやって入ったんだ?」
「あれです」
窓ガラスが割れている。
「お前が割ったのか?」
「はい」
「…どうしてだ?」
「あの、一晩だけ泊めてもらいたいんです」
「ここに?」
「はい」
男は唸った。
「んー、でも、この狭い部屋には俺達が五人で寝ることになってるんだ。正直言って、お前が居たら困る」
「やっぱり、ダメですか」
「えーと、他の場所じゃいけないのか?」
「外の夜は怖いんです」
「怖い?」
「何が起こるか分かりませんから」
少年の目は潤んでいる。
男は、その少年に近寄りかけて、立ち止まった。
「…どうかしました?」
「いや、別に」言って男は目をそらす。「…一晩だけか?」
「一晩だけです」彼の語尾は強かった。
男は間を空けてしばらく考えてから「……良いよ」と承諾する。
「本当ですか?」
「ああ、まあ…」
他のみんなを見る。
サキとテトラは黙って頷いた。しかしリリーとルルは何だか怯えているようだ。それ相応のワケがあったとしても、窓を勝手に割って侵入するような奴だもんな。簡単に気を許せる相手じゃない。
「それにしても、お前、アザだらけなんだな」
男は、また少年の姿をざっと眺めて話しかけた。
「よく、イジメられるんです」
「そっか」
服もほとんど破れかぶれで、ほぼ全裸だ。
「行こうか。風呂に」
「ぼ、僕もですか?」
「ああ。この宿屋はすごく良心的なんだ。一人くらい増えたって、怒られることはないと思うな」
男はグイ、と少年の肩を引っ張った。
……
「うわー、こんなの生まれて初めてです…」
銭湯に人は少なかった。
男は丁寧に少年の背中を流す。少年は既に頭を丸坊主にされていた。刈り取った髪の毛は新聞にくるまれてゴミ箱の中だ。
「ねー、こっちもー」
「こっちもー」
「テトラに洗ってもらえよ。俺はこいつを綺麗にしてるんだ」
「えー」
「えー」
仕方なく二人がテトラに歩いていく。
「いやいや!俺、自分の体もしっかり洗えないような人間なんだぞ!どうして他人の体を清潔にできるんだ?!」
「他人だからこそ、責任が重くなって、しっかり綺麗にするんだと思うぞ?自分の体を綺麗にする練習だと思って頑張るんだな」
「ほへー」
だいぶん少年の体の色がハッキリしてきた。そう、茶色だ。煤けた黒色ではない。
「この水に浮いてんのが垢かな…。流しとかねえと」
男はシャワーで汚れを排水口に送り込んだ。
「ありがとうございます…。気持ち良かったです……」
「まだまだだ。こんなので一緒に寝られるかっての。……後でお前が乗っかった布団も洗濯かなあ…」
「すみません…」
「それより、自分で洗うトコをキチッとしろよ。俺、お前のチンポコの面倒までは見ねえからな」
「は、はいっ!」
一通り洗い終えたら、いったん熱湯風呂に浸からせる。
「うわー、極楽だー」少年はパシャパシャと銭湯の中を泳いだ。
「他に人がいないから許されるんだからな、それ」
「分かってますー」
「あったまったら、もう一回体を洗うぞ」
「えー、良いですよ。そんなにしなくても。…実はちょっと抵抗あるんですよ。あなたに洗ってもらうのは」
「いーや、俺の気が済むまでやるんだ」
男だって、はしゃいでいる。いつもは風呂に入ることなんて無いからだ。
だから、できるだけ何かを洗っていたい。
勿論、自分の体もずっと擦っている。
「おーい、先に出てるぞー」
「のーぼーせーたー」
「せーたーぁぁぁあ」
「おう、じゃあな」
テトラとリリーとルルはそそくさと出て行ってしまった。ルルの天狗顔が面白い。
「…おしっ!じゃ、お前を洗う番だな」
「えー、良いですったら」
「俺が洗いたいんだから!俺の都合なんだよ!!」
石鹸から無数の泡が生産される。男はそのことに、いちいち感動した。
……
「わー!もしかして、これ、僕に?!」
「当たり前だろ?早く着ろよ」
新しい服とズボンだ。
少年はモジモジしながら受け取った。
「そう言えば……着れる?」男が聞く。
「なっ?!僕だって服ぐらい着れますよ!」
「でも、ずっと着替えてなかったんじゃねえか?服があんな風になるまで使ってたんだから」
雑巾のようになった布を指差す。
「服は最初からボロボロだったんです!僕が着た時からなんら変わってません!!」
「それはそれで嫌だな」
少年は、それでも少しつっかえながら服を改めた。
「…なんか、平均的な子って感じになった気がする」
「えー?良いことなんですか?それ」
「悪いことじゃないだろ」
男は専門家になった気分でフンフンとしきりに頷いた。
「これ、いつ買ったんですか?」
「さっき」
「どこで?」
「この宿の受付の女の子に頼んだんだ。借りたバリカン返すついでにな。『この金で足りる子供用の服とズボンを買って来い』って」
「…よく了承してくれましたね」
「快諾だったぞ。『お釣りあげるから』って言っても『いらないです』って言うし」
本当に優しい奴だと、男も思う。
服は少し大きめだったが、小さ過ぎるよりずっと扱いやすい。
「…ん、どこからか美味しそうな匂いがしますねー」少年がいきなり鼻をヒクつかせた。
「もう夕飯なんだろうな。急ぐぞ」
二人で競争でもするように脱衣所を飛び出して受付前に走った。
……
「おいしかったー」
「かったー」
リリーとルルが膨れたお腹をさする。
「…そう言う割には、そんなに食ってなかったじゃねえか」
空になった小皿を見る。シチューがこびりついていた。
「まだ小さいんだから当然よ」
その言葉には、サキが応じる。
「でも、こいつは俺より食ってたぜ?」少年の頭を撫でる。「…うまかったか?」
「おいしかったと思うんだけど、なんか覚えてなくて」軽くなった自分の頭を触っている。気になるようだ。
「…夢中になり過ぎだろ」
「だって、あんなご馳走だもん」
リリー達が外で待っていて、一斉に食べ始めたのだが、それでも一番乗りだった。
他の人達はまだ外にいるのでしょう、と女の子は言っていた。その言葉通り、途中で玄関から四人の客が入って来て食事をとっていた。残りの宿泊客は、部屋に食事を運ばせて、後で食べるのだろう。
食べながら男は一つ思い出して、「あ、そう言えば窓ガラス割っちまったんだ」と話すと、女の子は間髪入れずに笑いながら「もう知ってるよ!直しといたから!!」と返した。
「『本当かよ』って思ってたんだが…」
203号室は何事も無かったように静かである。
ガラスの破片さえも目に入らない。
「あの子すげぇ」
「そりゃ、この宿のボスなんだから」サキがちょっと息を弾ませて応えた。
「え、あの子店長なの?」
「そうよ、料理とか洗濯とかそういうの全てあの子がやってるの。尊敬するよね」
「確かに」
男はごく自然に認めた。自分には到底できない業だと悟っていたのだ。
「…じゃ、次はどこ行くんだ?」なぜかテトラがウキウキしている。
「え、後は寝るだけだろ」
「何言ってんだ!この街は夜が楽しいんじゃねえか!昼働いて夜遊ぶ!理に適ってるだろう?」
「でも、それじゃあ、いつ休めば…」
「休むのは後だ!行くぞ!夜のマク街に!!」
テトラはもう飛び出して行った。
男はそれをただ見送る。
夜は寝るというのが男の主義だ。
狩りをするのが危険な時間帯には大人しく眠っていた方が良いものだ。
そんな生活に慣れていたから、実はもう男はフラフラなのだ。
その上、温かい風呂、美味しいシチュー、目の前にあるフカフカな布団…と三拍子が揃っているのだから、もう耐えられない。睡魔は無敵だ。
「お、俺は寝るわ…」
「ダメ!夜のマク街はすっごいオススメだから」
「そんなぁ…」
サキがそのまま前に倒れて、布団にのめり込んだ男の左腕を引っ張る。
そうかと思えば、サキは標的を変えてきた。
「リリーちゃんも行きたいんじゃない?」
「え?」
「楽しいよー?」
「じゃ、行く!!ルルも来るよね!!」
「うん!」
勝ち誇った顔のサキ。
「ほーら。二人もこう言ってる。シシカは?行きたいよね?」
「え、僕は別に…」
「行、き、た、い、よ、ね??」
「は、はひぃ…」
「そら、満場一致。あなたはこの三人の保護者みたいなもんなんだから、一緒に来る義務があるわ」
シシカについては脅迫するようにして全員を賛成に持っていった。すごい荒々しさ。
「外堀を埋めて来るとか、酷くないか?」男は余った右手で布団にしがみついて、顔をそれに擦りつける。
「だって、ホントにオススメなのよ!」
「じゃ、リリーとルルとシシカは頼んだぞ」
「あなたも来ないとダメなの!孤立よ!孤立!」
「孤立で良いから!とにかく眠いんだ!!」
「ちょっと!シシカの怪我を治したのは誰よ!あなたの頭のアザを治したのは誰よ!!」
「もぉ………分かった」
男が立ち上がると、サキが飛びついてきた。「ケン大好き!」
「それ、テトラに言ってやれよ…」
「え?なんて?」
「いや、何でもねえ。よし、リリー、シシカも!行くぞ」
「はーい!」
「はーい!」
「分かりました!」
賑やかだった203号室は、たちまち空室になった。
……
「何だあ?ここ。…あれは?」
「あれねえ……。吐瀉物、だったりして?」テトラが言いにくそうに話す。
「はしゃぎ過ぎだろ。……おーいリリーとルル、見たか?お前らがションベン垂れ流して泣いた場所、みんなも同じことしてるみたいだぞ?ほら、あれも野糞だろ?」
「うう、えええ…」
「えええ…」
「ケン!何でリリーちゃんとルルちゃんに意地悪言うのよ!」
サキに怒鳴られて、男はヘイヘイと頭を下げる。
夜のマク街の居酒屋は想像を軽く超えるくらいには盛り上がっているようだ。
ぶらぶら歩いていると、誰かが男にドンとぶつかってきた。
「っ」
「あ?なんだぁ?テメェ俺とやり合おうってってんのか?」
かなり酔っているようで、顔が赤く、息も臭い。
「舌が回ってないぞ」
「バーロー、言っとけ!」
顔を殴られた。
男はフラフラと壁にもたれかかる。
思わず銃に手をかけたが、弾が無かったことが幸いした。
酔ったおじさんはテトラに捕まって引き剥がされる。
「酒に弱い人も飲んじゃうんだよね。カッカしやすくなる人だっているんだよ。我慢してあげて」
そう言ってなだめつつ、サキが回復魔法を使い始めた。どんなに小さい傷も見逃さない、という風に。
ところで、男は、相手が怒っているのを見ると逆に冷静になる節がある(と自負している)。そこで、今の状況についてじっくり分析していると、気になったことがあったので、サキに質問した。
「サキ?」
「ん?」
「お前の回復魔法って、治せるのは外傷だけか?」
「どういうこと?」
「例えば今みたいに殴られた時、もし内出血してたら、それも治癒できるのか?」
「どうだろう、内出血かぁ…。やったことないけど、できると思う。多分」
「そうか」
サキも意識していないのだろう。
だが、サキの術は痛みも和らげるから、やはり内側の傷も癒やせているのだと思う。
こういう関係ないことを考えていると、ほとぼりは冷めてくるものだ。
やっと顔を上げて、酔ったおじさんを見ると、テトラに連行されて大人しくなったようで、大きなくしゃみをしていた。
「…あんな人達の喧嘩の9割は、引き離せば解決するんだ」テトラが戻ってくる。
「本当かよ」
「だって、あの人もそうだっただろ?」テトラが帰ってくるなり説明した。
「でも、俺はこういうのが続く所はゴメンだな。帰って寝たい」
「さっきのは、すぐに止めなかった俺の責任でもある。すまない。でも、夜のマク街はなにも喧嘩するトコじゃないんだ。面白いことだって、もちろんある。まぁ、楽しみにしといてくれよ」
「はあ…」
そう言われなくとも、後ろにはリリーとルルとシシカがくっ付いていて、隣ではピタリと、サキが男の腕を掴んでいるのだ。逃げようがない。
「あ!魔法具屋よ!」
「お!サキは良い所に気がつくねぇ。うん、どうやらあれは本当に魔法具屋のようだぞ。ほら、ケン。文句言わずに行ってみるものだろ」
「『文句言わずに行ってみる』ねえ。魔法具屋なんかより、睡眠屋に行きたいもんだ」
奥に小さくランプが灯っている。
ガヤガヤ言う声はもう遠くにナリを潜めていた。
……
今にも壊れそうなドアを押すと、店の内側から光が外にこぼれた。
店の中は細い瓶や杖などで溢れている。
店の中には椅子が一つあって、そこに座っているのはおばあさんだった。
肌に赤みがなく、全く動かないので、置物かと思うほどだ。
まぶたは閉じたまま、じっとしている。
「…うーん、やっぱりダメだね」
「…仕方ないよ。夜の街なんだし」
「どうしたんだ」
テトラとサキがコショコショ話していたので、男が聞いた。
「え?いやいや、何でもないことよ?」
「おう!『すげぇ綺麗だな』って」
二人があたふたと弁解したので男はさらに訝しがった。だが、これ以上質問しても、のらりくらりと躱されるだけで、分かることはなさそうだ。
「……おじさん」
「なんだ」
「あの二人が言いたいこと、分かったよ」シシカが後ろからそっと囁きかけた。
「なんだって?」
「きっと、この店の中にあるものが、ほとんど偽物ばかりだって話なんだよ。おじさんに言うと帰っちゃうかもしれないから、黙ってるんだ」
「偽物?これが?」
男は一つ置物を手に取った。
「魔女が作った魔食い人形」とある。
シシカに見せると、頷いた。
「…そうだよ。それも偽物さ。魔女なんて、この街のどこにいるのか分かっている人がいないくらい稀少な存在なんだ。ある日突然この人形を売ってたらしいけどね。それを買った人が大金持ちになったとかで、大人気になったんだ」
「へえ」
シシカはテトラとサキがこっちを向いていないか、チラチラ確認している。
「…でもね、いつしか模造品が大量に出回るようになったんだ。『マク』って言う地名に乗っかって、『マクイ人形』なんて名前がついたのもこの頃だよ。僕は話を聞いただけなんだけど」
「でも、これ、結構値が張ってるぜ?」
手の中にあるこの小さな置物は、買うためには金貨一つが必要らしい。
「…魔女がその値段で売ってたらしいからね。お金持ちじゃなくても手を出せるような安い人形も出回ってるけど、まぁすぐに偽物だってことは分かる。だからみんな、それは観賞用ってことで買ってるんだ。それでも『本物を手にしたい』って言う人もいて」
「そういう人を騙すためにこれがあるわけだ」
「そう」
確かに値段が高かったら本物っぽい感じはする。男は唸った。
「そう言えば、どうしてこれが偽物だって分かるんだ?」
「あ、それはね、ここに亀裂が入ってるから」
「ん?」
シシカが指差す場所を男が覗いても何も分からない。目を人形にぐんぐん近づけると、わずかに傷が入っているのが見えた。
「…これが?」
「そう」
一ミリあるかないかくらいの傷だと思われた。
「どうして…」
「あのね、本物は、絶対に壊れない置物としても有名なんだ。魔女の魔法がかかってるから。その説を信じてみると、この傷はあり得ない。それに、他にもそれを裏付けるものがあるんだ」
「何だよ」
「ほら、あの杖も、あの煙が入ってる瓶も、立派な魔法具に見えて、何の効果も無い物ばかりだもん。あそこの黒色の瓶なんて、お粗末でしょ?黒色で隠そうとしても、煤けてることくらい分かるよね。あれでも一応、回復薬らしいけど。……ここは魔法具屋じゃなくて、観賞用雑貨屋くらいに思ってれば十分な店なんだよ」
「すげえ」
シシカを見直した。
彼は照れたように俯いて、「…でも、テトラさんやサキさんは、きっと魔力の有無で本物かどうかを調べてるんだと思う。そっちの方が、完全だよ…」
「いや、お前もすげぇ。確実に」
「そうだよ!」
「だよ!」
リリーやルルもしっかり聞いていたようで、小声で賛同した。
その時、サキが男の肩を叩いて「もう行こっか!」と笑いながら言ったが、男はその顔が冷たく見えて仕方なかった。
「!」
赤い絨毯、きらびやかな白い彫刻が立ち並んでいる。
屋根いっぱいの装飾、これでもかと言うくらいのシャンデリア。
足が宙に浮いているかのような柔らかい感触。
「別世界か…」
散りばめられた金粉が目をくらませる。
一階と二階でこうも差をつけるとは、一体何がしたかったんだ?
「変なのー!フワフワー!!」
「フワフワー!!」
リリーとルルが走り始めた。
「こら、止めとけ。何かにぶつかりでもしたら…」
「いいよ、別に」
ずっと先を歩いていたニックが振り返って応える。
「いや、お前に言われてもだな…」
「怒らないよ。何を壊しても。怒れないんだ。僕がいるから」
ニックの存在感が急に濃くなった気がする。
「あ!」
「あ!」
白い女体像がゆっくり前のめりに倒れた。
絨毯が敷いてあっても、下は大理石だ。
鈍い音がする。
「ほーら、やっちまった…」男は額を押さえた。
それにしても、この床はどうしたことだろう。
絨毯の隙間を観察すると、やはり大理石らしいのだが、一階の天井はボロっちい木だったはずだ。
と言うことは、大理石の真下に古い木を貼り付けていることになる。
「あー!ルルが足を引っ掛けたからー!」
「リリーが手で押したんじゃないのー?」口喧嘩でもなく、罪のなすりつけでもなく、なんだか無駄に楽しそうに、二人はそう言い合った。
だが、ルルがリリーと会話をちゃんと成立させたこと自体、男を十分に驚かせていた。復唱しなかったのだ。
しかも「リリー」だって!!もし喋るとしたら「お兄ちゃん」とか言うものだと思っていた。
「…俺、まだまだ知らねえんだな……」
「何が?」
「ああ、サキか…。いや、あいつらのことだよ」
ニックにつられて、サキも二人を見つめる。
「まあ、国が違うからね。たった二日で全てを知られたら、たまったもんじゃないよ、あの子達も」
「確かにな」
サキの言うことはもっともだ。男はいつの間にか二人を薄っぺらいように感じてはいなかったか。
コンコン
ニックがドアを叩いた。
「…うん、僕。……えっとね、僕とギルドの人を合わせて、いち、にい、さん…七人、かな」
何やら質問に答えた後、ガチャッと戸を開いてリリー達を手招きする。
そうなると男やサキは小走りになって身を滑らすように部屋に侵入した。ドアが勝手に閉まらないように、ギルドの女の人が支えていたのは見えていたが。
……
男が最後に入って戸が閉まった時、ニックは愚痴を言われていた。
「ったく。公の場で例に無く暴れやがって。後処理が大変なの分かってんだろうな」言葉遣いにそぐわない透き通った声。
「綺麗な顔…」サキが小さく、唇の端から息をするように呟く。
机に両肘をついて椅子に座った切れ目の女だ。見るからにギルドのボスって感じの風格。
「だって僕がやったんじゃないんだもん。この三人だよ!」
一番近くにいたリリーが引っ張り出される。
「…あ?!こんなチビ二人とムスッとした奴で?」
「言い過ぎだろ……」
「ああ?!!」
男が小声で非難すると、凄まれてしまった。
「それが本当なんだよね。ボスのモンスターは僕が倒したんだけど、そのボスのモンスターの目を覚ますくらい騒ぎ回ったのはこの三人なんだ」
「『騒ぎ回った』?」そんな軽いノリじゃなかった。生きるか死ぬかだったんだ!
「そう?…ま、信じてあげないと、またあんたが馬鹿やったら面倒だし?」
「もう既に一つの像ぶっ壊したから」
「はは、一つくらいどうってことないわよ。あの時のことを思えば…」
「だって実力を信じてくれなかったんだから、ああするほかないでしょ」
「他の手段なんて腐るほどあったわよ!!なんで廊下を滅茶苦茶する必要があったわけ?未だに分かんないんだけど」
「分かってくれなくていいよ。あの時はカッとなっただけだから」
なんか不穏な空気。ニックの黒い過去。
「……それで、報酬の話だけど」その女は咳払いして話の軌道を修正した。
「…いくら?」
「あんた、そんなに金欲しくないでしょ」
「そりゃあね」
「じゃ、これで」
ドスン、と袋が無造作に放られた。
男がゴクリと唾を飲む。
「うん、どうも」
「もっと欲しいんだったら、いくらだってあげるけど……。それより、あんた次の依頼はいつ受けるの?なるべく早くしてもらいたいんだけど」
「まぁ、内容によるね。アホらしかったら、前みたいに行方をくらますかも」
「…あの時は三年間も留守にしたんだよねえ。何があったのかと思ったよ」
「遊んでただけ。それより、早く中身を話してくれる?」
女はジッとニックを見て、頷いた。
「今回は面白いと思うよ。暗殺依頼だから」
「へえ」ニックの方がわずかに上下する。
「…あんた、暗殺依頼を受けたことあったっけ?」
「あるけど…。駆けつけたら、既にターゲット死んでたからなあ」
「モアの件だろ?あいつ、ほんっと色んな奴に嫌われて、命狙われてたもんね……」
「そんなことどうでも良いんだ。過ぎたことだし。じゃ、今回の奴は?」
ニックと声色が明るくなったような気がする。
「…ギルド始まって以来の大仕事になりそうなんだよね……。敵の数は不明だが確実に複数人だ。あいつらは今も急速に力を伸ばしてる。すぐに手を打たないと」
「ふーん」
「極秘情報によると、紫玉ってのを持ってるらしいんだよ」
「……繋がった」
「は?何言ってんの?」
ニックの視線がギラギラ鋭くなった。「…やるよ。その依頼。今すぐに」
女はポカンと口を開けたが、すぐにニタニタ笑いだした。
「……どういう風の吹き回しか知らないけど、これは頼もしいね。あんたが連続で依頼を受けるなんて」
「………楽しそうだから」
ニックはゆっくりと言って、男の方を振り返った。
「ケンもこの依頼に参加すると良い。まぁ、僕とは別行動になるだろうけどね。テトラとサキは君達に譲る。金も必要だろうから、これもあげよう」
ニックは金の入った袋をリリーに渡す。
「…じゃ、ヨーイ、ドンだよ。どっちが早く紫玉を手にするか、競争するんだ」
「は?おいちょっ…」
ニックは部屋を出て行った。
「……あんた、あいつに期待されてんの?あいつが張り合うところなんて、初めて見たよ。どこのギルドに所属してるの?」
「あ…」
男はニックが出て行った戸と女を見比べて、とりあえず、周囲のみんなに「…行くぞ」と伝える。
「『どこの所属なの?』って聞いてんのよ。私の言うことを聞けないの?」女が声を荒げた。
「…無所属だ。じゃ」
そう言い残して、男もリリー達を連れて出て行く。
でも、戸が閉まる間際に、少し頭を下げて一礼するのは忘れなかった。
……
「…これからどうするの?」サキが聞いてくる。
「そうだな。紫玉の存在が確実になってきた今、一刻も早く探しに行くのが正解なんじゃないのか?」
「でも、案外そう言う敵の一味は、こういう街の中に居るものなんだよー?もしかしたら、近くに潜んでるかも」
「そうか?じゃあ、どうすんだ?」
「今日一日だけは、この街を洗いざらい見て行くの。どう?」
「良いけど…」
男の返事は重かった。
敵の一人とすれ違ったところで、どうしてその人間が敵なのだと断定できよう。
「…それ、意味あるのか?」
「あるよ、きっと」
「………分かった」
男はサキの眼差しに折れて、その意見を了承した。
「どこの宿に泊まるの?」サキはまた質問を重ねてくる。
「贅沢言うなよ。金はねえんだぜ?」
「あっはっはぁ、おっかしぃ、さっきお金貰ったじゃん。それ、自由に使えるんだよ?」
「あ、そうか。でも、無駄遣いは…」
「無駄遣いじゃないよ。無防備に寝て、服まで根こそぎ盗まれるより良くない?」
サキがイタズラっぽく笑う。
「…そんな悪い奴が居るのか?」
「極端な話だったかもしれないけど、居てもおかしくないでしょ?この街広いんだから」
「そうか…」
男は袋の紐を緩めて、中身を少し確認して、又すぐに閉じた。なんて大金だろう。今まで見たこともない。(ついでに、男が居た街と貨幣が同じことも確認できた)
「…宿、見つけてくれる?」
「勿論!」
「お、俺も!」テトラがバッと手を挙げる。
男は頷いた。
「よし。じゃ、そうしてくれ。えっと、俺らは……。そうだな、そこの店の中にいるから、できるだけ早く戻ってきてくれ。リリー、ルル、行くぞ」
「はーい!」
「はーい!」
二人は相変わらず威勢の良い返事をする。
男はリリーとルルを引き連れて「武器屋」の看板が掛かった店にいそいそと乗り込んで行った。
「宿の方は任せて!」サキが叫んだが、男には聞こえなかったようだ。
……
「おい、見ろ!武器をこんな着飾る必要があんのか?」男は頭をハンマーで殴られたようなショックを受けた。
「『ルビー付きショートソード』って、なんでルビー付きなんだよ。意味分かんねえ」
「ねー、おトイレどこー?」
「どこー?」
「わわ!またか!そんなに水飲んでんのか?」
「そーいえば森で、なんか…」
「なんか…」
「ああ、『水を蓄えてる植物』って、なんかニックが言ってたな。あれ、たらふく飲んだのか?」
「うん…」
「ん…」
「むー、あ、アレじゃねえか?一番向こうのドアだ。行ってみろよ。ションベン飛び散らすなよ」
「はーい!」
「はーい!」
二人はズボンを押さえながら「TOILET」の札に突進して行った。
「…やれやれだ。今までこんなこと無かったのにな。山では勝手にしてたのか?」こんな独り言をブツブツ言っていると、突然「馬鹿野郎!!」と言う叫び声が聞こえた。
「なんだなんだ?」男がそこに向かうと、無精髭が顎いっぱいに侵食したおっさんが、細っこい赤髪の女の人に怒鳴られている。
「はっ!お前がこんなもの盗んでどうなるってんだ!さあ、サッサと返しな!ったく」
どうやら、おっさんが盾を盗んだらしい。なぜショートソードみたいな小さい物にしなかったんだろう。
「い、いいじゃねえかよお、俺だってカッコよくなりたいんだわ」
「馬鹿言うなっ!」
「お、だってお前、子供に小刀一本渡してたの見たんだからな。あれはどうなんだよぉ」
「あのねぇ、小刀と盾はそもそも値段が違うんだ!屁理屈言ってんじゃないよっ!」
「い、いいじゃねえかぁ!」
「黙るんだっ!」
バシィ!と鋭い音がした。
男は思わず顔を背ける。ちょっと盗んだ理由が幼稚過ぎやしないか。
「離せったら!商品なんだから!!」
「ヤダヤダ!泥棒っ!」
「今泥棒と言ったね!!どっちが盗みに入ったんだいっ!!この!この!」
「イテェ!この野郎っ!」
「ねぇ、おじさん、あれ何?」
「何?」
いつの間にか用を足した二人が男の服を引っ張っている。
「ああ、あれか?あれは…その……大人の喧嘩だ、大人の喧嘩」
「喧嘩?」
「喧嘩?」
「そーそー」
男が白々しく返事をすると、
「俺のだからな!」とまた耳に声が駆け回る。
おっさんは諦めていないようだ。
男はとても大きく息を吐いて、言い合っている二人に近づく。
「なぁ、あの…」
「俺のだって!!」
「ふざけるのも大概にしなさいよ!殺されたいのかい?!」
「あの…」
「殺すだと?!殺す?!!お前が?俺を??…やってみろ!そしたらテメェが捕まってボッコボコにされるんだよ!」
「私の店に盗みに入ったあんたが完全に悪い!!」
「何だと?!」
「あの!!!!」
男の大声で、おっさんの服を掴んでいた女の手が緩まる。
「…なんだい?この状況を分かって話しかけたんだろうねぇ?」
「えと…俺、その盾買うから。それで……このおっさんに、あげればいいんだろ?」
「おぅお?!」おっさんが素っ頓狂な声を出す。「旦那ぁ、それは本当で?!」
「止めときな。こんなアホ助けたところで良いことなんてありゃしないよ。仏ヅラした後、泣きを見るのがオチだね」女が首を振る。
「何?!テメェよくも言ったな?!!じゃあこっちも言わせてもらうけどな、さっきあんたが服を引っ張ったせいでここ破けちまったんだけど!!」男が服の穴を指でほじくる。
「盾を盗んだアンタのせいでしょうが!!それに、私が掴んだのはそこじゃないよ!ここだ!!ちゃんとよく物を見て言うことだね」女はおっさんの肩をバンバン叩いた。
「イテェな!あんた目が悪いんだろ!」
「そう言うアンタはどうなんだぃ!」
「もういい!!!!」男は体全体を震わせて怒鳴り、盾の値段を確認する。
「金貨5枚か。ハイハイ、あるよ、これで良いな」
袋から金貨を取り出すたびに、おっさんの手が震える。
実は、男だってドキドキしてるのだ。金貨5枚だって?!男は銅銭4枚が最高の収入だって言うのに。
「…オホン、これでお終いにしてくれ」
「まあ、金を貰えればアタシは良いんだけどさ」そしてキッと男を睨む。
「この人に感謝することだね!この豚!」
「豚だと?!」
「いやゴメンゴメン、それは言い過ぎだね。……豚に失礼だ」
「何ー?!!」
「止めろよ!喧嘩好きなのか?お前ら!!」男が割って入って突っかかっていきそうな男を止める。
男は肩から荒く息をして、女を睨んでいるが、その女は両腕を組んでカウンターにもたれ、プイと違う方向を見ている。
それでいて男が手を離すと、恐らく一方的にこのおっさんが殴られるのだ。
どっちが悪者かなんて知ってる。でも、このままじゃラチがあかないじゃないか。
「…ほら、おっさん、盾を持って帰りなよ」
「ありがとうごぜえやす、旦那ぁ」なんだか甘ったるい声だ。気持ち悪い。男はシッシッと手を払った。
「……あんた優しい奴だね。それに無知だよ」男が消えてから女が喋りかけてきた。
「無知、か?」
「そうだよ。あの手の奴は、味を占めたらまた問題を抱えて来るんだよ。もっとデカイ問題をね。全く、金なんてすぐに失くなっちまうんだから」
「そうか…」
「同情するよ、本気で。気をつけな」
「ああ、どうも」
女にお辞儀をしてリリーとルルを呼んだ。
「…おじさん。大丈夫だった?」
「だった?」
「ん、心配するな。ガキはガキらしく、ってな。笑っとけよ」だが、男の心も曇っていた。あの最後の方の言葉の調子が気にかかる。気味が悪い。背筋がゾクゾクした。
「い、急ぐぞ。店を出よう」
「どこに行くの?テトラは?サキは?待たないの?」
「ないの?」
「ああ、そうだったな。……うん、落ち着け、俺。…よしっ、大丈夫」
不安げな二人の頭を撫で回した。
しまったなあ、自分の焦りや心配が、リリーとルルにも伝染してしまっているのだ。
「よし!俺、奮発してなんか買ってやるよ!」
「え、要らないよ!おじさんの好きなもの買ったら?」
「買ったら?」
「くあー、子供に気を遣われたかぁ。…ま、お前達は賢いから、子供って思わない方が良いかな」
男は引きつった笑いを浮かべて首筋の後ろを掻いた。
……
「お待たせー!ゴメーン、結構安くて良い宿無くてさー」
「ふぁー、疲れたぜー!」
サキとテトラが店の中にやってきた。
男は、一人で切り盛りしている店主の女と話していたが、二人の声を聞くと立ち上がった。
「すまん、もう行くわ」
「…ふーん。アンタも大変なんだね」
「まあな」
「でも、アタシ以外にこんな話、易々としない方が良いよ。そこを利用しようとする人間なんて、ゴマンといるんだから」
「…そっか」
「なんか抜けてるんだよ、アンタは。好感持てるけどね」
「あ、ありがとう…」
女に手を振られたので、振り返す。
それからリリーとルルを連れて、サキとテトラに近づいた。
「…どうしたの?あんな美人さんをナンパしようとしたの?」サキがニコニコする。
「いや、他に客がいなかったから、話をしてただけだよ。すげえ良い人」
「裏の顔は分からないもんだから、簡単にみんなを信用しちゃダメだって。特にあんな美人には気を許しちゃダメ」サキが真剣な顔で言う。
「そうか?絶対頼りになる人だと思うけどな」
「この街って、嘘つきも多いから。……今まで黙ってたけど、ここ、そんなに治安良くないんだ」
「あー、知ってた…」おっさんを思い出した。顔を振ってその姿を記憶から消そうとするが、無論できない。
「…ん?何かあったの?」
「ああ。変なおっさんが…。いや、それより、これ、お前らに買ったんだ」二つのペンダントをそれぞれサキとテトラに渡した。
「わあ!良いの?」サキがパチンと手を合わせる。
「こりゃ綺麗だな。本当にもらって構わないのか?」テトラもジッとそれを見た。
「そのために買ったんだからな。首に掛けてみろよ」
コバルトブルーという色だそうだ。二人の胸の前で、キラキラ輝いていた。
「…ありがとう」ゆっくりした声でサキが言う。
「何か買おうと思ってたから、ちょうど良かったんだよ。……じゃ、オススメの宿とやらに向かおうか」
男はテトラとサキをチョンと押して催促した。
「…あ!うん!とっておきの場所にあるんだ!見つけるのに苦労したよ!!噂に聞いてただけの宿でさ」
「ふーん。期待できそうか?」
「そりゃ、私が選んだんだもん!」
「おい、俺もいたぜ?」
「テトラはついて来ただけでしょう?」
「そうだけど…。俺も丁度その宿を狙ってたんだからな」
男はうんうんと頷いて、店の扉を開けた。
ふと後ろを見ると、店主が小さく手を揺らしていた。
男も微笑んで、戸を閉める。
外に出た途端に、静かな風が男の髪を揺らした。
なんだか照れ臭いと思った瞬間、大きいくしゃみが出た。
……
「ほー」
「ね?満足でしょ?」
ギルドの二階のような豪華さは無く、むしろ閑静な空間だった。そこに満ち満ちている清潔感。
「それでこの値段…」
1つの部屋を1日借りるのに銅銭が二枚必要。これだけで食事と共同風呂付きらしい。しかも食事はおかわり自由ときた。
「…どう?」
「そりゃもう……即決だ」
「やったあ!」
サキがテトラとハイタッチする。
何だかニックといた時よりサキが元気なようだから、悩みも少し吹き飛んだ。
それに、ここまで入り組んだ街の一角なんだから、いくら金が欲しいおっさんとて男がいる位置は掴めないだろう。
「いらっしゃい!何部屋に泊まるの?ここでは、1日過ぎるごとに料金を頂くシステムだから、とりあえず今日の分を払ってもらおう!」カウンターの奥から活発そうな少女が出てきた。
「あ、相部屋でいい?」
何も考えてなかった男が慌てて後ろに聞くと、
「そりゃいい考えだな!」とテトラが真っ先に叫び、
続いてサキが「一人用の部屋をみんなでシェアしなくても、お金あるのに」と反論した。
「…嫌なのか?」
「………そうじゃないけど」
「じゃ、一部屋で」男がその女の子に言うと、
「分かりやしたー!…はい!これが部屋の鍵!二階で、左の奥から三番目の右手にある部屋だよ!『203』って書かれてあるからすぐ分かると思う!」と、棚から鍵を出してくれた。
「ありがとう」
「はいはーい!でも珍しいねー。五人で一部屋に泊まるなんて!しかも女の人は、一人だけかー」
「あ、そっか。どうする?もう一部屋借りとく?」
「…別に」サキの顔がほんのり紅潮しているような気がする。
「じゃ、早速行くか」
「ご飯は持って上がろうかー?」
「いや、ここに来るよ。普通はこのテーブルで食べるんだろ?」
「はいー」
大きなテーブル二つに椅子が敷き詰められているのを見たら、簡単に想像できた。
「いつご飯の時間なの?」
「えっと、多分もう少しだと思うんだけど、あの、……美味しい匂いがしたらで!」
曖昧な回答だが、とびきりの笑顔だ。この仕事が本当に好きなんだろうな、と思った。
「じゃ、お風呂の時間に制限とかある?」
「無いよー!天然湯で、いつでもアツアツ!」
「へえ、そりゃ凄い!ありがと」
「こちらこそー!」
男は会釈して階段に足をかけた。
その時になって初めて、自分の笑みが二日前には無かったものだと気づく。
「あれ?俺もしかして社交術を身につけていっているのか?」
心の中で驚いたが、多くの人と触れ合ったのだから、それも当然か、と納得した。
また足を踏み出す。
階段はトントンと軽快な音をたてた。
二階に上がると、道は左右の二手に分かれていた。
男に一番近い部屋の番号を眺めると、左方の部屋は「205」、右方の部屋は「206」と書かれている。
それを見て、男は左に向かった。
「204」、「203」
「ここだな」
「そうみたいね」
鍵を差し込むんで左に回すと、カチャリと音がした。
男は鍵を抜き取って、戸を引く。
キィ、と小さく喋って、203号室は口を開いた。
「…………お前は?」
しかし、布団の上には既に一人の男の子が乗っている。
「シシカって言います」
その少年はジッと男を見据えた。
「おかしいな、鍵が掛かってたはずなんだけど。どうやって入ったんだ?」
「あれです」
窓ガラスが割れている。
「お前が割ったのか?」
「はい」
「…どうしてだ?」
「あの、一晩だけ泊めてもらいたいんです」
「ここに?」
「はい」
男は唸った。
「んー、でも、この狭い部屋には俺達が五人で寝ることになってるんだ。正直言って、お前が居たら困る」
「やっぱり、ダメですか」
「えーと、他の場所じゃいけないのか?」
「外の夜は怖いんです」
「怖い?」
「何が起こるか分かりませんから」
少年の目は潤んでいる。
男は、その少年に近寄りかけて、立ち止まった。
「…どうかしました?」
「いや、別に」言って男は目をそらす。「…一晩だけか?」
「一晩だけです」彼の語尾は強かった。
男は間を空けてしばらく考えてから「……良いよ」と承諾する。
「本当ですか?」
「ああ、まあ…」
他のみんなを見る。
サキとテトラは黙って頷いた。しかしリリーとルルは何だか怯えているようだ。それ相応のワケがあったとしても、窓を勝手に割って侵入するような奴だもんな。簡単に気を許せる相手じゃない。
「それにしても、お前、アザだらけなんだな」
男は、また少年の姿をざっと眺めて話しかけた。
「よく、イジメられるんです」
「そっか」
服もほとんど破れかぶれで、ほぼ全裸だ。
「行こうか。風呂に」
「ぼ、僕もですか?」
「ああ。この宿屋はすごく良心的なんだ。一人くらい増えたって、怒られることはないと思うな」
男はグイ、と少年の肩を引っ張った。
……
「うわー、こんなの生まれて初めてです…」
銭湯に人は少なかった。
男は丁寧に少年の背中を流す。少年は既に頭を丸坊主にされていた。刈り取った髪の毛は新聞にくるまれてゴミ箱の中だ。
「ねー、こっちもー」
「こっちもー」
「テトラに洗ってもらえよ。俺はこいつを綺麗にしてるんだ」
「えー」
「えー」
仕方なく二人がテトラに歩いていく。
「いやいや!俺、自分の体もしっかり洗えないような人間なんだぞ!どうして他人の体を清潔にできるんだ?!」
「他人だからこそ、責任が重くなって、しっかり綺麗にするんだと思うぞ?自分の体を綺麗にする練習だと思って頑張るんだな」
「ほへー」
だいぶん少年の体の色がハッキリしてきた。そう、茶色だ。煤けた黒色ではない。
「この水に浮いてんのが垢かな…。流しとかねえと」
男はシャワーで汚れを排水口に送り込んだ。
「ありがとうございます…。気持ち良かったです……」
「まだまだだ。こんなので一緒に寝られるかっての。……後でお前が乗っかった布団も洗濯かなあ…」
「すみません…」
「それより、自分で洗うトコをキチッとしろよ。俺、お前のチンポコの面倒までは見ねえからな」
「は、はいっ!」
一通り洗い終えたら、いったん熱湯風呂に浸からせる。
「うわー、極楽だー」少年はパシャパシャと銭湯の中を泳いだ。
「他に人がいないから許されるんだからな、それ」
「分かってますー」
「あったまったら、もう一回体を洗うぞ」
「えー、良いですよ。そんなにしなくても。…実はちょっと抵抗あるんですよ。あなたに洗ってもらうのは」
「いーや、俺の気が済むまでやるんだ」
男だって、はしゃいでいる。いつもは風呂に入ることなんて無いからだ。
だから、できるだけ何かを洗っていたい。
勿論、自分の体もずっと擦っている。
「おーい、先に出てるぞー」
「のーぼーせーたー」
「せーたーぁぁぁあ」
「おう、じゃあな」
テトラとリリーとルルはそそくさと出て行ってしまった。ルルの天狗顔が面白い。
「…おしっ!じゃ、お前を洗う番だな」
「えー、良いですったら」
「俺が洗いたいんだから!俺の都合なんだよ!!」
石鹸から無数の泡が生産される。男はそのことに、いちいち感動した。
……
「わー!もしかして、これ、僕に?!」
「当たり前だろ?早く着ろよ」
新しい服とズボンだ。
少年はモジモジしながら受け取った。
「そう言えば……着れる?」男が聞く。
「なっ?!僕だって服ぐらい着れますよ!」
「でも、ずっと着替えてなかったんじゃねえか?服があんな風になるまで使ってたんだから」
雑巾のようになった布を指差す。
「服は最初からボロボロだったんです!僕が着た時からなんら変わってません!!」
「それはそれで嫌だな」
少年は、それでも少しつっかえながら服を改めた。
「…なんか、平均的な子って感じになった気がする」
「えー?良いことなんですか?それ」
「悪いことじゃないだろ」
男は専門家になった気分でフンフンとしきりに頷いた。
「これ、いつ買ったんですか?」
「さっき」
「どこで?」
「この宿の受付の女の子に頼んだんだ。借りたバリカン返すついでにな。『この金で足りる子供用の服とズボンを買って来い』って」
「…よく了承してくれましたね」
「快諾だったぞ。『お釣りあげるから』って言っても『いらないです』って言うし」
本当に優しい奴だと、男も思う。
服は少し大きめだったが、小さ過ぎるよりずっと扱いやすい。
「…ん、どこからか美味しそうな匂いがしますねー」少年がいきなり鼻をヒクつかせた。
「もう夕飯なんだろうな。急ぐぞ」
二人で競争でもするように脱衣所を飛び出して受付前に走った。
……
「おいしかったー」
「かったー」
リリーとルルが膨れたお腹をさする。
「…そう言う割には、そんなに食ってなかったじゃねえか」
空になった小皿を見る。シチューがこびりついていた。
「まだ小さいんだから当然よ」
その言葉には、サキが応じる。
「でも、こいつは俺より食ってたぜ?」少年の頭を撫でる。「…うまかったか?」
「おいしかったと思うんだけど、なんか覚えてなくて」軽くなった自分の頭を触っている。気になるようだ。
「…夢中になり過ぎだろ」
「だって、あんなご馳走だもん」
リリー達が外で待っていて、一斉に食べ始めたのだが、それでも一番乗りだった。
他の人達はまだ外にいるのでしょう、と女の子は言っていた。その言葉通り、途中で玄関から四人の客が入って来て食事をとっていた。残りの宿泊客は、部屋に食事を運ばせて、後で食べるのだろう。
食べながら男は一つ思い出して、「あ、そう言えば窓ガラス割っちまったんだ」と話すと、女の子は間髪入れずに笑いながら「もう知ってるよ!直しといたから!!」と返した。
「『本当かよ』って思ってたんだが…」
203号室は何事も無かったように静かである。
ガラスの破片さえも目に入らない。
「あの子すげぇ」
「そりゃ、この宿のボスなんだから」サキがちょっと息を弾ませて応えた。
「え、あの子店長なの?」
「そうよ、料理とか洗濯とかそういうの全てあの子がやってるの。尊敬するよね」
「確かに」
男はごく自然に認めた。自分には到底できない業だと悟っていたのだ。
「…じゃ、次はどこ行くんだ?」なぜかテトラがウキウキしている。
「え、後は寝るだけだろ」
「何言ってんだ!この街は夜が楽しいんじゃねえか!昼働いて夜遊ぶ!理に適ってるだろう?」
「でも、それじゃあ、いつ休めば…」
「休むのは後だ!行くぞ!夜のマク街に!!」
テトラはもう飛び出して行った。
男はそれをただ見送る。
夜は寝るというのが男の主義だ。
狩りをするのが危険な時間帯には大人しく眠っていた方が良いものだ。
そんな生活に慣れていたから、実はもう男はフラフラなのだ。
その上、温かい風呂、美味しいシチュー、目の前にあるフカフカな布団…と三拍子が揃っているのだから、もう耐えられない。睡魔は無敵だ。
「お、俺は寝るわ…」
「ダメ!夜のマク街はすっごいオススメだから」
「そんなぁ…」
サキがそのまま前に倒れて、布団にのめり込んだ男の左腕を引っ張る。
そうかと思えば、サキは標的を変えてきた。
「リリーちゃんも行きたいんじゃない?」
「え?」
「楽しいよー?」
「じゃ、行く!!ルルも来るよね!!」
「うん!」
勝ち誇った顔のサキ。
「ほーら。二人もこう言ってる。シシカは?行きたいよね?」
「え、僕は別に…」
「行、き、た、い、よ、ね??」
「は、はひぃ…」
「そら、満場一致。あなたはこの三人の保護者みたいなもんなんだから、一緒に来る義務があるわ」
シシカについては脅迫するようにして全員を賛成に持っていった。すごい荒々しさ。
「外堀を埋めて来るとか、酷くないか?」男は余った右手で布団にしがみついて、顔をそれに擦りつける。
「だって、ホントにオススメなのよ!」
「じゃ、リリーとルルとシシカは頼んだぞ」
「あなたも来ないとダメなの!孤立よ!孤立!」
「孤立で良いから!とにかく眠いんだ!!」
「ちょっと!シシカの怪我を治したのは誰よ!あなたの頭のアザを治したのは誰よ!!」
「もぉ………分かった」
男が立ち上がると、サキが飛びついてきた。「ケン大好き!」
「それ、テトラに言ってやれよ…」
「え?なんて?」
「いや、何でもねえ。よし、リリー、シシカも!行くぞ」
「はーい!」
「はーい!」
「分かりました!」
賑やかだった203号室は、たちまち空室になった。
……
「何だあ?ここ。…あれは?」
「あれねえ……。吐瀉物、だったりして?」テトラが言いにくそうに話す。
「はしゃぎ過ぎだろ。……おーいリリーとルル、見たか?お前らがションベン垂れ流して泣いた場所、みんなも同じことしてるみたいだぞ?ほら、あれも野糞だろ?」
「うう、えええ…」
「えええ…」
「ケン!何でリリーちゃんとルルちゃんに意地悪言うのよ!」
サキに怒鳴られて、男はヘイヘイと頭を下げる。
夜のマク街の居酒屋は想像を軽く超えるくらいには盛り上がっているようだ。
ぶらぶら歩いていると、誰かが男にドンとぶつかってきた。
「っ」
「あ?なんだぁ?テメェ俺とやり合おうってってんのか?」
かなり酔っているようで、顔が赤く、息も臭い。
「舌が回ってないぞ」
「バーロー、言っとけ!」
顔を殴られた。
男はフラフラと壁にもたれかかる。
思わず銃に手をかけたが、弾が無かったことが幸いした。
酔ったおじさんはテトラに捕まって引き剥がされる。
「酒に弱い人も飲んじゃうんだよね。カッカしやすくなる人だっているんだよ。我慢してあげて」
そう言ってなだめつつ、サキが回復魔法を使い始めた。どんなに小さい傷も見逃さない、という風に。
ところで、男は、相手が怒っているのを見ると逆に冷静になる節がある(と自負している)。そこで、今の状況についてじっくり分析していると、気になったことがあったので、サキに質問した。
「サキ?」
「ん?」
「お前の回復魔法って、治せるのは外傷だけか?」
「どういうこと?」
「例えば今みたいに殴られた時、もし内出血してたら、それも治癒できるのか?」
「どうだろう、内出血かぁ…。やったことないけど、できると思う。多分」
「そうか」
サキも意識していないのだろう。
だが、サキの術は痛みも和らげるから、やはり内側の傷も癒やせているのだと思う。
こういう関係ないことを考えていると、ほとぼりは冷めてくるものだ。
やっと顔を上げて、酔ったおじさんを見ると、テトラに連行されて大人しくなったようで、大きなくしゃみをしていた。
「…あんな人達の喧嘩の9割は、引き離せば解決するんだ」テトラが戻ってくる。
「本当かよ」
「だって、あの人もそうだっただろ?」テトラが帰ってくるなり説明した。
「でも、俺はこういうのが続く所はゴメンだな。帰って寝たい」
「さっきのは、すぐに止めなかった俺の責任でもある。すまない。でも、夜のマク街はなにも喧嘩するトコじゃないんだ。面白いことだって、もちろんある。まぁ、楽しみにしといてくれよ」
「はあ…」
そう言われなくとも、後ろにはリリーとルルとシシカがくっ付いていて、隣ではピタリと、サキが男の腕を掴んでいるのだ。逃げようがない。
「あ!魔法具屋よ!」
「お!サキは良い所に気がつくねぇ。うん、どうやらあれは本当に魔法具屋のようだぞ。ほら、ケン。文句言わずに行ってみるものだろ」
「『文句言わずに行ってみる』ねえ。魔法具屋なんかより、睡眠屋に行きたいもんだ」
奥に小さくランプが灯っている。
ガヤガヤ言う声はもう遠くにナリを潜めていた。
……
今にも壊れそうなドアを押すと、店の内側から光が外にこぼれた。
店の中は細い瓶や杖などで溢れている。
店の中には椅子が一つあって、そこに座っているのはおばあさんだった。
肌に赤みがなく、全く動かないので、置物かと思うほどだ。
まぶたは閉じたまま、じっとしている。
「…うーん、やっぱりダメだね」
「…仕方ないよ。夜の街なんだし」
「どうしたんだ」
テトラとサキがコショコショ話していたので、男が聞いた。
「え?いやいや、何でもないことよ?」
「おう!『すげぇ綺麗だな』って」
二人があたふたと弁解したので男はさらに訝しがった。だが、これ以上質問しても、のらりくらりと躱されるだけで、分かることはなさそうだ。
「……おじさん」
「なんだ」
「あの二人が言いたいこと、分かったよ」シシカが後ろからそっと囁きかけた。
「なんだって?」
「きっと、この店の中にあるものが、ほとんど偽物ばかりだって話なんだよ。おじさんに言うと帰っちゃうかもしれないから、黙ってるんだ」
「偽物?これが?」
男は一つ置物を手に取った。
「魔女が作った魔食い人形」とある。
シシカに見せると、頷いた。
「…そうだよ。それも偽物さ。魔女なんて、この街のどこにいるのか分かっている人がいないくらい稀少な存在なんだ。ある日突然この人形を売ってたらしいけどね。それを買った人が大金持ちになったとかで、大人気になったんだ」
「へえ」
シシカはテトラとサキがこっちを向いていないか、チラチラ確認している。
「…でもね、いつしか模造品が大量に出回るようになったんだ。『マク』って言う地名に乗っかって、『マクイ人形』なんて名前がついたのもこの頃だよ。僕は話を聞いただけなんだけど」
「でも、これ、結構値が張ってるぜ?」
手の中にあるこの小さな置物は、買うためには金貨一つが必要らしい。
「…魔女がその値段で売ってたらしいからね。お金持ちじゃなくても手を出せるような安い人形も出回ってるけど、まぁすぐに偽物だってことは分かる。だからみんな、それは観賞用ってことで買ってるんだ。それでも『本物を手にしたい』って言う人もいて」
「そういう人を騙すためにこれがあるわけだ」
「そう」
確かに値段が高かったら本物っぽい感じはする。男は唸った。
「そう言えば、どうしてこれが偽物だって分かるんだ?」
「あ、それはね、ここに亀裂が入ってるから」
「ん?」
シシカが指差す場所を男が覗いても何も分からない。目を人形にぐんぐん近づけると、わずかに傷が入っているのが見えた。
「…これが?」
「そう」
一ミリあるかないかくらいの傷だと思われた。
「どうして…」
「あのね、本物は、絶対に壊れない置物としても有名なんだ。魔女の魔法がかかってるから。その説を信じてみると、この傷はあり得ない。それに、他にもそれを裏付けるものがあるんだ」
「何だよ」
「ほら、あの杖も、あの煙が入ってる瓶も、立派な魔法具に見えて、何の効果も無い物ばかりだもん。あそこの黒色の瓶なんて、お粗末でしょ?黒色で隠そうとしても、煤けてることくらい分かるよね。あれでも一応、回復薬らしいけど。……ここは魔法具屋じゃなくて、観賞用雑貨屋くらいに思ってれば十分な店なんだよ」
「すげえ」
シシカを見直した。
彼は照れたように俯いて、「…でも、テトラさんやサキさんは、きっと魔力の有無で本物かどうかを調べてるんだと思う。そっちの方が、完全だよ…」
「いや、お前もすげぇ。確実に」
「そうだよ!」
「だよ!」
リリーやルルもしっかり聞いていたようで、小声で賛同した。
その時、サキが男の肩を叩いて「もう行こっか!」と笑いながら言ったが、男はその顔が冷たく見えて仕方なかった。
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